キラースペルゲーム

天草一樹

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困惑の一日目

自己紹介後半:神楽耶・姫宮・架城・東郷・秋華・六道・その他

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 彼女はスッと息を吸い込むと、意を決して話し始めた。

「初めまして、神楽耶江美です。私の名前は既にみなさんご存知ですよね。シアタールームで自分は無罪だ、家に帰してくれと叫んでいた自己中女として。ですが、この言葉に嘘偽りはありません。私は人を殺したことなんてないし、本来こんな最低のゲームに参加させられないといけないような罪を犯したりもしていません。ですから、殺人者の皆様には申し訳ないですが、どんな手を使ってでも勝たせてもらいます」

 挑戦的な言葉とは裏腹に、静々と頭を下げ、神楽耶は明の後ろへと下がっていく。
 シアタールームの時とは違い、敵意を含んだ視線は四割程度。残りの四割はこの状況でもそれだけの大言を吐いたことへの好奇の視線。あとの二割は品の良さを感じさせるお嬢様然とした彼女に対する、淫らで邪な視線だ。
 明は皮肉な笑みを浮かべつつ神楽耶に囁いた。

「お前も俺のことを言えないな。わざわざ敵を作る発言をするなんてな」
「私はいいんですよ。東郷さんが守ってくれるんですから」

 視線はほかの参加者に向けたまま、さらりと神楽耶はうそぶく。
 予想外の一言に切り返しの言葉を思いつけず閉口していると、Ⅶ号室のプレイヤーが自己紹介を始めてしまった。

「あんなに可愛い神楽耶ちゃんの後じゃちょっと気後れしちゃうけど、自己紹介させてもらいますねー。私の名前は姫宮真貴です。この場にいる人って全員、完全犯罪を成し遂げた人たちなんですよね。正直私一人で勝ち残れる気は全くしないので、誰か助けてくれる紳士な人はいないかなーって期待してたりします。それじゃ、今日から数日間お手柔らかにお願いしますね」

 男を虜にするふんわり笑顔で挨拶を締めくくる。
 相変わらず完璧な角度のほほ笑み。これで彼女にときめかない男がいるとしたら、それはもう病気の類だろう。
 予想通りというべきか、佐久間や藤城は彼女のほほ笑みの虜になっている。宮城や橋爪、六道も、彼らほどあからさまではないが明らかに表情が緩んでいた。唯一表情に違いがないのは鬼道院ぐらいだろうか。さすがは教祖様といったところである。
 姫宮と先に出会えていてよかった。明は心底そのことに感謝し、存分に周囲の反応を観察させてもらった。
 しばらくの間男衆が姫宮に見とれている時間が続く。すると、次のプレイヤーはその光景にむかついたのか、苛立ちに満ちた声でこの空気をぶち壊しにかかった。

「どうやら姫宮さんとやらの自己紹介は終わったようだし、私が話しても構わないかしら。架城奈々子よ。見た目だけの馬鹿女や、それに惑わされる阿呆どもに負けるつもりはないから、心当たりのある奴は死ぬ準備をしておくことね。以上」

 橋爪と同様、周囲を挑発する勝気な発言。まあ、ここまでで半数以上の人物があまり友好的な発言をしていないことを考えると、今更こんな挑発で何かが変わるとも思えない。彼女としても、特に考えがあっての発言というわけではないだろう。
 架城の発言を軽く分析すると、明は彼女の身なりに焦点を当てた。
 とげとげしい言葉から想起する通り、少しばかり近寄りがたい強気な印象の女性。切れ長の目に、先のとがったシャープなあご。背中まである黒髪を一つにまとめている。他に特徴と言えば、左目の目じりに泣きぼくろがあることか。姫宮や神楽耶のせいでいまいちパッとしないが、世間では十分に美人として通用するレベルだろう。ただ、服装はやや地味で、上は白ブラウスにグレーのカーディガン。下はひざ下まである黒のスカートを穿いていた。
 架城の言葉から、再び険悪な空気に変わりつつある大広間。
 その空気を無視するようにして、Ⅸ号室の客人である明は淡々と自己紹介を挟んだ。

「東郷明だ。デスゲームとはいえ、三人は生還を約束されている。ゲーム終了後にまで遺恨は残したくないので、佐久間じゃないがそれなりに仲良くやれたらと思っている」

 自分で言うのもあれだが、当たり障りのない無難な発言。
 相手を挑発しない普通の挨拶に驚いたのか、神楽耶などは目を見開いて明を見つめてくる。
 薄々気づいてはいたが、自分の性格をかなり誤解(?)されているようで少し悲しくなる。いくら人殺しとはいえ、常識が全くないわけではないというのに。
 それはともかく、明の発言から場の空気が少しだけ緩んだ。その流れに便乗するようにして、次のプレイヤーが口を開く――もとより次の話し手は、そんな場の雰囲気にのまれる人物ではなかっただろうが。

「皆さんどうもです。私の名前は秋華千尋と言います。殺し合いなんて物騒なことはしたくありませんが、死にたくはないので頑張ります。私も一応女ですし、それなりに手加減してくれると嬉しいのです」

 眠たげな瞳のまま、ぺこりと小さくお辞儀をする。
 茫洋としたその表情からは、殺し合いをすることへの恐怖や怯えがあるようには感じられない。ポーカーフェイスという意味では、この中で一番かもしれないと明は思った。
 不意に、秋華の姿を興味深げに眺めていた姫宮が、可愛らしく首を傾げながら言った。

「ねえねえ千尋ちゃん。こんなこと聞くのって失礼だとは思うんだけど、千尋ちゃんって何歳なのかな? パッと見小学生くらいに見えちゃうんだけど、まさか本当に小学生なわけはないよね?」

 宣言通りやや失礼な問いかけ。とはいえ、この場の全員が気になっていることなので、当然誰も口を挟まない。
 秋華は怒った様子もなく、こくりと頷いて見せた。

「ええ、勿論小学生じゃないですよ。よく間違われますけど、二十二歳の現役大学生です」

 ――二十二歳! まさか俺より年上だったとは!

