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第3章 たまには勇者っぽいことしたいんですけど…

6話 サラマンダーフラワー

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「腰いてぇ。」

 夜、トイレに行きたくなって目を覚ました俺は外で用を足す為に、馬車の荷台から出た。
 このあたりは昼間は大分あったかいが、夜はそこそこに冷えるのでトイレが近くなりやすいのである。

「おうフーマ起きたのか。」

 俺が馬車の外に出ると、ファルゴさんが焚火の面倒を見ながら夜営をしているところにでくわした。
 ジャミ―さんはファルゴさんの近くでローブを纏って横になっている。

「ああ、はい。ちょっと催しまして。ファルゴさんも起きてたんですね。」
「まぁな。いくら夜警が必要ないとは言われても、な。」
「ああ、なるほど。」

 ローズは寝ている間でも周囲に敵対反応があれば勝手に目が覚めるため、夜の番は必要ないと言っていたのだが、ファルゴさんとジャミ―さんは交代で夜の番をすることにしたようである。
 まぁ、いくら大丈夫だって言われても相手は小さい子供にしか見えないし、少なからず不安もあるのだろう。
 因みに舞は首から看板をかけたまま馬車の中でぐっすりと眠っていた。
 魔物が出る平原での野宿なのに緊張感を一切感じない良い寝顔だったよ。

 それはともかく、近くの木の裏で用を足した俺はなんとなく眠れなくなったのでファルゴさんとお話でもしている事にした。
 体感的に後一時間もすれば空が白んできそうな気がするし、起きていても問題ないだろう。

「そういえば、この焚火どうやって一晩ももたせてるんですか。薪になりそうなものなんて無かったと思うんですけど。」

 ファルゴさんの前にある焚火は数本の枝がくべられているものの、それ以外は燃料になりそうなものはないし、どう考えても薪の量にしては火の大きさが不自然な気がする。

「ああ。それはこのサラマンダーフラワーの根っこを乾燥させて粉にしたもんを使ってるんだ。見てろよ。ほら、」

 ファルゴさんはそう言うと近くに置いてあった皮袋から茶色い粉を一つまみとりだし、火の中にぱらぱらと振りかけた。
 すると、炎が一瞬青く変わって元の赤い色に戻ると、粉を振りかける前よりも炎が一回り大きくなっていた。

「すげぇ!原理とか一切わかんないけどすげぇ!」
「だろ?これは旅をする奴らの中じゃ常識的なアイテムなんだが、初めて見るとビックリするよな。」

 ファルゴさんが皮袋の口を紐で縛りながら、にかっと笑いつつそう言った。

 それにしても、サラマンダーフラワーの根っこの粉か。
 今度商店に言ったらこういう異世界特有の便利道具を買ってみてもいいかもな。
 俺がそんなことを考えていると、ファルゴさんが木のコップに魔法で水を入れて飲んでいるのが目に入った。

「やっぱりファルゴさんも魔法使えるんですね。」
「ん?ああ。俺が赤髪だから魔法が使えないと思ったのか?」
「え、赤髪だと魔法が使えないんでですか?」
「なんだ、知らないのか。それじゃあ別にいい。で、俺が魔法を使えるかって話だったな。まぁ、難しい魔法は使えないが四属性の魔法なら一応全部LV2まで使えるぞ。片手剣で戦うなら魔法を使えた方が何かと便利だからな。」

 何やら気になる事を言っていたが、ファルゴさんは火水土風の魔法を全てLV2まで使えるらしい。
 そう考えるとステータスポイントを使って魔法を覚えたにしろそうでないにしろ、ファルゴさんって結構戦闘において優秀な人なんだな。
 複数の魔法をここまで使える人はそうそういない気がするし。

 それにしても、赤髪の人は魔法を使えないのか。
 後でローズに聞いてみたら何か解るかもだし、頭の片隅に入れとくか。
 俺はそんなことを思いつつ、ファルゴさんに素直な称賛を贈った。

「へぇ。四属性全部を使えるなんて結構すごいですね。俺は魔法が使えないんで尊敬します。」
「まぁ、魔法はどうしても生まれつきの才能の部分が大きいからな。でもまぁ、片手剣使いならナイフとか暗器とか魔法以外にも色々使えるもんがあるし、何も魔法だけにこだわる必要はないさ。」

 ファルゴさんは俺を励ますように笑いながらそう言った。
 俺は魔法が元から使えないのではなく使えなくなったのだが、その経緯を説明するのが面倒で要点を伏せて話したらファルゴさんに気を使わせてしまったみたいだ。
 少し罪悪感。
 でもまぁ、ギフトの話とかは他人にペラペラ話すようなもんじゃない気がするし、仕方ないか。

