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第2章 魔女は空から降ってくる
第14話 依頼主の思惑
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入店当初、そういうようなやり取りがあったので、仕事の依頼を受けたエリカさんが、私も連れていくと言い出したときには、(あれ?)と思ったのである。
(マキナさんに釘を刺されたのかな)
VIPルームへ向かいながら、エリカさんの横顔を見て、なんとなくそう感じた。
依頼を受けたときのエリカさんは笑顔だったのに、いまは歯をギリギリと鳴らさんばかりの苛立った形相を見せている。横目で、私を睨んだりもしてくる。
私の見ていないところで、仕事に同行させるよう、強く指示されたのかもしれない。
「勘弁してよ……超面倒なんだけど……」
そんな風にぼやき続けているエリカさんと一緒に、私はVIPルームの中に入った。
マキナさん、千秋さん、魅羅さんがすでに席についていた。群青色を基調とした、質実剛健でありながら優美な室内の色合いは、いかにも加賀百万石のおもてなしを感じさせる。調度品も、輪島塗りの飾り皿や、加賀友禅をアレンジして作ったランプカバーなど、これでもかと金沢らしさを押し出した物を置いている。
あとから、森さんがボーイに案内されて、部屋に入ってきた。
「お久しぶりです。大体の話は聞いておりますが、詳細をお願いできますか」
キャストに対しては強い口調のマキナさんも、お客さん相手となれば柔らかな敬語を使う。
森さんの依頼内容はシンプルだった。
「この二ヶ月ほど、近江町市場でスリや盗難が相次いどる。その犯人を捕まえてくれ」
すぐに私は疑問に思った。
それって警察に頼むことじゃないの?
他の人たちも同じことを思っているんじゃないかな、と全員の顔を見てみたけど、誰も何も感じていないようだ。
結局、詳細も何もなく、森さんからの話はそれぐらいだった。
「この依頼、受けるんですか?」
森さんがVIPルームを出ていった後、千秋さんに尋ねたら、彼女は無言で、エリカさんに目配せをした。教育係から教えて、ということなのだろう。
めんどくさそうにため息をつき、エリカさんは説明を始めた。
「まず、森さんからの依頼ってところがポイント。社会的地位もあって、何回か私たちに仕事を頼んでいる実績もある。信用できる人、ってこと」
「だけど内容的には警察に通報することですよね」
「私たちに依頼するっていうことは、警察に届け出られない事情があるんだって」
「犯罪が起きているのに、ですか?」
「よく考えてみなさいよ。警察に言いたくないし、私たちにも細かいことは言えない。あんただったら、どういうシチュエーションなら、そういう行動を取ると思う?」
「近江町市場は観光客も来るから、そこでスリや盗難が起きてるのを知られるのは、イメージダウンになるので避けたい、とか?」
「バカ。だったらさっさと警察に通報して、少しでも早く犯人を逮捕してもらったほうが効果的でしょ。お客さんにも警戒を促せるんだし、いいことづくめじゃない」
「あ、そっか……とすると、うーん……」
他の理由が全然思い浮かばない。
「鈍いなあ。犯人を警察に逮捕させたくないから、に決まってるでしょ」
「え? 逮捕、させたくない?」
意味がわからない。犯人を捕まえたい、というのが森さんの依頼だ。それなのに逮捕させたくない、というのは、どういうことだろう。
「あーもう! ほんっとイライラする! 千秋!」
エリカさんは説明を投げ出し、千秋さんにバトンタッチした。
「警察に捕まると、前科がつくし、場合によっては報道もされるでしょ。自分たちで解決すれば、盗んだものを被害者に返して、犯人を厳しく責めれば、それで終わり。明るみに出ることなく、処理することが可能なわけ」
「なるほど。表立たせたくない、ってことなんですね」
そこで違和感を抱いた。
