キラースペルゲーム

天草一樹

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困惑の一日目

本館探索2

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 トイレから戻ると、神楽耶が退屈そうに壁に寄りかかっていた。
 血命館に連れてこられてからそれなりに時間がたったからだろうか。今のところ殺し合いが起きていないこともあり、当初見せていたような緊張感はかなり薄れているように見える。
 明としては、あまり喜ばしくない兆候。緊張しなくなるということは同時に警戒心が低くなるということでもある。もしこの状態で誰かに親しげに話しかけられでもしたら、余計なことまで口走ってしまうかもしれない。
 少しでも緊張感を取り戻すよう、明はドンと壁を強く叩いた。

「わ! 東郷さん戻ってきてたんですね。突然壁なんて叩いてどうしたんですか?」
「……特に意味はない。なんとなく叩きたい気分だったんだ。それはともかく、俺がトイレに行っている間に誰か来たりはしなかったか」
「あ、はい。特に誰も来ませんでしたよ。物音ひとつなくずっと静かなままでした」
「そうか……」

 顎に手を当てて明は考え込む。明のその態度に不審を覚えたのか、神楽耶は目を瞬かせながら尋ねた。

「何か私、おかしなこと言いましたか? 本当に誰も来ていないんですけど」

 明は首を横に振りながら言う。

「別に、お前の言葉を疑っているわけじゃない。ただ他の連中は何をやっているのかと思ってな」
「他の参加者ですか……。言われてみるとまだ秋華さんとしか会っていませんね。皆さん館内を周ったりしないで自室にこもっているんでしょうか。このゲームはかなり戦略性が問われるようですし、今はじっくりとどう動くかを考えている最中かもしれませんね」
「そう……だな。取り敢えず俺たちは俺たちでできることをやっておけばいいか」
「はい。じゃあ、本館探索再開ですね」

 まだどこかうかない顔の明を気にかけつつ、神楽耶は大広間の扉を開いた。
 中に入ると、なんとも殺風景ながらんとした部屋が存在した。
 宝物室と同様、床に赤い絨毯が敷かれている以外は真っ白な壁で覆われた部屋。足の長い純白の円卓が四台、ひし形を作るように離れて置いてあるだけ。椅子すら存在せず、部屋奥に取り付けられた振り子時計だけが「カチカチ」と音を発し存在を主張していた。
 また、部屋の広さはシアタールームと同じくらいだろうが、あちらとは違い完全な円形の部屋にはなっていなかった。円が八割がた完成したところで壁が築かれ、甕のような形になっている。その壁の左側には扉が一枚存在しており、奥にもう一室存在することがアピールされていた。館内図によれば、その扉の先は厨房となっていたはずだ。

「部屋の広さに対して随分と物が少ないですね。椅子すらないなんて、普段は何に使ってたんでしょうか」

 きょろきょろと部屋中を見渡しつつ、神楽耶が言う。

「立食式のパーティーとか、ダンスホールとして利用していたんじゃないか。しかしまあ俺達には関係ないな。ここにプレイヤーが集まって食事をとったりダンスを踊ったりなどしないだろうからな」
「私たち、殺し合いのために集められたわけですもんね。キラースペル以外での暴力や殺人が禁止とはいえ、早々仲良く食事なんてできませんよね」
「というか仲良くする必要性がないな。どうせ殺すんだから。さて、大広間は特に見るものもなさそうだし、奥の厨房をのぞいてみるか」
「あ、はい」

 明の殺す発言に引きつった表情を浮かべる神楽耶。そんな彼女に構うことなく明は大広間を突っ切り厨房へと続く扉を開けた。

「ふむ。大広間にほとんど場所を取られたせいかあまり広くはないな。それでも設備としてはかなり最新鋭のものを揃えてあるが――今確認するのは二点だけで十分か」
「二点?」

 一般の家庭ではまず見ることのない大理石の調理台や人の背丈よりも高い洗浄機。十九世紀の英国王室においてありそうな国宝級の食器が並んだ食器棚をスルーして真っ先に明が向かったのは、赤と黒の市松模様のおしゃれな冷蔵庫だ。
 最上段の扉を開け、中を確認。思った通り目的のものが入っていたので、それを二つほど取り出した。
 明が取り出したものを見て、神楽耶が「ああ」と小さく声を漏らす。

