魔道士(予定)と奴隷ちゃん

マサタカ

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過去編

ルウの日常

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「お母さん、おこづかいをあげてください」
 
 カチャカチャという食器が擦れ合う音はやまず、呼びかけに答えてはくれません。洗い物に集中したいということなのでしょうが、無視されたようで気分はよくありません。

「なにに使うの」

 ようやく終えて、手拭いで手を拭いて歩きだします。私も従う形に。

「行商人さんが来たときに、お塩を買いたいのです」
「家にもあるじゃない」

 居間ではお父さんは、猟で捕らえた獲物の毛皮を鞣す作業を始めています。姉さんはその手伝いをするため、獲物を紐で結んで天井に吊り下げようとしています。黙々と作業をしていますが、私とお母さんが外に行くのをちらりと確認しています。二人からは、頼んだと意志が込められた視線を受取り、私も無言で頷きます。

「普通のお塩ではだめなのです。お肉を長期保存できるように、質のいいお塩を常備しておきたいのです。あと切れ味のいいナイフとお肉の味を高めるための薬草や香辛料も」

 はぁ。額に手を当てるポーズは、なんだか疲れたとか呆れるというよりも後悔の念のように映ります。育て方を間違ったとかどうしてこうなった、と。

「あなた、そんなことよりも身だしなみに気をつかわないの? お化粧とか小物とか」
「興味ありません」

 姉さんがそういうものを好んでいるからでしょうか。姉とは違いすぎて食べ物や狩りしかやっていない私を、お母さんはよくこうやって窘めてきます。

「そんなんじゃお嫁のもらい手もないんじゃない?」
「いざというときは一人でも生きていけます」
「さみしいわよ?」
 
 さみしい。それがどんな感情か今の私にはわかりません。元々感情の起伏は少なかったですし。この村はウェアウルフ、それも決して多くはない人口ですから一人一人の繋がりが強かったのです。皆で助け合って、支え合っている。村の外はどうかはわかりませんが、皆いい人たちばかりです。

「親としては食い意地や狩猟のやり方よりも家事や女の子らしい立ち居振る舞いを身につけてほしかったけど」

 姉さんとは違って、女の子らしいことが私にはふさわしくないのでしょう。家事をすれば前より汚れ、料理をすれば必ず黒い消し炭が。洗濯をすれば破れたり色移りしたり。教わったことはあるのですが、やる気でしょうか。家事をしているときなんとなくモチベーションが上がらないでぼけ~っとしちゃって、それで大惨事がおこってしまいます。

 小さい頃からお父さんの仕事を手伝っているうちに、そちらが得意になりました。最初に捕らえた獲物の一番いい部分、心臓や膵臓を食べられる。私に似合っている仕事だと自負しています。将来的にはお父さんの跡を継いでもっといろんな獲物を食べた――狩りたいのです。

「我が家の家訓は知っているわよね?」

 家訓。弱肉強食。下克上。実にシンプルで当たり前なこと。

 エプロンを外し、準備体操に入ります。私も屈伸を繰り返し首や手首をコキコキ鳴らしながら隙を窺い、お母さんが後ろ向きになったちょっとの間に。

 バッ! とびかかります。右手と左手を前に出しながら攻撃に入る予備動作を。お母さんは気配を察したのか体を屈めながら一気に伸びる勢いのまま、拳を真上に突き上げます。このまま腹部に入れば呼吸困難になってしまうでしょうが、読んでいた私は両手を重ねて防ぎます。腕のみならず体が持ち上がっていきますがそのまま上体を逸らしつつ肘を曲げて後方へ跳ねます。

 着地の衝撃を両手と両足で分散しつつ、お母さんの足めがけて足刀を一回二回三回。左手を軸にして体ごと回転して四回目の攻撃を。しかし、お母さんはすべてを避けつつ拳を振り上げます。地面に刺さってしまうあの拳をなんとか避けましたが、そこから一気呵成に責め立てます。お母さんは最小限の動きでそらし、防ぎます。

「強くなったわね、ルウ」
 
 けど、このままでは勝てません。なので搦め手を。右足を振り上げ蹴りを入れますが脇の下に抱え込まれました。けど、同時に動かす尻尾をお母さんの腹部に。ビシィ! という音とありったけの酸素が一気に漏れでる声が。うまくお母さんにダメージを与えられましたが、決定打ではありません。お母さんは予想外すぎる攻撃でまだ回復できていない、このまま――

「!?」

 体が宙に浮いて、私の拳が空振りしました。お母さんの尻尾が私の襟を掴んでいました。

「発想がいいけど、尻尾を操る技術は私のほうが上ね」

 今まで体術を学んでいるとき、尻尾を操る攻撃は教わったことがありませんでした。だから、盲点じゃないかとおもったのですが甘かったようです。そこからはもう一方的な戦いでした。足腰も立たないほどのお母さんの攻撃は、我が子に対する仕打ちではなく、敵を確実に仕留めるための容赦のない一撃一撃で、いつの間にか私は自室の布団に寝かされていました。

「ルウちゃん、また負けちゃったね」

 怪我の手当をしてくれたのでしょうか。姉さんがいつものように微笑んでいました。通算三百六十五戦0勝三百六十五敗。今までお母さんに勝てたことはありません。もうここまで来ると自分の要求を通すことよりどうやったら帰るかのことに拘りたくなります。

「お母さんは強いからねぇ。お父さんも勝てないし」

 姉さんは私やお父さん、お母さんと違って体術が好きでも得意でもありません。どちらかというと話し合いで決着する平和主義な人です。本当に姉妹かって自他共に疑ったこともあるくらい違っています。というか、私たち家族は
皆見た目が違います。お父さんはウェアウルフさながらの狼然とした顔で毛むくじゃら。お母さんは人に近い顔と見た目。私はお母さんに似て姉さんはお父さん似。毛の色も皆それぞれ違いますが、我が家に限った話ではありません。

