俺のチートって何?

臙脂色

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第四章   ― 革命 ―

第139話 あの日は、遠く

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 明け方。
 カトレアはアルーラ城のバルコニーから遠景を見渡す。

 街の屋根から遥か遠くの山まで雪化粧で白く覆われ、空はこれから起こる出来事を憂いているのか一面灰色の曇天だった。
 地の白と空の灰色が混じり、世界をモノクロの色調に染めている。

 「いよいよか……準備はできているな?」

 カトレアが、自分の後ろで跪く騎士団総司令官のセルギウスに問うた。

 「はっ。滞りなく。あとは敵が動くのを待つのみです」

 「よろしい。此度の戦は、良き実戦訓練となろう。それと、重ねて言うがフィオレンツァは確実に始末しろ」

 「……よろしいのですね?」

 「構わぬ。これまでは私の障害にはならぬと思って捨て置いたが、こうなっては仕方があるまい。筆頭勇者も同様だ。フィオレンツァに肩入れした者はすべて殺せ」

 「御意のままに」


 *


 王国側の準備が整う頃、フィオレンツァ側も準備を終え、アルカトラズの門の前に全戦力を集結させていた。
 仲間となった囚人たちや街の人々は皆、剣または槍を持ち、金属製の鎧か革製の鎧を装備している。それらはすべて、アルカトラズにいた騎士たちから鹵獲ろかくした品々だ。
 一方、ジェヌインたちメンバーは全員白いコートを羽織って、銃や大砲に不備が無いか念入りに最終チェックを行っている。他にも、メンバーの中で魔法使いの者は、相棒である猫に似たモンスターのカーバンクルに食事を与えていた。

 「あ"あ"あ"あ"つかれたあ"あ"、もうむりい"い"!!」

 その人混みの中で、ルーズルーが大の字になって倒れた。
 彼女のそばには千頭、ディック、ミカがいる。

 「もういい?! お役目御免?! 暗くジメジメした地下に引きこもっていい?!」

 目を血走らせて鬼気迫る声を発するルーズルーに対して、千頭が笑顔で答える。

 「いいよ。これで必要な『防御支援』はすべてだ」

 「やった! 帰る!」

 ガバッと体を起こすと、ルーズルーは収容所の方へ全力ダッシュで駆けていった。


 「これで本当に丈夫になったの? なんだか実感湧かないなぁ」

 ミカは試しに自分の腕をもう片方の手で叩くも、普段着と変わらない感触だった。

 「心配なら一発撃って確かめてやろうか?」

 ディックがスナイパーライフルをこれ見よがしに構える。

 「や、やめてよ! 体の防御力は上がってても着てる服の耐久性は変わらないでしょ! ショウマがジェニーにお金借りてまで買ってくれた服が破けたらどうしてくれるのさ!」

 冗談を言うディックに、ミカが頬を膨らませる。

 ミカは白いニットのトップスを着て、ベージュのワイドパンツを履いており、首には赤いチェック柄のマフラーを巻いている。
 どう見てもこれから戦争に赴く格好ではなかったが、それでも今のミカは四大勇者すら超える防御力を有しているため、仮にディックの弾丸を受けたとしても傷一つ付かない。

 余談だが、ミカの服の肩甲骨辺りには切れ込みが2つあり、それが翼を通す穴となっている。

 「っと、そんなに怒んなよ。冗談だって」

 思った以上に反感を買われたディックは慌ててミカを宥めた。

 「はぁー、……というか、ディックのそのローブの色どうしたの? 前着てたのは真っ黒なローブだったのに、真っ白になってる」

 「ああ、こいつは今回の雪中戦に合わせた色だ。白い方がカモフラージュになるだろ?」

 「……んー……似合わない!」

 「は?」

 斜め上の回答にディックは間の抜けた顔をする。

 「いやだってさ、白とか似合わないよ。ディックといえば黒色って感じじゃん?!」

 「いや……じゃん、って言われてもな……」

 「ハハハッ!」

 ミカの勢いにディックが飲まれているところに、千頭の笑い声が混じる。

 「なかなか愉快なコンビだね。これなら作戦も上手くいきそうだ」

 間の抜けた顔から一転して、ディックは冷めた視線を千頭に向ける。

 「ケッ、俺が失敗なんかするかよ。そっちこそヘマをやらかすんじゃねーぞ」

 「おやおや、誰に向かって言っているんだい? 僕が何度君の追跡を逃れてきたと?」

 「口の減らねー野郎だな。いっそ失敗してもらった方がオメェの泣きっ面を拝めていいかもな」

 ディックは眉をひくつかせる。
 それに対し、千頭は相も変わらず不敵な笑みを崩さずにいた。

 「ふふふ、お二方とも楽しそうですね。仲の良いコンビです」

 そこへ、ジイと共にフィオレンツァがニコニコしながらやってきた。

 「「 それはない 」」

 フィオレンツァの発言を、二人が全否定した。


 「コホンッ、とにかく、これで役者が全員揃ったわけだ。ジイさん、本日はよろしくお願いしますね」

 千頭はそう言って、ジイに握手を求める手を差し出した。
 しかし、ジイはそれに応えようとはせず、フィオレンツァを見る。

 「うーむ……本当にワシがいなくて大丈夫かのう……」

 千頭が立てた作戦で、ジイを除く近衛兵たち、ルーズルー、フィオレンツァは、アルカトラズに残ることになっていた。
 万が一、敵に四大勇者を奪還されでもしたら一気に勝率は下がる。
 それを防ぐための最低限の守りだ。

