上 下
12 / 30

第12話 開幕

しおりを挟む
 次の日、ゼラはお屋敷に戻ってきた。

 上から下から、体内のものを出しまくったせいだろう、げっそりとやつれていたけれど、だいぶ回復した様子だ。

 一方で、私はまだ本調子じゃない。

「大丈夫ですか……? スカーレット姉様も、毒を盛られたと聞いたのですが」

 ベッドで休んでいる私のところへ、ゼラはお見舞いにやって来た。

「リンゴでも剥きましょうか?」
「……いらない」
「じゃあ、あったかいスープでも」
「いらないってば」

 一見、私のことを気遣っているように見えるけど、ゼラの本心は知っている。私が憎くてしょうがない彼女は、内心では、ざまーみろとほくそ笑んでいるに違いない。だから、どうしてもゼラの言葉を素直に受け止められずにいる。

 ふう、とゼラはため息をつき、椅子を引いてくると、ベッドの脇に座った。

「何してるの」
「少し、お喋りがしたいと思いまして」
「私はそんな気分じゃないんだけど」
「お姉様に相談したいことがあるんです」
「……何よ」

 あーダメだ! 悪役に徹しきれない! だって、ゼラだよ! 仮にも全世界の少女の憧れのプリンセス・ゼラだよ! 無視しきれないよお!

「王子様のことです」
「パーシヴァル王子?」
「ええ。あんな無礼な粗相をしてしまったのに、王子様は私のことを親身になって看病してくれました。それがとても嬉しくて、嬉しくて」
「ふうん、よかったね。で、相談って何?」
「私、王子様に恋してしまったのです」

 いかにも純朴そのもの、といった眼差しで、ゼラは私のことを見つめてきた。

「でも、どうしたらいいでしょう。私は名家の娘とは言っても、所詮は妾の娘。立場的に、王子様と結ばれることなんて許されません」
「じゃあ、諦めればいいじゃない」
「いやです。王子様も、私に約束してくださいました。また近いうちに王宮へ招待する、と」

 え、何それ。

 どういうミラクル⁉

 王子の前でゲーゲー吐くなんていう、汚い姿を見せておきながら、王子に気に入られたっていうわけ⁉

 ありえない!

 それに、わざわざ私にそんな話をして、どういうつもりなの? 相談? 違うわ、これはただ単に自慢しているだけ!

 こんなに意地悪い子だったの、ゼラって⁉

「へー、ふうん、そーなの」

 私は棒読みで返した。下手に動揺するのもしゃくに障るし、同調して喜んであげるのもやりたくなかった。

「スカーレット姉様も、どうですか」
「は?」
「王宮。王子様は、ぜひプリチャード家の皆様をお招きしたい、とおっしゃってました」
「……っ!」

 これはかなり屈辱だ。

 まさかのゼラが主導権を握っている。王子が会いたいのはゼラだけであり、私達はついで、でしかない。それがわかっているのに、ゼラの話を突っぱねることが出来ない。

「い、行きたいわよ」

 そう言うしかないだろう。下手に断ったりしたら、王子の心証を害するかもしれない。そうなったら、ゼラ以外のプリチャード家の女性は、誰も王宮に足を踏み入れられなくなるかもしれない。

「よかった! スカーレット姉様だったら、きっとそう言ってくれると思っていました!」
「一つ聞きたいんだけど」
「なんでしょう?」
「この話って、お母様やヴァイオレット姉様にはしたの?」
「いえ、まだです」
「じゃあ、なんで一番に私に話してきたわけ?」

 そこで、ゼラは笑みを浮かべた。

 一見、優しそうに見えて、心のこもっていない笑顔。何よりも、目が笑っていない。

「もちろん、"一番に"スカーレット姉様に話したかったから」

 「一番に」のところに力を込めて、ゼラは内なる激情をぶつけてきた。

 その瞬間、私は悟った。

 賢くてしたたかなゼラが、気が付かないはずがない。誰が自分に毒を盛ったのか。それは当然、これまでいじめにいじめ抜いてきた、私、スカーレットに決まっている。

 だけど、ゼラは、あえて私のことを糾弾したりしない。

 なぜなら、物的証拠は何もないからだ。

 だから、じわじわと攻めてきている。私の心をえぐるように。もてあそんで、なぶるように。

 私の胸の奥に火がついた。いいわよ、これは心理戦であり、頭脳戦ってことね。

 じゃあ、私もあなたのことを憧れのプリンセスとは思わない。ここから先はライバルよ。このプリチャード家は私が守るし、王子のハートだって私が射止める。あなたには何も与えない。

 私はスカーレット・プリチャード。ヴィラン役。だけど、ヴィランでは終わらないわ。私こそプリンセスになってみせる。そのためなら、毒の魔法でも何でも使いこなしてみせるわ。

 後世、「毒かぶり姫」と呼ばれようと、全然構わない。あなたに勝てるのなら、どんなことだってするわ。

 せっかく異世界転生して手に入れた、この幸せを、手放してなるもんですか!

「ありがとう。これからも、何かあったら、"一番に"私に話してちょうだい」
「そうしますわ、スカーレット姉様」
「うふふ」
「うふふ」

 私とゼラとの間で、火花が散る。

 いまこの瞬間、二人の戦いが幕を開いた。
しおりを挟む

処理中です...