即興ミステリ

天草一樹

文字の大きさ
11 / 11

おまけ ~暗い気持ちで帰りたくないから~

しおりを挟む
 しばらくの間、悔しさに身を震わせながら立ち尽くしていたが、ふっと肩の力を抜き、俺は帰宅への道を歩もうと――したところで肩をつかまれた。

 嫌々後ろを振り返ると、そこにはにんまりと三日月形に口をほころばせた表情の多多岐が立っていた。

 多多岐は無言の俺を強制的に保健室まで連行すると、さっきまで座っていた丸椅子に座らせ、

「今日は楽しかったね」

 と言ってきた。

 この馬鹿教師、ぶっ殺してやろうか。今俺がどんな気持ちでいるのか少しは察しろよ。

 俺ははらわたが煮えくり返りそうな苛立ちを覚えながら、絶対零度の視線を投げかける。が、やはり多多岐にその視線は通じないようで、笑顔のままいそいそと数枚の紙を取り出してきた。

「実はさセンちゃん、さっきもらったプリントなんだけど、僕が書くと毎回すっごいダメ出しを食らうんだよね。そこでさ、あの完璧な推理をしたセンちゃんのお知恵を貸してもらって、どうにかこの難局を覆してもらいたいんだけど」

「嫌です。自分の仕事ぐらい自分でやってください。あなたはそれで給料をもらってるわけなんですから。それに、俺は……」

 俺は完璧な推理なんてしてない。そう言いそうになった口を閉ざし、静かに立ち上がろうとしたが、

「それにしてもレイちゃん喜んでたよぉ。千里はやっぱりすごい! 僕の一番の親友なんですって」

「そんなの、今の俺には皮肉にしか」

「僕さぁ、レイちゃんとは小学校以来の付き合いなんだよねぇ。なんか僕が左遷される学校先に毎回レイちゃんがいてさぁ」

「それは以前聞きましたよ」

 あいつの過去話なんて興味ない。どうせ今の俺では、あいつに釣り合っていないのだから。

 そんな俺の気持ちとは裏腹に、多多岐は懐かし気に語っていく。

「レイちゃんちょっと変わってるから、なんやかんや全然友達とかできないんだよね。社交性がないわけじゃないんだけど、話すこととか、行動の突飛さとかから、最初は一緒にいてくれても、結局すぐに離れていっちゃうんだよ」

 分からなくはない。凡人には、あいつのことを理解するなんて、到底無理な話だろうから。人は理解の及ばない生き物とは、一緒にいたがらないものだ。

「だからさ、高校に来てセンちゃんと会えて、レイちゃんすっごく喜んでたんだよねぇ。ようやく離れていかない人ができたって」

「それは、あいつがとにかくしつこいから……」

「でもさ、センちゃんって、今までレイちゃんが会ってきた人とは逆なんだよね。今までレイちゃんが会ってきた人は、最初こそ喜んで一緒に遊んでくれるけど、遊んでるうちに嫌がり始める。対してセンちゃんは、最初こそ嫌がるけど、一緒にいるうちにだんだん楽しみ始めていく。今日だって、最初はあんなに帰りたそうにしてたのに、途中からは随分と熱心にレイちゃんの話聞いてもんね」

「……」

「だからさ、今日もレイちゃんが最後まで話し終えて、その後にセンちゃんが推理をしたじゃない。その推理を聞いて、レイちゃん『千里がいかに僕の話に真剣に取り組んでくれたのかが分かって嬉しい』って言って喜んでたんだよ。やっぱり千里こそ、僕の一番の親友だって」

「……そうですか」

 今、ようやく分かった。俺があの話を最後まで聞き、そして自分の推理を語った時点で……

「礼人の期待には応えられていたわけか」

 小さな声で、俺は満足げに呟く。

 そんな俺を、優しく見守るような目で見つめながら、多多岐先生はきれいなソプラノ声で言った。

「それじゃあ、このプリント、代わりにやってくれるよね」

「嫌です」

 そう言って、今度こそ俺は保健室を後にした。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

令嬢失格な私なので

あんど もあ
ファンタジー
貴族の令息令嬢が学ぶ王都学園。 そこのカースト最下位と思われている寮生の中でも、最も令嬢らしからぬディアナ。 しかしその正体は……。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろう、ベリーズカフェにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

三年目の離婚から始まる二度目の人生

あい
恋愛
三年子ができなければ、無条件で離婚できる――王国の制度。 三年目の夜、オーレリアは自らその条文を使い、公爵ルートヴィッヒに離婚を告げた。 理由はただ一つ。 “飾り”として生きるのをやめ、自分の手で商いをしたいから。 女性が公の場で立てる服を作るため、彼女は屋敷を去り、仕立て屋〈オーレリア・テイラーズ〉を開く。 店は順調に軌道に乗り、ついに王女の式典衣装を任されることに。 だが、その夜――激しい雨の中、彼女は馬車事故に遭い命を落とす。 (あと少し早く始めていたら、もっと夢を叶えられたのに……) そう思った瞬間、目を覚ますと――三年前、ルートヴィッヒと結婚する前の世界に戻っていた。 これは、“三年目の離婚”から始まる、二度目の人生。 今度こそ、自分の人生を選び取るために。 ーーー 不定期更新になります。 全45話前後で完結予定です、よろしくお願いします🙇

処理中です...