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ギルド職員編
クリスタルゴーレム戦でクロノ死す
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天然のゴーレムは物体にマナが貯まり、自然に発生する意思を持つ無機物だ。ほとんどが人型で、このクリスタルゴーレムも例に漏れない。
こいつの場合は、水晶にマナが集まって偶然生まれた。一見すると分厚くゴツゴツとした人形の魔物だが、半透明なスケスケボディが最大の特徴だ。
だから、ゴーレムの弱点とされる核の在り処が普通に見える。こいつは胸の中心に核がある。丸見えだぞ。ストリートキングゴーレムに改名するべきだろう。
「……思ったより動きが鈍いなぁ」
いざ対峙すると、動きが遅くて考察する余裕があったのだ。俺よりデカいし、硬そうだし、分厚い。でもなんか強そうに思えないのは、少し屈んだ状態で、のっしのっしと歩くせいで、酷く落ち込んでいるように見えるせいだろう。
背筋を伸ばすと天井に頭が当たるものだから、こいつもそれを分かってやっていると思う。落盤など屁でもないはずだが、埋まった鉱石を探して食べるのは面倒なのだろう。つまりその程度の知能はあるのだ。
それにしても遅い。ダークネスよりは早いけど、こいつの攻撃なら俺でも余裕で避けられそうじゃん。
到達するまで鼻でもほじって待っていようとしたら、いきなり動きが早くなる。走りながら大ぶりの鉱石パンチを繰り出してくる。後ろに下がって避けたが、ぞくりと背筋が凍った。
「こ、こいつ……キモいぞ!?」
動きが実に気持ち悪いのだ。陸上の短距離選手みたいに力強く腕を振って走るし、腕を引いてから殴ってくる。人間の動きを大げさにした感じで、カチカチ鉱石の体でそれをされるとギャップが酷い。
アニキいわく当たれば即死するほど攻撃力が高い。気持ち悪い攻撃を、俺も大げさな動作で避けて時間を稼いでいるが、ふと大変なことに気づいた。
ここはトンネルの中で、狭い空間だ。ゴーレムのパンチが壁や床に当たりでもしたら、落盤待ったなし。余裕から一転して、心臓が鳴り止まなくなった。
「横振りだけにしてください。お願いします。何でもしますから!」
俺の願いは届かない。回避され続けて学習したのか、腕を振り上げた。天井が削れ、土がバラバラと落ちてくる。問題は、振り上げたのだから、振り下ろす攻撃がやってくるということだ。
ヤバい。まじヤバい。当たるわけにはいかないが、素直に避けると落盤が起こる。一か八か、賭けに出る!
「【ナイトスワンプ】」
振り下ろし攻撃は確実に避ける。拳が地面に当たる直前で、沼に変えて衝撃を緩和する。泥水が周囲に散ったが、落盤を起こさずに済んだ。
「アニキっ、いつまでっ、時間をっ、稼げばっ、いいんすかっ!?」
振り返ると、誰も居なかった。やっと避難が完了したのだ。俺も本気を出す!
「あばよのろまなゴーレムさん!」
決まってる。逃げるんだよ。こんな狭くて暗くて、足場が凸凹で、落盤の恐怖の中で戦えるか。安全な倉庫まで逃げて、ついでに戦うふりをして倉庫をぶっ壊して貰って、止む終えない感じで外の景色を眺めたるわ!
