上 下
2 / 12
第1章 最初の夜

第1話 『ここは一体何処なのか』

しおりを挟む
「...あれ?」

玄関のドアを開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。

「朝...?」

外が明るくなっていた。

「寝過ごしたのか!? やべぇ、学校遅刻じゃねぇか!! くそ、カーテン閉め切ってたから全然気づかなかった!!」

「違うよ、不動君」

「違うって何が!」



「......」

状況が、さっぱりわからない。 上方は外に出れば分かると言ったが、なんだか尚更わからなくなったような...。

僕は上方に向き直った。

「でも、どう見たって朝じゃないか」

渡り廊下の手すりから乗り出し、外を見渡す。

「ほら見ろ、今から学校に行こうとしてる人もいるぞ」

それほど多くはないが、制服を着てる人々がちらほらと確認できた。 もちろん、恐らく会社に出勤しようとしているであろう人々もだ。

しかし、上方はそれを見ようともしないで、

「さっき私が言ったことを覚えているかい?」

「お前が言ったことって...。 じゃあなんだ、今僕はぐっすりとベッドの中で寝ているところで、ここは現実じゃないとでも?」

「その通りだ」

「そんな訳ないか...っておい! 完全に冗談で言ったのにあっさり肯定しやがったぞコイツ!」

...いや、待てよ? 上方の言うことはまるっきり信じられないけど、上方が間違ってるとするなら今が本当に朝だということになるよな...。

「マジで今が朝だったら僕は遅刻確定じゃないか...! くっ、どうやらお前を信じるしかないようだ...!!」

「おい、そんな現実逃避的に信じられても私が困るんだが...」

まあいい、と上方は呟いて、

「ちなみにさっきも言ったようにこの状況は夢でもない。 まぁ、こんな美少女が現実にいる訳ないという気持ちも、分からないでもないけどね」

「お前が美少女なのは置いといて、夢でもないってのはイマイチよく分からないな。 現実の体がベッドの中でぐっすりなら、これは夢と言っても差し支えないんじゃないか?」

「いやいや、夢は現実に影響を及ぼさないだろう?」

何気なく放たれた上方の言葉に、僕は一瞬言葉を失った。 だって、それじゃあまるで___________。

「このよく分からん世界は、現実に影響を及ぼすってことか...!?」

「かもしれないって話だよ。 あくまでも私の推測だ」

聞き捨てならない話だ。 この一見普通な世界が、現実にどのような影響をもたらすというのか。

「お前は、ここが何処なのかが分かっているのか?」

「恐らく。 確証はないが、それでも聞くかい?」

僕は首を縦に振る。

「オーケー、話そう。 まず、先ほども説明したようにこの世界は現実じゃない。 君の体は今でもベッドの中だ」

「未だに信じられないけどな」

「今は取り敢えず受け入れてくれよ。 ...で、結論から言うに、この世界は人の心が具現化したものだと私は考えている」

「......」

『いきなり何を言い出すんだコイツは』と思わず突っ込もうとした僕だったが、上方は気にせずに話を続ける。

「誰の心が、とかじゃない。 具現化したのはみんなの心だ」

「待てよ、いくらなんでも現実的じゃないだろ、それは」

「まぁ最後まで聞いてくれよ。 私が思うに、具現化したのは大衆の心、『集合的無意識』だ」

「なんだって?」

「『集合的無意識』...まぁつまり、人間の心ってのは奥底で繋がってるんだよ」

...難しい話は分からないが、どうやら上方の推測によると、この世界は人の心、それも奥底で繋がっているみんなの心が具現化したものであるということらしい。

「待て、まずここは本当に現実世界じゃないのか? もし現実世界じゃないんだったら、もっとみんなパニックになっててもおかしくないような...」

さらに気になるのは、上方は何をもってしてこの仮説を立てているのか。 一体何を見たら『集合的無意識』などという発想に辿り着くのか、だ。

「おい、上方______ 。」

疑問点を聞こうと、僕が口を開いたその時だった。

「おっと、不動君じゃないか。 もう学校行く時間じゃないのかい?」

「...え?」

突然話しかけてきたのは、スーツ姿の男性だった。

というか、僕の知り合いだ。

「なんだ、赤田さんか...」

「なんだってことはないでしょ。 というか学校はどうしたの、サボり?」

今、目の前にいる彼の名前は『赤田 悟あかだ さとる』。 僕の隣の部屋に住んでいる...つまり、お隣さんだ。 詳しくは知らないが年齢は20代半ばで、既に大企業に勤めているらしい。

