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三章

二十三話 ~正体がバレ……?~

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屋敷の前までエドモンを連れてくることはできたが、どうも不審だ。なん来たのk来たのかすら覚えていないかのような気の抜けたぼ~~~っとした様子。声をかけても曖昧な返事しかせず、帰っていった。

「あの御方は、結局なにをしに来られたのですか?」
「さあな。とにもかくにも、あいつと関わるのはもうこれで最後にしてほしい」

 いや、是非ともそうであれ。心の底からごめんこうむる。もし今度来ても居留守を使って追い返してもいいくらいだ。

「しかし、このお屋敷に誰かが来るなんていつぶりでしょうか」

 付き添ったサムと戻りながら歩いていると、先程までの喧噪による疲労感が掻き消されていく錯覚がする。目に痛いほどの青空から降り注ぐ陽気な日光は、それほど気持ちよい。

「本当、いつぶりだろうな」

 ポツリとサムの言葉を繰り返してしまう。太陽の下を面体を隠さず歩くことは避けていたということも強く思い出した。心の機微を感じとってぶん、ぶんぶんと揺れる尻尾がどうでもよくなるほど。

「ん? これはジャンのか?」

 入り口近くに立て掛けられている物々しい道具。彼の仕事に必要なものだとすぐに見当はついたが、問題はどうしてここにあるのか。そしてジャンはどこに行ったのかだ。

「きっと庭に行ったのではないでしょうか。今日の仕事はもう終わったと報告してきましたし」
「本当か?あいつ、普段から手を抜いているんじゃないか?」
「まさか。以前働いていた庭師よりも優秀なくらいですよ」

 結びつかん。普段の態度や言動を振り返ると、どうしてもサムの語る優秀さとはかけ離れている。本当に同一人物の話だろうか。

「力の抜ける場面をわかっているのでしょうね。若いのに大したものです」

 ある意味本当に大した奴だ。だって俺に対してだけは力を抜いているということだろう? 

 納得できていないと察したのか、屋敷に戻らずジャンが手がけたという仕事をそのまま案内されながら眺める。手入れが行き届いた草木、雑草もなく薪も充分ある。そのまま庭に回ると、洗濯物を洗い物干し竿にかけている二人がいた。上手く分担をしているから滞りなく進んでいるのか、なんとも和気藹々としている。

「ええ、ええ! 本当にわたくし、天にも昇ってしまいそうに・・・・・・それだけ旦那様がわたくしを心配してくださっているというのが嬉しくて♡」
「なるほどー。たしかにそれは好意がないとできませんねー。あ、これ干してしまいますね」
「わたくしそれだけでなんでもできる気がしますわ♡」
「それはそれはけっこうなことで。あ、それもうちょっと絞ってください」
「らんらんら~~~ん♪ ふんふんふんふふふふ~~~~♪ あ、それにそれに!」
「これ、手伝ってください」

 今にも踊りだしそうなほど溌剌と働いているシャル、そんな彼女に生気を吸い取られているようなジャン。どうにも対照的だ。主にテンションが。

 それになにを話しているんだシャル。

「あ~~~、よかった。昨日不安になっていたのが嘘みたい。エリク様も恋人はいないと教えてくれましたし」
「本当なんでしょうかねぇ?」
「え?」
「エリク様が嘘をついていないという証拠もないですし」

 おい。

「え、ですがエリク様は嘘をつく人では」
「恋人でなくとも女性に会っていたかもしれないでしょう。殿方がよく使う常套句。方便ですよ方便」
「そ、そんな・・・・・・・・・・」

 おい。

「もしくは面倒臭くなったから適当にあしらっただけなのでは?」
「おい」
「「きゃあああああああ!?」」

 割りこんだ。我慢できなかった。

 突然現れたことに驚いているのか、二人は跳び上がりそうなほどの叫んだ。耳に痛いくて鼓膜の奥がキーンとする。

「いいかジャン。お前、根拠もなく根も葉もないデタラメを撒き散らすのはやめろ」
「は、はい」
「それにシャル。お前は少し信じすぎる。今後こいつの言うことはあまり信じないように」
「は、はい・・・・・・・・・」

 まったく、なんなんだこいつらは。

「あらららら~~~」

 そんな俺達の後ろで二人が落とした洗濯物を拾って土草を払っているサム。

 なに呑気に苦笑いしていやがる。本来ならお前が説教しなければいけないんだろうが。お前もクビにしてやろうか。

「そもそも、さっき来ていたあいつに届け物をしなければいけなかっただけだ」
「え、そうなのですか?」
「では、怪我をしたのもそのときに?」
「ああ。それも娼婦がいて」
「「「娼婦?」」」
「・・・・・・・・・・・・・それだけじゃなく修羅場に巻きこまれて」
「「「修羅場?」」」
「とにかく。あいつの個人的事情に巻きこまれて怪我をしてしまったっ。ただそれだけということだっ。いいか?」
 
 深く説明するのも億劫になるほど、え、なにそれどういうこと!? というシャルとサム。もういい仕事してくれ

「そのお話、もっと詳しく教えていただいてよろしいですか?」
「仕事しろ!!」

 いい加減にしろジャン。ドキドキと期待しながら聞いてきやがって。

「あの、旦那様」
「今度はなんだ?」
「娼婦とはなんでしょうか?」
「は?」

 つい間抜けな声が出た。だがシャルは本当にきょとんとしている。純粋なまでに二つの曇りなきクリクリしたまなこが問いかけてくる。

「シャルは、え~~~っと娼婦を知らないのですか?」
「ええ、申し訳ないのですが」

 嘘だろ?

