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二章

二十話 ~王女メイドの誤解~

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酷い目にあった。

 女性達に追われるエドモンをなんとか『金糸の蝶亭』から連れだせたはいいものの、這々の体で何処かへと消えてしまった。

 しかし、物騒ではあったがあの女性達の剣幕や罵声の応酬は陰謀なんてものではなく、エドモンへの個人的怨嗟を感じた。

 腕の怪我はハンカチを当てているだけで血は止まっている。そちらは浅い怪我だからなんとかなるが、一番の問題は他にある。いつの間にか顔を隠していたフードも布も失っているし、外套や衣服も所々酷い有様だ。

(もうあいつとは関わりたくない)

 うんざりとした気持ちで、しかし人目につかないよう逸りながら我が家を目指す。

「お帰りなさいませ旦那・・・・・・・・・・・・!? 旦那様!?」
「ああ、ただいま」

 帰宅して早々出くわしたサムは仰天していた。

「な、なにがあったのですか!? 物盗りですか!? 強姦ですか!? それとも討伐されかけたのですか!? マリー、マリー!」
「いや、いい。それよりも布と薬を持ってきてくれ。それと桶に水を入れて」
「え、ええ!? しかし、」
「あとで詳しく説明する・・・・・・・・・」

 いまだ動転しているらしいサムに外套を渡して、そのまま部屋へと向かった。説明するのも億劫なほど疲れているので仕方がない。シャツを脱いで上半身裸になって鏡越しに腕をたしかめる。

 べっとりと濡れそぼった毛を掻き分けると、一文字に割かれた傷。赤黒い肉が少し露出しており、そこからじゅくじゅくとした痛みと嫌な熱さを放っている。

 やはり縫うほどではないな、と考えているとノックとともにシャルが入って来た。少し涙ぐんでいて、目元が赤い。

 どうした?

「ああ、すまない。そこへ置いておいてくれ」
「だ、旦那様、ぐしゅっ。ぐす、えぐ」

 本当にどうした。

 今にも内側から溢れだしそうななにかを堪えるように、グッと力を入れている。鼻を啜り鳴らしながらだ。

「ジャンが、ひっく。色々と話してくれました、えぐ。人と会われていたと」
「ああ」
「お菓子を・・・・・・・・・手土産にされていたのですよね?」
「・・・・・・・・・・・・ああ」
「うぐうぅっっっ」

 背中からおもいきり一太刀を浴びた。そんな反応をした。

「こんな遅くまで、夕食もとらず、人と、会われていたんですよね?」
「ああ・・・・・・・・・・・・そうだが・・・・・・・・・・・・・」
「ひぐうううっっっっ」

 致命傷を受けた。今にも死をむかえそうな反応をされた。

「う、う、うう・・・・・・・・・・・・い、いえ、旦那様も殿方ですから、ご立派な方ですから・・・・・・・・・・ひぐ、えぐえぐ・・・・・・・・・恋人と過ごされていても、」
「は?」
「で、ですが、わ、私は・・・・・・・・・・・・・・・・ふ、ふ、うううううううわあああ――――」
「・・・・・・・・・・ジャンからなにを聞いた?」

 しゃくり上げるシャルから聞きだせたことを整理すると、つまりはこういうことらしい。

  屋敷に帰ってからジャンは俺から聞いた話からある推論を話した。

 お菓子を好むのはほとんど女性だ。だからお菓子を買ってわざわざ会いに行ったのは女性だろうということ。そして夕食もとらずいつ帰れるかわからないというのも、女性と一緒に過ごすため。

 わざわざ仕事を終えたあと、手土産を持参して遅くまで女性と会うなんて特別な間柄でないとできない。

 つまり、恋人との逢瀬を楽しむつもりに違いないと。

(あのやろう・・・・・・・・・・・・・・・!)

 沸々とした怒りが脳裏に浮かんだジャンへと向けられる。

「というかマリーとサムにも話したのかあいつ・・・・・・・・・!」

「いいか、シャル。俺は、ぐ!」
「だ、旦那様、なにを!?」

 息を呑む気配がした。部屋が暗く、距離があったから怪我をしていると気づかなかったのだろう。怒りからつい拳を形作ったせいで痛みが増した。

「ああ、旦那様そんな、どうして服を脱いでらっしゃるんですの!?」

 違った。

 顔全体を手で覆って、恥じらっていた。時折指の隙間から目をチラチラッとこちらにむけている。

「シャル、布と、桶をこっちに持ってきてくれ」

 軽い怪我だったからつい放置してしまっていたが、今はさっさと終わらせて眠ってしまいたい。ベッドに腰掛けながらオズオズと道具を持ってきてくれたシャルから恥じらいが消えた。

 みるみるうちに蒼ざめていき、道具を落としそうだ。

「え、そ、そ、それはいかがされたのですか!?」
「いや、大したことじゃない」
「お、お医者様を! だってそんなに血が! 誰かあああああ! 誰かああああああああ!」
「大した傷ではないっ。だから騒がないでくれっ」
「いかがされましたか?」
「なんでもないっ。だからいいっ! もう休め!」
「あ、旦那様。朝帰りはなさらなかったのですね」
「下がれええええええええ!!」

 いくらなんでも騒がしすぎたのか。サムとジャンが次々と顔を出してきた。さっさと処置を終わらせてしまいたいのに、このままじゃ収拾がつかなくなってしまう。

「てっきり朝帰りなさるのかとおもっていたのですが。残念ですねと申してよろしいのでしょうか?」
「おいジャン! お前明日覚えていろよ!」
「恋人と上手くいかなかったことへの嫌がらせですか? おお、こわい」

 クビにしてやろうか!

