大怪獣がトリックです

天草一樹

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第2怪:真珠蜘蛛

出発

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 灰崎から任務を言い渡された次の日。
 指示書に書かれていた集合場所に二人が赴くと、予想外の人物がそこにはいた。

「久しぶりだな」
「二宮さん。お久しぶりです」

 戦艦亀の事件の際、刹亜らと共に事件に巻き込まれた第四部隊の隊員である二宮。死傷者が特に多い第四部隊で三年以上戦い続けているシルバースターである彼は、戦艦亀の事件で左腕と肋骨を数本折る大怪我を負いつつも、無事に生き延びることができていた。
 一か月ぶりの再開でも、彼の表情は以前と変わらぬ無表情。端正な顔付きはロボットのように感情が隠されている。
 腕には包帯等は巻かれておらず、きっちり第四の隊服に身を包んでいた。

「もう怪我は大丈夫なんですか? それにここにいるってことは、もしかして二宮さんも?」
「怪我は問題ない。傷の直りは早い質でな。後はお察しの通りだ」
「あんたが一緒なら、俺らを完全に捨て駒にする気はねえってことかな」

 刹亜が冗談交じりに笑いかけると、二宮は真面目腐った顔で「当然だ」と頷いた。

「貴重な隊員を無駄にするわけがない。うちの組織はそこまで馬鹿じゃない」
「それなら有難いんだけどよ。てか、メンバーは俺たち三人だけか?」
「いや、もう一人――」
「すまんすまん。遅なったわ」

 大きな声と共に、背の高い女性が駆け寄ってくる。
 隊服を見るに第一部隊の隊員らしい。

 因みに第一部隊は、居住区への物資・人の輸送を担当している部隊である。特務隊の中で一般人との関りが最も深く、多くの人が特務隊と聞くと彼らのことを真っ先にイメージする。第四部隊と違い怪獣と直接戦うことは少ないものの、怪獣が跋扈する地上を移動するため、所属する隊員は精鋭ばかり。怪獣に対する幅広い知識や危機的状況下での柔軟な発想力を求められ、いわゆる文武両道の者が選ばれる。
 余談の余談だが、第一部隊と第四部隊はやや対立関係にあり、第一は第四のことを「脳筋部隊」と嘲り、第四は第一のことを「弱腰部隊」と蔑んでいる――例外も存在するが。

 第一の女性は丸顔に満面の笑みを浮かべ近寄ってくると、「うわ、二宮さんやん! 会えてめっちゃ嬉しい! 握手してもうてもええ?」と、承諾される前に彼の手を握りしめた。
 シルバースターともなるとそれなりに顔を知られ、一部でファンクラブができていたりする。
 明確にイケメンの部類に属する二宮は握手を求められ慣れているようで、特に嫌がるそぶりもなくされるがままになっていた。
 急に現れた第一の女性に見覚えのあった宗吾は、苦笑しながら声をかけた。

「日向さん、そこら辺にしておきましょう。二宮さん困って固まってますから」
「そんなことあれへん――って、宗吾やん! 会うの久しぶりやな! 聞いたで! 戦艦亀の件でめっちゃ活躍したんやって!」
「ええ、まあ。それより、もしかして日向さんも真珠蜘蛛に行くんですか?」
「せや。まあうちは送迎だけやけどな」
「第一部隊はそこがメインの仕事ですからね」

 しばらく親し気に話す二人を眺めてから、刹亜が肘で宗吾を小突いた。

「おい、誰だこいつ。知り合いなのか?」

 宗吾は第一の女性に手を向けて頷く。

「彼女は日向明美さん。第一部隊の隊員で、半年くらい前の合コンで知り合ってからちょくちょく交流させてもらってるんだ。とはいえ話すのは二月ぶりくらいかな?」
「そうやな。ここ最近は任務でずっと外やったからな。てか君が噂の刹亜君か。思たより普通やな」
「……どんな噂かは聞かないからな」
「おい、そろそろ行くぞ」