「確認するものの一つは、『水』でしたか。確かに籠城する際には欠かせないものの一つですね。持っていけるだけ運んじゃいますか?」
「いや、そこまでする必要はないだろう。二リットルのペットボトルが二本あれば十分このゲームを乗り切れるはずだ。基本的には毒殺される恐れだってないし、水が飲めなくなるなんて事態にはそもそもならないだろうからな。あくまで念のため、だ」

 そう言うと、明はペットボトルを一本神楽耶に渡し、自身は調理台へと向かった。調理台の下に取り付けられた棚を開け、確認しておきたい二つ目のものを取り出す。それの鈍いきらめきに恐怖して、神楽耶はさらに表情を引きつらせた。

「そ、それって、持っていく必要ありますか……。このゲームは暴力が禁止なわけですし、そんな物騒なものは必要ないんじゃ」

 明は手に持った小ぶりの『包丁』を軽く振って見せたあと、別の棚から布巾を取り出して刃の部分に巻き始める。

「確かに暴力は禁止されている。が、凶器を持っていることはそれなりの抑止力になる。『大脳爆発』のような即死系のキラースペルはともかく、お前が持っていたような即死させられないキラースペルだと、対象が捨て身の行動をとってくる可能性も考慮しないといけないからな。それにだ、ルールを犯した者はすぐに殺処分されると言われているが、すぐとは具体的に何秒後のことだと思う」

 急に質問を吹っ掛けられ、神楽耶は焦った様子で考え始める。

「えと、すぐっていうからには一秒後くらいのことを言うんじゃないですか?」
「ほう。暴力を振るわれてから一秒後に、そいつに罰が与えられるのか」
「たぶんそうだと思いますけど……って、それじゃあ全然――」
「間に合ってないな」

 布巾を巻き終え、包丁をズボンのポケットに差し込む。隅に置かれているカップ麺がぎっしりと入ったバスケットなどにざっと目を通すと、明は大広間へと足を向けた。
 話の途中に動き出した明を慌てて追いつつ、神楽耶は今の話の結論を尋ねた。

「要するに、ルールによる処罰は被害者からしたら意味のない、遅すぎるものだってことですね。ルールは捨て身の相手から自分を守ってくれない。だから、もし凶器を持っている人といない人だったら、持っていない人のほうが狙われやすい」
「そういうことだ。加えて、暴力を振るったかどうかの判定は意外と面倒だ。無数に仕掛けられているカメラの前で、堂々と相手の顔面を殴ってくれればすぐ暴力が振るわれたとわかる。だが、揉み合うなどして一方がカメラの死角に入っていたら。暴力が振るわれたのか判断できず処分までに時間がかかるかもしれない。そもそもどうやって俺たちを処分するのかも不明だしな」
「……結構ややこしいですね。それに暴力って具体的にどこから暴力になるのかも不明ですし」
「気になるなら明日の朝、シアタールームに行って喜多嶋に聞いてみればいいさ。十中八九答えは返ってこないだろうがな」

 あの短く端的なルールにも、深く考えるといろいろな抜け穴が存在する。神楽耶は今まで気づいていなかったようだが、率先して質問を繰り返していた佐久間などは当たり前のように抜け穴に気づき、その活用法を考えていたことだろう。
 とはいえどこまでリスクを冒してくるかは未知数。少なくとも初日や二日目からルール違反すれすれの行いをしてくるとは思えないが、今頃何を企んでいるのか。
 つい他プレイヤーの動向に頭が囚われかけるも、強くこぶしを握り意識を元に戻す。どうせ考えても結論の出ないことに頭を使うのは無意味。今は目の前のことに集中するのが最善だろう。

