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2.かわいい双子
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スターシャがぱちりと目を開けると、やっぱり白い天井が見えた。身体も軽く、健康な体に戻っている。スーッと息を吸っても苦しくない。
広い寝台には、なんと双子が両隣で寝ていた。男の子は頬をこすりつけながらむにゃむにゃと「ママ……守るんだ……」と寝言を言い、女の子はスターシャの腕を必死につかんで離さない。
とてつもなくかわいい。
(どうしてなのかわからないけど……今世で産んだ子どもなのかしら)
そもそも、時が巻き戻ったことさえ不思議なことだから、スターシャの人生が変わっているのかもしれない。前世の記憶しかないから、わからないことが多い。
腕をそっと引き抜いて起き上がると、スターシャは白い寝間着の上にガウンを羽織った。そして誰でもいいから、話を聞こうと扉を開けようとすると……不意にギイッと扉が開く。
「ひっ」
「……君」
なんと扉を開けたのは、長身の男性で――スターシャの夫だった。
深い湖の底のように美しく冷たい青い瞳に、眩いほどの銀色を濃くした髪。スーッと通った鼻筋に薄い唇、そして端正で精悍な顔つきに鍛え抜かれた体躯。すらりと伸びた手足の先まで美しい騎士公爵と呼ばれる彼……ジェイラス・クローヴェル公爵。
その威圧的な立ち姿に、スターシャは一歩後ろに下がってしまう。
(え? どうして彼が私の部屋に入って来るの?)
顔を上げると、深淵をたたえた青い瞳と視線が重なった。
——トクッ
スターシャの心臓が跳ねる。前世でも、この瞳に見つめられるとダメだった。それなのに。
いきなりのことに慌てていると、片方の眉を上げた彼が地を這うような低い声を放つ。
「そんな姿で、部屋の外に出るものではない」
「あっ、え?」
彼はスターシャのガウン姿を見ると、眉間に深い皺を寄せ不機嫌そうな顔をした。冷酷で常に厳しい顔つきをしている彼は、『氷壁の騎士公爵』と呼ばれ誰にでも冷たいことで知られている。
どうやら、夫は前世と同じで――スターシャを嫌っているようだ。
「申し訳ございませんっ……わ、私も混乱していて」
「……子ども達の姿が見えないと、侍女頭が言っている」
慌ててつい謝ってしまい、スターシャは俯いた。
けれど、自分はこの男に復讐することを誓ったばかりだったことを思い出す。
(そうよっ、そのために私は時を戻したのかもしれないしっ!)
キッと上を向いたスターシャは、悪女らしく強気になり、言い返そうと顔を上げて彼を睨む――けれど。
「なんだ、君の寝台にいたのか」
ジェイラスはスターシャの横を突っ切ってスタスタと歩いていく。寝室にいる二人を見ると、立ち止まって双子が気持ち良さそうに寝ている姿を見つめた。
「あのっ、その子達は」
勝手に部屋に来ただけで、自分が呼んだわけではない。そもそも状況が全くわからないのに、彼はまるでスターシャが攫ったかのように顔をしかめた。
「子ども達を味方につけたとしても、私を懐柔できると思うな」
腕組みをすると威圧的な言葉をかけ、ジェイラスはスターシャを見下ろした。
「なっ……!」
こちらの言い分も聞かず、彼は一方的に伝えるとサッと部屋を出ていった。いかにもスターシャを侮蔑する表情は、前世と全く変わりはない。
ふつふつと怒りが湧いてきて、スターシャは拳をグッと握りしめた。
(やっぱり、私は稀代の悪女になるわっ!)
