キラースペルゲーム

天草一樹

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不動の二日目

疑う者

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 主に銃を持ったプレイヤーの襲撃を警戒しながら、慎重に血命館を歩いていく。だが、警戒の甲斐なく誰とも出会わずに大広間まで到着した。
 おそらく今中にいるであろう相手を警戒しているのか、藤城は率先して扉を開けるつもりはないらしい。鬼道院の後ろに従者のごとく付き従い、いざとなったらすぐに逃げだせる構えを見せていた。
 もとより藤城に何かを期待していたわけではない鬼道院は、特に躊躇うことなく扉に手をかけ、ゆっくりと開けていく。開けた途端にナイフや銃弾が飛んでくるなどということもなく、鬼道院は静々と中に足を踏み入れた。
 大広間に入るとすぐさま、先に到着していたプレイヤー――東郷明から叱責の声が飛んできた。

「遅いぞ。待ち合わせ時間に十分も遅刻だ。教祖として、信者の見本になれるよう最低限のマナーぐらいは持ち合わせておくべきなんじゃないか」
「これは手厳しい。ですが私の教団では、遅刻した相手がいてもまずは理由を聞き、すぐに怒ったりしないようお教えしていますので。心にゆとりのない方は、幸せになれませんからね」
「なら遅刻しても構わないと? それは明らかに話のすり替え――」

 姑のごとくねちっこく文句を続けようとした東郷の動きが止まる。その視線は鬼道院の後ろから現れた紫タキシードに向けられており、続く言葉からは先ほどまでちらついていた感情が全て削ぎ落されていた。

「――これは、どういうことだ。なぜそいつを連れてきた。まさかもう裏切ったのか」

 今すぐにでもキラースペルを唱えだしそうな、剣呑な雰囲気を醸し出す。しかし鬼道院は、落ち着いた表情で東郷の隣にいる神楽耶へと視線を向けた。

「東郷さんが神楽耶さんを連れてきたように、私も一人では心細いので藤城さんに同伴してもらっているだけです。それに先ほど、藤城さんからはこのゲームのルールを覆しかねない、興味深いお話を聞かせてもらいました。これは是非東郷さんにも知っておいて欲しいと思いまして。せっかくなので本人を連れてきたのです。何か問題がありましたでしょうか?」

 鬼道院の細い瞳に見据えられ、東郷は気圧されたように黙り込む。そして小さくため息をつくと、「仕方ない、か」と呟き藤城の同席を認めたようだった。
 大広間に来た名目は夕食をとるためだったこともあり、各々厨房に行き食べられそうなものを物色する。状況が状況ゆえ、料理をしようとするものはおらず、結局全員がカップ麺を選択。ゲームの性質上食料に毒が盛られている可能性は低く、逆にスペルを考慮するならありとあらゆるものが危険なのだが――封のされたものを選んでしまうのは、一種の習性のようなものだろうか。
 何はともあれそうしてカップ麺を選んだ彼らは、お湯を注ぎ終わると談話室に移動した。
 幸いにも談話室に先客はおらず、四人それぞれが好きな椅子に腰を下ろした。
 周囲の壁一面に飾られた悲惨な写真から目を逸らすよう、神楽耶と東郷は下を向きながら食事を始める。鬼道院はそんな二人に目をやった後、隣でにやにやと下卑た笑みを浮かべている藤城に声をかけた。

「藤城さん。食事の最中ではありますが、あの話、さっそくしてもらっても構わないでしょうか。お二人ともこの部屋に長居はしたくないようですし、早めに話を済ませてしまった方がいいでしょうから」
「くく、教祖様は優しいねえ。俺としてはこんな豪奢で立派な部屋なら、何時間でもいたいと思うが、メンタルの弱い奴らにはちと刺激が強すぎるだろうしなあ。んじゃ、俺からのビッグニュース。血命館にいる十四人目のプレイヤーについて語らせてもらおうかな」

 ぴたりと箸を止め、東郷は訝しんだ表情で、神楽耶は驚いた表情でそれぞれ藤城に目を向ける。それらの視線を楽しそうに受け止めると、藤城は鬼道院にしたのと全く同じ話を二人にも話し出した。
 一通り聞き終えた二人は、最初程の驚きを顔に出さず、何事もなかったかのように再度麺をすすり始めた。トピックスこそ意外であったものの、それがあくまで藤城の憶測であると分かったことから、そこまで本気には考えなかったようである。
 そんな二人の様子に不満そうな藤城は、「お前なら秋華の行動をどう説明するんだよ」と東郷に絡みだした。

「秋華が食料を持って深夜、連絡通路に来た理由か。さて、よくわからないが、大した理由じゃないんじゃないか。もしそれが自身のスペルに関わる重要なことなら、今お前を殺してないはずがないからな」

 心底どうでもいいといった様子で、東郷は食事を続けながら答える。その態度に益々不満を募らせたのか、藤城はテーブルに手をついて体を前に乗り出した。

「てめえ俺の話聞いてたのか? 秋華の行動は十四人目の存在を示唆してるってんだよ。別にスペルがどうのなんて話してねえだろ」
「スペルが関与していないなら、俺たちプレイヤーに害のある行為じゃないってことだ。その時点で深く話すような内容じゃない。それから十四人目のプレイヤーとやらの存在を信じるのは構わないが、もし本当にそんな奴がいるとしたらなぜそいつは秋華以外に発見されていないんだ。まして夜中連絡通路を監視するお前のことだ。初日に館の中は隅々まで調べたんだろ。どうしてその時十四人目のプレイヤーを発見できなかった」
「それは……俺より先に秋華が十四人目と出会って、自分の部屋に匿ったとか……」
「だったらそいつは今も秋華の部屋にいることになるな。秋華が深夜、食料を持って連絡通路に行く必要なんて一切ない」

 そう言って東郷は盛大に麺をすする。
 完全に言い負かされた藤城は、口をパクパクと上下させた後、結局何も言わず椅子に座り直した。
 このまま彼を放置して話を進めると、またしても酒に付き合わされることになるかもしれない。鬼道院は最後の一口を胃に収めると、箸を容器の上にことりと置いた。

「東郷さん。あっさりと十四人目の可能性を否定しましたが、そこで思考停止するのは如何なものかと思いますよ」

 東郷も残り少なかったのか、カップを傾け中身を全て飲み干し、箸を容器の上に置く。

「俺はそうは思わないが。そもそも藤城一人が見たと証言しているだけの話だ。信憑性なんてゼロに等しいわけで、考えるだけ時間の無駄だろう。俺としてはそんなことより、教祖であるあんたがカップ麺なんて庶民しか食わないようなものを食べたことの方が気になるな。教祖だったら食べるものも厳選すべきなんじゃないか?」
「心洗道では食に対して面倒なルールをつけたりはしていません。暴飲暴食を控え、健康であることを心掛けさえすれば、何を食べるかはその人の自由です」
「カップ麺は決して、健康に良いものとは言えないと思うがな」

 そう憎まれ口を叩くと、東郷は深く椅子に腰かけた。そして数秒目を閉じた後、「これが事実であるとするなら……」と小さく呟く。だがすぐに首を横に振り、何やら頭に思い浮かんだ想像を排除したようだった。
 鬼道院は優し気な笑みを浮かべ、「流石は東郷さん。頭の回りがお早いですね」と褒め言葉を投げかける。東郷は眉間にしわを寄せながら称賛の言葉を受け取ると、「さて」と話を切り替えた。

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