キラースペルゲーム

天草一樹

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不動の二日目

鬼道院の憂鬱

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 談話室では、藤城が大きないびきをかきながらすっかりと眠り込んでいた。
 多少面倒に思うものの、このまま放置しておくのは忍びなく感じ、なんとか彼を背負いあげ部屋まで連れていくことにする。
 教祖という肩書や、ほっそりとした体躯からはあまり想像がつかないが、鬼道院はそれなりに自身の体を鍛え上げていた。これも友人の助言であったが、教祖をやるに際し逆恨みを買うのは必然のこと。万が一襲われても自分の身は自分で守れるように、しっかり体を鍛えておくように言われていたのだった。
 そんな普段の努力もあってか、鬼道院は大して苦労することもなく彼を背負うと、別館へ向かって歩き出した。
 既に時刻はお昼近くになっているというのに、血命館は朝の静けさを保っている。この様子だと橋爪の死に気づいている人も、いまだ自分と東郷の二人だけの可能性すらありそうだ。
 まあ仮に彼の死体が見つけられようとも、各プレイヤーのやることに変化はないだろう。橋爪がいつ死んだのかわからない以上、今日も誰か一人は殺されることになるだろうし。
 そんな物騒なことを考えつつ足を進め、連絡通路までたどり着く。ここは温室と地下につながる階段がある中央付近以外は完全な一本道。万が一にも銃を持ったプレイヤーが待機していたら、隠れることもできずあっさりと狙い撃ちされてしまうだろう。
 いざとなったら背負っている藤城を盾にしようと思いながら、躊躇うことなく連絡通路を歩き始める。鬼道院の考えは杞憂だったらしく、温室を通り過ぎ、別館へたどり着くまで何者の襲撃も受けなかった。
 別館に到着すると一度立ち止まり、藤城を自分の寝泊まりするⅡ号室まで運ぶか、彼の部屋であるⅢ号室まで運ぶか少し悩む。彼が起きたらどうせまた自分と話をすることになるだろうと考え、Ⅱ号室に運ぶことを決定。
 鬼道院は再びゆったりとした歩調で別館を歩き出した。
 ここまで来てしまえばもう誰とも会うことはないだろうと思っていた矢先、唐突にⅠ号室の扉が開き、六道と姫宮が姿を現した。
 確かⅠ号室は佐久間の部屋だったはず。そこから二人が現れたということは――
 鬼道院は静かに二人に近づくと、優しく声をかけた。

「お二人とも、チームを組まれたのですね。佐久間さんの部屋から出てきたということは、もしかしてちょうど今、彼を殺してきたところでしょうか?」
「「っ!!」」

 鬼道院の存在に気づいていなかったのか、それとも質問内容に驚いたのか。二人は揃って肩を震わせると、引きつった笑みを浮かべながら見返してきた。

「や、やだなあ鬼道院さん。私たちが佐久間さんを殺したりするわけないじゃないですか。彼にちょっと聞きたいことがあったので、お話ししに来ただけですよ。それより鬼道院さんの方こそ、今背負ってるの藤城さんですよね。全然動いてないですけど、もしかして殺しちゃったんですか?」
「いえ、殺したりしていませんよ。先ほどまで一緒に朝食を食べていたのですが、ストレスからか急にお酒を嗜まれまして。それで酔い潰れてしまったので、こうして部屋まで運ぼうとしているところなんですよ」

 鬼道院の細い瞳に見据えられ、姫宮は気圧されたように一歩後ろに下がる。
 六道は姫宮をかばうように少し前に出ると、普段よりもやや硬い声で言った。

「鬼道院さんからはそこまで力が強いと言ったイメージがなかったのだけれど、それは間違いだったみたいだね。それともあなたのスペルは肉体を強化する類のものなのかな。だとしたら、とても厄介だけれど」

 鬼道院は首を穏やかに横に振る。

「私が教祖をやっているせいでしょうかね。その様によく問われるのですが、これは私自身の純粋な腕力ですよ。それに六道さん。このゲームに肉体を強化する類のスペルは存在していないのでしょう? 勝利者となった人間が、ゲーム終了後運営に牙をむくことだってあるはずです。その時に肉体を強化したプレイヤーがいたら、面倒極まりない。私だったら、そうしたスペルをプレイヤーに与えることはしないでしょう」
「……鬼道院さんには敵わないな。確かに肉体を強化する類のスペルがプレイヤーに与えられたことは一度もありません。ただ、今回のゲームにおいてどうなのかまでは僕の把握するところではないですから。もしかしたらこのゲームから強化系スペルを与えるようになっているかもしれない。僕はあくまで元運営人であって、今の運営の状況を知っているわけではありませんし」
「おや、それもそうでしたね。六道さんはあくまで『元』運営人。今は私たちと同じ立場でした。今回のゲームについていえば、条件は私たちと同じでしたね」

 フフフと少し微笑んでみると、六道と姫宮は目に見えて顔を青ざめさせ、大きく一歩後退した。
 鬼道院としては特に他意のある行為ではなかったのだが、またしても大きな誤解を生んでしまったようである。
 六道はかすかに声を上擦らせつつ、「そう、ですね。今は鬼道院さんと同じただのプレイヤーです。生き残るために最善を尽くさないと。それでは、お互い頑張りましょう」と告げ、逃げるようにその場を離れていった。
 当然のように姫宮もその後ろをついていき、廊下には鬼道院と眠っている藤城だけが取り残される。

 ――またしても、余計なプレッシャーをかけてしまったらしい。

 どうにも事態が悪い方向に転がり続けているような気がして、鬼道院の心はずっしりと重くなる。さりとて自分の性質上、他人と話せば話すほど、近づけば近づくほど誤解を深めていってしまう。
 残念なことではあるが、事態が好転するのを神に祈っておくぐらいしかやることはない。それにまあ、皆から警戒されておくというのが必ずしも悪い方に働くとは限らないだろう。できるだけ敵に回したくない相手として、最後の最後まで狙わないでいてもらえるかもしれないのだから。
 無理やり心を励ましつつ、鬼道院は自室の前に移動し扉を開く。
 扉が開く音に交じり、鬼道院の背後から小さな声で「ククク」と、そんな彼の葛藤を笑うかのような音がした。
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