「はぁはぁ、やっとトンネルを抜け……扉開いてるじゃん!?」
そりゃそうだ。後ろから化け物が来てるんだから、規則だの規律だの何の抑止力にもならない。よく考えたら、これでいいのだ。皆で出れば怖くない。まぁ、誰も居ないんですけどね……あっ、アニキが居た。
「生きてたか新入り! 外はヤバいことになってる。マナ嵐だ!」
「マナ嵐って何すか!? 出たら死にます!?」
「とんでもない突風だ。風に巻き上げられて砂嵐まで起きてる。1メトル先すら見えねぇが、クリスタルゴーレムに殺されるよりましだ!」
「よっしゃ、逃げましょう!」
「ちょっと待ったァ。お前、魔道具とか持ってねぇよな? マナ嵐は魔道具をダメにしちまう」
「ないっす。見ての通り、薄汚いんで!」
外に出ると、前が見えないどころか、目も開けられない。砂ホコリが肌を叩いて痛い。凄まじい突風で体がよろめく。赤土の地面を踏みしめるように歩くのがやっとだ。
「まっすぐ進め。クリスタルゴーレムだって満足に歩けないはずだ」
アニキの言葉に安心して、ちらりと後ろを振り返る。なんか大きな影が見えるよ。なんてこった、フラグだったんだ。
そもそも、クリスタルゴーレムは重量級だ。のろまだったはずの敵は、マナ嵐の環境において、俺たちより機敏に動けてしまう。
「アニキィ! 俺が食い止めます! 先に逃げてください!」
「バカ野郎! 今度こそ本当に、死んじまうぞっ」
「まっすぐ進んでください。振り返らないで。また後で会いましょう!」
口の中の砂を吐き出し、目を閉じる。見えないなら、見なければいいじゃない。アントワネット心眼論だ。
自分の視界を捨て、シャドーデーモンの視界を借りれば、砂嵐の中でも問題ない。満足に動けるかは知らないが、俺の性格の悪さを舐めて貰っては困る。
俺が満足に動けないなら、お前も同じ目に合うがいい!
「【ナイトスワンプ】」
クリスタルゴーレムが沼にハマり、動きが鈍くなる。このまま逃げることも出来るが、こいつはどこまでも追ってきそうだ。
沼に足がハマれば、当然ながらゴーレムの背は低くなる。弱点のコアが射程内に入った。
「お前はもう用済みだ! 【ダークネス】」
横ぶりのパンチをしゃがんで躱し、硬く冷たい胸部に手を添える。そしてダークネスをお見舞いする。ご自慢のカチカチ胸筋をぶち抜いた!
クリスタルゴーレムが防御力に自信があるなら、俺は体脂肪率と攻撃力には自信がある。異世界のワ○パンマンとは俺のことよ。ダークネスを讃えよ!
「……起き上がらないな」
いや、まじでワンパンなのか。遠距離攻撃の類はなかったが、クリスタルゴーレムの強さは、攻撃と防御に特化してると思うんだけど……。
アニキ基準で強い魔物なので、実はそれほど強くない魔物だったのかな。刃砕きとかいうアイアンゴーレムより強いと煽りやすいんだけど。ともかく、勝ちは勝ちだ。
「くくっ、ククク……ぺっぺっ、帰ろ」
せっかく強敵を倒したのに、勝どきすらあげさせてくれない。口に入った砂を吐き出しながら、消えかかったアニキの足跡を追った……。
マナ嵐による突風が少し和らぐと、木造の古びた建物が見えた。微妙に手入れはされているので、恐らくは皆ここに避難している。
扉を塞ぐ砂をどけて、入ろうとしたら殴られた。またかよこの流れ!
