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五章

四十三話 ~王女メイドの気持ち~

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数日が過ぎた。

 サムもマリーも献身ともいえる働きでエリクを看病し続けたが、エリクが意識を取り戻すことはなかった。

 呪いという不可思議な力によるものだと判明しても、彼女彼らにはどうすることもできない。他ならぬエリク自身が存在を証明していても、呪いに関する知識と技術を示すものはどこにもないのだ。

 良くなっているのか、それとも悪化しているのかも判別できない。医者も対処のしようがない。歯噛みしたくなる無力感は誤魔化しようはない。

「シャルロット様」

 それでもシャル達は奮起した。特にマリーとシャルは率先して動いていた。不安になるサムを叱咤するほどだ。
 

「シャル」

 全員の気持ちは一緒だ。大切なエリクに助かってほしい。そのために自分ができることを死に物狂いでなす。言葉にしなくても通じ合う奇妙な一体感は、ある種の励みとなっている。

「起きろ色ボケ王女」
「あう!?」

 頭部の衝撃と痛み。強引に意識を目覚めさせられ、狼狽と驚愕が入り交じって飛び起きてしまった。

「あら!? 私はどこに!? ここは誰が!? ああっ!」

 そのまま体勢を崩し、座っていた椅子から転げ落ちてしまった。

「なにをなさっているんですか・・・・・・・・・・・・・・・」
「じゃ、ジャンヌ、エリク様になにか?」
「いえ。お変わりありません」
「・・・・・・・・・・・・・・・あ、そうですか、交代・・・・・・・ですわね?」

 何故ジャンヌが自分を起こしにきたのか。異変があったからではないのだと自分の勘違いを悟ってまずはガッカリと落胆した。そしてすぐに意識を切り替えた。

 一人はエリクの側で看病と様子見を。もう一人は簡単に作れる食事の用意と洗濯物の処理。日々の仕事は少しおざなりにしているが、役割分担をしながら休憩をすることになっている。

 充分疲労がとれたとはいえない。いつなにがあるかわからないし、なによりいざというときすぐに行動できるようにと簡素な場所で短い睡眠をとらざるをえない。

 目のまわりは窪んでいて薄黒い隈が常に生じている。肌は鈍い鉛色をして、急速に痩せ細ったように見える。ほつれた髪からは所々毛が跳びはねていて動きにも精悍さがない。

 彼女がシャルロット王女だと知っているジャンヌも、つい「うわぁ・・・・・・・・・これが王族の姿か・・・・・・・・・・・・?」 と哀れみを覚えるほどだ。

「それは・・・・・・・」
「?」
「いえ、少々お待ちを。話がございます」
「お父様とお兄様はなにかおっしゃっていましたか?」

 ジャンヌはシャルロットが何気ない質疑に、ジャンヌはつい躊躇って「・・・・・・そのとおりです」とまごつきながら答える。

「騎士団長とアラン副隊長が参るそうです。シャルロット様をお守りするために」
「そうですか・・・・・・・・・・・・いつ頃?」
「お二人の都合にもよりますが、明日には」

 事の重大さを理解できている。元々自分はエリクに護衛されている立場だ。そのエリクが倒れたのだからその代わりを務めることになるのは当然。だが、それだけではない。意味することが別にあるとシャルは気づいた。

「ねぇジャンヌ。お願いがあるのですけれど」
「お断りします」
「まだ何も言っていませんわよ!?」
「言われなくてもわかります。あなたの伝言を二人に届けてほしいのでしょう」
「違いますわ! この手紙を届けてほしいだけです!」
「書いている内容は同じでしょう。呪いや魔女について調べてほしいと」

 遂には言い当てられた。ジャンヌと違ってうぐ、と黙りこむ。

「おそらくですが、私が届けてもお二人はお聞き届けにならないでしょう」

 父と兄にとって、優先順位は自分の身の安全。単なる護衛であるエリクを救うため、手段を探すことに時間を費やす余裕は無しに等しい。

「お二人も呪いにまったく無関心というわけではありません。エリク様は、シャルロット様を襲った刺客と二度も遭遇しております」
「はい・・・・・・・・・・・・」
「財務大臣が犯人だとして、エリク様が率いている隊の特殊さを理解している。自分達を探索するのがエリク様だとおもわれても仕方がありません」
「はい・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「エリク様の使用人であるマリーさんに呪いがかけられている腕輪を渡した。エリク様を害そうとした意図があったとおもっています。シャルロット様の居場所がバレているわけではないでしょう」
「なら――――」
「しかし。今後それだけの力がシャルロット様にも降りかからないとはかぎりません」