 国王陛下も殿下も、周囲にいた人達は誰も教えなかったのか? そういうものなのか? いや、逆にそういうのは教えなくてもよいと判断していたのか?

 

「シャルの住んでいた場所には娼婦がいなかったのかもしれませんね」
「・・・・・・・・・・そうかもな」
「・・・・・・・・・・ですね」
「え? え? 皆さん知っていらっしゃるの?」
「あ~~~~、その、ですね? 娼婦というのは。なぁ?」
「どう説明すればいいのでしょうか」

 まるで小さいとき、子供はどうやってできるのかと尋ねられた両親と同じように顔を見合わせてしまう。口で説明するのは容易いが、改めてなにも知らない女性に言うのは・・・・・・・・・・その・・・・・・・・・・・・男だからだろうか。非常~~~~に憚られる。

「どうしてお困りになられるの? 尻尾の動きがゆっくりになっていてくねっていますし」

 嫌な見抜き方をされているな俺の尻尾!

 いやそうじゃない。くそ、なんだこの窮地は。まるで追い詰められているじゃないか! どうすれば脱出できる!? サムの目も溺れているのではないかというほど泳ぎまくっているし、頼りにならん。くそ!

「お金で男性と肌を重ねる人達ですよ」
「ちょ、ジャン!?」

 こ、こいつ・・・・・・!

「え? 肌・・・・・・・・・・?」
「子供ができる行為をする、という意味です」

 ジャンこのやろう!

「お二人が説明しなかったので代わりにしたのですが、なにか?」

 なにか? じゃない!

 ほら見ろシャルを。とてつもなく恥ずかしがっているじゃないか。一言も喋ろうとしないぞ。湯気が立ち上りそうなほど真っ赤になったぞ林檎みたいに! 

 どうしてくれる。なんとも例えられないこの微妙な空気を。こうなるのを避けたかったというのに! いやどうしてくれよう!

「う、うう・・・・・・・・・・・・・」
「おい、なにをしている」
「なんだ!? 今忙しいんだ!!」
「ひ!?」

 只でさえいっぱいいっぱい。そんな状況でエドモンになどかまっていられるか。

(ん?) 

 
「あ、あなたはエドモン様? ・・・・・・・・・・どうしてこちらに?」
「お、訪ないを入れても、誰も出てこないし、こ、こっちのほうで話し声が聞こえた。わ、忘れていたことがあったのでな。も、戻ってきた」
「                         」
「それは申し訳ございません。それで一体――――――――――――――旦那様?」
(終わった・・・・・・)

 もう隠しとおすことはできない。羞恥心が多少和らいだらしいシャル、尻餅をつきながらおっかなビックリとこの場にいる全員を視界に収めているエドモン。二人はバッチリと互いを認識している。言い訳なんてできない。

 シャルロット王女殿下がここにいることが知られた。情報漏洩は例え自分より上の立場の者にでさえ厳守しなければならない。あまつさえ護衛対象を女中にしている事実が白日の下に晒される。エドモンのような男に知られるということは、そういうことなんだ。

 一体どんな責めを負うだろうか。騎士団を追われるか。大したことない屋敷、家財、財産を没収されるか。それとも不敬罪で逮捕、処刑か。

「なぁ、サム。マリーと仲良くな。父上と母上と兄上達にもよろしく」
「え? どうして突然お別れのような台詞を?」
「おい、エリク・ディアンヌ? まぁいい。おい、お前」

 悪いほうへの想像が止められず、首を吊られている俺、ギロチンにかけられる俺、手枷足枷で刑務所に入っている俺。働き口を失い、彷徨うマリーとサム。

「?」
「お前だお前。なに後ろを振り向いている。この女中」
「あ、私ですか?」
「そうだ。お前しか女中はいないだろう」
「・・・・・・・・・・・・・ん?」
「あの、これは?」
「怪我の治療費だ。お前の主のな」
「はぁ?」
「じゃあ今度こそ帰ることにする」
「ちょ、ちょっとエドモン卿?」
 
 呼び止めると、ばつが悪そうに逡巡しだしたではないか。

「忘れていただけだ。依頼したこととは別に渡そうとおもっていた」
「いえ、そうではなく! 彼女、シャルを見てなにもないのですか?」
「? その女がなんだというのだ?」
「え? こ、この人は? えっと?」
「旦那様、一体どうなさったの?」
「ん、んん? う~~~ん・・・・・・・・・?」

 一体どういうことだ。

 エドモンとシャルはまるで初対面の赤の他人のようじゃないか。

「もういいか?」

 そう言い捨てて、今度こそ踵を返して再び去っていく。その背中が見えなくなっても、暫く俺は立ち尽くしていた。

 エドモンは、何故シャルロット王女を見てもなにも言わなかったのだ?
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