キラースペルゲーム

天草一樹

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困惑の一日目

協力関係

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 ゲーム開始の宣言と同時にモニターの電源が切れ、喜多嶋の不快な顔が消滅した。
 途中で話を遮られた形の神楽耶は、呆然とした表情で何も映っていない真っ暗なモニターを見つめ続けている。
 そんな神楽耶に侮蔑の視線を向けつつ、数人がさっさと部屋を出て行く。続いて、神楽耶に一切目をやらず無表情に部屋を出て行く者たち。最後に、憐憫を含んだ視線を向けつつも何も声を掛けずに出て行く者たち。佐久間だけは何か言いたそうに神楽耶の周りをうろちょろしていたが、結局何も声を掛けずに部屋を立ち去った。
 結果、二人しか参加者がいなくなり、薄暗さがより強まったモニタールーム。
 今だ呆然とした表情のまま動けずにいる神楽耶を見ながら、明は彼女の行動を考察していた。
 もしここまでの動きがすべて演技だった場合、彼女の真の狙いはゲームを辞退することではなく、「自分だけ助かろうとしたが失敗した馬鹿な女」という印象を他の参加者に植え付けることにあったと考えられる。この考えが正しいのだとしたら、たった一人とは言えまだ別のプレイヤーがいるこの状況で本性を見せたりはしないだろう。いや、一人にばれるくらいは気にしないと考え、今までの態度が嘘だと思われるような冷徹な表情に変わるかもしれない。もし前者であったなら……。
 ゲームが開始したとはいえ今すぐ殺し合いが始まることはないと考えている明は、神楽耶が次のアクションを見せるまでこの場所を動かないことにした。
 それから数分して、神楽耶はようやく席から立ち上がった。その表情は深い諦めを含んだものであり、彼女がいまだ演技を続けているのか、それともこれが素の表情なのかは分からない。
 何にしろ、この状況でも憐れな女を演じているということは、彼女が前者を選択したと言うこと。勿論これが素であるのならば当たり前の態度だろうが。
 そこまで考えた明は、心持ち優しめな声で神楽耶を呼び止めた。

「少しは気分が落ち着いたか? まだゲームは始まったばかりだし、ここで足踏みしているようじゃこれから大変だと思うぞ」
「きゃっ!」

 どうやら自分以外誰もいないと思っていたらしい。神楽耶は可愛らしく悲鳴を上げると、驚いた様子で明に目を向けた。そして、悲鳴を上げてしまったことを恥じるように、小さく頭を下げた。

「あ、すみません。まだ私以外にも残っていると思ってなくて。えっと、まさかとは思うんですが、私のことを心配して待っててくれたんですか?」
「そうだとしたら何かおかしいか?」
「いえ! そんなことは全然ないです! ただ、皆さんはその、喜多嶋さんの発言を否定しようとしなかった方たちなので……」

 言い難そうに神楽耶は言葉を濁す。
 だが、明からしたら殺人それは隠す必要も無いこと。少なくとも明は、ここに連れてこられる要因となった事件を後悔したりはしていないのだから。

「まあ、俺が人殺しであることはどうしようもない事実だが、それと人を気遣う心がないことはイコールではないからな。唯一このゲームに挑む覚悟のなさそうな奴を放っておけなかったんだよ」
「やっぱり人を殺したことがあるのは事実なんですね……」

 明から数歩距離を取り、怯えと軽蔑を含んだ視線を向けてくる。
 このままだと話も聞かずに立ち去られそうな雰囲気なので、明は早くも本題を切り出した。

「それで、あんた――神楽耶さんはこれからどうするんだ。ゲームを降りることができない以上、他の参加者を殺して生き残るか、殺されて人生を終わりにするかの二択しかないと思うんだが。それともこの館からの脱出方法でも探ってみるのか? 仮に成功しても殺されて終わりだろうけどな」
「……分かりません。いくら自分が生き残るためとはいえ人を殺すなんてできませんし、かといってこんなところで殺されたくもありません」

 彼女が本当に人殺しでないなら、して当然の答え。いくらデスゲームに巻き込まれたとはいえ、すぐさま気持ちを切り替えて人を殺せるはずなどない。まして殺される覚悟なんてもっとないだろう。