「し、新入りか!? 悪かった。あのゴーレムがやってきたのかと思って……」
平謝りのアニキの後ろで、大の大人たちが縮こまっている。やはり、一般人にとって魔物は恐ろしく、勝てない相手とあらば冷静さを欠くのだろう。俺もゴブリンでチビったし、気持ちはよく分かるぞ。
「いや、いいんスよ。どうせ無傷なんで。それと、もう安心です。あのクリスタルゴーレムは下っ端の俺っちが倒しました」
「嘘つけ! やつは炭鉱潰し。どれだけ煮え湯を飲まされたことか。過去に討伐してくれた冒険者の話じゃ、Bランクの魔物だって聞いたぞ!?」
「うーん、ダークネスでワンパンっすよ? その冒険者が、ちょっと過大な表現をしてただけじゃないっすか?」
お互いに半信半疑である。ひとつだけ言えるのは、俺は弱いのだ。俺に倒せる魔物なんだから、弱いに決まってる。まぁ、相性が良かったおかげだが、凄いと称賛されてもピンとこない。
俺って絶望を与えるのは嫌いじゃないけど、誰かの希望になるのは苦手なんだよね。
とにかく危機は去った。また炭鉱夫に戻ろうと皆で準備していると、扉が開き、背の低いガチムチなおじさんが入ってくる。体中が砂まみれで、ご自慢の白髭にも砂がたっぷりと付着している。
ドーレンさんにちょっと似た雰囲気があるこの人こそ、炭鉱夫たちを取り仕切り、この依頼の主である親方のドグマさんである。
「……お前さんたち、ここで何をしとる?」
やべぇ、外出禁止なのに外に出ているのがバレた。契約内容によると、一銭も貰えなくなる。俺たちは慌てて、非常事態が起こったことを説明した。
「クリスタルゴーレムじゃと!? うぅむ、すぐに冒険者ギルドに依頼を――」
「あっ、俺が倒しました。ワンパンっす」
「ほぅ、闇の魔術師のお前さんが、討伐指定難度Bの魔物を、一発で倒したと?」
あっ、これ嫌味な言い方だ。本気で信用されてないのだ。やっぱりあいつ強かったのかなぁ。
「えーっと、マナ嵐も収まったし、証拠を見に行きましょう」
「それしかないじゃろうな。よかろう、皆も行くぞ」
扉を開けると、澄み切った青い空と、草木も生えない赤土の荒野が広がっている。砂嵐のせいで足跡などは消えているが、ゴーレムを倒した場所は分かる。念のために、シャドーデーモンを置き去りにしてきたから。
「親方、あれっすよ。クリスタルゴーレムで間違いないっすよね?」
親方はメガネを取り出すと、砂を払ってゴーレムの亡骸を観察している。胸にぽっかりと空いた大穴を見て、口を開く。
「……紛れもなくクリスタルゴーレムじゃ。信じられんが、信じるしかないのぅ」
「非常事態だったんで、契約を破って外に出てしまったけど、見逃して貰えませんか? 今からでもバリバリ掘りますんで……」
「いいじゃろう。そんなことより、怪我人や被害は出ておるか? ゴーレムに食われた鉱石は気にせんでいい。事故みたいなものじゃからな」
事故と言えば、落盤である。すっかり忘れていたことも説明したが、怪我人はアニキを含めて元気になったのでお咎めなし。そもそも、すべてクリスタルゴーレムのせいだったから、親方も気にしてないようだった。
肝心のゴーレムの直接的な被害についても、鉱石は持ち逃げしたから無事だし、俺が体を張ったから怪我人は居ない。
これにて一件落着かと思ったが、問題があるらしい。名無し先輩が、恐る恐る手を上げた……。
「ゴーレムに追われて鉱石を運んだときに、鉱石をいくつか紛失してしまいました。マナ嵐の影響で視界もままならず、回収はまだ出来ていません」
「なんじゃと……まずいぞ。お前さんたちに給料を支払っているのはワシじゃない。この鉱石の購入権を独占購入した商人じゃ」
親方は雇い主ではなく、地主だった。未知の銀ピカ鉱石を商人に紹介したところ、食いついた。すぐに独占購入の契約を結び、ゆくゆくは鉱山そのものも商人に売るつもりだった。
ただ、商人は保険を用意する。まず未知の鉱石なのだから、希少性が高い。それは採掘量が少ないのが基本だ。銀ピカ鉱石は採掘量が多いと親方に言われても、信じるわけがない。そこで俺たち炭鉱夫が雇われた。
一ヶ月のあいだ、炭鉱夫たちに掘らせる。出てきた量が多ければ、親方の言い分は正しく、炭鉱の買取額が上がる。今の親方の仕事は、俺たちが銀ピカ鉱石を盗んだり横流ししないか監視する監督的な立場のようだ。
