即興ミステリ

天草一樹

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多多岐滝の珍推理(Bad solution)

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 礼人の決め台詞からキッカリ十分後。

 突如多多岐が手をたたき、

「よし、分かった!」

 と叫んだ。

 おそらく全く意味不明な推理をしたんだろうと予測を立てつつ、俺は興味という言葉を一切失った視線を彼に投げかける。

「多多岐先生の推理もまとまったようだし、解決編の始まりか」

「そうだね。じゃあ滝先生、さっそく推理を聞かせてください」

 礼人は瞳を輝かせながら、多多岐へと期待に満ちた視線を向けている。生徒二人の視線にさらされた多多岐は、自信満々の表情を浮かべながら、兎角もったいぶった口調で話し出した。

「ふふふ、センちゃん悪いね。僕の推理が真相を言い当ててしまうから、センちゃんの出番はなくなってしまうよ」

「余計なフラグは立てなくていいですから、さっさと説明してください」

「まあまあ、ゆっくり落ち着いていこうじゃないか」

 ゆったりとした仕草でティーカップを持ち上げ、香りを楽しむように鼻先で軽く揺らす。数秒匂いを楽しんだ後、結局飲まずにティーカップをテーブルに置き戻すと、多多岐は流麗なソプラノ声で語りだした。

「落ち着いてといったものの、答えをもったいぶるのは僕の主義じゃないからね。最初にこの事件の犯人を言ってしまおうか。ズバリ! 赤貫斗馬斗殺害の犯人は、赤貫斗馬斗自身! つまり今回の事件は自殺だったのだ!」

 自分の答えを一切疑っていない、堂々とした声で多多岐は言い切った。それも、両腕を大きく広げ、称賛の声を全身で受け止めるかのような格好をしながら――実際は誰一人一言も発していないが。

 思ったほど俺と礼人の反応が芳しくなかったのに疑問を抱いたのか、首を捻りながら俺たちの顔を交互に見てくる。

 俺があえて何も答えずに無言でいると、礼人がワクワクしたような表情で質問した。

「すいません、一瞬驚いて固まってしまいました。それで、どうして真相が赤貫さんの自殺だと思ったのですか?」

 自分の解答を信じて疑っていない様子の多多岐は、意気揚々と解説を始める。

「なーに簡単なことさワトソン君。今回の事件、容疑者三人の行動を考えてみたんだけど、何度考えても誰か一人が犯人だという結論には至らなかったんだ。だって、三美さんが見たときは死んでたのに、戸田賀さんが見たときは生きてて、羽切さんが見たときにはやっぱり死んでで……。何が何だかよく分かんなくなった僕は、レイちゃんのある発言を思い出したんだよ。というのも、赤貫さんを殺した犯人は『今回の事件で名前を挙げられた人物の中にいる』という言葉をね」

 確かに、礼人がそれと似たようなことを言っていた記憶はあるが……。しかし全く事件と関係ない所から推理を進めたのか。

「つまり、赤貫さん自身も犯人として当てはめられる! このことに気づいた後は簡単だったよ。赤貫さんが死んだり蘇ったりしていたのは、全部彼の自作自演だったんだからね。要するに容疑者たちの発言は誰一人として間違っていなかったんだ。三美さんの前で彼は死んだふりをし、戸田賀さんの前では生きた姿をさらし、羽切さんが来る前に自殺を図った」

「まあ筋は通ってる気がしますが……どうして赤貫さんが自殺したのかとか、そこら辺は説明できますか?」

 多多岐は困り顔で首を横に振る。

「残念ながら自殺した動機は分からなかったよ。でも、いくつか僕の考えを補強してくれるものもある。それは、赤貫さんの部屋に替えの服がなかったことだ。彼が元から自殺するつもりだったのだとすれば、替えの服なんてなくて当然だろ。冷蔵庫の中のトマトジュースが減ってたのも、きっと最後の晩餐のつもりでがぶ飲みしたからなんじゃないかな。さらに言うなら、自分の周りにトマトジュースをばらまいたのも、大好きなトマトジュースと一緒にあの世に行きたいという彼の願いからとった行動だろうね。以上が僕の推理だ。どうだいレイちゃん、拍手してくれたっていいんだよ」

