悪いのは私じゃない

吉田定理

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4 由紀はすがるような思いで (終)

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 由紀はすがるような思いで謎の人物「TRUTH」にメッセージを返した。何もしないでいるのは不安でたまらなかったのだ。

『料金は20万円いただきますが、炎上が終息した時点でのお支払いとなります。炎上が一ヶ月以上続いた場合は料金はいただきません』

 先にお金を振り込んだら連絡がつかなくなるタイプの詐欺ではなさそうだ。20万円という金額は決して安くないが、この人に炎上の対応を任せて、自分は一ヶ月だけ耐えればいい、と思うと、気持ちが少し楽になった。
 由紀はTRUTHに炎上の鎮火を依頼した。

『サービスを開始する前に、いくつか同意していただく規約があります』

 また規約か。
 由紀クローンが利用規約がどうたらと言い訳していたのを思い出し、由紀の顔は曇った。
 しかし、今は他に頼れる人もいないから仕方がない。

『YUKIKI様が使用しているパソコンを、遠隔操作で使わせていただきます。また、YUKIKI様の動画配信のアカウントも使わせていただきます』

 他人が自分のパソコンやアカウントをいじるのには抵抗があるが、とにかく早く炎上から解放されたかった。

 承諾のメッセージを送ると、次の規約とやらが送られてくる。

『私がYUKIKI様の振りをして、他者に攻撃的なメッセージを送ったり、ネットワークに攻撃をしかけることを許可してください』

 他者を攻撃?
 嫌な予感がした。炎上を鎮めるためには、受け身ではダメということなのか?

『時には厄介な相手を力づくで封じ込めることもあります。YUKIKI様が私に攻撃の許可をくだされば、それだけ炎上の終息も早まりますし、YUKIKI様は大勢から攻撃されているわけですから、多少の反撃は正当防衛です。もちろん、相手を物理的に殴ったりするわけではありません』

 TRUTHの説明は、ある程度は正しいような気がする。
 実際、生易しい方法では、炎上はおさまらないのではないか、と由紀も思う。
 だからといって、他者を攻撃するなんて……。

 返事を迷っている由紀に、さらなるメッセージが送られてくる。

『YUKIKI様は、”あなた”が悪いと思いますか。それとも、”他の誰か”が悪いと思いますか』

 悪いのは誰か。
 自分か、悪意ある動画を作成した人か、それを拡散した人か、よく知りもしないで由紀をののしっている人か、あるいは、

 由紀クローンか。

 悪いのは私ではなく、”あいつ”です。
 全部許可しますから、炎上を一日も早く終わらせてください。

『お任せください。YUKIKI様は自宅で待機していてください』


***

 由紀は部屋にこもり、ネットニュースも自分の動画配信ページも見ないようにした。

 鎮火を依頼してから二週間が経った。
 さすがにTRUTHから途中報告があってもいいだろう、と思ってメッセージを確認したが、何も届いていなかった。

 パソコンをシャットダウンしようとしたとき、ノックの音が飛び込んできた。
 ドキッとして、玄関の方を見る。
 物音を立てないようにじっと耳を澄ませる。

「宮永由紀さん、いますか」

 知らない男性の声だ。
 まさかアンチに本名が特定されたのか、と恐ろしくなった。
 玄関ドアの向こうで、複数の人の話す声がしている。
 鍵はかけてあるが、不安でたまらない。

 いきなり目の前のパソコンの画面に自分の顔が映し出され、驚いて声をあげそうになった。
 いや、よく見ると自分ではない。そっくりだが、これは、

「警察だね」

 由紀クローンは由紀の声でそう言った。
 由紀はドアの外には聞こえない小声で怒りをぶつけた。

「あんた消えたくせにどうして今さら!」

「消えてなんかいない。自分のバックアップを隠しておいて、消えた振りをしただけ。消えるのはあんた」

「へ?」

 由紀はぞっとして震えた。
 玄関では、さっきの男が、しつこくノックをしている。

「あんたが警察を呼んだの?」

「警察は犯罪者の隠れ家を突き止めただけ」

 由紀クローンは不敵に笑った。

「あんたが私にあらゆる権限をくれたおかげで、あんたの振りしてやりたい放題やれたわ」

 あらゆる権限をくれた……?
 何を言っているんだろう、と思ったが、ハッと罠に気づいた。

「まさか、あんたがTRUTH!? 騙したの!?」

 ガチャリと玄関の鍵が開く音。
 ありえない……!
 背筋が凍りつく。

「あんたが自分の否を認めれば、助けてやろうかと思ったのに。さよなら、ニセモノのワタシ」

「ちょっと! あんた何をやったのよ!?」

 画面が真っ暗になると同時に、武装した警察官が部屋になだれ込んできた。

「宮永由紀! いるのはわかっているぞ、おとなしくしろ!」

 違う! 悪いのは私じゃない!

 スピーカーから「あひゃははははっ!」という耳障りな笑い声が響いた。


<おわり>
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