「なら、どうする。どこか隠れられる場所でも見つけて、皆が殺し合ってくれるのを待つのか?」
「……それが卑怯で、最低で、自分勝手な事だとは思いますけど、できることならそうしてたいです。もしここに集められた人たちが本当に人殺しで、ここでの殺し合いを嬉々として楽しむような人たちなら、なおさら」

 唇を噛み締め、眉間にしわを寄せ、それがあたかも苦渋の決断だと言った表情で神楽耶が言う。
 やはりその表情は演技には思えない。そして、今の言葉が本心であるのなら、それは明としてはとても望ましいものだった。
 よく知人から悪人顔と言われる、不敵な笑みが形作られるのを自覚しつつ、明は言った。

「そうか。やはり死にたくはないのか。それでいて人も殺したくもないと。なら、もし俺がこんな提案をしたらお前は受け入れるか?」
「……どんな提案ですか」
「簡単だ。俺がお前を勝たせてやるから、今持ってるキラースペルを俺に教えろって言う提案だ」
「それは……」

 神楽耶は思い悩んだ様子で口を閉ざす。頭の中で必死に受け入れていいかどうか考えているのだろう。
 少しでも受け入れやすくなるよう、明は次々とメリットを提示していく。

「この案を呑んでくれるのなら、絶対にお前の命は守ってみせる。それに殺人は俺が担当するからお前が手を汚す必要は一切ない。もし部屋から出ずにゲームが終わるまで過ごしたいというのなら、当然それも構わない。食料や水なんかの生きるために必要なものは全て持っていく。それでも心配ならできるだけ部屋の前に待機して、他の奴が侵入したりしないよう見張っておいてやる。勿論この場合も、毎日一人は確実に死ぬように仕向けて、お前がペナルティで死なないように細心の注意を払う。他にも――」
「ちょ、ちょっと待ってください! いろいろ提案してくれるのは嬉しいですけど、キラースペルを教えるっていうのは切り札を自ら捨てるみたいで抵抗がありますし、そもそもあなたの言葉を信じられる根拠がありません。今この場で私のキラースペルを教えたからってすぐに殺されるとまでは思いませんけど、その後何の役にも立たず足手まといになる私を見捨てない理由が思いつきません。だから申し訳ないんですけどその話――」
「二つ、誤解があるようだから訂正していいか」
「へ! えと、じゃあ、どうぞ」

 話を遮られ、困惑した様子で頷く神楽耶。
 そんな彼女の表情を観察しつつ、明は交渉成功に必要なものを考える。
 人殺しの言うことを素直に信じる人間なんて、まずいない。まして、神楽耶のように自分は人を殺してはおらず、人を殺すという行為を嫌悪しているような人物からしてみれば、その言葉の一つ一つがどれも嘘っぽく感じられることだろう。
 だからこちらの言い分を信じてもらう方法は、ほとんど一つに絞られる。
 ほぼ隙の無い完璧な理屈を提示し、それ以外には選択肢がないと思わせること。つまり、退路を断ったうえで救いの手を差し伸べる作戦だ。

「まず、キラースペルを教えることに抵抗を持ってるみたいだが、それは無駄な思考だ。このゲームで仲間を作ろうとする場合、お互いにキラースペルを教えるしかないんだからな。というか仲間を作るメリットがキラースペルを得られることぐらいしかないしな」
「そ、それはそうかもしれませんけど、それを言うならそもそも仲間なんて作ろうとしないんじゃないですか? 自分を殺そうと狙っているかもしれない人物にわざわざ武器を与えるなんて、デメリットの方が多い気がします」
「それはどうかな。もし仲間を作らずに単独で戦う場合、最大十日間続くこのゲームに置いて人を殺せるチャンスは一回だけとなる。他のプレイヤーに襲われるなどしてキラースペルをゲーム前半で使ってしまえば、あとはもう逃げ続ける以外に選択の余地はなくなる。そんな運任せの勝負に出るくらいなら、まだキラースペルを教えるというリスクを冒してでも仲間を増やし、武器を増やした方が有利だ。
 しかもこのゲームは三人まで生き残ることができる。つまり、三人チームならそこまでの抵抗なく組めるはずなんだ。しかもお互いにキラースペルを教え合えば、使用できるキラースペルの回数は三人合わせて九回。誰か一人、そのグループ以外のプレイヤーが死んでさえくれれば、あとは三人でキラースペルを全て唱えてゲームクリアとなる。まあこれは理想論だが――」
「そんな! だったら私達も早く仲間をもう一人集めて三人チームを作らないと! もたもたしてたら私たち明日には殺されちゃう!」