犯人に対して、それは、あまりにも寛大な処置ではないか。市場の人たちは被害を受けている。厳重に処罰して当然だと思う。なのに、内々で済ませようとしている。
もしかして……。
「あの、それはつまり、森さんは犯人が誰かわかっている、ということですか?」
「正解。さらに掘り下げてみると、どういう関係かも読み取れると思うわ」
「親しい関係の人か……身内……まさか家族!?」
「実を言うとね、もう私たち、大体の事情は知ってたの。あの人の息子は、私たちと同い年で、もともとは向卯山高校のサッカー部に所属していたエース。優秀だったけど、素行の悪さも有名で、クラブ遊びと飲酒が発覚して退学になった。そこで彼の未来は断たれて、いまはうだつの上がらない日々を過ごしているらしいわ。ねえ、エリカ?」
声をかけられたエリカさんはムスッと黙っている。怒っているようでもあり、どこか目つきは悲しげでもある。
直感から、私は尋ねた。
「エリカさんは、何か、関係があるんですか?」
「……元カレよ」
「へ?」
「森瞬一郎。高校時代、付き合ってた。身体能力はすごいやつだったけど、性格は最低、暴力野郎で、殴られたこともある。退学になった後、ヤクザの組に入って、チンピラみたいな生活を始めたんで、それで別れた」
「そう……だったんですか」
「森さんが私を指名してきたから、すぐにピンときた。みんな千秋を頼るのに、わざわざ、私。その時点で、答えは出てるようなものよ」
「でも、そこまでひどい人なのに、どうして森さんは、ちゃんと警察に突き出さないんでしょうか?」
「親心は複雑よ。他人の子どもなら更正させようと考えても、自分の子どもともなれば、自分の手でなんとか改心させてやりたい、って思うものなの」
自分に当てはめて想像してみた。もしも私のお父さんやお母さんが人のものを盗んだとして、私は、それをすぐに警察に通報できるだろうか。
できない。人知れず解決しようとするだろう。それと同じことなのかもしれない。
「この案件、私にやらせて」
力のこもった眼差しで、エリカさんは、マキナさんを見据えた。
「できるのか? 市場の中での対応は、むしろ魅羅のほうが適任だが」
「私がやらないとダメなの。あいつを懲らしめるには、私じゃないと」
「わかった。この件はエリカに任せる。夏海も一緒に行き、仕事の様子を見るといい。手伝う必要はない」
一瞬、夏海、が自分の源氏名であるということを忘れていた。そのせいで、マキナさんに話しかけられているのに、無反応になってしまった。
「返事!」
エリカさんに怒られ、私は慌てて「はい!」と上ずった声を出した。
(マキナさんに釘を刺されたのかな)
VIPルームへ向かいながら、エリカさんの横顔を見て、なんとなくそう感じた。
依頼を受けたときのエリカさんは笑顔だったのに、いまは歯をギリギリと鳴らさんばかりの苛立った形相を見せている。横目で、私を睨んだりもしてくる。
私の見ていないところで、仕事に同行させるよう、強く指示されたのかもしれない。
「勘弁してよ……超面倒なんだけど……」
そんな風にぼやき続けているエリカさんと一緒に、私はVIPルームの中に入った。
マキナさん、千秋さん、魅羅さんがすでに席についていた。群青色を基調とした、質実剛健でありながら優美な室内の色合いは、いかにも加賀百万石のおもてなしを感じさせる。調度品も、輪島塗りの飾り皿や、加賀友禅をアレンジして作ったランプカバーなど、これでもかと金沢らしさを押し出した物を置いている。
あとから、森さんがボーイに案内されて、部屋に入ってきた。
「お久しぶりです。大体の話は聞いておりますが、詳細をお願いできますか」
キャストに対しては強い口調のマキナさんも、お客さん相手となれば柔らかな敬語を使う。
森さんの依頼内容はシンプルだった。
「この二ヶ月ほど、近江町市場でスリや盗難が相次いどる。その犯人を捕まえてくれ」
すぐに私は疑問に思った。
それって警察に頼むことじゃないの?