 ウェアウルフというのは、そういうものらしいです。大昔は狼に近い見た目だったけど、環境の変化と適応、食べる物の違いやら生き方の違いから人に近い見た目のウェアウルフがいつしか産まれるようになったと、前に村長がはなしていましたけど難しすぎてよく覚えていません。


「ああ、ルウちゃん尻尾がぼさぼさよ? 耳も。そうだ、私の櫛、よかったら使う?」

 私が頷くと姉さんは自室へ行って、すぐに戻ってきました。そのまま私の髪の毛や尻尾のお手入れをしてくれます。いつもは自分で行いますけど、まだダメージが残っています。

「ねぇルウちゃん。たしか自分の櫛ってなかったよね? この櫛もらってくれない?」
「え? でも姉さんが・・・・・・・」
「私は、その・・・・・・・・・あ、新しいのを、もらったから」

 もらった。それはお母さんでしょうか。それともお父さんでしょうか。どちらにせよ娘らしい物を好んでいる姉に対して両親は甘い気がします。私は肉体言語を用いてしか得られないのに。待てよ? これを交渉材料にすればもしかしたら。

「えっと、なんだか勘違いしているみたいだけど、ヴァイツくんにもらったのよ?」

 ヴァイツ。この村一番のイケウェアウルフ。品行方正で誰にも平等で仕事もできる。村長の息子さんです。村の若い子たちから人気がある人ですが、はて、どうしてヴァイツさんが姉さんに?

「嫁になってくれって。昔からずっと好きだったって」

 え?

「いきなり言われて、私も驚いたけど」

 まじですか姉さん。初耳です。というかのヴァイツさんが。はぁ~。昔から何故か姉さんを見つめていたり姉さんと話すときは顔赤くなったりチラチラ見ていたりお祭りのときも姉さんを踊りに誘ったりしていましたけど。まさかです。

「姉さんはヴァイツさんことどうおもっていたんですか?」
「う~ん。私も・・・・・・・実は・・・・・・・・・」

 うねうね波打っている耳と抱きかかえる尻尾ごと身を捩る姉さん。そのまさに恋する乙女そのものな反応で昔から好きだったんじゃないかって疑惑が。うそ。いつからでしょうか。まったく素振りすらかんじませんでした。

 そういえば女の子と話しているのを辛そうに眺めていたりヴァイツさんにお手製の服をプレゼントしていたりお裾分けしているときはヴァイツさんに一番いい物を渡してたりヴァイツさんと話すとき尻尾が高速回転していたり赤くなってたり何故か動揺していましたけど、まさかです。

「よろしくお願いしますって、答えたの」
「はぁ~・・・・・・。なにはともあれおめでとうございます」

 なににしても喜ばしいことに違いはありません。お祝いになにか私もプレゼントしましょうか。

「お父さんとお母さんに伝えたんですか?」
「・・・・・・・・・まだだけど、今度挨拶に行きたいって」

 ということは、そう遠くないうちに、結婚するんでしょうね。お父さんは悲しむでしょうか。認めるでしょうか。お母さんは、力で証明しろって言ってきて戦いそうです。

「おめでとうございます」
「ありがとう、ありがとうね」

 なんだかたまらなくなって、姉さんに抱きついてしまいました。そのまま布団に二人で入って、話を続けます。主な話題はヴァイツさんのいいところ、不安なこと。それから恋をしているときのことについて。けど、どうしてもわかりません。人を好きになるということが。

 私は一度も恋をしたことがありません。おとぎばなしや物語で結ばれたお姫様と王子様、もとい騎士様、そして両親の馴れそめや仲の良い人たちの話をしていても、しっくりこないのです。

 いろいろなパターンがありました。いつの間にか好きになっていた。一目惚れだった。あることがきっかけで好きなった。けど、私にはどうしてもイメージできません。恋をしたいと望んだことも恋人がほしいとおもったこともなかったのです。けど、どれも皆幸せそうでした。私もいつかこんな顔で話をすることがあるのか。誰かに恋をすることがあるのか。そんなことよりも狩り、お肉。悩んだけどすぐに消えました。

「姉さん。恋ってどういうものですか?」
「すごく楽しいし、幸せよ。相手のことを考えると、それだけで恥ずかしくなったり照れちゃったり。けど、辛いときも悲しいときもあるの。相手は自分のことどうおもってるのかな、他の人好きなのかな、告白しようかしないほうがいいか悩んじゃったり」

 なんだか良いことより悪いことのほうが多いのは気のせいでしょうか。私が恋をする。家庭に入って家事をする。誰かと一緒に暮らして一喜一憂する。やっぱりしっくり来ません。そもそも誰か私を好きになってくれる人が今後現われるんでしょうか。

「明日、よかったらヴァイツくんと会ってお話ししない? お父さんたちに会いにいく前の相談もしたくて」

 いいですねそれ。ヴァイツさんに恋に落ちたきっかけとか聞きたいですし、それにお祝いもお渡ししたいです。ちょうど森に仕掛けた罠の様子を見に行く予定ですので。

 まだ話していたかったけど、朝が早いですしそれがきっかけとなってどちらからともなく眠りにつきます。夢を見ました。花嫁・花婿衣装の姉さんとヴァイツ。それを泣きながら眺めている両親とぼけ~っと眺めている私。祝福してくれる村人たち。そう遠くない未来訪れる光景が、もしかしたらこれが幸せなんだなって私に教えてくれる。そんな夢でした。
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