「……まじヤバヤバじゃないっすか?」
もし紛失した銀ピカ鉱石が、誰かの手に渡り、市場に流れでもしたら、未知の鉱石というインパクトが薄れる。商品価値が少なからず下がってしまう。
親方は土地の買取額が下がる。俺たちは雇い主である商人から、お賃金が支払われない……。
「怪我人がおらんのなら、皆で手分けして探すのじゃ!」
紛失した鉱石は砂に埋まっているだろう。クリスタルゴーレムのように大きいわけでもないし、目印もない。
だから、日が暮れるまで探しても、ひとつとして見つかることはなかった。
「親方、どうしましょう? 明日も探しますか?」
「……いや、もういい。人の手に渡ってないことを祈るしかないじゃろ。それより止まった手を動かさなきゃならん。明日からまた、バリバリ掘るんじゃ」
親方の判断は正しい。俺たちが人海戦術をフル活用して探しても見つからないのだから、人通りがほぼ皆無などこぞの炭鉱付近で、たまたま通りかかった人が見つけて持ち帰る可能性は極めて低いのだ。
あれだけ探していた鉱石を、見つからないことを祈りながら、俺たちは炭鉱夫生活に戻った。
不安を振り払うように掘りまくり、気がつけば雇用期間の一ヶ月が過ぎようとしている。そんなとき、親方がやってきた。見るからに上機嫌で。
「喜べ! 商人との契約が完了した。お前さんらには給料が支払われるし、ワシは高値でこの鉱山を売り払えた」
落盤が起きないか心配になるレベルで、声を上げて喜んだのである。いや本当に頑張ったからね。
「商人はまだ専属の炭鉱夫を集めきっておらんようじゃ。希望者が居るなら、もう一ヶ月ほど炭鉱夫として雇いたいそうじゃ」
またしても歓声が上がる。これだけ割の良い仕事は滅多にない。誰もが延長を名乗り出るが、俺だけはその誘いに乗らなかった。
「すいません。俺は今月で終わります。帰ってやらなきゃいけないことがあるので……」
「……そうか。仕方がないのぅ。今日の仕事は切り上げて、祝いと別れの宴会をするとしよう」
俺の送別会か。つまり酒が出るな? 親方も有頂天だし、酒も入って警戒心が薄れるはず。面白い話を聞き出してやろうじゃないか。
あとがき
来週は投稿が遅れると思います
こいつの場合は、水晶にマナが集まって偶然生まれた。一見すると分厚くゴツゴツとした人形の魔物だが、半透明なスケスケボディが最大の特徴だ。
だから、ゴーレムの弱点とされる核の在り処が普通に見える。こいつは胸の中心に核がある。丸見えだぞ。ストリートキングゴーレムに改名するべきだろう。
「……思ったより動きが鈍いなぁ」
いざ対峙すると、動きが遅くて考察する余裕があったのだ。俺よりデカいし、硬そうだし、分厚い。でもなんか強そうに思えないのは、少し屈んだ状態で、のっしのっしと歩くせいで、酷く落ち込んでいるように見えるせいだろう。
背筋を伸ばすと天井に頭が当たるものだから、こいつもそれを分かってやっていると思う。落盤など屁でもないはずだが、埋まった鉱石を探して食べるのは面倒なのだろう。つまりその程度の知能はあるのだ。
それにしても遅い。ダークネスよりは早いけど、こいつの攻撃なら俺でも余裕で避けられそうじゃん。
到達するまで鼻でもほじって待っていようとしたら、いきなり動きが早くなる。走りながら大ぶりの鉱石パンチを繰り出してくる。後ろに下がって避けたが、ぞくりと背筋が凍った。
「こ、こいつ……キモいぞ!?」
動きが実に気持ち悪いのだ。陸上の短距離選手みたいに力強く腕を振って走るし、腕を引いてから殴ってくる。人間の動きを大げさにした感じで、カチカチ鉱石の体でそれをされるとギャップが酷い。
アニキいわく当たれば即死するほど攻撃力が高い。気持ち悪い攻撃を、俺も大げさな動作で避けて時間を稼いでいるが、ふと大変なことに気づいた。
ここはトンネルの中で、狭い空間だ。ゴーレムのパンチが壁や床に当たりでもしたら、落盤待ったなし。余裕から一転して、心臓が鳴り止まなくなった。
「横振りだけにしてください。お願いします。何でもしますから!」
俺の願いは届かない。回避され続けて学習したのか、腕を振り上げた。天井が削れ、土がバラバラと落ちてくる。問題は、振り上げたのだから、振り下ろす攻撃がやってくるということだ。
ヤバい。まじヤバい。当たるわけにはいかないが、素直に避けると落盤が起こる。一か八か、賭けに出る!
