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四章

三十四話 ~夜の街歩き~

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建物の窓からポツポツと漏れている灯りと夜空に浮かんでいる星の光がなければ、空気さえ眠っているとさえ錯覚してしまうだろう。

 それほどに夜の帝都はどこまでも静かで暗い。人の姿もほとんどなく、朝と昼間の喧噪とはまるで別世界の町並みを醸しだしている。

 だからこそ油断してはいけない。曲がり角、建物と建物の隙間、屋根の上。そこいら中に死角は存在している。身を潜ませ人の目から避けられる場所にこそ危険はあるのだ。
 
 急いで屋敷に行けばいいとはおもっていても、シャルとジャンヌは女性。体力的にも服装的にも駈け続けるのは難しい。歩幅を合わせているから尚更遅い。その都度その都度、警戒しながら安全を確認し、先に進むしかなくなっているのだ。


「エリク様、疲れませんか?」
「お前はもう少し危機感を持てよっ」
「逆に怪しいことこの上ないですよ。一見すれば図体のデカいフード姿の男が挙動不審になっているようにしか見えません。事情を知らない者と遭遇したら通報されること請け合いです」

 言いたい放題だなジャンヌ。歯に衣着せぬ言動は、感情の読めない表情もあって親しみよりも舐められているとしかおもえない。言っていることは的を射ているので反論もできない。

「こういうときは逆に堂々としていればバレないものです」
「しかしだな」
「そうですわよ、ジャンヌ。旦那様は私達を慮ってくださってるのです。そのように責めてはいけませんわよ? 申し訳ございません旦那様。ジャンヌが」

 お前が言うな。

 そう叫びたいのをグッと堪える。本人に悪気がないというのはわかっている。しかし、自分の命を狙われているということを忘れているんじゃないか? と疑うほど脳天気な物言いだ。危機感が足りないとか警戒心が薄いどころじゃない。

「やはりどこかで馬車を拾う。王女であるシャルを歩かせるのは、色々と酷だ」
「? おう、じょ?」
「ああ、そうだ」
「あ、ええ! そうですわ! そのとおりです!」

 嘘だろおい。まさか自分が王族だってことも忘れているのか?

「王女、私は王女です。ええ、ですが今はエリク様の女中になって」

 スパアアン!

「ひうっ」
「ご近所に迷惑ですよ」
「う、うう・・・・・・・・・・ごめんなさい」

 いや、その窘め方はおかしい。

「お前等なぁ、状況をわかっているのか?」
「ええ、勿論ですとも」

 そう言っていながら、握っている手をニギニギとさせているのは何故だ。手の甲を撫でるように親指でスリスリしているのは。そして照れているのは。今にも頬が緩みそうになっているのは。

 怒ったり言い含むという気が削がれる。

「エリク様が、大切な、シャルロット様に万が一もあってはいけないと真剣なのだということは重々承知しております。シャルロット様を、守りたいからなのですよね」
「もういい、行くぞっ」

 少々強引に手を引いて進んでいく。身の内から生じてくる掻き毟りたい恥ずかしさを誤魔化しもしたい。

 しかし、そうして進んでいても時折シャルは転びそうになったり躓いたりぶつかりそうになったり立ち止まりかけたり。遅々とした歩みになってしまう。できるだけ配慮しているのだが、どうにもおかしい。

「どうした?」
「いえ、あの」

 歩きながら振り返り尋ねるも、心ここにあらず。どこか視線がフワフワとしている。

「エリク様。シャルロット様は未婚の女性。それもうら若き乙女です。男性にみだりに触れたことすらない尊き身分の御方」
「うん、うん?」
「無遠慮に殿方に手を触られ続けているのですから、察してくださってもよいのでは?」
「じゃ、ジャンヌ!?」

 俺のほうが望んでいるみたいじゃないか。というかお前がそのままでいいんじゃないかって言ったからだろ。

「つまりは責任をとってもらうより他にないと考えているのですよ」
「な、なにをおっしゃってますの! ああ、旦那様ジャンヌの言うことを真に受けて離さないでくださいまし! そ、それもあるのですが!」
 
 それも?