そして悪女を妻にした彼を貶めたい。——スターシャは硬く心に誓うのだった。
***
子ども達の名前は男の子がルシアン、女の子がルミアと言い、なんとジェイラスが名付けたという。
どちらも『|光(ルミ)』を由来とした名前だ。二人はどうやら、結婚してすぐに授かった子どものようだった。
(前世では白い結婚だったのに。今世では違ったのね)
スターシャとジェイラスは典型的な政略結婚で結ばれた夫婦だ。元々彼には婚約者がいたけれど、何か事情があり、ジェイラスの父である前クローヴェル公爵が婚約を破棄してしまった。
その直後に宛がわれた婚約者が、ルディラ伯爵令嬢のスターシャだ。爵位は低いがスターシャの父親は宰相であったため、貴族院で力を持つためにジェイラスの花嫁として選ばれた。
ルディラ伯爵にしてみれば、クローヴェル公爵の資金力を当てにして娘を送り出したものだ。そこには愛もなく、ジェイラスが二十五歳でスターシャが十八歳と年齢がちょうどいいからと決められた結婚だった。
それでも、前世でのスターシャは結婚に夢見る普通の乙女だった。結婚したからには、夫となったジェイラスを支え、愛そうと努力をしたけれど……彼は、初めからスターシャに冷たかった。
冷遇されて五年後、突然スターシャに聖女の力が発現する。ちょうど建国三百周年記念の年、こっそり抜け出して見に行ったパレードで、怪我をした少女を癒したことがきっかけだった。
聖女とは自分の中にある魔力を使う魔術師と違い、周囲に漂う聖力の素を取り込める者を指す。主に癒しの術を得意とするものが多いが、訓練を積めば医療だけでなく魔術のように使うこともできた。
前世でのスターシャは聖力が発現した後、必死になってそれを磨き上げた。全ては夫であるジェイラスのために。
(でも、今世はもう、聖女になんてならないわ)
聖女と祭り上げられ、神殿で働かされるのはもう嫌だ。だったら、聖力を隠しておけばいい。パレードに行かなければ、注目されることもないだろう。どうやら今年は、その記念の年のようだった。
(そうよ、もう抜け出さなければいいのよ)
パレードにはジェイラスも参加していたので、前回はその雄姿を一目でも見たくて見学した。でも、もうそんなところには行かないで、屋敷で静かにしていれば――聖女とならずに済むだろう。
普段は騎士団に行き屋敷にはほぼ顔を出さない|夫(ジェイラス)。彼の晴れ姿を一目見るために抜け出すなんて馬鹿げている。それよりも、いかにして悪女になろうかと考えていると――。
「ママッ! お祭りだよ!」
「パレードにパパがでるんだって!」
双子が目をキラキラとさせて近づいてくる。ルシアンは元気にぴょんぴょんと跳ね、ルミアはスターシャの腕をギュッと小さな手で握りしめた。
「「ママ、連れてって!」」
双子は可愛い声を重ねてスターシャにねだるのだった。
広い寝台には、なんと双子が両隣で寝ていた。男の子は頬をこすりつけながらむにゃむにゃと「ママ……守るんだ……」と寝言を言い、女の子はスターシャの腕を必死につかんで離さない。
とてつもなくかわいい。
(どうしてなのかわからないけど……今世で産んだ子どもなのかしら)
そもそも、時が巻き戻ったことさえ不思議なことだから、スターシャの人生が変わっているのかもしれない。前世の記憶しかないから、わからないことが多い。
腕をそっと引き抜いて起き上がると、スターシャは白い寝間着の上にガウンを羽織った。そして誰でもいいから、話を聞こうと扉を開けようとすると……不意にギイッと扉が開く。
「ひっ」
「……君」
なんと扉を開けたのは、長身の男性で――スターシャの夫だった。
深い湖の底のように美しく冷たい青い瞳に、眩いほどの銀色を濃くした髪。スーッと通った鼻筋に薄い唇、そして端正で精悍な顔つきに鍛え抜かれた体躯。すらりと伸びた手足の先まで美しい騎士公爵と呼ばれる彼……ジェイラス・クローヴェル公爵。
その威圧的な立ち姿に、スターシャは一歩後ろに下がってしまう。
(え? どうして彼が私の部屋に入って来るの?)
顔を上げると、深淵をたたえた青い瞳と視線が重なった。
——トクッ
スターシャの心臓が跳ねる。前世でも、この瞳に見つめられるとダメだった。それなのに。
いきなりのことに慌てていると、片方の眉を上げた彼が地を這うような低い声を放つ。
「そんな姿で、部屋の外に出るものではない」
「あっ、え?」
彼はスターシャのガウン姿を見ると、眉間に深い皺を寄せ不機嫌そうな顔をした。冷酷で常に厳しい顔つきをしている彼は、『氷壁の騎士公爵』と呼ばれ誰にでも冷たいことで知られている。
どうやら、夫は前世と同じで――スターシャを嫌っているようだ。
「申し訳ございませんっ……わ、私も混乱していて」
「……子ども達の姿が見えないと、侍女頭が言っている」
慌ててつい謝ってしまい、スターシャは俯いた。
けれど、自分はこの男に復讐することを誓ったばかりだったことを思い出す。
(そうよっ、そのために私は時を戻したのかもしれないしっ!)