「【ナイトスワンプ】」
振り下ろし攻撃は確実に避ける。拳が地面に当たる直前で、沼に変えて衝撃を緩和する。泥水が周囲に散ったが、落盤を起こさずに済んだ。
「アニキっ、いつまでっ、時間をっ、稼げばっ、いいんすかっ!?」
振り返ると、誰も居なかった。やっと避難が完了したのだ。俺も本気を出す!
「あばよのろまなゴーレムさん!」
決まってる。逃げるんだよ。こんな狭くて暗くて、足場が凸凹で、落盤の恐怖の中で戦えるか。安全な倉庫まで逃げて、ついでに戦うふりをして倉庫をぶっ壊して貰って、止む終えない感じで外の景色を眺めたるわ!
「はぁはぁ、やっとトンネルを抜け……扉開いてるじゃん!?」
そりゃそうだ。後ろから化け物が来てるんだから、規則だの規律だの何の抑止力にもならない。よく考えたら、これでいいのだ。皆で出れば怖くない。まぁ、誰も居ないんですけどね……あっ、アニキが居た。
「生きてたか新入り! 外はヤバいことになってる。マナ嵐だ!」
「マナ嵐って何すか!? 出たら死にます!?」
「とんでもない突風だ。風に巻き上げられて砂嵐まで起きてる。1メトル先すら見えねぇが、クリスタルゴーレムに殺されるよりましだ!」
「よっしゃ、逃げましょう!」
「ちょっと待ったァ。お前、魔道具とか持ってねぇよな? マナ嵐は魔道具をダメにしちまう」
「ないっす。見ての通り、薄汚いんで!」
外に出ると、前が見えないどころか、目も開けられない。砂ホコリが肌を叩いて痛い。凄まじい突風で体がよろめく。赤土の地面を踏みしめるように歩くのがやっとだ。
「まっすぐ進め。クリスタルゴーレムだって満足に歩けないはずだ」
アニキの言葉に安心して、ちらりと後ろを振り返る。なんか大きな影が見えるよ。なんてこった、フラグだったんだ。
そもそも、クリスタルゴーレムは重量級だ。のろまだったはずの敵は、マナ嵐の環境において、俺たちより機敏に動けてしまう。
「アニキィ! 俺が食い止めます! 先に逃げてください!」
「バカ野郎! 今度こそ本当に、死んじまうぞっ」
「まっすぐ進んでください。振り返らないで。また後で会いましょう!」
口の中の砂を吐き出し、目を閉じる。見えないなら、見なければいいじゃない。アントワネット心眼論だ。
自分の視界を捨て、シャドーデーモンの視界を借りれば、砂嵐の中でも問題ない。満足に動けるかは知らないが、俺の性格の悪さを舐めて貰っては困る。
俺が満足に動けないなら、お前も同じ目に合うがいい!
「【ナイトスワンプ】」
クリスタルゴーレムが沼にハマり、動きが鈍くなる。このまま逃げることも出来るが、こいつはどこまでも追ってきそうだ。
沼に足がハマれば、当然ながらゴーレムの背は低くなる。弱点のコアが射程内に入った。
「お前はもう用済みだ! 【ダークネス】」
横ぶりのパンチをしゃがんで躱し、硬く冷たい胸部に手を添える。そしてダークネスをお見舞いする。ご自慢のカチカチ胸筋をぶち抜いた!
クリスタルゴーレムが防御力に自信があるなら、俺は体脂肪率と攻撃力には自信がある。異世界のワ○パンマンとは俺のことよ。ダークネスを讃えよ!
