魔道士(予定)と奴隷ちゃん

マサタカ

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十三章

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「今日もくたびれました」

 狭苦しい部屋で、肩が当たるほど近いルウがぼそりと呟く。本当ならルウの香りとか体温とか距離感で。

 ムホオオオオオオ! 我慢できないいいいいい!! 

 と狂喜乱舞しているところだけど、事態が深刻だからそれどころじゃない。疲れは微塵も見せてはいないけど、耳と尻尾に元気がない。きっと気丈に振る舞っているだけで精神的には相当負担となっているんだ。

「ごめんな、ルウ。あの人が」
「どうしてご主人様が謝るのですか」
 
 母親と真っ正面から立ち向かっているルウを何度か庇ったりお袋に怒ったりしているけど、逆効果になっている。二人の闘争心という火に油を注ぐ結果となって勢いは日に日に増している。特にお袋は頑なすぎる。ルウを認めないってオリハルコンのように固い意志を持っている。

「まったく、なんだってあの人は」
「実の母親を悪く言われてはいけません。おそらくご主人様の想い人である私が嫌なのでは? 我が子をとられると」 
「我が子をとるって。そこまで過保護じゃなかったし溺愛もされてなかったのにおかしくないか?」

 どっちかっていうと兄貴のほうが大切にされていたし。優先されてたし。

「女親とは皆そうなのではないでしょうか。亡くなった母も申しておりました」
「ちなみになんて?」
「父の家で義両親と同居する際は愛想がよく受け入れられたけど、いざ夫婦になったら対応が悪くなったと。家事の一切にけちをつけられて露骨に悪感情を顕わにしたそうです」
「ルウのお母さんも苦労したんだな・・・・・・・・・・・・」
「同じ主婦仲間と悩みを共有し、父が間に入って助けてもらっていたのでなんとか耐えられたと。私が産まれるまで寝首をかく準備もしていたそうです」
「お母さんギリギリだったんだね」
「祖母が謎の死を遂げて安心したそうです」
「お婆さんの死にお母さん関わってないよね?」
「知っていますか? 崖って雨の日見通しも悪いし歩きづらくてよく転落してしまうのですよ。それこそ誰かにこっそり追跡されて突き落とされても最後の瞬間まで気づけないくらい」
「おそろしい殺害計画の一端じゃねぇか!」

 それもしかしてお母さんから直接聞いたの? だとしたらどんな心境で話したんだ。

「冗談です。祖母は病で亡くなりました」
「本当?」
「私を愛していないのですか?」
「じゃあ信じるよ」

 けど、そんな話を聞いたら余計放置できない。ルウがお母さんみたいに辛いことになる。俺も今できるだけ助けたりお袋を窘めたりしているけど、それもどこまでやれるか。

「一ヶ月の辛抱とはいえ、なんだったら――――」
「は?」
「え?」

 いきなりルウの圧が強くなった。声、発する気。怒ってる?
 
「なにをおっしゃっているのですか?」
「なにって、だって最初からそれくらいの期間って話だったろ?」

 あまりにも迫力があって、しどろもどろになってしまう。

「ご主人様はだめですね。だめだめです。本当にだめです。私でなければ一生女性とお付き合いできません。一生独り身です」
「それってつまり今のままならルウと一生一緒にいれるってことだよね!? このままいけばルウとお付き合いできるってことだよね!? ルウが自ら可能性を提示してくれたんだよね!? だよね!? ひゃっぽおおおおおおおおおおおおおい!!」
「フッッ!」

 肘打ち。固く鋭い一撃によって喜び勇みかけた体がベッドに沈む。最近ルウ遠慮がなくなってきてる。暴力的手段で解決しようとしてる。

「私は一ヶ月で終わらせたくありません。むしろもっと長い間ここに留まりたいとおもっております」
「え!? なんで!? むごぉ!?」

 うるさかったからか、ルウの尻尾を口に入れられて強制的に沈黙せざるをえない。くわえてルウがどん、と押し倒してそのまま足首に膝を載せ、手首を掴んできた。

「今後一生のお付き合いになるのですから。このまま認められなければ、ご主人様のお側にい続けることもできません。最悪の場合、ご主人様の奴隷をやめることになるかもしれません」

 ルウがいなくなる? 絶対だめだ。

「今後、ご主人様と私がご実家に戻る機会はあるかどうかわかりません。しかし、一ヶ月という短い間では認めてもらうのは不可能に近いです」

 もごさせながら黙って頷くしかない。 

「奴隷である私を愛しているご主人様がお義母様に反対されている。ならば私はご主人様のために身を張って認めさせるよう努力する。あるべき奴隷の姿でしょう」

 理解できましたか? とルウがおもむろに尻尾を引き抜く。ルウの覚悟は相当だ。ルウなりに考えた結論なんだろうけど、現実的に難しい一面がある。それはそうかもしれない。でも、それだと金銭的に難しいし魔道士試験だってある。

