旦那様は魔法使い

なかゆんきなこ

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第五章 二人の日常4

奥様の里帰り 後編

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 久しぶりに顔を合わせた二人――マリーベルとクラウドは、夕飯も一緒に食べていってくれた。両親も二人と会うのは久しぶりだったようで、会話が弾んでいる。
「いやあ、夫人の料理を食べるのは随分久しぶりだ。やっぱり、とても美味しい」
 と、クラウドはクラリス手製のシチューに舌鼓を打つ。
「まあ。魔法使い様ったらお上手ですこと。同じ王都に住んでおられるのだから、たまには遊びに来て下さいな」
「そうだとも。私達はもう家族なのだから」
 クラリスは笑顔で応え、父のエリックも「こうして一緒に酒を飲もうじゃないか」と上機嫌だ。
「それはいい。私もぜひ仲間に入れてもらいたいな。アランも来たがっているし」
「もちろん、あなたも私達の大切な家族ですもの。いつでもいらっしゃい」
「殿下が!? それは光栄だ」
「あなた、緊張してお酒を飲み過ぎないで下さいね」
 クラリスの苦言に、場がどっと笑いに包まれる。
「本当は今日も一緒に来たがっていたのだが、やることが山積みでな。代わりに、アニエスにと土産を預かっている。荷物になるかもしれないが、帰りに持っていってくれ」
「ありがとう、マリーベルお姉さん。殿下にお礼の手紙を書いても? 失礼じゃないかしら」
「なぁに。アランもアニエスのことを妹のように思っているんだ。きっと喜ぶ」


 そんな楽しい夕食の席が終わり、アニエスは船旅の疲れもあって早々に寝入った。
 そして翌朝。日頃から早起きな彼女は今朝もすっきり目を覚まし、母と二人で朝食を作る。使い魔猫達も、自ら進んで二人の手伝いをした。
 この日は特に予定を入れておらず、アニエスはサフィール達に買っていくお土産を物色するつもりだった。
 朝食をとった後、初日と同じく使い魔猫ふたりと一緒に街へと繰り出す。
 ここは学生時代にアニエスがよく通った界隈で、雑貨屋や菓子店、カフェが建ち並ぶ一角だった。
「わー! お店がいっぱいですにゃー」
 アクアは珍しげに辺りをきょろきょろと見渡す。クレス島にもこういった店々はあるが、やはり王都の方が種類も数も多い。
 アニエスは気になるお店を順々に回っていった。
(懐かしい……)
 数軒目に足を踏み入れたお店は、学生時代によく通った雑貨屋だった。品物こそ違えど、店の雰囲気はあの頃のままである。
(あ……。素敵……)
 ふと目に留まったのは、美しい陶器のティーセット。滑らかな白い曲線を描くティーポットに、美しい野の花々が描かれている。二客のソーサーとカップも、同じ模様が描かれていた。
 ポットの丸みと良い、柄と良い。とても心惹かれるティーセットだ。アニエスは、じいっとそのティーセットに見入る。
「ねえサフィール、これとっても素敵じゃ……」
 くるりと振り返り、彼女はいつもの癖で夫の名を呼んでしまう。
 だが、いつもなら「うん、そうだね」と相槌を打ってくれるサフィールはいない。彼はクレス島に残っているのだ。
(いやだわ、私ったら……)
 ついつい、サフィールが傍に居るように振る舞ってしまっていた。
 恥ずかしさに赤くなった頬を押さえるアニエスに、使い魔猫達が「どうしましたのにゃ?」と首を傾げる。
「ううん、なんでもないの」
 さあ、お買い物を続けましょう、と。笑顔でアニエスは言う。
 だが、ティーセットの棚から離れた彼女は胸に、急な寂しさを覚えた。たった数日のことなのに、サフィールが傍に居ないことが無性に、寂しく思えてきたのだ。
(今頃、サフィールはどうしているかしら……)


「サフィール達、どうしているかしら」
 アニエスがそう、ぽつりと呟いたのは買い物途中で立ち寄ったカフェでのことだ。
 ホットコーヒーとケーキを前に、アニエスははぁ……とため息を吐く。
 一度気にし始めてしまったらもう止まらなかった。自分はどれほど彼に焦がれているのだろうかと、呆れもする。
「……んー、きっと……」
 その問いに応えたのは、アクアだ。彼はアイスミルクをごくっと飲み干した後、にぱっと笑って答える。
「奥方様がいなくて、ダメダメになってると思いますにゃ!!」
「ブッ」
 そのあけっぴろげな物言いに、隣でアイスミルクを飲んでいたカルが噴いた。
「ゴホっ、お、お前……」
「えー? だって、ご主人様のことだからきっと、『アニエスがいない。やる気でない』で、ご飯もロクに食べなくなると思いますにゃ~。で、なんとか食べさせようと、やる気を出させようと四苦八苦するキース達が目に浮かぶようですにゃ!!」
「…………そ、そんなに。かしら」
 予想以上の答えに、アニエスはたじろぐ。
 だがアクアは得意気に断言した。
「にゃ!! きっと、奥方様と再会する前のご主人様みたいになってますにゃ~。断言できますにゃ」
「そ、そこまでひどくは……と俺は思いますにゃ」
 そうフォローするカルの声も、アニエスには届かなかった。
「……ごめんなさい、ふたりとも。我儘を言っても良いかしら……?」
 そして結局アニエスは、島に残ったサフィールと使い魔猫達のことが心配になり、予定を早めに繰り上げて帰路に着くことにしたのである。


 かくして。
 早めに帰って来た彼女が目の当たりにしたのは、まさにアクアが断言した通りの様子のサフィールだった。
 なにせ、自宅の扉を開けてアニエスが帰って来たのを知った留守番役の使い魔猫達が、「「「「「お、奥方様にゃああああああああああ!!!」」」」」と、救世主が降臨したかのような喜びようで飛びついて来た。
 そんな彼らに詳しく話を聞けば、サフィールはここ数日研究が上手くいかずロクに食事もとらず、店の奥に引き籠っていると言う。
 それを聞いて、アクアは「にゃ!!」と、言った通りでしょ? と得意気な顔をし。カルははらはらと、アニエスを心配気に見上げる。
「……もう」
 アニエスはやれやれとため息をついて、スランプ真っ只中の夫の元へと向かった。
 だがその胸には、夫に対する呆れだけではなく、数日振りに会えることへの喜びや愛しさもあった。
(仕方のない人……。でも、会いたかったわ、サフィール)
 たった数日離れただけでこんな風に思ってしまう自分はおかしいのかもしれない。
 でも、それがアニエスの正直な気持ち……だった。

「もう、サフィールったら!」

 そして彼女は、呆れと愛しさを込めた第一声を夫に投げかけた。


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