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三章

二十六話 ~諦観。臣下として~

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「尻尾の世話、というのは?」
「旦那様のお尻尾は旦那様の大切な体の一部。それをもっと綺麗にするお手伝いをさせていただきたいのですっ」
「・・・・・・・・・・お茶のおかわりを持ってきてくれるか?」
「マリーさんが教えてくださいました。主の服装の乱れは使用人の心の乱れ。キチンとしたお仕事をして綺麗で清潔な服を着ていただかなくては主に恥をかかせることになると」

 聞いていないな。話を逸らそうとしたが意味がなかった。

 なにを素っ頓狂なことを宣ってるのか。しかしシャルはふざけているわけではない。どこまでも真剣だ。だからこそおかしい。

「貴族の社交界でも、お洋服の見栄えが悪ければ周囲からの印象はどうなりましょう?」

 関係あるか? 尻尾と服装と。

「それは勿論――――」
「それだけではございませんっ。髪の毛もそうでございますっ。爪も。だらしのない、不潔だしっかりしていないという印象だけではございませんっ」

 いや、言わせないのか?

「なので、旦那様の尻尾をお手入れすることは使用人の務めでございますっ。それにクッションや枕やシーツだって毎日キチンとお手入れをしないとダメになってしまうそうですっ」

 仮にも主の体の一部を寝具と一緒にするのはおかしくないか? 

「大袈裟だぞ。そこまでしなくてもいい」
「大袈裟ではございませんっ。「旦那様のお体にも将来障らないともかぎりません。例えばお尻尾の血の巡りが悪くなってしまったり。そこから悪い病になってしまうかもしれませんっ」
「本当に大袈裟だぞ!?」

 頑なすぎる。ここまで強情なシャルは珍しい。

「シャル。お前俺の尻尾をただ触りたいだけじゃないか?」

 だからこそ、よもやという疑念がとまらない。

「そ、そそそそそんなことございませんわっ。わ、私はただ」
「・・・・・・・・・・」
「う、うう・・・・・・・・・・」
「わかった。そこまで言うなら仕方がない」
「!? で、では!?」
「今後は自分できちんと拭いたり手入れをする。シャルにわざわざやらせるほどのことじゃない」
「いえむしろご褒美ですわ!」
「騙るに落ちたな!」
「ああ、そんな!? どうして!」

 どうして、じゃない。

 邪な下心が混じっているじゃないか。

 メソメソと
 
「第一、お前さっき髪の毛がどうとか爪がどうとか言っていたがな。貴族とはいえ、良い年齢になった男が使用人だろうが誰かに髪の毛や爪の手入れをしてもらうわけがないだろうっ」
「えっ?」
「えっ?」

 なんだその反応。

「してもらわないのですか? 貴族といえども?」
「王族だと普通なのか?」
「・・・・・・・・・」
「陛下や殿下も?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 口ほどにもないとはシャルのことだ。

 黙したままだが、尋常ではなくわかりやすい。いや、むしろそれが権力者というものなのか? 

「なあ、シャル。仮に、仮にだ」
「はい」
「手入れをしてもらったとしてもだ。他の者からすれば、一々今日は毛艶がいいな~~~とか。今日はお手入れされてないな~~~なんて違いはわからんよ」
「・・・・・・・・・・・・・はい」

 それはどうだろう。決してそう断言できないんじゃ? という顔はやめてほしい。不満ありありじゃないか。

「普通の者からすれば、俺はそう見られているんだ。だから今更どうしようが変わらん」
「わかりました・・・・・・・・・・・・・」

 やっとわかってくれたか。やっと一安心してホッと息をついて――――――

「王女として命令してもですか?」

 いる場合じゃない。

 だからどうしてそうなる・・・・・・・・・・・・!