「し、知らない道を歩くのは不安ですし、み、道も歩きづらいので! わ、私はただ、王都の街を歩くのが初めてなので!」
「ああ、成程な。そういうことか」

 町並みをつい眺めてしまうのが止められない。それも俺の屋敷内で暮らしていて久しぶりに外に出たのだから人塩ということだろう。

 大袈裟な、と一瞬おもった。また呑気な、とおもった。だが、俺自身も夜の王都を出歩くのは何年かぶりだと気づいた。出動や事件を除けば、人目を避けて生活していた。

「また来ればいいだろう。色々と解決してから」

 パアアアア、とシャルの顔が輝いた。


「はい、はい! そうでございますね、そのときは是非とも――――」

 ぐううううう~~~~。

「「「・・・・・・・・・・」」」

 お腹が鳴り、段々と赤く染まっていった。

「帰るか。腹も空いたしな」
「そ、そうですわね・・・・・・」
「あまり遅くなっては心配されるでしょうし。シャルロット様がマリーさんにどやされますからね」

 誰のお腹がなったのかわかってはいる。だが、決して口にはしない。どんなときでもあっても、恥をかかせられないという情はあるのだ。

「どやされる?」
「シャルロット様と私は、マリーさんに代って荷物を届けにむかう体で屋敷を出たのです。ですが、ここまで時間が遅くなれば寄り道をしていると疑われるでしょう」
「ああ、そういうことか」
「いえ、よろしいのですわ。私は致し方ないですし」 
「しかし、三人で帰宅してはマリーさんに怪しまれるでしょう」

 怪しむ。シャルの正体についてということだろうか。そういえば以前、シャルについて甘いとかなんとか言われたことはあったが。

「マリーはきちんと説明すれば、わかってくれる子だ。心苦しいが、俺が交代で帰宅するのに合わせて待たせておいた、と話そう」
「しかし、旦那様から説明すると、ただでさえマリーさんとシャルロット様は――――」
「ジャンヌ!」
「? なんだ?」
「い、いえなんでもございませんなんでも! さあ早く帰りましょう!」

 ブンブンブンブンと手と顔を振って必死で否定し、ズンズン先へ進んで行こうとする。急な変化に驚くが、今の二人のやりとりのほうが気になる。そのために段差に足を引っかけ、顔面から彼女がズザザザザアア! 派手に石畳の上を滑るように転んでしまった。

「う、うう・・・・・・・・・・い、痛い・・・・・・・」

 なんなのだろう。この子は。

「もうシャルロット様。なにをなさっているのですか。もしこんなとき刺客に襲われたらどうされるのです」

 同意はできない。だって今の俺達の光景を見ていたら疑うだろう。なにやってんだ? と。きっと襲撃するのを躊躇うほど滑稽だぞ。

「う、うう」
「ほら、立てるか?」
「? シャルロット様。それ」
「え? どうかし、た、?」

 シャルは指摘された箇所、主に自分の胸元へと視線を落とす。今のやりとりで衣服のボタンが取れてしまったらしい。そのせいでブラウスがはだけてしまっている。下着と谷間は無事だ。だが、首筋が露わになりそこから鎖骨、更に下を想像させるに足る際どいラインが――――

(なにを見ているんだ俺は!)

「あ、ああ! あら、どこ!? どこに!? どうしましょう!」
「なんですか? 今度は一体」
「あうあうあう! お、お母様の、お母様が!」
「? 王妃様はもうお亡くなりになっているでしょう」
「そうではなく! そうではなくううう!」
「静かにしろっ!」

 パアアン!

「あうっっっ」

 遂に我慢できず、ジャンヌと同じように頭を引っ叩いてしまった。

「はあ、はあ!」
「あらま。エリク様仮にも一国の王女に手を上げるだなんて。これはもう責任をとって婿入りするしかないのでは?」

 パアアアン!

「うぐっ」
「茶化すな! そして騒ぐな! 俺達は屋敷にただ帰ることが目的だろう! それなのにまったく帰れないじゃないか! わかっているのか!?」
「で、ですが」
「なんだ!?」
「・・・・・・・・・ごめんなさい」
「ごめんですんだら騎士団はいらないんだよ!」
「そ、そのとおりです旦那様・・・・・・・・・・・・・私も、ごめんなさい、えへへへ」

 なんで嬉しそうなんだシャル。 最後の聞こえたぞ嬉しそうな声。


「それで? なんで騒いでいた?」
「え、っと。それは、私がいつも身につけていた物を、無くしてしまったようで」
「身につけていた物?」
「おそらく、今転んだ拍子に無くしたのでしょう。ネックレスのようにして繋いでいたので」
「それは、そんなに大切なものか?」
「ええ。シャルロット様のお母上の形見の品で」

 とんでもなく大切な物じゃないか!

「形見とはどのような物なんだ?」
「ゆ、指輪ですっ。真ん中にサファイヤが嵌められていて」

 後日改めて探しにくるのは手間がかかる。四六時中シャルの側にいなければいけないし、かといって誰かに拾われる可能性がある。

「~~~~~~~っ! えええい! 探すぞ!」

 益々帰宅するのが遠ざかった。決して遠くにはいっていないはず。周囲やシャルに気を配りながら、部分的に固まって地面を這うように形見を探す。

(なにをしてるんだ俺は・・・・・・・・・・)