キッと上を向いたスターシャは、悪女らしく強気になり、言い返そうと顔を上げて彼を睨む――けれど。
「なんだ、君の寝台にいたのか」
ジェイラスはスターシャの横を突っ切ってスタスタと歩いていく。寝室にいる二人を見ると、立ち止まって双子が気持ち良さそうに寝ている姿を見つめた。
「あのっ、その子達は」
勝手に部屋に来ただけで、自分が呼んだわけではない。そもそも状況が全くわからないのに、彼はまるでスターシャが攫ったかのように顔をしかめた。
「子ども達を味方につけたとしても、私を懐柔できると思うな」
腕組みをすると威圧的な言葉をかけ、ジェイラスはスターシャを見下ろした。
「なっ……!」
こちらの言い分も聞かず、彼は一方的に伝えるとサッと部屋を出ていった。いかにもスターシャを侮蔑する表情は、前世と全く変わりはない。
ふつふつと怒りが湧いてきて、スターシャは拳をグッと握りしめた。
(やっぱり、私は稀代の悪女になるわっ!)
そして悪女を妻にした彼を貶めたい。——スターシャは硬く心に誓うのだった。
***
子ども達の名前は男の子がルシアン、女の子がルミアと言い、なんとジェイラスが名付けたという。
どちらも『|光(ルミ)』を由来とした名前だ。二人はどうやら、結婚してすぐに授かった子どものようだった。
(前世では白い結婚だったのに。今世では違ったのね)
スターシャとジェイラスは典型的な政略結婚で結ばれた夫婦だ。元々彼には婚約者がいたけれど、何か事情があり、ジェイラスの父である前クローヴェル公爵が婚約を破棄してしまった。
その直後に宛がわれた婚約者が、ルディラ伯爵令嬢のスターシャだ。爵位は低いがスターシャの父親は宰相であったため、貴族院で力を持つためにジェイラスの花嫁として選ばれた。
ルディラ伯爵にしてみれば、クローヴェル公爵の資金力を当てにして娘を送り出したものだ。そこには愛もなく、ジェイラスが二十五歳でスターシャが十八歳と年齢がちょうどいいからと決められた結婚だった。
それでも、前世でのスターシャは結婚に夢見る普通の乙女だった。結婚したからには、夫となったジェイラスを支え、愛そうと努力をしたけれど……彼は、初めからスターシャに冷たかった。
冷遇されて五年後、突然スターシャに聖女の力が発現する。ちょうど建国三百周年記念の年、こっそり抜け出して見に行ったパレードで、怪我をした少女を癒したことがきっかけだった。
聖女とは自分の中にある魔力を使う魔術師と違い、周囲に漂う聖力の素を取り込める者を指す。主に癒しの術を得意とするものが多いが、訓練を積めば医療だけでなく魔術のように使うこともできた。
前世でのスターシャは聖力が発現した後、必死になってそれを磨き上げた。全ては夫であるジェイラスのために。
(でも、今世はもう、聖女になんてならないわ)
聖女と祭り上げられ、神殿で働かされるのはもう嫌だ。だったら、聖力を隠しておけばいい。パレードに行かなければ、注目されることもないだろう。どうやら今年は、その記念の年のようだった。
(そうよ、もう抜け出さなければいいのよ)
パレードにはジェイラスも参加していたので、前回はその雄姿を一目でも見たくて見学した。でも、もうそんなところには行かないで、屋敷で静かにしていれば――聖女とならずに済むだろう。
普段は騎士団に行き屋敷にはほぼ顔を出さない|夫(ジェイラス)。彼の晴れ姿を一目見るために抜け出すなんて馬鹿げている。それよりも、いかにして悪女になろうかと考えていると――。
「ママッ! お祭りだよ!」
「パレードにパパがでるんだって!」
双子が目をキラキラとさせて近づいてくる。ルシアンは元気にぴょんぴょんと跳ね、ルミアはスターシャの腕をギュッと小さな手で握りしめた。
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