「……起き上がらないな」
いや、まじでワンパンなのか。遠距離攻撃の類はなかったが、クリスタルゴーレムの強さは、攻撃と防御に特化してると思うんだけど……。
アニキ基準で強い魔物なので、実はそれほど強くない魔物だったのかな。刃砕きとかいうアイアンゴーレムより強いと煽りやすいんだけど。ともかく、勝ちは勝ちだ。
「くくっ、ククク……ぺっぺっ、帰ろ」
せっかく強敵を倒したのに、勝どきすらあげさせてくれない。口に入った砂を吐き出しながら、消えかかったアニキの足跡を追った……。
マナ嵐による突風が少し和らぐと、木造の古びた建物が見えた。微妙に手入れはされているので、恐らくは皆ここに避難している。
扉を塞ぐ砂をどけて、入ろうとしたら殴られた。またかよこの流れ!
「し、新入りか!? 悪かった。あのゴーレムがやってきたのかと思って……」
平謝りのアニキの後ろで、大の大人たちが縮こまっている。やはり、一般人にとって魔物は恐ろしく、勝てない相手とあらば冷静さを欠くのだろう。俺もゴブリンでチビったし、気持ちはよく分かるぞ。
「いや、いいんスよ。どうせ無傷なんで。それと、もう安心です。あのクリスタルゴーレムは下っ端の俺っちが倒しました」
「嘘つけ! やつは炭鉱潰し。どれだけ煮え湯を飲まされたことか。過去に討伐してくれた冒険者の話じゃ、Bランクの魔物だって聞いたぞ!?」
「うーん、ダークネスでワンパンっすよ? その冒険者が、ちょっと過大な表現をしてただけじゃないっすか?」
お互いに半信半疑である。ひとつだけ言えるのは、俺は弱いのだ。俺に倒せる魔物なんだから、弱いに決まってる。まぁ、相性が良かったおかげだが、凄いと称賛されてもピンとこない。
俺って絶望を与えるのは嫌いじゃないけど、誰かの希望になるのは苦手なんだよね。
とにかく危機は去った。また炭鉱夫に戻ろうと皆で準備していると、扉が開き、背の低いガチムチなおじさんが入ってくる。体中が砂まみれで、ご自慢の白髭にも砂がたっぷりと付着している。
ドーレンさんにちょっと似た雰囲気があるこの人こそ、炭鉱夫たちを取り仕切り、この依頼の主である親方のドグマさんである。
「……お前さんたち、ここで何をしとる?」
やべぇ、外出禁止なのに外に出ているのがバレた。契約内容によると、一銭も貰えなくなる。俺たちは慌てて、非常事態が起こったことを説明した。
「クリスタルゴーレムじゃと!? うぅむ、すぐに冒険者ギルドに依頼を――」
「あっ、俺が倒しました。ワンパンっす」
「ほぅ、闇の魔術師のお前さんが、討伐指定難度Bの魔物を、一発で倒したと?」
あっ、これ嫌味な言い方だ。本気で信用されてないのだ。やっぱりあいつ強かったのかなぁ。
「えーっと、マナ嵐も収まったし、証拠を見に行きましょう」
「それしかないじゃろうな。よかろう、皆も行くぞ」
扉を開けると、澄み切った青い空と、草木も生えない赤土の荒野が広がっている。砂嵐のせいで足跡などは消えているが、ゴーレムを倒した場所は分かる。念のために、シャドーデーモンを置き去りにしてきたから。
「親方、あれっすよ。クリスタルゴーレムで間違いないっすよね?」
親方はメガネを取り出すと、砂を払ってゴーレムの亡骸を観察している。胸にぽっかりと空いた大穴を見て、口を開く。
「……紛れもなくクリスタルゴーレムじゃ。信じられんが、信じるしかないのぅ」
「非常事態だったんで、契約を破って外に出てしまったけど、見逃して貰えませんか? 今からでもバリバリ掘りますんで……」
「いいじゃろう。そんなことより、怪我人や被害は出ておるか? ゴーレムに食われた鉱石は気にせんでいい。事故みたいなものじゃからな」