 待っていたらいつまでも動き出さないと判断したのか、二宮が一声かけそのまま歩き出す。
 三人は無駄話をやめ、急ぎ彼のあとを追いかけた。


  *  *  *


「ほな、出発しまっせ」

 日向の掛け声とともに車が走り出す。
 今回刹亜らが乗るのは戦艦亀に向かう際に乗ったマイクロバスではなく、乗車定員四人の軽自動車。迷彩加工や外装の強化は当然施されているものの、座り心地という点ではやや劣っていた。
 真珠蜘蛛の漂着した地点は、刹亜らの基地からだと少し遠い。戦艦亀に向かうよりもさらに距離があるため、中々辛い旅路になると思われた。
 顔には出していないながらも、刹亜は内心そこそこビビっていた。怪獣が出現して以来、地上を長距離移動することなど滅多になくなった。
 戦艦亀の調査の際は人数も多く、第四の隊員が五人もいた。それに久しぶりの外にテンションが上がっていたこともあり、危機意識が低下していた。
 だが今回は人数も少なく、第四の隊員も一人のみ。上から使い捨ての駒にされる疑惑もあり、不安要素が目白押しだった。
 一方で宗吾の方は、口では緊張していると言いつつも笑顔で日向と雑談を行っている。
 地上にいるとは思えないほど平穏な会話が繰り広げられ、それが余計に刹亜の心を消耗させた。


  *  *  *


 ガクン!
 体にやや強い衝撃が走り、刹亜は飛び起きて周囲を見回した。
 日向の車さばきと的確な進路選びから、全くと言っていい程怪獣との接触がなく数時間が経過。襲撃がなければ実質ただのドライブ。心地よい車の揺れが眠気を誘い、気付けば眠りについていたのだったが――

「なあ、何が――むぐ」

 状況確認しようと口を開くも、すぐさま横から伸びてきた手に口を塞がれた。
 反抗はせず、代わりに目で何が起きたのか尋ねる。
 二宮は口を塞いでいた手を離すと、無言で上を指さした。
 刹亜はゆっくり窓に顔を近づけ、上空を見上げる。

「*****」

 咄嗟に怪獣の名前を口にするも、今度は車内総出で口を塞がれる。
 今、空にいる怪獣――否、大怪獣は、始まりの怪獣だった。


  *  *  *



「いやあ全く、運がええのか悪いんか。まあ結果として五体満足にたどり着けてんから文句あれへんやんね」
「文句なんてあるわけないですよ。正直、こんなに快適に地上を移動できるんだって感動しました」
「そこまで言われると照れくさいなぁ。今回は運が良かっただけやで」
「いや、実際大したものだ。今度からは第一との協力も視野に入れるべきと上に話しておく」
「二宮さんまで。そら最高の誉め言葉でっせ。部隊の皆に自慢して回らな」
「で、刹亜。いつまで寝てるの。もう着いたよ」
「……ん、おお」

 宗吾に肩を叩かれ、意識が浮上する。
 どうやらまた寝ていたのだとぼんやりした頭で考える。それから大きく伸びをして、縮こまっていた体を無理やりほぐした。
 日向がさもおかしそうに刹亜の肩を叩く。

「せやけどあんためっちゃ図太いな。普通外出て居眠りなんてなかなかでけへんで」
「いや、俺も寝る気はなかったつうか……。あまりに怪獣からの襲撃がなさ過ぎて気が抜けたというか」
「いややさかい、気ぃ抜けるんがすごいて。せやけどこっから先はめっちゃ危険な場所やし、一瞬たりとも気ぃ抜けへん方がええで」
「まあ、善処するわ」

 刹亜の返答がツボにはまったのか、日向は満面の笑みで思い切りよく何度も叩いてくる。
 現役の第一隊員なだけありかなり力が強く、正直めちゃくちゃ痛かったが、刹亜は男のプライドから必死に無言を貫いた。
 その後、軽自動車に詰め込んでいた荷物を取り出し、刹亜ら三人は真珠蜘蛛の中に入る準備を整える。
 幸いこの間も怪獣からの襲撃はなく、ほどなく支度が整った。
 また日向の任務は送迎のみのため、真珠蜘蛛での調査には参加せず、合図が来るまで近くの基地で待機となっている。

 因みに合図の方法は、二宮が所持している軍隊兎――透明な角の生えた兎で、群れを成し人を襲う。ピンチになると、角が赤く光り、仲間の兎に知らせる習性を持つ――の角を割ること。日本の至宝である天木研究長の研究成果の一つで、この角を割ることで、連動する別の角を赤く光らせることができる。ちなみに原理は不明。

 そのため三人の支度が整うと、日向すぐさま車に乗り込み、

「ほなまあ頑張って」

 と告げ、この場から立ち去った。
 ここから一番近い基地でも、車で一時間以上はかかる。
 それだけ地上にいれば怪獣に殺されるには十分すぎる時間であり、刹亜は半ば絶望的な思いで車を見送った。
 やはり捨て駒扱いされてるんじゃないかと宗吾を見るも、宗吾は二宮と二人で既に歩き出していた。見かけ上はまるで怯えも悲壮感も見られず、自分だけが異常に心配している小心者に思えてくる。
 昔は逆だったよななどと考えつつ、刹亜も駆け足で二人の後を追いかけた。
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