 得意満面でそう告げる多多岐に、俺は感情のこもっていない口調で言う。

「若干かすってそうな所もあったしな、三十点ぐらいはつけてやってもいいか」

「さ、三十点!? さすがにそれは低すぎないかい! どこがそんなに間違っていたというんだ!」

「とりあえず、赤貫の行動が意味不明すぎるだろ。何でそんな演技をしてまで自殺しなくちゃいけないんだ」

「そ、それは分からないけど、きっと何かしらの理由があったんだよ!」

 必死な表情でそう言い張る多多岐。俺は冷たい視線を彼に向けながら、思いつく問題点を言っていく。

「分かりました。仮に自殺する動機があったとしましょうか。でも、明らかに不自然な点があるでしょう。まず、三美が見た際に赤貫が着ていた服はどうなったのか。三美が刺した後、真っ赤な血で染まってしまった赤貫の服。戸田賀が来た際にはどうやらすでに着替えていたようだが、その血の付いた服はどこにやったのか。またこの時点で発生する矛盾として、赤貫は最低でも一着、戸田賀が見た血で濡れていない替えの服を用意していたことになる。これで、先生が言っていた自殺するために服を持ってきていなかったという説は崩れますね」

「た、確かにそれはそうだけど……。でもまだ可能性がないわけじゃないだろ! きっとみんなに意地悪したいとかいう気持ちがあって、汚れた服は全部館の外に捨てに行ったんだよ」

「戸田賀がやってきてから羽切が次に来るまでの間はたったの一時間半。その時間内に嵐の中わざわざ外に出て服を捨て、百パーセント雨でぬれたであろう自分の髪や体を乾かし、そのうえでトマトジュースを床にぶちまけた後自殺? いくらなんでも無理があるでしょう」

「……分かったよ、僕の考えなんてどうせ全く的外れのピエロ解答なんだろ。だったら三十点なんて点数つけずに、いっそ零点だって言ってくれればよかったのに」

 いじいじと指先を重ね合わせながら、すねたような声で多多岐が文句を言う。俺はいまだ笑顔で多多岐を見ている礼人に視線を送った後、少しだけ声の温度を上げて言葉を放った。

「確かに先生は頓珍漢な推理をしましたが、全く当たっていなかったわけじゃない。それどころか真実にかなり近いところまではたどり着いてます。何せ、赤貫が死んだふりをしていたという事実には気づいたんですから」

「それって、どういうこと……?」

 半分べそをかき始めていた顔を上げ、呆けたような表情で多多岐が聞いてくる。

 ……どうでもいいが、多多岐は結構簡単に泣く。重役を任されるのを何より嫌い、とにかく責任が生じるような面倒ごとからは逃げるような人だ――失敗して怒られるのが怖いから。一般の生徒はその事実を知らず、彼のことを尊敬したり好きになったりしている者もいるらしいが、このことを知ったなら一体どんな反応を示すのだろうか?

 自分の視線が生暖かいものになっていくのを感じながら、俺は諭すように言う。

「これからする俺の推理を聞いていてください。先生の推理がそこまで悲観するほどのものでもないことが分かると思いますから」

「……うん」

 白衣の養護教諭が小さく頷いたのを確認すると、俺は小さく深呼吸する。

 さて、ようやく俺のターンがやってきた。予想外に延びに延びた礼人の物語。もはや早く家に帰ろうなどと言う考えは完全に消え失せ、ただただ礼人に吠え面をかかせてやろうという思いだけが燃え盛っている。ここまで俺の自由時間を侵食した代償は取ってもらわねばならない! 俺は礼人の顔を正面から見据えながら、静かに言葉を紡ぎ始める。

「礼人、それじゃあ俺の推理を語っていこうと思うが、準備はいいか?」

「もちろん! 千里の推理、楽しみにしてるよ」
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