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41.誰のせい
しおりを挟むそれは婚礼まで残すところ、あと一週間という日だった。
もう二日もすれば、各国からの招待客がいよいよこの魔王の居城に集い始める――正確には、魔族たちによる転移魔法での送迎サービスが開始されるのだが、僕の心配の種は後から後から芽吹いてきていた。
魔王を筆頭にその重臣たちは参列者の全体数すら頑なに教えてくれないし、今日だって朝食が終わった途端、婚礼衣装とは名ばかりの『どこから見てもまだ布』の海へ沈められたし、かと思えばその後はいつも通り練兵場での鍛錬を皆で応援してくれるし……。
つまり、僕の目に見える範囲では本当にいつものザルツヴェストでの日常が回っていて、国主の婚礼をほんの一週間後に控えているとは到底思えない雰囲気なんだもの。
きっとおそらく、僕の誕生日を祝ってくれた時のように秘密裏に着々と、その準備が進んでいるとは思いたいけれど。
「うー……でも僕は当事者だよね?せめて衣装の進捗具合くらい教えてほしいよ……もし遅れてるなら、僕にだって手伝えることがあるかもしれないよ?」
天気が良いこともあり、今日は広いバルコニーで昼食を取っているところだったのだけれど、しびれを切らして僕にももっと挙式当日についての情報開示を、と求めてみたのに。
「ならぬならぬ。それでは当日の楽しみが半減してしまうではないか」
「魔王様の言う通りッス!女王様の晴れ姿は一発勝負ッス!!」
「あんたらは婚礼の場をドッキリイベントだとでも思っているのか」
やはり僕如きでは、魔王とその執事兎魔族を半眼で見据えながら小さくぼやくくらいが、関の山かな。
結婚式でのサプライズ余興なんて地雷だよ、と頭の隅で呟く前世知識の声がやけに実感が伴っているような気がするのは、もしかして前世の僕が実際に何かを経験したのかもしれない。
なんてことを考えながらカップの中の甘いお茶を一口、ため息と共に飲み込んだ。
そう、あと一週間しかないのだから……もうそろそろ……今夜にでも、ちゃんと魔王に聞いてもらわなければ。
(『あのね、魔王』……違う。『あのね、ラグナ。僕には異世界での前世の記憶があるんだけれど、気持ち悪くないかな?』……よし、これでいこう……でもやっぱり直球すぎる………かな?)
さすがに婚礼前夜ギリギリでのカミングアウトというのは、『伴侶』という存在に対して信義に悖る――。
そんな理由を自分の中で用意する一方で、僕は自分の本心というものも、自覚している。
「ふむ?その顔はまた何か、小難しく考えているな?愛いぞ、愛い」
そう言って、僕の隣に寄り添って愉しげに笑ってくれる存在に、結局のところ全て認めてもらいたいだけなんだ。
こんな僕でも大切だと、愛いと言ってほしい――……ただ、それだけ。
だというのに、いざ口にしようとすれば用意したはずの言葉は出てこないし、毎夜毎夜物言いたげな僕の様子から何を勘違いしたのか、上機嫌な魔王のせいでいつにも増して睡眠不足に――だから今考え込んじゃだめだって。
思い出しただけでも、今もこうして髪や頬に触れてくる綺麗な指先を意識してしまうもの。
ほぼ食べ終わってもいるが、食事中にちょっかい出さないでよ、と魔王の指を緩く握りしめた時だ。
「……え?」
視界の隅で不意に、青空を横切った光に気が付いた。
「わぁ……真昼なのに、流れ星?……にしては、高度が低いような……あれ、何かな?」
「ふむ――……これは、ほぅ……ほぅほぅ!ほぉおおぉっ!!」
「うげぇ……魔王様ぁ、呑気に関心してる場合ッスか?あれ、神樹に向かってるッスよ?」
雲よりも低く、鳥の領域よりも高く空を行く光点は、飛行機雲のように白い尾を薄っすらと後に残しながら飛んでいる。
その数は、ざっと二十程だろうか。
首を傾げながら流星群というには不自然なそれを見守る僕と、何かに感づいているのか、殊更愉しげに、いつも以上に目まで輝かせながら椅子から身を乗り出して空を見つめる魔王。
そんな主君へ、とてつもなく面倒そうなため息と共にうんざりと呟くウーギの言葉通り、瞬く間に飛び去る光たちが向かう先には、巨大な神樹が鎮座していて――。
「っどう見たっておかしいよね!?何あれどういうこと!?」
どこからどう見ても異常な事態だというのに、この魔族の主従たちは何を呑気に事の成り行きを見守っているのだろうか。
僕が思わず声を大きくしながら立ち上がったところで、城内からバルコニーへと素早く移動してきた影があった。
「陛下、ご報告が――あぁ、やはりもうお気づきでしたね?どうやら新開発された魔法的な飛翔型輸送体らしく、ルーチェット国境付近よりこちらに飛来して……」
本当に急ぐのであれば、この宰相蛇は転移魔法を使うのだと僕は知っている。
つまり、ザルツヴェストのトップ3が揃いも揃って悠長に構えているということは、さして重大な事態というわけでもない……のだろう、おそらく多分きっと。
それならそうと言ってほしい。久しく感じていなかった嫌な緊張感を覚えてしまったじゃないか。
それを振り払うように大きく深呼吸しようとしたのだが、その寸前。
神樹の根元や、それに程近い鬱蒼とした森へと光たちが吸い込まれた瞬間、キンッという甲高い音がこの城にまで響いてきた。
「あ」
「っぷ」
「ほおぉおぉお!!やりおったか!」
サリオン、ウーギ、魔王。
それぞれが短く呟くなか、晴天の下で黒々とした幹と深く濃い緑の葉を生い茂らせた大樹の姿が、蜃気楼のように揺らいで見えるのは僕だけなのかな?
