33 / 68
パロディ小話『鶴の恩返し』サフィール&アニエス編
しおりを挟む
こちらはWEB拍手にて公開しておりました、人気投票第二位の小話です。
キャスト→猟師の若者:サフィール。鶴:アニエス
********************************************
数日前、猟師の若者は罠にかかった一羽の鶴を助けた。
他の猟師の仕掛けた罠に足を捕らえられたその鶴が、何故かひどく哀れに思えたからだ。
そんな感情は、これまで数多くの動物を手に掛けてきた自分にはひどく不似合いだと思ったが、何故かそうせずにはいられなかった。
数日後。若者が一人で暮らす家を訪ねる者があった。
それは白い着物を纏った美しい娘で、彼女は「この吹雪で難儀している。止むまで家に上げてもらええないでしょうか」と言ってきた。
若者は頷いて、娘を家に入れた。
旅の者だと言うわりに手荷物も無く、この辺りの人間にしてはひどく上等な着物を纏う娘。
そして、男を惑わすと噂される雪女のように美しい女だ。
不思議と、吹雪は止まなかった。
娘は「世話になる礼に」と、自ら進んで家の仕事を手伝った。
若者が作る時と同じ材料を使っているのに、この娘の作る食事はとても美味い。
吹雪は七晩の後に、止んだ。
その頃には娘は、若者の女房になっていた。
美しく働き者の娘を、若者は心から愛した。
娘は畑仕事や炊事洗濯だけでなく、「少しでも足しになれば…」と機織りを始めた。
家に新しく機織り場を作り、家の仕事の後に夜遅くまで反物を織る。
娘の織った反物は雪のように白く美しく、若者が市へ持って行けば高額で売れた。
しかし若者はそんなことよりも、娘がそうして遅くまで仕事をすることが気にかかってしょうがなかった。
次々と反物を織りだすごとに、娘は痩せてやつれていくのだ。
「もう織らなくてもいい」
若者は娘に言う。
彼女の織る反物が無くても、自分の稼ぎだけで十分二人暮らしていける。
しかし娘は首を縦には振らない。
「いいえ。私はもっともっとあなたを幸せにしたいのです」
そうして娘は今夜も、機織り場に籠るのだ。
機織りをしている間は、けして中を覗かないでくださいませ、と娘は若者に言う。
機を織っている間の自分は、まるで何かに取り憑かれているかのようで。
愛するあなたに、そんな姿は見られたくないのです、と。
若者はこれまで、その言葉を忠実に守ってきた。
だが…。
(これ以上機織りを続けたら…)
娘はもっと弱ってしまう。
若者は意を決して、機織り場の扉を開けた。
「どうして?」と。
娘の声で、目の前の鶴が鳴く。
「どうして見てしまったの? あんなに、約束したのに」
機織り場に、娘はいなかった。
いたのは、機を織る一羽の鶴。
それはあの日、若者が助けた鶴だった。
「見られてしまったら、私はもうここにはいられない」
鶴は悲しげに言い、持っていた杼をカタンと置く。
次の瞬間、鶴はまばゆい光に包まれる。
そして立っていたのは、若者の妻だった。
「…お前だったのか」
若者は言う。
自分が妻にした娘は、あの日自分が助けた鶴だったのだ。
「はい。命の恩人のあなたにどうしても恩返しがしたかったのです」
でも、もうお別れです…と娘は言う。
「あなたには知られたくなかった。私が、人ではないことを…」
娘はさめざめと泣いた。
正体を知られなければ、ずっと…。
ずっと、あなたの傍にいられたのに、と。
「さようなら。私の大切な旦那様…」
娘は泣きながら、立ち竦む若者の脇を通り抜けようとする。
が、
「えっ!?」
娘は突然手を引かれ、あれよというまに壁に押し付けられた。
「…俺が逃がすと思うの?」
若者の手が壁に押しあてられ、娘は壁と若者とに挟まれて閉じ込められる。
彼は言った。
「逃がさない。君が人でなくても、俺には一番…愛しい女だ」
「あなた…」
でも、私は鶴ですよ? と娘は言う。
それが何? と若者は返す。
「お傍にいても、いいのですか…?」
「言ったでしょ。逃がさないって」
傍にいなよ、ずっと。
若者は言って、そっと娘の唇に、口付ける。
そして二人は末永く、幸せに暮らしましたとさ。
『おまけ』
「…君が人じゃないってこと、初めからなんとなく気付いてたよ」
その日の夜。
一つの褥に横になって妻を抱く若者が、言う。
「…え? ど、どうして…」
「だって、普通の娘があんなに綺麗な着物で一人旅なんて、ありえないし」
「……わ、私…」
人の世界には、疎くて…と娘は恥じらう。
「でも、どうして私を迎え入れて下さったんですか? 怪しいと、思ったのでしょう?」
「ん…。でも、妖でもかまわないって、思ったんだ」
あの日。
訪ねてきたこの娘が、あまりにも美しく愛らしかったから。
この娘が妖で、自分の命を奪いに来たのかもしれないと思ったけれど。
それでも構わないと、思った。
「あなた…」
「だから、もう離れようなんて言わないで」
「…っ。はい!」
あの日若者は命ではなく、心を奪われていたのだろう。
