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第48話 イザークの過去③

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 何も才能がないかと思われていたが、イザークには非凡な商才があった。1代で公爵家とも並び称される程の財産を築き上げ、両親の言う通り、王女との婚姻を目指した。

 伯爵ながら莫大な財産を築いた、麗しき小伯爵。若い貴族たちの間では、男からも女からも羨望の的だった。

 だがあくまでもロイエンタール伯爵家の狙いは、王族との縁戚。伯爵家以下から舞い込む縁談をことごとく無視し、親子一丸となって王族に近付こうと邁進した。

 金もばら撒き、自分を支援してくれる貴族も多数見つけた。だが、蓋を開ければ王女は他国へと嫁ぎ、歯牙にもかけられていなかったことをイザークは知ることとなる。

 両親の言う通りに生きることだけを求められ、その通りに生きた結果、何も手にしていない自分に気が付き愕然とした。

 自分を、ロイエンタール伯爵家を、あざ笑う声がした。若い貴族に人気のあったロイエンタール小伯爵は、そんな扱いなど忘れたかのように距離を置かれるようになった。

「財産を築いた程度で、成金伯爵家が王族と縁戚関係を願うだなんて、ほんとうに、“くだらないこと”に時間を使ったわね。」

 そう揶揄する声が聞こえ、イザークは女性の声が怖くなった。“くだらないもの”を排除して生きてきた筈の自分が、世間から”くだらないもの”扱いされていた。

 この事実にただただ打ちのめされた。
 何より聞きたくない言葉だった。貴族の女性と関わると、吐き気がこみ上げる。

 王女が駄目なら侯爵家以上を、と両親はイザークを焚き付けたが、女性に近付くたびにこみ上げる吐き気をどうしようもなかった。

 令嬢と食事の席を設けても、こみ上げる吐き気にイザークがその場を離れてしまい、両親は毎回場をごまかすのに必死だった。

 両親が“くだらない”といったものは、すべてに吐き気がした。大衆向けの演劇も、料理も、人々の会話も、そのすべてが。

 リハビリの為に、メイドと話してみてはどうかと、母親が提案をした。メイドであれば自分よりも下の立場の人間であり、なおかつ雇い主に罵声など浴びせられない。

 イザークはそれを了承し、メイドとだけ話すようになった。次代の伯爵であり、財産だけなら公爵家にも劣らない、若く、美しいイザークは、メイドたちに人気だった。

 イザークとの結婚を目論む若いメイドたちは、立場を争うように、イザークのそばについて話しかけようと必死になった。

 ようやく若い女性と話せるようになったイザークに、再び結婚相手を探し始めたが、その頃には王女に袖にされた男として、お目当ての貴族以外も目もくれなくなっていた。

 娘に持参金を持たせられるかも怪しい、伯爵家以下からは、相変わらず結婚の申し込みが絶えなかったが。

 その中でメッゲンドルファー子爵家を選んだのは、どうにも侯爵家以上から婚約者を探すのが難しそうだと両親が思うようになった頃で、かつ領地が地続きだったからだった。

 それでも大人になったイザークが逃げたらどうしようもなかったが、イザークはメッゲンドルファー子爵令嬢を前にして、
「吐き気がしない……。」
 と呟いた。

 そうしてメッゲンドルファー子爵家令嬢を娶ることになったのだが、女性に対する本心からの恐怖は消えないままだった。

 妻の顔に、あの日侮蔑の言葉を吐いた令嬢の顔が重なり、何度も恐ろしくなる。
 きちんと接していれば、別人だとわかり、恐怖も収まるのだが、ふとした瞬間、突然湧き上がるようにその感情がぶり返した。

「きちんと妻となる人間をしつけないからそうなるのでしょう。あの娘はロイエンタール伯爵家のやり方にしたがえていないものね。
 “くだらないもの”を見て、あなたが不快になるのも無理はないわ。妻となる人間をしつけるのは、夫と、母である私の役目よ。」

 母親はそう、イザークに言った。
 妻が“くだらないもの”でなくなれば、この感情もなくなるのか。

 イザークは母親の言うがまま、自分の感情がどこからきているのかもわからないまま、妻に同じしつけをしようと考えた。
 あの日、幼い自分がされたように。 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

────────────────────

イザークのモデルは知り合いです。
NHK以外を見せてもらえず、バラエティー番組なども、いちいちくだらないと言われて育ったせいで、他人がバラエティー番組を見ているだけでも吐き気がして、外でツバを吐いている人を見ればグチグチと嫌味を言う。
そんなトラウマを抱えた人間でした。
両親が否定する人間を見るだけで、とにかく苦痛だと言う彼が、恋をした。
そしてこの話を思いつきました。

同様にトラウマを抱えて生きているイザークが、果たしてどう変わっていくのか。
見守っていただければ幸いです。


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