「わかった。でも、一ヶ月だ。それ以上は伸ばさない」

 ルウの意志を尊重したい。ルウの気持ちが嬉しい。それでも、全面的に叶えられない事情もある。それに、母親のあの頑なさには違和感がある。単にルウが気に入らない、息子をとられるって理由じゃない。その根本的理由を理解してなんとかしないと、意味がない。不満げに唇を尖らせる可愛らしさに、前言撤回しそうになる。

「ご主人様は本当に私が好きなのですか?」
「証明しようか? ルウのためだったらなんだってできるよ」
「ですからご自分の母親は大切に。いきなり『紫炎』を発動してどこかへ行こうとしないでください」

 大丈夫。爪先だけのつもりだから。

「俺はなんでもできるけど、ルウになんでもさせられるってわけじゃないんだ」

 じ、とルウの視線が絡み合う。俺の意図を探っているのか。

「わかりました。ご主人様がお望みとあれば。では一ヶ月しかないのですから明日から少々強引になりますが。ご承知ください」
「強引ってなにするの? ものすっっごい不安」
「間違えました。やんちゃになります」
「なにするつもり!?」
「たしかまだ魔法薬の材料ありましたよね?」
「なにに使うつもり!?」
「おやすみなさい」

 冗談だよな? 悪ふざけだよな? そうであってくれ。早々に横になったルウに倣って、俺も寝る体勢に。俺の実家にあるベッドは、まだ幼かった俺に合せてかなり小さい。だからルウとかなりくっつかないとお互い寝られない。

「ご主人様。もっと近くへ」
「いや、充分近すぎるよ」

 これ以上は俺の理性と精神が耐えられない。男として引いていた線を易々と跳びこえてルウにあれやこれやをしてしまうだろう。

「そうですか。それでは私が」
「!!!!????」

 ルウが、いきなりくっついてきた。背中から抱きしめてきて、ひんやりとした足を絡めてられて、熱い吐息を首筋にかんじる。仄かな体温と同時に柔らかい感触。シエナのダイヤモンドの『ゴーレム』と同等のレベルの固さで動けなくなる。

「こうでもしなければ、どちらか落ちてしまうでしょう。いわば自分の睡眠とご主人様の身の安全に配慮した効率のよい寝方です」

 どこまでも俺を慮るのは嬉しいけどおもっくそ逆効果だ。ああ、尻尾がほどよい力加減でお腹を締めつけてくるから、余計体をくっつけられる。背中だったからまだいい。でも、正面からこんな体勢になったらだめだ。我慢できない。

「ご主人様、もっと楽な体勢にならないのですか? いつもは横ではなく仰向けでしょう」

 たしかに、そのせいもあってかいつも以上に寝づらくかんじるけど。このままだったらまた寝不足になっちまうかもしれない。正面じゃだめでも、仰向けなら・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

「じゃあちょっと失礼して」

 体勢を入れ替えて、そして激しく後悔することになった。さっきよりルウと距離が近くなってしまったからだ。眼下に自然と入るルウの顔と頭。自らに好きな子が抱きついているという光景を、眺められる体勢に自らなってしまった。

「肩が邪魔ですね」

 しかもルウはするりと脇の下に潜りこんできた。そのまま肩にちょこんと頭をのせて密着してくる。ルウのふんわりとした優しく甘い体臭と小さく脆い肉体の感触。さっきの比じゃない。耳が顎を擽り、ふとした衝動で齧りつきたくなる。吐息の一回一回が不思議と艶めかしく、変な気分になる。

 んんんんんんんんんんんんんんんんんんん・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!! 舌と唇を噛んで歯を食いしばって、なんとか唸ってしまうのを堪える。

「ご主人様、心臓の鼓動が早くなっておりますがどうかなさいましたか?」

 わざとやってる?

「いまにも爆発してしまいそうです。それから体が熱いです。火みたいです」

 それだけルウへの気持ちが強いってことだ。

「ルウは、どうなんだ?」
「え?」
「好きじゃないとはいえ、こんな風に俺と密着して恥ずかしくないのか? なんともないのか?」

 ごまかし目的だったけど、自分で尋ねていて虚しくなる。だってルウは好きじゃないからこんな風にやれているんだって気づいたから。帰ってくる言葉だって同じ筈。はは、片想いって悲しい。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ルウ? おい!?」

 けど、返ってきたのは無言。そして更なる密着だ。もう足を絡ませるなんてもんじゃない。蜘蛛か猿みたいに両腕両足、体全体で捕らえるってかんじで抱きついてくる。

「『もふもふタイム』はしばらくおあずけです」
「そんな殺生な! なんで!?」
「『念話』もだめです。禁止です」
「だからなんで!?」
「ご主人様のせいです。ご自分の言動を省みてください。ぐーすかぐーすか。すぴー」
「え、ええ~~?」

 わざとらしい鼾と謎の言葉を残して、ルウはそれっきり反応しなくなった。残された俺はただただ苦悩し、悶えるのとルウに襲いかかるのを耐えるしかなかった。
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