【完結】美人の先輩と虫を食う

吉田定理

文字の大きさ
37 / 44
冬の章

11 いつか羽ばたく眠り姫②

しおりを挟む
 風が吹くたびに僕は首を縮めた。体が温まるように、わざとバタバタ走ってみたりしながら、いい具合に倒れている木を見つけ、根元の腐りかけている部分を「うーうー」言いながら割る。丸々と太った幼虫を発見し、少しの罪悪感と興奮を抱きながらつまみ出し、プラスチックケースにおさめていく。まるで宝探しのような楽しさ。
 ひと仕事終えて顔をあげると、木の根元にしゃがみこんでいる女性の姿が映った。じっと何かを凝視したまま動かない。ほっそりとしたジーンズのズボン。グレーのセーター。汚れた白衣。丸みのあるシルエットの髪。
 逃げるな、僕! チャンスだ!
「先輩、何を見てるんですか」
 近づいていくと、先輩は座ったままこちらを見あげた。
「渡辺くん、いいところに来たね」
 いつか聞いたようなセリフに、僕は思わず笑ってしまう。
「あれ、どうかした?」
「いいえ。ただ、前にも言われたような気がして」
「そうだっけ?」
「覚えてないんですか。三回は言われた気がするんですけど」
「覚えてないねー。でも言われてみると、言ったような気もするね」
「その中に、何がいるんですか?」
 木の根元には、洞(ほら)ができていた。奥は蜜が染み出たのか、テカテカの黒っぽい液体が固まったようになっている。
「何もいないんだよねー」
「何もいないのに見てたんですか」
「そうだよ」
 あいかわらず面白い人だ。
「僕も一緒に見ていいですか」
「もちろん」
 先輩の隣にしゃがみこむ。洞の中にじっと目をこらすが、影が差していて何かいたとしてもよく見えない。クモとか毛虫とか、何かいそうな雰囲気はすごくあるのに、何もいない。これが面白いかと問われると、疑問である。たぶん僕らは同じものを見ていながら、違う世界を見ているのだ。
「渡辺くんは幼虫、捕れた?」
「三匹だけです。本当はもっと捕れそうなんですけど、可哀そうなので」
「だから捕らない?」
「はい。ちょっと味わえればそれでいいかなと思います」
「渡辺くんは偉いね」
「へ?」
「君はこのサークルの理念をよく理解してる! 私も実は三匹しか捕ってないよ。命をいただくってのは、そういうことだよね! 意味もなく殺生をしないとか、食材を無駄にしないとか、そういうのって当たり前だけど意外とないがしろにされちゃうんだよ! 捕ること自体が楽しくなって、そういう大事なことを忘れちゃうんだよ! だけど君はちゃんとその点を理解してる! 素晴らしいよ! 私は嬉しい!」
 先輩の熱弁が聞けて、僕はほっとした。これがいつもの先輩だ。
「そう言ってもらえると、自信がわいてきます」
「幼虫って、暖かくなったら成虫になって、大空へ飛び立っていくじゃない? なんか私と同じだなって思ったら、そっとしておきたくなってね」
「そうですね。先輩ももうすぐ卒業ですもんね」
「うんうん。あと三か月で卒業とは、感慨深いよ」


「さて、焼くか揚げるか。どっちがいい?」
 須藤教授の研究室。斎藤さんはみんなで集めた幼虫を前にして僕らに意見を求めた。
 どれがいい? と言われても幼虫を食べたことのない僕には何と答えていいか分からない。
 二十五匹ほどの生きのいい幼虫が、プラスチックケースの小部屋の中でうねうねと動いている。
「焼きで!」と先輩が答えた。
「渡辺くんもいることだし、どちらも試してみるのはどうっすか。ちょっと手間っすけど」
 新代表が提案した。教授と凜ちゃんも頷いている。
「はいはいはいっ! 焼きがいいでーす!」と先輩が手を挙げた。
「そうだな、両方試すか」と斎藤さんは先輩を無視する。「渡辺もそのほうがいいだろ?」
「ええと……」
 僕は答えあぐねてメンバーの顔色をうかがった。先輩が僕を見つめ、真剣な顔で口をパクパクさせて、何か伝えようとしている。たぶん本気で『焼き』がいいと思っているのだろう。
 だけど僕は正直な自分の気持ちを言うことにした。
「できれば……いろいろ試してみたいです」
「じゃ、決まりだな」
 先輩が床に崩れ落ちた。……また白衣が汚れるよ。だけど、こういう大袈裟なリアクション――『大人になるほどできなくなること』ができるのは、先輩のすごいところだと思う。
「焼きがよかったのにっ! このゲス!」
 床に寝転がったまま先輩が斎藤さんをにらんだ。
「やかましいぞ猪俣。ンなことやってるからお前の白衣は汚くて臭いんだろうが」
「汚いけど臭くはないし! 月一回は洗濯してるし!」
「もっと洗濯しろ!」
「ねえ渡辺くん洗ってくれない?」
「自分で洗えよ!」
 先輩と斎藤さんが怒鳴り合っている間に、僕らは幼虫の調理に取り掛かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら

瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。  タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。  しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。  剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

処理中です...