 おもわず長椅子からずり落ちそうになってしまったぞ。

「シャル・・・・・・・・・・・・・どこの世界に呪われた騎士の尻尾の手入れをさせろと命じる王女がいるんだ・・・・・・・・・?」
「ここにおりますわっ」
「知ってるわっっっ!!!」

 開き直るとか一番たちが悪いじゃないか。そんなことのために王女としての権威を傘に着るだなんて横暴もいいところだ。陛下も殿下も聞いたら呆れ果てるぞ!

「ダメですの?」
「逆にどうしてダメじゃないとおもえる・・・・・・・・・・・・・!」
「ええ~~~~・・・・・・・・・・・・・?」
「こっちがええ~~~~・・・・・・・・・・・・・? っだっ! あのなぁ、流石に命令といえどもきける命令ときけない命令があるっ」
「父上様と兄上様が命令してもですか?」
「誰だろうと同じだ! なんだ!? お前はあのお二人にそう命じてくれとお願いするつもりか!?」
「・・・・・・・・・・・・・」

 それも辞さないという顔をするな!

「仮にシャルがお二人にお願いしたとしてもダメだと言うに決まっている! それか、「え? なんで?」って戸惑うだろ!」
「う、う、うう・・・・・・・・・・・・」

 しまいには泣きだしてしまった。なんだこれは。こっちが泣きたいくらいだ。なんだ? これは。どうして尻尾の手入れをするかどうかからこんなことになる。俺が悪いみたいじゃないか。

「えぐ、えぐ・・・・・・・・・・・・旦那様は以前から呪いが移るかどうか、それを気にしていますっ」
「それがなんだっ」
「ですがこちらは旦那様が触れて、尻尾に載せて読んだ本なのでございます」
「それがなんだっっ」
「その本に、私がこうして触れて読んでもなんともございませんでしたわっ」
「」
「・・・・・・」
「それを私が手にしていてもなんともありません」
「く、」
「それだけではありませんっ。旦那様のお召し物も旦那様が使った食器も触れて洗って、旦那様の部屋に落ちているお毛毛を掃除していてもなんともございませんわっ」
「それとこれとは・・・・・・・・・・・・・・・・」
「それとも、旦那様は私に触れられるのがお嫌なのでございますかっ? だからそれほどまでに拒まれるのですか?」
「俺は・・・・・・・・・・・・お前こそ変じゃないか。俺の尻尾にそれほど執着するなんて」
「わ、私は・・・・・・・・・・・・・私は、ぐすん。いつ何時なにがあるかわからないから、今のうちに・・・・・・・・・・・・・・・・」
「シャル?」
「今のう、う、ぐす、ひぐ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 本格的に泣きだしてしまった。弱りきって声も立てずに。メソメソという形容がふさわしいほどに。

(いつ何時? なにがあるかわからない?)

 どういう意味があるんだ?

(今のうちに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 もしかしたら、シャルはシャルなりに自分の境遇をごまかそうとしているのだろうか? 命を狙われていて、いつ刺客に襲われるかわからない状況。側には見知った者はおらず、親と兄とも離れている。それだけでなく、キツい仕事をしながら毎日を過ごしている。

 毎日笑顔で楽しそうにしている裏で、実は怯えているのだろうか? それとも空元気というやつか?

 いつ何時なにがあるかわからない、という言葉には、そういう意味があるのではないか? だったら、こうして本を読んでいるのも。そして俺の尻尾の手入れをしたがっているのも、不安や恐怖への怯えを隠すためだとしたら?

(・・・・・・・・・・・・・・・・くそ、)

 さっきまで絶対に触れさせてはいけないとおもっていたのに。命令であっても従えないと断ったというのに。

 男としての義務感。騎士としての生き方。それ以外のなにかが、決意を揺らがせた。

「・・・・・・・・・・・・頑張っている使用人には臨時で給与を払うことがある」
「ぐしゅ・・・・・・・・・・・・・・・えぐ?」

 それほど涙に塗れた顔面が酷いことになっている。ハンカチで綺麗していくと、諦観と呆れが余計ないまぜになっていく。

「もしもおかしいと感じたら、やめさせる」
「え? そ、それってっ」

 狡いと、本気でおもった。

 

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