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不動の二日目
二日目開始
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暖かな光が降り注いでくる。
穏やかな朝の訪れを祝うかの如く、幾羽もの鳥が心地よい鳴き声を上げ始めた。
血命館というあまりにも物騒で非現実的なこの場所も、決して異世界でも夢でもなく、一昨日まで当たり前のように生活していた世界の一部であることがありありと感じられる。
(今日も恙なく生き残れますように)
ぼんやりとそんなことを考えつつ、鬼道院はキラースペルゲーム二日目の朝を迎えた。
軽く伸びをして、固まっていた体を優しくほぐす。ベッドの横には昨日厨房から持ってきたアルカリイオン水が。それを少し飲んで口の中を潤すと、ようやく鬼道院は立ち上がった。
立った状態でもう一度軽く伸びをしながら、時計を見て時刻を確認する。
時刻は六時五十分。
今から急いで支度をすれば、ぎりぎりシアタールームの質問時間には間に合いそうである。
洗面所で軽く顔を洗い、箪笥に用意されていた紺色の修道服を身にまとう。鏡を見ながら変なところがないかチェックをし、最後に琥珀石の数珠を首から下げた。
五分と経たず身支度が整ったので、鬼道院は滑るように歩いてシアタールームに向かい始めた。
鬼道院の使用しているⅡ号室は比較的シアタールームまでの距離が近い。急げば十秒かからず着くこともできるだろうが、早めについて他のプレイヤーと顔を合わせるのは気まずいものがある。
(ここは時間ぴったりに着こう)
そんな思いから、あえて遠回りをしてシアタールームを目指していく。
既にシアタールームへと向かったのか、それともいまだ寝ているのか。どちらかは分からないが、通路には他のプレイヤーはおらず、声も一切聞こえない。
そのことに薄気味悪いものを感じながら歩いていると、とある部屋の扉がかすかに開いているのが見えた。誰かが出てくるのかと思い、立ち止まって様子を見てみる。しかし数秒待っても誰も出てこないため、不思議に思い部屋の中をのぞき込んでみた。
俯せに倒れた男の死体。
頭は原形を留めていないほど陥没し、どす黒い血が髪を固めている。
寝起き早々に飛び込んできたショッキングな光景に、鬼道院は目を細めて嘆息した。
鬼道院充は、少し思考速度が遅いだけの、ただの一般人である。ただ、持って生まれた雰囲気のせいなのか、なぜか他者からは特殊な力を持った人間だと誤解されることが多かった。
頭が悪いわけではないが、考える速度が遅いために会話に置いて行かれ、気づけば無口になっていた中学時代。生まれ持つ独特の雰囲気に寡黙さが追加され、さらに他者から異質な目で見られるようになった。そして高校時代。彼の性質と本質を知ることになった友人から、心洗道という宗教を立ち上げそこの教祖となることを勧められる。最初こそそんな人生を棒に振る怪しい進路に難色を示したが、実際に教祖として悩める人たちと接触してみたところ、適職なんじゃないかと思い始めた。何せ、基本は黙って話を聞き、それに対し感じたことをゆっくりと話す。それだけで相談に来た人たちは涙を流して感謝し、幸福そうな顔で帰ってくれるのだから。
とはいえ鬼道院も馬鹿ではない。そもそも高校を出たばかりの実績ゼロのお子様に相談を持ち掛ける人など普通はいないはず。にもかかわらず信者候補がたくさん集まってきたのは、かの友人が裏でいろいろな努力をしてくれたおかげであることは理解していた。そしてそうまでしてくれる理由が、無論金儲けのためであることも。
ただ、友人の目的が金目当てだったとしても、実際に自分の言葉で悩みを解消できた人がいる以上、鬼道院は心洗道をやめるつもりはなかった。人が金を稼ぐ理由が幸せになるためならば、宗教に金を払い幸せになることに問題はないと思われたからだ。しかし、ここ最近信者の数が異常なまでに増え、それに伴い金目的の過激な活動も増えていた。それを諫めるためにしばらく友人と対立していたのだが――その結果がこの現状。
命を懸けたデスゲームになど参加させられ、朝から死体を見る羽目に。
鬼道院の心は、これ以上ないほど暗く落ち込んでいた。
貝のように閉じこもってしまいたい気持ちを叱咤して、部屋の中を見回してみる。ルールを考えれば当然ともいえるが、揉み合った形跡などはなく、死体がなければ他と何ら変わらない普通の内装。
死体の横には血の付いたシャンパンボトルが。中身はすでに空であり、テーブルにはかすかにシャンパンの匂いが香るグラスが一つ。人を殺した後にその部屋で酒を飲めるサイコパスがいない限り、これは死体の男が自ら持ってきて飲んでいたものだろう。
それを凶器に使った。いや、凶器に使えたということはどういうことか。
少々頭を悩まし考えるも、答えが無数にあることに気づき思考を放棄する。そして今更ながら、この部屋が誰の部屋で死んでいるのが誰なのかを確認していなかったことに気がついた。
「これだけ頭の形が変わっていると誰だか分からない気もしますが……杞憂でしたね」
内心の震えを隠して死体の顔を持ち上げ、その容貌を確認する。
死体の正体は橋爪雅史。前日にキラースペルを唱え一井を殺した男である。昨日の様子からすると期日まで部屋に引き籠るように思えたが、誰かを部屋の中に上げてしまったのだろうか。部屋の扉が開いたままということは、おそらくそうなのだろう。
