金沢友禅ラプソディ

逢巳花堂

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第一話 カフェ「兎の寝床」

東京のご両親

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 カフェ「兎の寝床」の中には、玲太郎と晃以外に、初老の男女がいた。

 あまり良い雰囲気ではなさそうだ。初老の男女は強張った表情で、玲太郎と向かい合っている。

 一瞬、みんな、チラリと藍子のほうを見たが、特に何も言わず、また元のほうへと目線を戻した。

「えっと、遠野君、この人達は……?」

 静かに晃のそばへと歩み寄り、耳元で小声で問いかける。

「玲太郎君のご両親」
「ご両親⁉ それって、東京の?」
「ああ。彼のことを連れ戻しに来たんだって」
「うそ、マジで⁉ でも、どうやってここがわかったの? ご両親はお店のことを知っていたの?」
「いや、玲太郎君は話していなかった。反対されていたから、内緒で金沢に出てきたそうなんだ。でも、こっちで賃貸を借りる時に、連帯保証人を立てる必要があってね。東京にいる、彼のお兄さんが、会社員で定収入あるからって、頼んでいた。ところが、そのお兄さんが、ご両親にバラしちゃったんだって」
「で、彼の居場所を知ったご両親が、こうしてやって来て……」
「そう、東京に戻って、もう一度サラリーマンをやれ、って説得しているところ。聞いてたらわかると思う。さっきから話は堂々巡りしているから、また同じやり取りが出てくるはずだから」

 晃の説明が終わるのと同時に、玲太郎の母親が口を開いた。

「行き先も言わないで、家を飛び出して。私達、本当に心配していたのよ。どうして何も相談してくれなかったの?」
「だって、二人とも、僕のやりたいことに、理解を示してくれなかったじゃないか。それなのに、相談なんて、出来るわけないだろ」

「お前は自分のやっていることの意味がわかっているのか」

 玲太郎の父親が、厳しい口調で、責め立ててくる。

「せっかく大学を出て、良い企業に勤められたというのに、無責任にも勝手に退職して、挙句の果てにはこんな地方都市でカフェをやるだと? 自分がどれだけ大変なことをしでかしているのか、お前はちゃんと理解しているのか!」
「わかってるよ。そんな甘い世界じゃないことも。でも、僕は、これがやりたいんだ」
「いいや、お前はわかっていない。ただ夢ばかり見て、現実にどんな厳しいことが待ち受けているか、直視しようとしていない」
「そんなもの、会社を辞めた時から、いやでも痛感しているよ。こっちで賃貸のアパートを探す時だって、定収入が無いから、大変だった。兄さんに何とか保証人になってもらって、それで住めるようになった。ちゃんとした会社勤めじゃない人間は、世間から信用されてないんだな、って、初めてわかったよ」
「開店資金はどうした。まさか借金したんじゃないだろうな」
「借金しなかったら無理に決まってるだろ。定期預金を担保に、銀行から借りたよ」
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