この美しい、鶴に。
キャスト→猟師の若者:サフィール。鶴:アニエス
********************************************
数日前、猟師の若者は罠にかかった一羽の鶴を助けた。
他の猟師の仕掛けた罠に足を捕らえられたその鶴が、何故かひどく哀れに思えたからだ。
そんな感情は、これまで数多くの動物を手に掛けてきた自分にはひどく不似合いだと思ったが、何故かそうせずにはいられなかった。
数日後。若者が一人で暮らす家を訪ねる者があった。
それは白い着物を纏った美しい娘で、彼女は「この吹雪で難儀している。止むまで家に上げてもらええないでしょうか」と言ってきた。
若者は頷いて、娘を家に入れた。
旅の者だと言うわりに手荷物も無く、この辺りの人間にしてはひどく上等な着物を纏う娘。
そして、男を惑わすと噂される雪女のように美しい女だ。
不思議と、吹雪は止まなかった。
娘は「世話になる礼に」と、自ら進んで家の仕事を手伝った。
若者が作る時と同じ材料を使っているのに、この娘の作る食事はとても美味い。
吹雪は七晩の後に、止んだ。
その頃には娘は、若者の女房になっていた。
美しく働き者の娘を、若者は心から愛した。
娘は畑仕事や炊事洗濯だけでなく、「少しでも足しになれば…」と機織りを始めた。
家に新しく機織り場を作り、家の仕事の後に夜遅くまで反物を織る。
娘の織った反物は雪のように白く美しく、若者が市へ持って行けば高額で売れた。
しかし若者はそんなことよりも、娘がそうして遅くまで仕事をすることが気にかかってしょうがなかった。
次々と反物を織りだすごとに、娘は痩せてやつれていくのだ。
「もう織らなくてもいい」
若者は娘に言う。
彼女の織る反物が無くても、自分の稼ぎだけで十分二人暮らしていける。
しかし娘は首を縦には振らない。
「いいえ。私はもっともっとあなたを幸せにしたいのです」
そうして娘は今夜も、機織り場に籠るのだ。
機織りをしている間は、けして中を覗かないでくださいませ、と娘は若者に言う。
機を織っている間の自分は、まるで何かに取り憑かれているかのようで。
愛するあなたに、そんな姿は見られたくないのです、と。
若者はこれまで、その言葉を忠実に守ってきた。
だが…。
(これ以上機織りを続けたら…)
娘はもっと弱ってしまう。
若者は意を決して、機織り場の扉を開けた。
「どうして?」と。
娘の声で、目の前の鶴が鳴く。
「どうして見てしまったの? あんなに、約束したのに」
機織り場に、娘はいなかった。
いたのは、機を織る一羽の鶴。
それはあの日、若者が助けた鶴だった。
「見られてしまったら、私はもうここにはいられない」
鶴は悲しげに言い、持っていた杼をカタンと置く。
次の瞬間、鶴はまばゆい光に包まれる。
そして立っていたのは、若者の妻だった。
「…お前だったのか」
若者は言う。
自分が妻にした娘は、あの日自分が助けた鶴だったのだ。
「はい。命の恩人のあなたにどうしても恩返しがしたかったのです」
でも、もうお別れです…と娘は言う。
「あなたには知られたくなかった。私が、人ではないことを…」
娘はさめざめと泣いた。
正体を知られなければ、ずっと…。
ずっと、あなたの傍にいられたのに、と。
「さようなら。私の大切な旦那様…」
娘は泣きながら、立ち竦む若者の脇を通り抜けようとする。
が、
「えっ!?」
娘は突然手を引かれ、あれよというまに壁に押し付けられた。
「…俺が逃がすと思うの?」
若者の手が壁に押しあてられ、娘は壁と若者とに挟まれて閉じ込められる。
彼は言った。
「逃がさない。君が人でなくても、俺には一番…愛しい女だ」
「あなた…」
でも、私は鶴ですよ? と娘は言う。
それが何? と若者は返す。
「お傍にいても、いいのですか…?」
「言ったでしょ。逃がさないって」
傍にいなよ、ずっと。
若者は言って、そっと娘の唇に、口付ける。
そして二人は末永く、幸せに暮らしましたとさ。
『おまけ』
「…君が人じゃないってこと、初めからなんとなく気付いてたよ」
その日の夜。
一つの褥に横になって妻を抱く若者が、言う。
「…え? ど、どうして…」
「だって、普通の娘があんなに綺麗な着物で一人旅なんて、ありえないし」
「……わ、私…」
人の世界には、疎くて…と娘は恥じらう。
「でも、どうして私を迎え入れて下さったんですか? 怪しいと、思ったのでしょう?」
「ん…。でも、妖でもかまわないって、思ったんだ」
あの日。
訪ねてきたこの娘が、あまりにも美しく愛らしかったから。
この娘が妖で、自分の命を奪いに来たのかもしれないと思ったけれど。
それでも構わないと、思った。
「あなた…」
「だから、もう離れようなんて言わないで」
「…っ。はい!」
あの日若者は命ではなく、心を奪われていたのだろう。
この美しい、鶴に。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる