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絆編
三度目の正直
しおりを挟む「俺は夢を見ているのか? マンティコアは討伐されたはずだろ!?」
ライオネルの戸惑いはもっともだ。マンティコアは王都ギルドによって討伐されている。だから目の前に居るこいつは、幻獣だの合成獣だの抜きにしても、居るはずのない幻の魔物だ。
だからこれは夢なんだと。そうであれば良かった。目の前の化け物が発する威圧感は、俺が幾度となく遭遇してきた強敵のものと変わらない。目を背ければ俺はあっさりと死ぬだろう。
「2匹居たんだ。マンティコアは、2匹居たんだよ……」
「そんなバカな……Bランクの魔物が何匹も出るなんて……」
化け物が何匹出てきてもいい。ただ、こいつにだけは会いたくなかった。こいつの出現が、この騒動の結末を語りかけてくる……。
「クロノ、逃げるぞ! 早く動けっ」
「……逃げる? 冗談だろ。こいつは殺す」
「無茶を言うなって! 赤龍のようにはいかない。俺たちの目的は、こいつを討伐することじゃない! 今もどこかで助けを待ってるダチを探し出すことだろうがっ!」
「いいんだ。もういいんだよ。捜索は終わったんだ……」
「終わった……? 幻覚か? 何かの状態異常にかかって――」
マンティコアはBランクの魔物だ。人のような顔に、獅子の体。毛は生えておらず、歪な翼を備えている。サソリの尻尾があるから毒は使うようだが、幻覚の類は使えない。
こいつは人の言葉を理解する。極稀に喋ることもあるらしい。奇妙な体も、高い知能も、強敵なら当たり前なのかもしれない。
こいつの最大の特徴は、人を好んで食らうこと。女や子供を優先的に狙うと書かれていた。
「ライオネル……あいつをよく見るんだ。もう終わったんだよ……っ」
マンティコアの肌はくすんで不健康そうな色合いだ。それなのに、両前足が妙に赤黒い。口の周りも同様に赤黒い。これは模様ではなく、乾いた血の跡だ。
ここはイゼクト大森林。虫型魔物の聖地であり、虫の血は緑や黄色が多い。赤い血を持つ虫はまだ見たことがない。現在は立ち入り禁止になっているこの場所で、赤い血を持つ生物など限られている。
だからあれは、ファウストの血だ。それも致死量を超えている。目に入る情報のすべてが、ファウストの死を物語っている……っ。
おそらくは奇襲を受けたのだ。ファウストとマンティコアの戦いは、余力を残せないほど苛烈なものになる。その戦いの中盤に、2匹目のこいつが、背後から襲いかかる。仮に奇襲を避けられても……その後は……。
ファウストは、2匹のマンティコアに敗れ、食われた。こんなクソみたいな結末が、もがき続けた俺に与えられた三度目の正直だというのか……。
「この卑怯者が……っ。許さんぞ……っ!」
「ま、待て! 落ち着け。もし……もし借りに……こいつがファウストの敵だとしてもっ、ここは……退かなきゃならねぇ……っ!」
「分かった。先に帰ってろ。俺はこいつを殺す」
「敵を取りたい気持ちは俺だって同じだ!! でもよっ、今戦って勝てる相手じゃねぇんだ。それが分からないお前じゃないだろ!? 犬死にして、ファウストが喜ぶと思ってんのか!?」
「この先、強くなってリベンジしろと? ムリだ。ムリなんだよ。何度も考えたさ。冷静になろうとした。だけど、どうしたって俺はこいつを許せない。このクズがのうのうと生きていることが許せないんだ!」
「今戦えば、俺かお前……どっちも死ぬかもしれねぇ。それでも、戦うのか?」
「あぁ、そうだ。お前は帰ってくれ。死ぬのは俺とこいつだけでいい」
「……バカ言うな。俺はガードだぞ。仲間を見捨てて逃げるくらいなら、死んだほうがましだぜ! どっちが死んでも、恨むんじゃねぇぞ!」
ライオネルはプライドが高い。それはガードとしてのプライド。何があっても仲間を守ると決めている男が、『守りきれない』とまで言わせた強敵だ。それでも、俺は戦う。今回ばかりは逃げるわけにはいかないんだ。
「やるぞライオネル。【ウィスパー】【ソウルリンク】」
人の言葉を理解する敵には、ウィスパーが戦いの合図となる。しかし今回はパーティー戦だ。ましてや敗戦濃厚……いや、現状では勝ち目のない相手となれば、連携は必要不可欠である。
喋らずとも8割ほどの連携ならやれるだろう。勝つには最高の連携が出来なければ話にならない。気心の知れた相手だろうと厳しい。だからこのスキルを使うしかなかった。
【ソウルリンク】は、一度だけキャリィに使ったスキル。喋らずとも考えたことがお互いに伝わるスキルだ。それはメリットでもあり、デメリットでもある。
俺の頭を覗かせるわけにはいかない。だが、今のこの気持ちがある限り、余計なことを考える余裕はない。頭からすべてを消し去り、マンティコアを殺すことだけ考えればいい。
「何だ? 頭の中で声が響いて……」
「俺のスキルだ。喋らずに意思の疎通が取れる。邪念は捨てておけ」
「なんとも、奇妙なスキルだぜ。まぁいいぜ。それで、どうする? 俺があれだけ止めたのに、戦うっていうくらいだ。僅かな勝算くらいはあるんだろ?」
「ある。鼻で深呼吸してみろ」
「この臭いは……腐臭か? あのマンティコアは状態異常にかかってる?」
「そうだ。この腐臭は、赤龍戦で嗅いだ臭い。つまり、ファウストの置き土産なんだ」
「あの猛毒か!!」
強敵を相手にするセオリーは、大人数で袋叩きにすること。この卑怯な作戦が当たり前になった原因は、強敵が必ず持っている【自己再生】だ。
俺の常識では考えられない速度で傷が治るパッシブスキル。少人数で挑むのは間違いである。低燃費・高火力のダークネスであっても、安々と当てられないのだから、このルールからは逃れられない。
普通なら絶対に勝てない相手。しかし、今は違う。
「今のマンティコアは、猛毒と自己再生が拮抗している。どっちが勝ってるとか負けてるとか、細かいことまでは知らない。重要なことは、自己再生を持っていないに等しいってことだよ」
「なるほど。いずれ猛毒は治るかもしれねぇ。それでも賭ける価値があるんだな?」
あれは猛毒と一言で片付けていいものじゃない。ファウストが最後まで諦めずに戦った証だ。仲間の俺たちがそのバトンを繋がないでどうする。猛毒が消えてしまったら、それこそ、何もかも無駄になってしまう……。
「最初は乗り気じゃなかったんだ。頭に血が上ったクロノを、どうすりゃ説得できるのかって。撤退のために戦うつもりだった。マンティコアと俺たちの実力差を痛感するまで粘る程度にしか思ってなかった」
「帰るなら今だぞ?」
「クロノ……お前の思い、伝わったぜ。戦おう。最後の最後まで。ファウストがやってきたこと、生きてきたことすべてが無駄じゃなかったって、俺とお前と少年……3人で戦えば最強だって! 勝って証明しようぜ!」
惜しいな。正確には、3人と1羽だぞ。
「飛べ、カーク! イゼクト大森林にマンティコア出現! 2匹目だ!」
「カーッ!!」
王都ギルドには期待していない。ルークたちも来ないで欲しい。俺たちの戦いに邪魔はさせない。それでも、報告は必要だ。無事に届けてくれよな。
「さぁ行け! 振り返るな!!」
カークが飛び立つと同時に、マンティコアの首がカークに向いた。群れから離れた獲物を狙うタイプらしい。
歪な翼を広げ、マンティコアが飛び立つ……!?
まずいっ。何らかの遠距離攻撃なら防ぎようはある。しかし、直接カークを狙われると、俺に守る手段は――。
「【コンバットクライ】」
ライオネルが中盾を構えると、赤い光が周囲を駆け抜けた。飛び上がっていたマンティコアは、ピタリとその場に止まり、首をまわして俺たちを見てくる。
「間に合って良かったぜ。敵さんは慎重らしい。それが返って不気味だ。さて、どう戦う? 何か策はないのか?」
「ないよ。さっきのが全部だ」
「そりゃまずいぜ。やっぱり撤退も考えておくか」
「だから、俺に時間をくれ。5分でいい。それで勝つ方法を見つける」
「5分か。それくらいなら、ソロでも耐えきって――」
ライオネルの表情がわずかに和らいだ。気の緩みを見抜いたのか、マンティコアが動きを見せた。
滑空で勢いを乗せた前足がライオネルに襲いかかる。中盾とぶつかり合い、衝撃音で耳鳴りがする……。
「……すまねぇ。3分で頼むぜ」
衝撃をもろに受け止め、大きく後ずさったライオネルは、焦りを隠さずそう言った。
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