 大広間を突っ切り、再び廊下に舞い戻る。
 廊下に出たとたん、少し離れた場所からがらりと音が聞こえた。
 近くに誰かがいる。即座に緊張感を高め、明は後ろにいた神楽耶にも目で小さく合図を送った。どうやら神楽耶にもその音は聞こえていたらしく、神妙な表情で頷き返してくる。
 明がポケットに収めた包丁に手をやりつつ音のした方に近づくと、案の定女湯の前に女性が一人立っていた。
 パッと見神楽耶よりも背は低くみえるので、身長は百五十五センチといったところか。二重瞼でぱっちりと大きな瞳に、形の整った鼻と小さな薄ピンク色の唇。髪は茶色に染められツインテール。ピンクのキャミソールの上に水色のカーディガンを羽織り、下は黄色がメインのコクーンスカートを穿いている。全身隙間なく飾り付けられており、かなり男受けのいい所謂小悪魔タイプの女性に見えた。
 彼女も明たちが近くにいることを察していたらしく、すぐ二人に気づき笑顔で声をかけてきた。

「どうも~。姫宮真貴です。えーと、そっちの綺麗な女の人は神楽耶江美ちゃんですよね。シアタールームで喜多嶋って人に無実を訴えてた。私はあの言葉、信じてますからね! 神楽耶ちゃん純真そうだし、嘘をつけるような人には見えませんから!」
「あ、有難うございます、姫宮さん」
「姫宮じゃなくて真貴って呼んでくれると嬉しいな。私名前のほうが気に入ってるから」
「えと、はい、分かりました。真貴……さん」

 姫宮のテンポにのまれ、素直に言うことを聞く神楽耶。そんな彼女に満面の笑みを向けつつ、姫宮は「宜しくね、江美ちゃん!」と親しげに名前を呼ぶ。そして次に、明へと視線を移しふわりと小首を傾げた。

「それで、そちらのイケメンさんはお名前、なんというんでしょうか?」
「首を傾げる角度まで完璧だな……」
「ん? 今何か言いましたか?」
「いや、何でもない」

 神楽耶の飾り気のない美とは対極にあるといってもいい、完璧に作られた美しさ。香水を使っているのか、意識がくらくらするような無駄に甘い匂いまでする。自分がどうすれば可愛く見えるのかをすべて理解しているかのごときその所作は、当然明の心もがっしりとつかんでいた。
 神楽耶に傾いていた思いが揺らいでいくのを感じる。
 ――このまま姫宮と会話するのは危険だ
 本能でそう感じ取り、明は一切の雑念を消すためにこっそりと手を背後に回し、指を折れる寸前まで強く曲げた。痛みのおかげで余計な思念が薄れていく。
 外面には全く出さず、無表情のまま葛藤を繰り広げる明。そんな彼の葛藤に気づかない女二人は、不思議そうにその姿を見つめていた。
 だいぶ雑念を振り払えたのを感じ、明はようやく口を開く。

「俺の名前は東郷明だ。それで、姫宮。随分とお前は余裕そうにしているが、今がどういう状況か理解していないわけじゃないよな」

 好意とは正反対の、強く敵意を含んだ声音。
 いきなり喧嘩を売るかのごとき明の態度に、姫宮ではなく神楽耶が不安げな様子で体を震わせる。もしかしたら今この瞬間にも、殺し合いが始まるんじゃないかと心配しているのかもしれない。
 だが、そんな神楽耶とは対照的に姫宮は笑顔を浮かべたままでいる。その表情は、自分がこの場で死ぬことはないと確信しているかのようだった。

「それってどういう意味ですか? 私ってあんまり頭がよくないので、東郷さんの言ってる事がよくわかんないな。お二人と挨拶をするのって、そんなに危険なことなんですか?」
「馬鹿を装うのは構わないが、そういうのは相手を選んでやるんだな」
「別に馬鹿を装ったりなんてしてませんよ。それに、ちゃんと相手も選んで話しかけてますし。お二人とも、とってもいい人そうだったから、逃げたりせずこうして挨拶してるんじゃないですか」

 可愛らしい笑顔を向けたまま、姫宮はそんなことをうそぶく。
 彼女の対応から自分がなめられていることを察し、明の頬がピクリと引くつく。それと同時に、姫宮に傾きかけていた思いが消え、明はようやく指を曲げるのをやめた。
 指の痛みをごまかすために軽く手を振りながら、明はふっと皮肉気に笑みを浮かべる。