 俺がそんな事を考えながら焚火をぼんやり眺めていると、ファルゴさんが少し真面目な男の顔で俺に話しかけてきた。

「フーマ。お前はマイムが好きなのか?」
「なんですか急に。」
「いや、お節介だっていうのは分かってるんだが。どうしても気になってな。」
「秘密です。」
「そうか。ただ、好きな女の事は何としても守り抜けよ。それが男ってもんだ。」

 ファルゴさんがキメ顔で昇ってきた朝日の方を見ながらそう言った。
 この人は結構恋バナというか、その類の話が好きなようである。
 もしかして新婚さんなのだろうか。
 頭のお花畑具合的に。

 俺がそんな事を思いながらファルゴさんを生暖かい目で見守っていると、ジャミ―さんが体を起こしながらファルゴさんにつっこみを入れた。

「はぁ、何が好きな女の事は守り抜けだ。お前よりも団長の方が強いし、いつも守られてるのはお前の方じゃないか。」
「俺の人生の先輩としてのありがたい教えに茶々をいれるなよ!俺だってたまにはシェリーの事を守ってやりたいんだよ!」

 少し涙目でそう叫ぶファルゴさん。
 あれ、なんか急にこの人に親近感を感じる。
 なんでだ?

 そんな出どころの分からない微妙な親近感に首をかしげていると、馬車の荷台の中で毛布にくるまって寝ていたローズがモソモソと這って来て幌の隙間から顔を出した。
 頭にはぴょこんと跳ねた寝癖が立っている。

「朝っぱらから何を騒いでおる。女を守る云々の話をする前にまずは常識の話をせい。」

 ローズは少しの殺気を混ぜながら不機嫌気にそう言うと馬車の中にまたモソモソと戻って行った。
 俺とファルゴさんは互いに間抜けな顔をしながら僅かな間見つめ合う。
 その数秒の沈黙の後、ファルゴさんが俺の方に寄ってきて肩に手をおいて口を開いた。

「まぁ、頑張れよ。フーマの連れの子はどっちも強そうだけど、きっとその内良い事あるって。」
「うるせぇですよ。」

 俺は良い笑顔のファルゴさんに呆れた顔を向けながらそう言った。
 なんだか精神的にくる朝だった。


 そんな朝の珍騒動から約2時間後、全員がしっかりと目を覚まし朝食やら顔を洗ったりやらを済ませた俺達はまた馬車に乗り込んでガタゴトとゆられていた。
 因みに今日の朝食は出発前にシルビアが大量に作ってくれたパンと、昨日捕まえた兎の肉とソレイドで買っておいたピクルスのような味の野菜の漬物である。
 どれもおいしゅうござんした。
 俺がそんな朝ごはんの余韻に浸りながら、植物でできた歯ブラシで歯を磨いていると寝癖を水魔法の水で器用に直していた舞がぽつりと独り言をこぼした。

「流石にそろそろお風呂に入りたいわ。」
「確かに。」

 かれこれもう4日間は風呂に入らずにタオルで体を拭ったり、水魔法を頭にぶっかけて髪を洗ったりしていた為、落ち着いて風呂には入れていない。
 日本のお風呂文化と共に生きてきた俺達にはボチボチお風呂禁止生活の限界が来ていた。

「ん?風呂ならセイレールについたら俺達の傭兵団の詰め所のやつを貸してやるぞ。うちの団長は風呂好きだから結構風呂にはこだわってるんだ。」
「あら、それはありがたいわ!是非ともお借りしましょう。ね、フーマくん!」
「そうだな。ぜひともお願いしますファルゴさん。」
「おう!このペースだと今日の昼にはつきそうだし、その時間なら誰も使ってないだろうから問題ないだろう。」

 ファルゴさんがにこやかに承諾してくれた事で、俺達は5日ぶりに風呂に入る事ができそうだ。
 よかったよかった。
 俺がそんな感じで久しぶりの風呂に期待を寄せていると、

「団長の帰還も今日の昼頃だったはずだが、まぁいいか。」

 ジャミ―さんが小声でボソッとそう呟くのが聞こえた。
 あ、これはフラグですね。
 風呂に入るときは絶対に気を付ける様にしよう。
 流石に人妻と混浴はまずい気がする。

 俺はゆっくりと風呂に入るために積極的にフラグをへし折りにいく事に決めた。
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