 明の言葉を真に受け、おたおたと慌てふためく神楽耶。
 思った以上にちょろそうだと感じ明の警戒心が下がる。この情報だけでも仲間になることを承諾してくれそうだが、まだこれで終わりではない。このゲーム、対等な関係で仲間になるのはやはりリスクが大きすぎるのだから。
 明は今までの発言を覆すようなセリフを口にする。

「安心しろ。そうそう三人組のチームなんて出来っこない。これはお前が誤解している二つ目のことだが、キラースペルを一つ以上持ってるメリットはほとんどない。つまり、ほとんどのプレイヤーがキラースペルを二つ得た時点で、そのどちらか一方を行使する可能性が高いんだ」
「え、え? 何で二つ持ってることにメリットがないんですか? 使えるキラースペルの数が多いほど有利ですよね。それに二つ持つことにメリットがないなら、仲間を作る理由もないってことになるんじゃ」

 今までの話からすれば思いついて当然の疑問。
 想定通りの問いかけを続ける神楽耶にほくそ笑みつつ、明は自分の考えを述べた。

「二つ持つことにメリットがない理由は、キラースペルが一撃必殺の武器だからだ。仮にこの場で持てる最大の、十三のキラースペルを使えるやつがいたとする。一見最強のようにも思えるが、いざこいつが誰かを殺そうとした時、相手がそいつの意図に気づいて先にキラースペルを唱えたら」
「あ! 何もできずに殺されてしまう……」
「そうだ。多く武器を持つのはいいが、それを使う前に殺されては本末転倒。キラースペルを先に唱えたほうが勝ちという構図が存在する限り、たくさんの武器を持つことにそこまでの意味はない。それでいて、狙われやすさは所持するキラースペルの数ともリンクしうる」
「だからキラースペルを複数持つことのメリットが低い……。仲間になってもらうためにキラースペルを教えた瞬間、その場で殺されることも十分にありうる……」

 思案顔で仲間を作るための問題点をまとめる神楽耶。
 真剣に考え事をしている彼女の姿は、常よりもさらに凛々しく見え、明は内心でほっと息を漏らす。こんな事を考えるのは不謹慎かもしれないが、主催者が男女分け隔てなく選んでくれたのは不幸中の幸いだった。もしこの場に集められたのが全員むさい男ばかりだったら、ほとんどやる気も起きずストレスがたまるばかりだっただろう。
 内心で主催者にそっと頭を下げる明をよそに、神楽耶は一つの答えにたどり着いたらしい。「あれ?」と不思議そうな声を上げ、明を見つめてきた。

「あの、今までの話をまとめると、結局は仲間を作らないほうがいいって結論になりませんか? 相手が絶対に自分を裏切らない保証でもないと、怖くてキラースペルを教えるなんてできませんよね」
「まあな。とはいえ誰とも組まないでいれば、もしチームを組んだ奴らが現れたとき対抗するすべをほぼ失うことになる。だから、そこは各プレイヤーがどちらを選ぶかってことになるわけだが――」

 そこで言葉を切り、神楽耶に視線を向ける。
 その視線に押されたのか、神楽耶はさらに一歩明から距離を取る。そして、眉間にしわを寄せながらも小さく首を横に振った。

「申し訳ないですけど、私にはここで仲間を作る勇気はありません。だから、あなたの提案は受け入れられそうにないです。ここまでいろいろと説明させておいて失礼だとは思いますけど、ごめんなさい」

 勢い良く頭を下げ、謝罪と拒絶の意を同時に表す。
 何だか告白を振られたような気分になり、若干気分が滅入る。が、ここまでは想定通り。本気で口説き落としにかかるのは、今この瞬間からであった。