 よりシャルロットへの危機感を募らせた結果にすぎないのだと、ジャンヌは説明している。しかし、違う。シャルロットが言いたいのは、聞きたいのはそうではない。
 
「だから・・・・・・・・・・ここを出ると?」

 沈黙が、回答だった。

 わかっていたことだ。だからこそ聞きたくなかった。言いたくなかった。言葉にすれば、そのまま事実だとして肯定される。肯定してしまう。受け入れなくてはいけなくなる。

「あくまでも最悪を想定した上です。エリク様が戦えない今、シャルロット様をお守りする人がいません」
「エリク様は私を助けてくだすっていたのですよ?」
「さようですね」
「私のせいで苦しんでいるのですよ?」
「そうです」
「サムさんもマリーさんも皆エリク様を――――」
「それがあの人達の役目です」
「っ、私はエリク様を――――――」
「シャルロット様」

 封じられた。

「エリク様は騎士。あなたは王女です。お立場をお考えください」

 感情を、恋心を。

 生命の危機に瀕している愛しの人を助けたい、側にいたい。例えどうなるかわからなくても、自分のすべてを捧げてもいいという覚悟を。

「わ、私は・・・・・・・私は・・・・・・・・・・・・」
「ジャン、シャルちゃん?」

 きっと休みに来たのだろうサムが現れたことで、会話は中断せざるをえなくなった。

「どうかしたのかい?」
「なんでもありません。この子がもしものことがあったら・・・・・・と不安になっていたので元気づけていただけです」
「そうか・・・・・・」
「申し訳ございません・・・・・・・・・・・・」
「いや、しょうがないさ。俺だって泣きたいくらいだよ」
「マリーさんはもう寝室にいるのですわね?」
「うん、そうだけど。あ、シャルちゃん」

 泣きそうになるのをごまかす意味でも、足早にむかおうとしたシャルだが、呼び止められた。シャルに笑顔を向けていたのだ。

「ありがとう」
「え?」
「マリーになにか言ってくれたんだろう?」
「っ」
「そうでないと、妹が立ち直れるわけがないし。ずっとあのままだったら、きっと俺達のほうが保たなかった」
「私は・・・・・・・・・なにもできておりませんわ・・・・・・・本当に・・・・・・・」
「そうですよサムさん。シャルとマリーさんがどのようなやりとりを経たのかわかりませんが、マリーさんのご意志でしょう」

 シャルの言葉を引き継ぐようなジャンヌは、淡々と事実だけを述べている。シャルがここに留まることになるのではないかと懸念からだ。

「うん、そうだね。でも、俺にはできなかった。考えすら及ばなかった。自分が大変なときにマリーまで気遣うなんて。きっとシャルちゃんだからこそできたんだよ」
「・・・・・・・・・・・・・」
「最初は困っていたけど、今は君がいてくれてよかったとおもっている。だから、ありがとう」

 事情も心境もわかっていないサムの素直な感謝に、シャルはまた目元が緩み、ジン・・・・・と熱くなってしまった。

 罪悪感と淡い嬉しさが交錯して斑な気持ちを形成する。複雑な感情は名前が付けられることもできず、錯綜していく。

「シャルちゃん?」
「っっ行ってまいりますっ」

 遂には耐えきれず、部屋を後にした。

 寝室についたときには落ち着いていた感情が、また騒ぎだす。虫の息という具合の、かき消えそうな呼吸をしているエリクを眺めていると、顕著になって心臓が引き絞られてしょうがない。

 使い終わったタオルを洗いにいったのだろうか、それとも水を用意しにいったのか別の用事か。マリーの姿がなかったが、却って安堵する。

「エリク様・・・・・・・・・」

 額を、頬に手の甲を当てて体温を計る。掌を引っ繰り返して指先で奥に触れると、とてもじゃないが通常の体温ではない熱さだ。あかぎれでできた傷に滲みる。

 離したくない。ずっとこのまま触れていたいと願ってしまう。代われるものなら代りたい、とさえおもう。

 最初は、側にいられればよかった。毛並みに触れたいと願った。愛らしい外見に相反する気高い内面に気づいて惹かれていった。

 気軽に考えた事態が重く、自分一人だけの感情でどうにかできる問題でなくなっているのだとわかった。このままここにいることはできないのだと。

 わかっている。わかってしまったのだ。

「う、」
「?!」
「エリク様っ」
「ぐ、う、あ」
「エリク様、エリク様。もし?」

 単なる呻きを発しただけだが、反応せずにはいられない。

「え、エレ」
「エリク様? なんですの?」
「・・・・・・・・・オノーラ」
「もし? エリク様・・・・・・・」
「エレオノーラ・・・・・・・・・・・・・」
「え?」
「エレオ・・・・・・・・・ノーラ」
「っっっ」

 息を呑んだ。
 
 苦しそうに呟いた女性の名が、鋭い刃物となって心臓に突きたつ。ズタズタに裂いていく。

「・・・・・・・・・」

 わかっている。わかっているのだ。

 それでもなお、エリクを愛することを。

 離れたくないという我が儘な気持ちを。

 抑えられず、唇を重ねた。

 重ねずにはいられなかった。
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