事故と言えば、落盤である。すっかり忘れていたことも説明したが、怪我人はアニキを含めて元気になったのでお咎めなし。そもそも、すべてクリスタルゴーレムのせいだったから、親方も気にしてないようだった。
肝心のゴーレムの直接的な被害についても、鉱石は持ち逃げしたから無事だし、俺が体を張ったから怪我人は居ない。
これにて一件落着かと思ったが、問題があるらしい。名無し先輩が、恐る恐る手を上げた……。
「ゴーレムに追われて鉱石を運んだときに、鉱石をいくつか紛失してしまいました。マナ嵐の影響で視界もままならず、回収はまだ出来ていません」
「なんじゃと……まずいぞ。お前さんたちに給料を支払っているのはワシじゃない。この鉱石の購入権を独占購入した商人じゃ」
親方は雇い主ではなく、地主だった。未知の銀ピカ鉱石を商人に紹介したところ、食いついた。すぐに独占購入の契約を結び、ゆくゆくは鉱山そのものも商人に売るつもりだった。
ただ、商人は保険を用意する。まず未知の鉱石なのだから、希少性が高い。それは採掘量が少ないのが基本だ。銀ピカ鉱石は採掘量が多いと親方に言われても、信じるわけがない。そこで俺たち炭鉱夫が雇われた。
一ヶ月のあいだ、炭鉱夫たちに掘らせる。出てきた量が多ければ、親方の言い分は正しく、炭鉱の買取額が上がる。今の親方の仕事は、俺たちが銀ピカ鉱石を盗んだり横流ししないか監視する監督的な立場のようだ。
「……まじヤバヤバじゃないっすか?」
もし紛失した銀ピカ鉱石が、誰かの手に渡り、市場に流れでもしたら、未知の鉱石というインパクトが薄れる。商品価値が少なからず下がってしまう。
親方は土地の買取額が下がる。俺たちは雇い主である商人から、お賃金が支払われない……。
「怪我人がおらんのなら、皆で手分けして探すのじゃ!」
紛失した鉱石は砂に埋まっているだろう。クリスタルゴーレムのように大きいわけでもないし、目印もない。
だから、日が暮れるまで探しても、ひとつとして見つかることはなかった。
「親方、どうしましょう? 明日も探しますか?」
「……いや、もういい。人の手に渡ってないことを祈るしかないじゃろ。それより止まった手を動かさなきゃならん。明日からまた、バリバリ掘るんじゃ」
親方の判断は正しい。俺たちが人海戦術をフル活用して探しても見つからないのだから、人通りがほぼ皆無などこぞの炭鉱付近で、たまたま通りかかった人が見つけて持ち帰る可能性は極めて低いのだ。
あれだけ探していた鉱石を、見つからないことを祈りながら、俺たちは炭鉱夫生活に戻った。
不安を振り払うように掘りまくり、気がつけば雇用期間の一ヶ月が過ぎようとしている。そんなとき、親方がやってきた。見るからに上機嫌で。
「喜べ! 商人との契約が完了した。お前さんらには給料が支払われるし、ワシは高値でこの鉱山を売り払えた」
落盤が起きないか心配になるレベルで、声を上げて喜んだのである。いや本当に頑張ったからね。
「商人はまだ専属の炭鉱夫を集めきっておらんようじゃ。希望者が居るなら、もう一ヶ月ほど炭鉱夫として雇いたいそうじゃ」
またしても歓声が上がる。これだけ割の良い仕事は滅多にない。誰もが延長を名乗り出るが、俺だけはその誘いに乗らなかった。
「すいません。俺は今月で終わります。帰ってやらなきゃいけないことがあるので……」
「……そうか。仕方がないのぅ。今日の仕事は切り上げて、祝いと別れの宴会をするとしよう」
俺の送別会か。つまり酒が出るな? 親方も有頂天だし、酒も入って警戒心が薄れるはず。面白い話を聞き出してやろうじゃないか。
あとがき
来週は投稿が遅れると思います
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