 千頭がジイだけを前線にもってきたのは、彼の『重力魔法』が今回の戦場で大きく活躍すると見込んだからである。

 「安心してジイ。自分の身はちゃんと自分で護れるわ。ほら、昔、暗殺されそうになったときも大丈夫だったでしょう?」

 「それは……そうなんじゃが……」

 「あとほら、千頭さん困りますよね? ジイが前線から抜けてしまったら」

 唐突に話を振られた千頭は少し考えた後、芝居がかった口調で語り始めた。

 「……そうですね……すごく困ります。もしそうなれば……僕たちの負けが決まってしまうでしょうね……」

 と、とても深刻そうな顔で千頭が語ると、

 「そりゃいかん! 負けたらいかん! これは負けられない戦いじゃ!」

 自分のせいで負けるなどあってはならないと思ってか、ジイは一気にやる気を出し始めて、千頭と固い握手を交わすのだった。


 千頭たちがそんなやり取りをしている頃、少し離れた位置で渡辺、ジェニー、メシュは次の会話をしていた。

 「俺の分の服まで金貸してくれて、ありがとうなジェニー」

 渡辺はそう言いながら、フード付きの黒いポンチョを羽織る。

 「けど、本気なのか? お前らまでこの戦いに参加するなんて、そんな必要――」

 渡辺がそこまで口にしたところで、ジェニーが頭を横に振った。

 「必要なら大ありだよー。だって友達があそこで苦しい思いしてるんだよ? マリンちゃんも市川ちゃんもデューイくんも、皆助けないとー」

 ジェニーの後にメシュも続ける。

 「理由は貴様だけにあるのではないぞ。これから命を賭けた戦いをするのだ。各々、それなりの理由があって当然だろう? もちろん、この俺様にもある」

 「あー、それってやっぱりー、私についていくっていう」

 ジェニーはこれまでの経験則からメシュの言動を予測した。
 渡辺もジェニーと同様に考えていた。
 だから、次の言葉は予想外だった。

 「いいや、違う。俺様もこの国が許せないだから行くのだ」

 「「 ――ッ⁉ 」」

 メシュとは思えないような発言に、渡辺もジェニーも驚きを隠せなかった。

 「今回の事態の理由を聞いている内に、俺も思うところができたのだ。この国の王は間違っている」

 メシュは一度大きく深呼吸すると、豪語した。

 「王とは! 民の命を糧に、国を育てる者のことを言う! 民を倉に閉じ込め腐らせ、果てに国の発展よりも戦を重視するなど! 断じて王ではない!!」

 一喝。

 メシュの力強い言葉。

 それは近くで聞いていた者たちを魅了し、所々から歓声と拍手を湧き上がらせた。

 今まで見たことがないメシュの一面に、渡辺もジェニーも目を皿にしていた。

 「すごーい。メシュくんってば王様みたーい」

 ジェニーが拍手して称賛を送った。
 すると、さっきまでのキリッとした表情が嘘のように消え、ジェニーたちがよく知るメシュに戻る。

 「フハハハ! すごいか! すごいだろう! もっと褒めてくれジェニー!」

 「あらー、普段のメシュくんに戻っちゃった」

 「前からそうだが、コイツのテンションの変わり様にはついていけないな……」

 感心した自分が馬鹿だったと、渡辺は嘆息する。


 「全員! 注目!」

 千頭が声を張り上げた。
 それが戦場に立つ前の平和な一時の終わりを告げた。

 役者が揃ったのを確認した千頭が指示を出す。それは中継地点までの『瞬間移動テレポート』だった。
 仲間たちは、その指示に従って次々に『瞬間移動』する。
 渡辺もその後に続いた。

 そうして移動した先は、アルカトラズ山のふもとだった。
 前には崖があり、その遥か先の眼下、薄っすらと白く靄がかかっている中にフィラディルフィアの街並みが確認できる。

 それをよりハッキリと見るために、渡辺はその崖の先端に向かって歩き出した。
 雪の上を踏み歩いて、白い息を吐いて、遠くにある世界を見る。

 フィラディルフィア北区側の平原に白い豆粒がたくさん確認できた。騎士団だ。

 だが、それよりも渡辺には思うところがあった。

 渡辺には、崖の上から見えるフィラディルフィアの景色に見覚えがあったのだ。

 ……何だった? ……ああ、そうだ。最初にこの異世界にやってきた日だ。
 ちょうどこんな感じに崖の上に立ってて……すっげー、異世界だあ、とか言って興奮してたんだ。

 「……はは……」

 不意に、乾いた笑いが漏れる。

 バカみてぇ。
 あの頃の俺バカ過ぎるだろ。マジでさ。
 ゲームの主人公みたいな冒険ができるんじゃないかって。
 勝手に舞い上がって。
 ……ホント……自分で自分を殺したくなる。

 渡辺は両拳を強く握り締めて、フィラディルフィアを見下ろした。

 そこに、幻想に両目を輝かせていたあの頃の少年の面影など無く、あるのは右目を怒りで濁らせた鬼の姿だけだった。
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