 傍からみれば怪しいことこの上ない。騎士隊に見つかったら言い訳が難しい。隊長であることは証明できてもシャルとジャンヌも連れているんだ。

「エリク様。エリク様」
「なんだ?」
「良いアイディアをおもいつきました。犬や動物は鼻がよく、匂いで痕跡を辿れるそうです」
「それがなんだ」
「ですから、旦那様がシャル様の匂いを嗅いで形見を探せば」
「下らないことで口を動かす暇があったら手を動かせ!」
「ですが、刺客のことも匂いで判断されたのでしょう?」
「人を犬や動物と同じにするな! いくらなんでもそこまで人間離れしちゃいねぇよ!」
「さようですか。まあ、今度シャルロット様と一緒に街へ来たとき探せばよろしいですしね」
「・・・・・・・・・・・・・わざとか?」
「はて、なにがでしょう」

 ジャンヌとて、わかっているはずだ。シャル、いやシャルロット王女と俺に次はないということを。

 諸々の問題が解決したら、シャルは王女に戻る。王宮で今までと同じような生活を送る。それだけでなく、今後みだりに外へ出ることは難しくなるだろう。先程言ったような今度街に来るなどということは許されない。

 父である陛下。兄である殿下も、今回の一件でシャルロット王女に対する危機感を抱く。シャルロット王女を必要以上に守ろうとする。

 だとすれば、ただの騎士である俺とシャルロット王女との接点は無くなる。いや、ただのというのは語弊がある。

「残酷な方ですね。エリク様と王女様は、会える機会が無きに等しくなるのですよ」
「俺のような呪われ騎士が側にいることのほうが風聞に関わる。出会う前の状態に戻るだけの話だ」
「シャルロット様は、毎晩私に相談されてきました。旦那様が声をかけてくれた。旦那様が喜んでくれた。もっと旦那様に喜んでほしい。笑ってほしいと」
「・・・・・・・・・」
「こうもおっしゃってましたよ。エリク様は呪われたということを引け目にかんじていると。だから人を遠ざけようとしていると。マリーさんとあなたが必要以上に距離があるのもそうです」
「・・・・・・・・・・」
「それは日を重ねるごとに熱を帯びてきているのです。聞いている私が恥ずかしくなるくらい。恩返しがしたいというだけではありません。あなたが動物のように愛らしいからではありません。シャルロット様はあなたを――――」

 その先。ジャンヌが言わんとしていたことは、何度も想像した。シャルロットが俺に抱いている感情を。

 その度に打ち消した。そんな筈はない。あってはいけないと。そうでなければいけないのだと。本能ではなく、理性で言い聞かせ続けてきた。

「俺があの子の側にいるのは、騎士だからだ。任務だからだ」

 本来、俺とシャルはそういう関係だ。

「エリク様」
「俺は本を見るが夢を見ていない。それだけだ」
「エリク様」
「マリーの件にしたって、そうだ。俺が元はといえば」
「見つけました」
「だから俺はあの子には――――――は?」
「ですから、形見です。形見」

 ジャンヌのほうを見ると、掌の上に小さく丸いなにか、指輪があった。

 人が話を続けている最中も、せっせと探していたということだ。

「なんのお話をしていたのですか?」

 とりあえず、もう一発ジャンヌの頭を引っ叩きたくなった。

「もういい・・・・・・・・・・」
 
 なにもかも面倒臭くなってしまい、投げ渡された指輪を受け取り、何気なくそのまま弄ぶ。シャルロットが教えてくれたようにキラリと蒼く黒光っている宝石が目立っている。

 なんの変哲もない。サファイヤも小粒で、指輪自体は真鍮でできている。シャルの母親、亡くなった王妃の形見というが、なんにしろ王族や貴族が所有していたにしては派手さがない。

(ん?)

周囲に蛇がのたうったようななにかが掘られていたので、少し近づけてたしかめると文字だと気づいた。



       O.O FROM DEAR S.Aへ



(誰かからの贈り物か?)

 まぁいい。なんにしろ探し物は見つかった。シャルに渡してさっさと家路に。

 今も尚、懸命に探し回っているシャルのほうへ振り向いて。

「ッ! シャル!」

 殺気が駆け巡った。

 反対側のほうから俺達へ、シャルのほうへ一直線にむかってきている人影があった。それも相当近づいている。

 考えるよりも先に足が動いていた。剣は王宮に赴く前に着替えていたので手元にはない。

「離れろ貴様、なにをしている!」

 シャルと寄ってきていた人影の間に立ち入るように割り込む。手で制しながら睨みつけ、素手で戦えるような体勢を維持。

「それはこちらの台詞だ。お前達こそなにをしている。怪しいことこの上ないぞ」
「放っておけ! 何用だ!」
「何用って、貴様、身の程知らずだな。俺を一体誰だと――――――ん?」
「お前は・・・・・・・・・」
「エリク・ディアンか?」

 薄らとしていた雲が晴れ、月光が降り注ぐ。人影の目鼻立ちがありありとわかるほどに照らされた。

「エドモン卿・・・・・・・・・・?」
「なにをしている?」

 答えに窮した。

 本当になにをしているんだろう。俺達。

 
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