念のためここが橋爪の部屋で間違っていないことをチェックしようと、部屋の外へと足を向ける。すると、扉の近くに一か所。小さな血痕がついているのを発見した。
穏やかな朝の訪れを祝うかの如く、幾羽もの鳥が心地よい鳴き声を上げ始めた。
血命館というあまりにも物騒で非現実的なこの場所も、決して異世界でも夢でもなく、一昨日まで当たり前のように生活していた世界の一部であることがありありと感じられる。
(今日も恙なく生き残れますように)
ぼんやりとそんなことを考えつつ、鬼道院はキラースペルゲーム二日目の朝を迎えた。
軽く伸びをして、固まっていた体を優しくほぐす。ベッドの横には昨日厨房から持ってきたアルカリイオン水が。それを少し飲んで口の中を潤すと、ようやく鬼道院は立ち上がった。
立った状態でもう一度軽く伸びをしながら、時計を見て時刻を確認する。
時刻は六時五十分。
今から急いで支度をすれば、ぎりぎりシアタールームの質問時間には間に合いそうである。
洗面所で軽く顔を洗い、箪笥に用意されていた紺色の修道服を身にまとう。鏡を見ながら変なところがないかチェックをし、最後に琥珀石の数珠を首から下げた。
五分と経たず身支度が整ったので、鬼道院は滑るように歩いてシアタールームに向かい始めた。
鬼道院の使用しているⅡ号室は比較的シアタールームまでの距離が近い。急げば十秒かからず着くこともできるだろうが、早めについて他のプレイヤーと顔を合わせるのは気まずいものがある。
(ここは時間ぴったりに着こう)
そんな思いから、あえて遠回りをしてシアタールームを目指していく。
既にシアタールームへと向かったのか、それともいまだ寝ているのか。どちらかは分からないが、通路には他のプレイヤーはおらず、声も一切聞こえない。
そのことに薄気味悪いものを感じながら歩いていると、とある部屋の扉がかすかに開いているのが見えた。誰かが出てくるのかと思い、立ち止まって様子を見てみる。しかし数秒待っても誰も出てこないため、不思議に思い部屋の中をのぞき込んでみた。
俯せに倒れた男の死体。
頭は原形を留めていないほど陥没し、どす黒い血が髪を固めている。
寝起き早々に飛び込んできたショッキングな光景に、鬼道院は目を細めて嘆息した。
鬼道院充は、少し思考速度が遅いだけの、ただの一般人である。ただ、持って生まれた雰囲気のせいなのか、なぜか他者からは特殊な力を持った人間だと誤解されることが多かった。
頭が悪いわけではないが、考える速度が遅いために会話に置いて行かれ、気づけば無口になっていた中学時代。生まれ持つ独特の雰囲気に寡黙さが追加され、さらに他者から異質な目で見られるようになった。そして高校時代。彼の性質と本質を知ることになった友人から、心洗道という宗教を立ち上げそこの教祖となることを勧められる。最初こそそんな人生を棒に振る怪しい進路に難色を示したが、実際に教祖として悩める人たちと接触してみたところ、適職なんじゃないかと思い始めた。何せ、基本は黙って話を聞き、それに対し感じたことをゆっくりと話す。それだけで相談に来た人たちは涙を流して感謝し、幸福そうな顔で帰ってくれるのだから。
とはいえ鬼道院も馬鹿ではない。そもそも高校を出たばかりの実績ゼロのお子様に相談を持ち掛ける人など普通はいないはず。にもかかわらず信者候補がたくさん集まってきたのは、かの友人が裏でいろいろな努力をしてくれたおかげであることは理解していた。そしてそうまでしてくれる理由が、無論金儲けのためであることも。
ただ、友人の目的が金目当てだったとしても、実際に自分の言葉で悩みを解消できた人がいる以上、鬼道院は心洗道をやめるつもりはなかった。人が金を稼ぐ理由が幸せになるためならば、宗教に金を払い幸せになることに問題はないと思われたからだ。しかし、ここ最近信者の数が異常なまでに増え、それに伴い金目的の過激な活動も増えていた。それを諫めるためにしばらく友人と対立していたのだが――その結果がこの現状。
命を懸けたデスゲームになど参加させられ、朝から死体を見る羽目に。
鬼道院の心は、これ以上ないほど暗く落ち込んでいた。
貝のように閉じこもってしまいたい気持ちを叱咤して、部屋の中を見回してみる。ルールを考えれば当然ともいえるが、揉み合った形跡などはなく、死体がなければ他と何ら変わらない普通の内装。
死体の横には血の付いたシャンパンボトルが。中身はすでに空であり、テーブルにはかすかにシャンパンの匂いが香るグラスが一つ。人を殺した後にその部屋で酒を飲めるサイコパスがいない限り、これは死体の男が自ら持ってきて飲んでいたものだろう。
それを凶器に使った。いや、凶器に使えたということはどういうことか。
少々頭を悩まし考えるも、答えが無数にあることに気づき思考を放棄する。そして今更ながら、この部屋が誰の部屋で死んでいるのが誰なのかを確認していなかったことに気がついた。
「これだけ頭の形が変わっていると誰だか分からない気もしますが……杞憂でしたね」
内心の震えを隠して死体の顔を持ち上げ、その容貌を確認する。
死体の正体は橋爪雅史。前日にキラースペルを唱え一井を殺した男である。昨日の様子からすると期日まで部屋に引き籠るように思えたが、誰かを部屋の中に上げてしまったのだろうか。部屋の扉が開いたままということは、おそらくそうなのだろう。
念のためここが橋爪の部屋で間違っていないことをチェックしようと、部屋の外へと足を向ける。すると、扉の近くに一か所。小さな血痕がついているのを発見した。
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