 ぎりぎり驚きを表情に出さないことに成功しつつも、明は絶句した。もちろん絶句しているのは明だけではない。質問した張本人である姫宮も、驚きのあまり固まっているようだった。

「あ、へえ、そうなんだ……。千尋ちゃんって私より年上だったんだね……。なんていうか、人生いろいろ大変だっただろうね……」
「別に大変じゃないですよ。いろいろと子供料金でいけるので、便利なくらいです」

 小学生に見られている自覚ははっきりとあるらしい。表面上はそのことを気にしているように見えないが、本心ではどうなのだろう。やはり不便なことの方が多いだろうに。
 そして、秋華大学生事件の衝撃を受けつつも、自己紹介は最後の人物にバトンが渡った。

「六道天馬です。数人は既に知ってることだけど、ついこの間までキラースペルゲームを運営する者の一人でした。もしこのゲームについて何か聞きたいことがあったら、後でいくらでも質問してください。偽らずに答えますから」

 爽やかな笑顔で、自己紹介を締めくくる。
 キラースペルゲームの元運営人。明と神楽耶はすでに聞いていたことなので驚きはないが、他のプレイヤーからしたら秋華の年齢なんかよりもよっぽどの衝撃発言だろう。
 橋爪や架城などはさっそく問いただそうと彼に歩み寄り始めている。だが、二人が動くよりも先に、佐久間が大きな拍手を送りだした。

「皆さまお疲れ様です! やはり自己紹介というものは非常に面白いですね! それぞれ個性があって、聞いているだけでワクワクが止まりませんでしたよ! さて、自己紹介も終わったことですし、仲良くお話しタイムと行きたいところですが――ここにいない二人についても、少しだけ私から紹介しておきたいと思います。全くの仲間はずれはやはり可哀そうですからね」

 この場にいない二人の紹介。可哀そうなどと佐久間は言っているが、本人たちからしたら迷惑極まりないだろう。何せ一方的に自分の情報を他のライバルに知らせる行為なのだから。
 まあ逆に言えば、この場にいる明たちからしたら聞いて損はないこと。六道と話そうとしていた二人も動きを止め、再び佐久間の言葉に耳を傾けた。

「まずはⅩ号室の住人である野田風太君。シアタールームで一度会っただけですが、かなりわかりやすい容貌ですからね。皆さんも覚えてるんじゃないでしょうか? 野田君は黒縁の眼鏡をかけたお相撲さんのように巨大な大男です。アニメや漫画が大好きらしく、ここから早く出て聖地巡礼をしたいと愚痴をこぼしていましたよ。そうそう、どうやら主催者もそのことを知っていたらしくてですね。用意された彼の服には全て美少女キャラクターが描かれたものだったんです! アニメが好きだという人がいれば、是非後で話に行ったらどうでしょうか。きっと楽しく盛り上がれると思いますよ」

 黒縁の眼鏡をかけた大男。確かに、記憶の片隅に残っている。
 美少女キャラが印刷されていたかどうかは覚えていないが、服をパツンパツンに着こなし、苦しそうに息を荒げていた男がいた。呼吸困難になって勝手に死んでくれないかとかすかに期待していた気がする。

「それから続いてⅪ号室の住人である一井譲君。一井君も野田君ほどではないがかなりインパクトが強い人だから、もしかしたら覚えてる人もいるかもしれませんね。本人の前で言うのは些か気が引けますが、一目見た彼の印象は、まさしく服を着たゴリラ! おっと、これは別に悪口じゃないですよ。皆が思い起こしやすいだろうと思ってそう言ったまでで……彼と喧嘩はしたくないので、本人には私がそう説明したことは言わないでくださいね。坊主刈りの凄くワイルドな男性と紹介していたと、もし話すのならお願いします! 因みに、さっきまでは金色の骸骨が刺繍された赤いタンクトップを着ていたので、服装からでも判別は簡単にできると思いますよ。趣味は人を殴ることだとか言っていましたが、幸いにもこの館では暴力が禁止されています! 皆さんも遠慮することなく彼に話しかけていいと思いますよ!」

 人を殴るのが趣味の男と話したいなどとは全く思わない。が、取り敢えずこれですべてのプレイヤーの情報が頭に入った。
 ここまでの自己紹介から、誰と組むべきか、それとも一人で戦うべきかの指針が決まったことだろう。つまり、今この瞬間からがキラースペルゲームの実質的な始まり。
 今まで大人しかったプレイヤーたちも、積極的に動き始めていくはずだ。

 ――そのためにも

 まだ佐久間が何か話しているが、それを無視して明は六道の元に向かう。
 一にも二にもまず情報。このゲームについて少しでも詳しくなることが生き残るために必要なのは言うまでもない。だから少しでも多くのことを六道から聞き出すことが最優先。
 明が動くのと同時に、立ち止まっていた架城や橋爪も動きを再開する。
 と、その時。
 大広間の外から、人間のものとは思えない、甲高い悲鳴が聞こえてきた。
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