「まあ、ここまでの話を考えればそうなるだろうな。だが、今この場においてのみ、俺とお前は絶対の信頼で結ばれた仲間になることが可能だ。決して対等ではない、不平等な関係になるがな」
「?」

 神楽耶が困惑した様子で明を見る。
 不敵な笑みを浮かべつつ、明は言った。

「ここでお前がキラースペルを唱える。その上で俺を殺さなければ、絶対に裏切りの起こらない信頼で結ばれたチームの成立だ」
「ど、どういうことですかそれ? 私がキラースペルを使ってあなたを殺さなければ、あなたから私への信頼は高まるかもしれませんけど、私自身にはメリットがありませんよね。結局その後、無防備になった私を殺すかもしれませんし」
「いいや、この条件を呑んでくれれば俺は絶対にお前を殺さない。殺す理由がなくなるからな」
「殺す理由が、なくなる?」
 
 言ってる意味が分からないと言った様子で、ますます神楽耶は戸惑った表情を見せる。
 明は、自分が適当に話をしているわけでないことをアピールするため、真剣な表情で首肯した。

「そうだ。武器を一切持たない相手を殺す必要性はない。さっき仲間を作るときに殺される可能性が高いと話したが、どうして仲間となる相手を殺すのかと言えば裏切られるのが怖いからだ。だから、その武器を自ら手放してくれさえすれば、こちらとしては殺すことに何のメリットもなくなる――どころかデメリットの方が多くなる。せっかく新たに得た武器を消費することになるし、裏切りを心配せずに行動を共にできる相手を失うことになるんだからな」
「……確かに、あなたの言葉は正しいような気がしますけど。その、あなたとチームを組むっていう決断は、今ここでしないといけませんか?」
「勿論だ。最初に言っただろ。今この場においてのみ信頼で結ばれた仲間になれると。もしこの後別行動をしてしまえば、その間に他のプレイヤーと密談を交わす時間を与えることになる。そうしてお互いに手札が分からなくなってからでは、完璧な信頼を結ぶことはほぼ不可能となる。ゲームが始まったばかりであり、お互い手札が透けているこの瞬間だけが、裏切りを心配せずに仲間になれる最初で最後のチャンスなんだ」

 神楽耶はぐっと押し黙り、悩まし気に床へと目を落とす。
 ゲームが始まったばかりだというのに、命がかかるような危険な選択を迫られていることに同情は覚える。だが逆に、この程度のことを本気で考えついていなかったのだとしたら、これからの戦いを一人で生き残るのは至難だろう。
 さて、どうするのか。できることなら好みのタイプだし殺したくはない。が、味方とならないのなら、殺すことを容赦はしない。
 最後にもう一押し、提案を受け入れやすくなるよう明は言葉を添えた。

「繰り返しになるが、この提案を呑んでくれるなら俺は全力でお前を守る。信頼できる仲間がいなくなるというのは俺にとっても都合が悪いからな。それから、お前は人殺しになる必要はない。殺す役目は全部俺が請け負う。だから、お前はこんな理不尽なゲームに巻き込まれた被害者だという立場を貫けばいい。
 俺からお前に与えられるメリットはそのくらい。これ以上言い足すことはもうない。だから、そろそろ答えを決めてくれ。仲間になるのか、ならないのか」

 じっと、神楽耶の端正な顔を見つめる。
 これでもまだ答えを出しきれないのか、神楽耶は俯いたまま何も答えない。
 これ以上話すことはないと考えている明は、急かすこともなくただ待ち続ける。
 やがて、長い長い葛藤に決着がついたのか、神楽耶は決意のこもった表情で明を見つめ返した。

「分かりました。ここまで私に付き合ってくれたあなたのことを信じます。私とチームを、組んでください」

 待ち望んでいた解答。
 明はニヤリと悪党顔を浮かべながら、右手を差し出した。

「これだけ話しておいて自己紹介がまだだったな。俺の名前は東郷明。友人に人を殺させたことを除けば、そこら辺にいる普通の大学生だ。今日から十日間、宜しく頼む」
「もう知ってると思いますが、神楽耶江美です。絶対に、生き残らせてくださいね」

 神楽耶も右手を差し出し、二人は強く握手を交わした。
 
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