彼は頭に手をやりつつ、

「だめじゃないか、サボりなんて。 というかその子、彼女? 学校サボってデートとか度胸あるねぇ~」

「いや、コイツはそういうのとは違くて」

「あー、そうなんだ。 まぁそうだよね、不動君にこんな可愛い彼女ができる訳ないか」

「ぶっ飛ばすぞ」

思わずタメ口を聞いてしまった。
...いや、というか待てよ。

「赤田さんはこの状況に違和感を感じないんですか?」

「え? 何のこと? いつも通りの朝のような気がするけど...」

いつも通り、か。

僕は先ほどから全く喋らなくなった上方に小声で話しかけた。

「オイ...やっぱここが現実じゃないってのは嘘か...」

「...ッ、すまない、なんだ? 全然聞いてなかった」

「?」

どうやら、冗談でも何でもなくぼーっとしていたらしい。 何か気になることでもあったんだろうか?

と、そんな僕らの様子をしばらく不思議そうに見ていた赤田さんだったが、

「じゃあ、僕は会社行かないといけないから。 君たちもちゃんと学校行くんだよ?」

「あ、ちょっと!」

赤田さんはあっという間に行ってしまった。

「...どういうことだ?」

「なに、簡単な話だ。 ここが現実の世界ではないと認識できている奴と、認識できてない奴がいるんだよ」

上方はいつの間にか復活していた。

「...本当か? ちょっと怪しいな、コイツ」

「そのうち嫌でも分かるさ、ここが現実じゃないってね」

「適当言ってないだろうな...」

しかし、ここが現実だと認めてしまえば僕は完全に学校に遅刻したことになる。 上方を信じるしかない。

「だからそんな現実逃避的に信じられても」

上方は呆れた顔をして、

「さっきも言ったが、そろそろ私の言動が本当かどうかが嫌でもわかる。 君はそれまで大人しく待っているといい」

「それまで...ってだからいつまで」

僕が文句を言いかけた時だ。

ドゴォォ!!!と、凄まじい音が耳をつんざいた。

「な、なんだ!?」

地面が揺れる。

僕は立っていることができなくなり、その場にしゃがみ込んだ。

「地震か!? 何が起こった!?」

上方は、このとてつもない揺れをもろともせずに涼しい顔で立っていた。

「案外早かったな」

「なんだって?」

「喜べよ、不動君。 

「わかるって何が...うわっ!?」

揺れが更に酷くなってきた。 しゃがみ込んでいても耐えられないくらい...ってここ、マンションの高い階なんだけど大丈夫か!?

「おい上方、座れよ! 外に投げ出されるぞ!!」

「フハハ、問題ないぞ不動君。 私は地下鉄の満員電車でも吊り革に掴まらずに立っていられる人間だ」

それはただ単に人が多すぎて倒れる余地もないだけだ!!

「馬鹿なこと言ってないで座れって!!」

無理矢理にでも座らせようと、思わず立ってしまったのが間違いだった。

「あ?」

上方の手を掴んだと思った矢先に、ジェットコースターに乗っている時のような浮遊感が僕を襲った。

「ああああああああああァァァァァァァァァァァァ!!!!!」

落ちた。 よりによって7階から。

「まったく、だから私は大丈夫だと」

「ふざけんじゃねえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

一緒に落ちているはずなのに恐ろしいほど冷静な上方を横目に、僕は絶叫しながら地面へ激突したのだった...。



























しおりを挟む

処理中です...