「はぁ・・・・・・・・・・・・・まったくあいつはでたらめを・・・・・・・・・!」
「あ、旦那様こちらをどうすれば?」
「まだいたのかっっっ!!」

 いい加減にしてくれ。そんな鬱陶しさを払うような乱暴さでがなりたてた。ただ一人残って頑なに出ていこうとしない彼女の肩を押さえながら無理やり部屋から追いだそうと。

「ひ、」
「っ」



 ――――――触らないで!―――――――




「・・・・・・・・・・・・」

 嫌な記憶が蘇った。

「すまん」
「い、いえ。ただ力が少し強くて・・・・・・・・・それで」
「いいか、シャル」
「は、はい」
「俺は女性と会いにいってたんじゃない」
「え?」
「それから、恋人はいない。この怪我を負ったのも人と会っていたのも、まったくの別件だ」
「ほ、本当ですの?」
「ああ。少々厄介なことに巻きこまれてしまっただけだ」
「そ、そうだったのですか・・・・・・・・・・・・」
「第一、こんな見てくれの俺に恋人なんてできるわけがない」

 そのまま固まってしまったシャル。ピシリと立ち尽くしている彼女から抱えている道具を一切奪いとりベッドに腰をかける。もう休んでいい。そう伝えたいんだが、既に処置のほうに取りかかっている。大袈裟すぎるシャルにかまう気力すらももう尽きかけている。
 
「あ、あの! でしたらせめてお手伝いをさせてください!」
「いや、だからそれは」
「しかし、えっと、毛を、押さえたりするだけでも、えっと、手当てがしやすいのではないかと」

 こちらの返事を待つこともせず、桶で浸した布を渾身の力で絞り上げている。一回だけではまだ足りないらしく、何度も絞っている。

「ん、んんんんん~~~~・・・・・・・・・」

 食器より重たいものを持ったことがないような細く綺麗な、しかし少し荒れてきている。なのに手の腹は少しだけ皮が厚くなっていて、まめが出来ていた。

「あの、これくらいで大丈夫でしょうか?」
「ああ・・・・・・・・・・」

 彼女の非力さが、だが懸命な証を見て。とめることができなかった。

「では、失礼いたします」

 遠慮がちにちょん、ちょんちょんちょんと当てられると、ピリピリと滲みる痛みが生じる。しかし何度もそうされると乾いた生臭さが取れてすっきりとした爽やかさを感じる。

「それくらいでいい。次は薬を塗る」
「はいっ」
「ここを押さえてくれ」

 何度か拭われたおかげでしっかりと綺麗になったのをたしかめて次の指示を出す。たどたどしさと遅さから役割を代えながら、手伝いをされながら。正直いうと、一人でしたほうが早く終わるが、退けることができなかった。

「ん、これでいい。明日起きたら、様子を見るが。数日でなにもしなくてもいい」
「はい。ですが、旦那様。手慣れていらっしゃいますね?」
「騎士隊の任務でこれくらいの傷を負うのはしょっちゅうだからな」
「そ、そうなのですか・・・・・・・・・」
「それに、騎士団に入ってから簡単な怪我の手当を習った。もっと酷い傷を受けたこともあるしな」
「も、もっと!?」
「これくらいの傷で医者を呼んでいたら笑われてしまうほどだ」
「あ、あわわわわわわ・・・・・・・・・」
「助かった」
「いえ、私はなにもできていません」
「疲れているだろう。無理はしなくていい」
「いえ、そんな。旦那様のお役に立ちたいという一心で」
「・・・・・・・・・・・・」
「あの旦那様。恋人ができるはずがないというのは、ないとおもいますよ」

 シャルと一緒にいると、どうにも変になってしまう。

「旦那様は・・・・・・・・・・・・・その、素敵な方ですので・・・・・・・・・・・・きゃっ」
(まったく・・・・・・・・・)

 毎日が一変した。煩わしさに近い日々の暮らし。その煩わしさの正体のせいで、落ち着きがなくなり、自分でなくなってしまいそうだ。

 なにより。呪われた自分を、この異形の姿を、以前より忌まわしくおもえて仕方がない。

「失礼いたします旦那様。マリーです。先程大声が聞こえましたが?」
「だからなんでもないっっっ!!」

 本当に、困った。
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