「……僕に説明したい人、急募……」
あーあぁ、というどこかしら呆れきった侮蔑と嘲笑を零す二人の臣下が音を立てて僕へと振り向くが、彼らの口が開くよりも先に勢いよく話し出したのは、やはり隣に腰かけた魔王だった。
「いやはや素晴らしい!これは過去一、二位を争うほどの素晴らしき状況である!人の身でありながら空を渡り、見事神樹の結界をぶち破るとは!」
まるで子供のようにその蒼く灯る双眸を煌めかせながら興奮気味に語る男の言葉は、僕の理解できる範疇を少しばかり超えているのだろう。だって、意味がよくわからないんだもの。
でも、魔王へ続けとばかりに嬉々として声を上げたウーギとサリオンのおかげで、大まかには把握できてしまった。
「ルーチェット方面からの侵攻ッスよ、女王様!人間が空を飛ぶとか、もう信じられないッスね!でも愚かなのはいつも通りッス」
「神樹を囲う結界は、ザルツヴェストの国境に展開しているものと連動していますからねぇ。あれを壊されると、毒も国外へ広がりやすくなりますね。ふふっ」
「そーれーにぃ、ウーギのこのヒゲは誤魔化せないッス。やって来た人間共が、早速神樹に向けて攻撃魔法をドンパチしてるみたいッスね。んなことしたら――……」
可愛らしい兎の顔をした魔族が、その細いヒゲをひくひくと震わせるのと同時に、陽炎のように揺らめく神樹からは、この位置からでもはっきりとわかるほど濃い緑の靄が立ち昇り始める。
それは一呼吸のうちに、周囲へと広がっていく。まるで、水面に絵具でもぶちまけたかのように……。
「……聞きたくないけど、つまり……これって物凄くマズい状況……なんだよね?」
周りにいる魔族たちが揃いも揃って全く慌てていないからか、緊張感の欠片すらないせいでいまいち実感がわかない僕は、念のためそう確認してみたのだけれど……返って来た答えは、
「これで人間も全滅ッスかねぇ~」
「放置すれば、ひと月ともたずに滅びるでしょうね。んふっ」
「今までの余の約定にも、『人間の滅亡は回避する』とはないからな。まぁ、こういう終わりでもよかろう」
「どこまでも魔族らしいご回答ありがとう!?」
三人があっけらかんと語るわりには酷い内容に少し取り乱したのは、僕の数少ない大切な人間たちの身にまた危険が迫っていると思ったからだ。
できるならもう一度魔王に保護してもらいたい、と何人かの顔をまず思い浮かべた僕は、間違いなく人でなしだろう。
だって、誰かのせいでこの世界の人間全てが滅ぶことになっても、僕には関係ない。
そのはず、だったんだ。
「しかし、万全の地の守りをこのような方法で討ち破るとは……どのような人間が考え付いたのか。一度、相まみえてみたかったものだ」
興味深そうに呟やかれた魔王の言葉に、忘れていた記憶を、思い出すまでは――。
(あ、れ?……離れた地点にある、強固な守りを誇る敵拠点の制圧方法を――そのアイディアを、求められたことが……あった?)
トクン、と自分の心臓が跳ねたのは、なぜか。
(――そうだあれは、初陣の後だ。殿下の直属になって、一か月だったかな……。慣れない生活と転戦の始まりで、色々といっぱいいっぱいで……宿舎に運よく戻れたけれど疲れ切ってて。でもそこで、休む前にと先輩から変な課題を出されて……)
するすると紐解かれるように蘇る思い出で、顔から血の気が引いていくのが自分でもわかった。
(疲れてたし……気楽に考えろとも言われて、適当に何案か書き殴って……渡したんだ……。反射衛星砲とか長大な地下トンネル……そんなバカげたもの、誰も本気で取り合うはずないし……でも……)
空挺部隊による特攻作戦は、我ながら多少現実的だよねって……思ったんだ。
僕では到底無理だけれど腕のいい魔導士たちが集まれば、ある程度の距離を、それも片道だけもてばいい結界なんて簡単に創れそうだし、それを射出する魔法だってどうにかできそうだもの。
人間が使うのもやっとな転移魔法なんかより、工夫すればより多くの人員を一度に運べるだろうし、実質的な問題点は着地の衝撃をどうするかくらいで――。
(っちが、違う。だって僕のあれは、先輩しか……最悪、僕らの主であったアルベルト殿下くらいしか、知らないはず、で……っ)
『――戦時中に俺が収集した情報が一部、弟からゼーレ教へ提供されていると思われる。その中には君の、「焦土の魔導士」に関するものが含まれているはずだ――』
自分の推測を信じたくないのに、最後に言葉を交わしたかつての主君の声は、今もまだはっきりと脳裏に残っていた。
だから、その全てから導き出された答えを、頭の奥から突き付けられるんだ。
「しかし、これではアレとの約定に影響が……うん?どうした、ユーリオ。懐かしいその顔も愛いが、何を怯えている?」
こちらを見下ろす優しげな双眸も、静かに尋ねてくる低い声も、心地良いもののはずなのに。
再び頬に触れてくるその指先をやけに冷たく感じるなかで、かろうじて開いた口からは、みっともなく震えた声音しか生み出せなかった。
「……全部、ぼくの……せい、だ……」
見上げた先の蒼く燃える瞳は数度瞬いた後、ゆっくりと、とろりと、満足げに細められていった。
「ほぅ、やはりか。余のユーリオならば、さもありなん。愛いな、愛い」
いつもと変わらず贈られた言葉に、息ができなくなった気がした。
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