陰キャの俺、なぜか文芸部の白髪美少女とバスケ部の黒髪美少女に好かれてるっぽい。

沢田美

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陰キャ、青春ラブコメの群像劇の中で ー選ぶべき時ー

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 夕陽の残光がゆっくりと薄れていく。
 
 体育館裏に一人取り残された俺は、しばらくその場から動けなかった。

「……俺のこと、何を言おうとしたんだよ」

 胸の奥がモヤモヤする。
 
 期待してただとか、そんなわけじゃない。そんなわけないだろ。
 俺はモブキャラ。青春劇の主人公じゃない。

 ……なのに、心臓の鼓動が妙にうるさい。

 深呼吸をひとつし、俺は立ち上がった。
 
 制服についた砂埃を払う。

「戻るか。瀬良先輩、絶対根に持ってるよな……」

 覚悟を決めて、文芸部の部室へ向かう。
 
 廊下を歩く足音が、やけに大きく聞こえた。

 ※ ※ ※

 部室の扉を開けた瞬間、空気が変わった。

 瀬良先輩が、カタカタとキーボードを叩いている。
 いつもの速さより、明らかに力が入っている。
 
 怒っている、を通り越して――拗ねている時のやつだ。

「た、ただいま戻りました……」

「遅かったわね」

 短い。声が冷たい。
 俺の背筋が凍る。

「す、すみません。不知火先輩が話したいって言ってたんで……」

「そう。話は終わったの?」

「えっと……まぁ、途中まで」

 瀬良先輩の手が止まる。
 
 ゆっくりと俺を見る。
 その瞳の奥は、静かな怒火を孕んでいた。

「途中――ね」

「は、はい……」

「……ねぇ高一くん、"途中"ってどういう意味?」

「ど、どうって……」

「告白されかけた、とか?」

「っ!」

 図星すぎて言葉に詰まる。
 
 なんでこの人、そういうところだけ鋭いんだ。
 
 瀬良先輩はふっと笑った。
 でもその笑みは、明らかに笑っていない。

「なるほど。青春ラブコメの主人公みたいじゃない」

「ち、違います! 俺はモブキャラなので!」

「じゃあ、何でそんな顔してるの?」

「え?」

「あなた、今……困ってる顔してる」

 瀬良先輩は椅子から立ち上がり、歩み寄ってくる。
 
 一歩、また一歩。
 
 そして俺の目の前で立ち止まり――至近距離で見つめてきた。
 
 距離が近い。シャンプーの香りがする。

「主人公じゃないって言うくせに、ちゃんと"揺れてる"じゃない」

「そ、それは……」

「言ったでしょう? あなたはいずれ"選ばれる側"になるって」

 甘く、でもどこか刺すような声だった。

「高一くん。あなたって、誰のことが好きなの?」

 まただ。この質問は今日何回目だ。

「……いませんよ」

「本当に?」

「本当です」

「嘘」

 瀬良先輩は即答した。

 そして俺の胸を指先で軽く突く。
 
 その感触が、妙に生々しい。

「ここ、ずっと騒がしい顔してるもの」

「顔で分かるんですか!?」

「分かるわよ。ずっと見てきたんだから」

 ……ずるい。

 そんな優しい声を出されたら、意識してしまう。
 
 心臓がまた跳ねた。

「……ねぇ、帰る前にひとつだけ言わせて」

「はい?」

「あなたが"モブ"か"主人公"かなんて、あなたが決めることじゃないわ」

 瀬良先輩は微笑む。

「選ばれるかどうかじゃない。――誰を選ぶかよ」

「っ……!」

 またとんでもないことを言う。
 
 この人、いつもそうだ。俺の心臓を掴んでくるようなことばかり言う。

「今日はもう帰りましょう。続きはまた明日ね」

 瀬良先輩は荷物をまとめながら言う。
 
 その横顔は、さっきよりほんの少しだけ寂しそうだった。

「……先輩」

「何?」

「あの……その、今日は……ありがとうございました」

 何に対する感謝なのか、自分でもよく分からない。
 
 でも、言いたかった。

 瀬良先輩は少し驚いた顔をした。
 
 そして――優しく微笑んだ。

「どういたしまして」

 ※ ※ ※

 帰り道、俺は一人で歩いていた。
 
 夕方の空は紺色に染まり、街灯がじわりと光を灯していく。
 
 帰宅ラッシュの人々が、俺の横を通り過ぎていく。

「……俺が、誰を選ぶか……ね」

 そんな日が来るなんて、思ってもいなかった。
 
 でも――不知火先輩の顔が浮かぶ。
 瀬良先輩の声も消えない。
 
 そして、浅葱の笑顔も。

 心臓が、やっぱりうるさい。

「俺……何してんだろな」

 空を見上げて呟く。
 
 夜空には、一番星が輝き始めていた。

 モブでいたい。
 透明でいたい。
 楽だし、傷つかないし。

 でも――。

「モブでいたいなら、この胸のドキドキ……やめてくれよ……」

 どうしようもない自分に、ため息がこぼれた。
 
 足を止めて、もう一度空を見上げる。

「……小中のあの頃の俺が見たら、なんて言うかな」

 透明人間だった俺。
 誰にも気づかれず、誰とも関わらず。
 
 それが当たり前だった。

「多分……羨ましいって、言うんだろうな」

 自嘲気味に笑う。
 
 でも、その笑いは――少しだけ、温かかった。

 ※ ※ ※

 その時、スマホが震えた。

 画面には、不知火先輩からのメッセージ。

『今日の続き、今度こそ話したいな』

 心臓がドクンと跳ねた。
 
 そして、もう一件通知が来る。

 瀬良先輩からだった。

『明日の放課後、絶対に部室に来なさい。大事な話があるわ』

 メッセージを見つめて、俺は固まる。

「……逃げ道、なくなってきたな」

 さらに、もう一件。
 
 今度は浅葱からだった。

『ねえねえ、明日のお昼、一緒に食べよ! 大事な話があるの!』

「……マジか」

 俺の青春ラブコメは、もう後戻りできないところまで来ている。

 陰キャの俺に、選択肢なんていくつもなかったはずなのに。
 それでも今、俺の前には確かに――"選べてしまう未来"が広がっていた。

「……どうすんだよ、俺」

 スマホを握りしめて、俺は再び歩き始めた。
 
 家路につく足取りは、妙に重かった。

 ※ ※ ※

 家に着いて、自室に入る。
 
 ベッドに倒れ込んで、天井を見上げた。

「不知火先輩……瀬良先輩……浅葱……」

 三人の顔が、順番に浮かんでくる。
 
 それぞれの笑顔。
 それぞれの表情。

「……俺、本当にどうすればいいんだ」

 答えは出ない。
 
 でも、分かっていることがひとつある。

「……逃げちゃダメなんだよな」

 瀬良先輩の言葉が、頭の中で響く。
 
 『誰を選ぶか』

 不知火先輩の言葉も。
 
 『ちゃんと向き合ってあげてね』

 そして――浅葱の笑顔も。

「……明日、か」

 俺はスマホを取り出し、三人へのメッセージを考えた。
 
 だが、何も書けない。
 
 結局、スマホを置いて、俺は目を閉じた。

 ――明日が来るのが、怖い。
 
 でも、少しだけ――楽しみでもあった。

 こうして、俺の長い夜が始まった。
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