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62.タイムリミット
しおりを挟む謀殺するために招いた人物が、実は別人だった。
その事実を眼前に晒され、未だ椅子に腰かけたままの……いや、加齢により立ち上がる事すら出来ないと思われる男が、配下に向かって唸るように声を絞り出す。
「こノっ、役立たず共ガぁッ……誰ヲ連れて来たのダ……!!」
怒気の込められたそれに問われた男たちが震えながら縮こまる中、淡々と応えたのは、黒の外套に施されていた幻惑魔術を解除した当の本人だった。
「知らぬのか、私を。《魔導の頂点》に最も寵愛されている弟子だ。」
「ッ!?――そうカ、貴様ガ!あの目障りナ皇国の若造カぁッ!」
ぎょろりと見開かれた濁った緑目青目を見据えながら、ロイはその端正な顔を僅かに歪めて長々と吐き捨てる。
「死にぞこないの骨に若造呼ばわりされるとはな。耄碌してこの状況を理解できぬのであろう?
貴様は《魔導の頂点》がまだ本調子でなければ殺せると思い、シュテルグースに執拗に招こうとした。そして偶然国境沿いにやって来ると聞き、安易に迎えを寄越した。《魔導の頂点》の性格ならば、火の粉を払いに自ら乗り込んでくる、そう踏んでのことか?
いい加減に自覚するがいい、狩られるのは貴様の方だ。」
その言葉と共に、軽く胸の前に上げた右腕を小さく横に振る。たったそれだけの動作で生まれた紫色の光が、弧を描いて巨大な刃となり、瞬く間に黒い玉座にいる老骨へと一直線に迫るが
「甘イわァ――――!!!」
勝ち誇ったような声音と共に、瞬時に玉座の前に展開された赤色の魔法陣が発光した直後、現れた半透明の防壁が耳障りな鈍い音を立てて、死の光を散らした。
しかし、それにぴくりとも表情を変えることなく「そうか」と呟いたロイの右手には、次の刃が既に生まれている。
(カナタの目を誤魔化すために抱き潰したとはいえ、目覚める前に戻ってやらねば確実に輪をかけて機嫌を損ねる。それもカナタの代わりに囮になる為だったと知られれば――……)
なんで教えてくれないんだバカハゲロイのアホー!!と怒りのあまり涙目で自分を罵倒する最愛の姿が、脳裏にありありと思い浮かぶ。
それだけで済むならばその姿も撫で繰り回したい程に愛おしさをそそられるが、本気の本気で怒気を発せられるのはまずい。
ただ、今のカナタは忘れているとはいえ、この因縁の相手を楽に殺してやりたくなどない。しかしだからといってそれで自分がカナタの怒りを買っては本末転倒であろう。やはり一刻も早く片付けて、転移で戻るか。
「もうよい、死ね」
そう考えた魔術師がその一言と共に、かつて師から、そして兄姉弟子からなんと言われていたか、刹那忘れてその魔力を世界に顕現させた。
--- だからお前の魔術は制御が壊滅的だと言っただろ。やろうと思う事の三割……いや二割だ、二割くらいの魔力でやれ、全力禁止、ダメ絶対。 ---
--- どれだけ一緒に練習してもロー君の魔術制御は暴走一歩手前ねぇ。お姉たんは自分の無力さが悲しいわぁ ---
--- ロディはもう魔法専門でいいんじゃね?オレっちはまだ死にたくない ---
直後、神殿を彷彿とする広大な広間を、紫色の光が埋め尽くした。
その日、シュテルグース共和国の建国前から続く由緒ある古代神殿が、何の前兆もなく突如、崩壊した。
今では喪われた魔法技術によって建築されたその頑強な神殿は、国の中心部にあったこともあり、共和国の象徴として長年市民に親しまれていたというのに。
それが突然、内側から爆発したように轟音と共に消し飛んだことで、神殿に秘された地下空間があったことも、そこを根城に500年前から息づく亡霊が国を意のままにしていたことも、全てが崩れ去った今、明るみに出る事はもうない。
それよりも後々にまで語り継がれるのは、最悪の災厄がその跡地に顕れ、多くの犠牲を出した史実だろう。
ざわり、ざわりと首筋を言いようのない悪寒が這い上がる。
いつものように軽く噛みつかれた痕が痛むのではない。全く別の感覚だ。それが気持ち悪くて、せっかく気持ちよく寝入っていたはずなのに、一気に意識が急浮上する。
同時に、好き勝手されて開き直った挙句、負けじと好き勝手した自業自得の躰の気怠さと、甘さをはらんだ僅かな疼痛をあらぬ箇所に感じて、目を開ける前に機嫌は急降下だ。
とどめを刺したのは、耳元で響いた声が予想とは似ても似つかぬ獣のものだったことか。
「きゅぴっ!」
「っ……お目覚め、でしょうか?シン様」
おかしいな、馬車に乗る前になぜかロイがファイに預けたカモンの声がする。今となってはそれが故意犯だったのは明確だけど。
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あぁでも、なんでファイの声までするのに、あの声は聞こえないんだ?どうして、傍にいない?
目を開ければ見覚えのある馬車の車内で、もう振動もないことから停車しているみたいだ。目的地に着いたら絶対起こせって俺、言わなかったけ?
なのに、どうして視界に映るのが、ご機嫌に羽搏くカモンとどこか強張った笑みをしている兎耳爺様だけなんだ?
「―――――ロイは?」
そう寝起きで掠れた声は、自分が思っていた以上に不機嫌だった。
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