他の人たちも同じことを思っているんじゃないかな、と全員の顔を見てみたけど、誰も何も感じていないようだ。
結局、詳細も何もなく、森さんからの話はそれぐらいだった。
「この依頼、受けるんですか?」
森さんがVIPルームを出ていった後、千秋さんに尋ねたら、彼女は無言で、エリカさんに目配せをした。教育係から教えて、ということなのだろう。
めんどくさそうにため息をつき、エリカさんは説明を始めた。
「まず、森さんからの依頼ってところがポイント。社会的地位もあって、何回か私たちに仕事を頼んでいる実績もある。信用できる人、ってこと」
「だけど内容的には警察に通報することですよね」
「私たちに依頼するっていうことは、警察に届け出られない事情があるんだって」
「犯罪が起きているのに、ですか?」
「よく考えてみなさいよ。警察に言いたくないし、私たちにも細かいことは言えない。あんただったら、どういうシチュエーションなら、そういう行動を取ると思う?」
「近江町市場は観光客も来るから、そこでスリや盗難が起きてるのを知られるのは、イメージダウンになるので避けたい、とか?」
「バカ。だったらさっさと警察に通報して、少しでも早く犯人を逮捕してもらったほうが効果的でしょ。お客さんにも警戒を促せるんだし、いいことづくめじゃない」
「あ、そっか……とすると、うーん……」
他の理由が全然思い浮かばない。
「鈍いなあ。犯人を警察に逮捕させたくないから、に決まってるでしょ」
「え? 逮捕、させたくない?」
意味がわからない。犯人を捕まえたい、というのが森さんの依頼だ。それなのに逮捕させたくない、というのは、どういうことだろう。
「あーもう! ほんっとイライラする! 千秋!」
エリカさんは説明を投げ出し、千秋さんにバトンタッチした。
「警察に捕まると、前科がつくし、場合によっては報道もされるでしょ。自分たちで解決すれば、盗んだものを被害者に返して、犯人を厳しく責めれば、それで終わり。明るみに出ることなく、処理することが可能なわけ」
「なるほど。表立たせたくない、ってことなんですね」
そこで違和感を抱いた。
犯人に対して、それは、あまりにも寛大な処置ではないか。市場の人たちは被害を受けている。厳重に処罰して当然だと思う。なのに、内々で済ませようとしている。
もしかして……。
「あの、それはつまり、森さんは犯人が誰かわかっている、ということですか?」
「正解。さらに掘り下げてみると、どういう関係かも読み取れると思うわ」
「親しい関係の人か……身内……まさか家族!?」
「実を言うとね、もう私たち、大体の事情は知ってたの。あの人の息子は、私たちと同い年で、もともとは向卯山高校のサッカー部に所属していたエース。優秀だったけど、素行の悪さも有名で、クラブ遊びと飲酒が発覚して退学になった。そこで彼の未来は断たれて、いまはうだつの上がらない日々を過ごしているらしいわ。ねえ、エリカ?」
声をかけられたエリカさんはムスッと黙っている。怒っているようでもあり、どこか目つきは悲しげでもある。
直感から、私は尋ねた。
「エリカさんは、何か、関係があるんですか?」
「……元カレよ」
「へ?」
「森瞬一郎。高校時代、付き合ってた。身体能力はすごいやつだったけど、性格は最低、暴力野郎で、殴られたこともある。退学になった後、ヤクザの組に入って、チンピラみたいな生活を始めたんで、それで別れた」
「そう……だったんですか」
「森さんが私を指名してきたから、すぐにピンときた。みんな千秋を頼るのに、わざわざ、私。その時点で、答えは出てるようなものよ」
「でも、そこまでひどい人なのに、どうして森さんは、ちゃんと警察に突き出さないんでしょうか?」
「親心は複雑よ。他人の子どもなら更正させようと考えても、自分の子どもともなれば、自分の手でなんとか改心させてやりたい、って思うものなの」
自分に当てはめて想像してみた。もしも私のお父さんやお母さんが人のものを盗んだとして、私は、それをすぐに警察に通報できるだろうか。
できない。人知れず解決しようとするだろう。それと同じことなのかもしれない。
「この案件、私にやらせて」
力のこもった眼差しで、エリカさんは、マキナさんを見据えた。
「できるのか? 市場の中での対応は、むしろ魅羅のほうが適任だが」
「私がやらないとダメなの。あいつを懲らしめるには、私じゃないと」
「わかった。この件はエリカに任せる。夏海も一緒に行き、仕事の様子を見るといい。手伝う必要はない」
一瞬、夏海、が自分の源氏名であるということを忘れていた。そのせいで、マキナさんに話しかけられているのに、無反応になってしまった。
「返事!」
エリカさんに怒られ、私は慌てて「はい!」と上ずった声を出した。
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