「そうか、俺たち二人を見て、ただ『いい人』だと感じる程度の脳しかない馬鹿だったか。このゲームに参加しているということは俺と同様完全犯罪を成し遂げた、それなりに賢い奴だと思っていたのだが、どうやら杞憂だったらしい。いや、俺の言ってる意味が分からないなら気にするな。どうせ俺たちが何かするまでもなく、すぐ他の奴らに殺されるだろうしな。神楽耶、行くぞ。死人と話してたって時間の無駄だからな」

 完全に馬鹿に仕切った態度。ここまで直接的な皮肉が飛んでくると思わなかったのか、姫宮も笑顔が固まり、目が仇敵を睨み付けるかのように険しくなっていく。それでも口元が笑顔なのはさすがといったところか。
 やや声を引きつらせながらも、「あ、もしかしてあのことを言ってるのかな」と胸の前で手を合わせた。

「東郷さんが言いたいのは、このゲームにおける二人組の危険性のことですね。チームを組めば一気に使えるキラースペルの数が増えて、序盤からでも遠慮せずスペルを唱えられる。だから、チームを組んでいないソロプレイヤーは、できるだけ彼らの目に留まらないよう行動しないといけない」
「そこまでわかっているのなら、どうして俺たちに話しかけた。殺されるとは考えなかったのか」
「逃げたってそんなに意味ないじゃないですか。二人組ができてしまった時点で、ソロプレイヤーは急いでだれか仲間を作って対抗するか、そのチームに取り入るぐらいしかできないんですから。だから私は腹をくくってお二人に声をかけたわけですし」
「ほう。つまり俺たちに取り入ろうとしてたわけだ。なら随分と無様に失敗したな。わざわざ自分の無能っぷりをアピールして、仲間にする価値もないことを晒してしまったんだからな」
「あは、あはははははははは……」

 両手で顔を覆い、姫宮は乾いた笑い声をあげる。いま彼女の顔がどんなふうになっているのかすごく興味はあるが、これ以上の挑発はさすがに危険だろう。
 そう考え、明は黙って彼女の笑い声が収まるのを待つ。
 何とか表情を取り繕う余裕ができたのか、笑うのをやめ、両手を顔の前からどける。あらわになった彼女の顔は、最初に見た時と全く同じ溌剌とした可愛らしい笑顔のままだった。
 ただ、その視線は決して明に向くことはなくなったが。

「東郷さんってかなり意地の悪い人みたいですね。江美ちゃん。こんな人と一緒にいたらいつ裏切られるかわかんないし、チームを組むんだったら私とにしない? お互い女同士だし、そんな人なんかよりずっと信頼できるチームになれると思うんだけど」
「性別が一緒なのと信頼できるかどうかに何の関係があるんだ?」

 空気を読まず明が口を挟むが、勿論無視される。

「それにその男、最初に江美ちゃんに声をかけるなんて下心があるに決まってる。男なんて下半身でものを考える生き物なんだから、どうせ江美ちゃんとセックスしたくて甘い言葉をかけてきただけだよ。そんな奴に騙されちゃだめ。今ならまだ遅くないから、私と組もう」

 すごくディスられている。まあ、下心がないわけではないので、強気に反応しづらいのだが。
 神楽耶は少し悩んだように目を伏せたが、すぐに顔をあげ「ごめんなさい」と姫宮の提案を拒絶した。

「心配してくれるのは嬉しいですけど、別に私は東郷さんのことを好きになったりはしてません。私が彼とチームを組んだのは、彼が私を気遣ってくれたからじゃない。一人でいるより生き残れる可能性の高い策を提示し、そのことをしっかり納得させてくれたから。だから、東郷さんを裏切って真貴さんと組むことは、できません」
「……そっか。なら仕方ないね。でも私は江美ちゃんとならいつでもチームを組んであげるから、そのことは覚えておいてね。それじゃ」

 神楽耶にだけ軽く手を振って、姫宮は大広間のほうへと歩いていく。
 彼女の姿が完全に消えたところで、緊張が一気に解けたのか神楽耶は大きく息を吐いた。
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