キラースペルゲーム

天草一樹

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不動の二日目

連絡通路にて

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 気色の悪い笑い声を漏らす藤城を連れ、別館に向かうため連絡通路へ差し掛かる。本館と別館を行き来するために必ず通らなければならないこの場所は、障害物が一切なく襲撃するには絶好の場所。
 武器を作り出す(召喚する?)スペルが存在している以上、ここを通るときには常に細心の注意と緊張を強いられる。
 しかし自分の立場上、ここで怯えたり端によって歩くのはどうにも憚られる。鬼道院は教祖という肩書の面倒さに嘆息しつつも、静々と通路の真ん中を歩き始めた。

「そういえば藤城さん。聞きそびれていましたが、昨日、あなたはいつから温室に身を隠していたのですか? 架城さんが橋爪さんを論破して大広間から出ていったあと、数人はそのまま広間に残り、一井さんと野田さんの死体を霊安室まで運びました。その時にはすでに、藤城さんは温室にいたのでしょうか? それとももっと後。通路が封鎖される直前になってから温室に向かったのでしょうか」

 しきりに背後へ視線を送りながら藤城は言う。

「あーとな、ちゃんとした時間は覚えてないが、少なくとも教祖様たちが死体を霊安室に運んだ後に温室に行ったよ。俺が温室にいることは誰にもばれたくなかったんで、人の往来が完全になくなるタイミングを見計らってたからな」
「そうすると、誰が本館にいて誰が別館にいたのかは、どの程度把握できていたのでしょう?」

 少しばかり眉間にしわを寄せ、藤城は記憶を掘り起こす。

「温室に隠れた時点ではそこまで把握できてなかったんですけどね。夜通し通路を観察した結果として、確か佐久間だけが本館で一夜を過ごし、他は大体別館で過ごしてたってのが分かったかな。ああでも、死んだらしい橋爪ってバカと、ちょい地味きつめ女の――」
「架城奈々子さん」
「そう、そいつそいつ。その二人だけは一度も姿を見なかったから、どっちにいたのかは分かんなかったわ。まあ橋爪は自室で殺されてたらしいから別館にいたみたいだけどよ」
「成る程。では少なくとも、架城さんに関しては、別館でなく本館に残っていた可能性があるわけですか」

 積極的に他プレイヤーと関わりに行こうとは思っていなかったが、予想していたよりも多く接する機会があった。その中でいまだ会えていないのは秋華と架城の二人。
 藤城の証言から秋華は別館にいたようだが、既に何かしら行動を起こしている様子。一方の架城は橋爪を論破して以降、館を出歩くこともなくどこかに身を潜めているのだろうか。自己紹介時の様子からすると仲間を作るようなタイプには見えなかったが、流石に何も行動していないとは考えづらい。
 自室に戻る前に、一度彼女の部屋を訪ねてみようか。
 鬼道院はそんなことを考えつつ黙々と歩みを進める。と、急に藤城が「あ」と声を上げた。
 その声につられ視線を移動させるのと同時に、温室の扉が開き、秋華が姿を現した。あちらもすぐに鬼道院らの存在に気づいたようで、ぺこりと頭を下げてくる。
 鬼道院はゆっくり頭を下げ返すと、細い目を更に細め、笑顔で喋りかけた。

「秋華さんこんばんわ。本日はあまり御縁がなく、なかなか出会うことができませんでしたが、如何お過ごしだったでしょうか」
「どうも鬼道院さん、藤城さん。こんばんわです。本日は特にこれと言ってなく、平穏無事な時間を過ごしていたですよ」

 相も変わらず何を考えているのか全く悟らせてくれない茫洋とした瞳。今日はウサギではなくパンダのイラストが描かれた白シャツを着ている。
 見た目だけでも小学生に見えるのに、なぜ服装まで子供っぽいものを選ぶのか。この館に用意されていた衣類は自分たちが日ごろ着ていたものとほぼ同一の物。少なくとも普段着ないような服は一切用意されていなかった。そのことを考えると、彼女が今着ている服は日常的に使用していたものとなるわけだが、普段から自分を幼く見せるよう努めていたということだろうか。
 微かな疑問を抱きこそするも、それがこの場において何か大きく作用するとは思えない。鬼道院は意識を切り替え、ちょっとした揺さぶりをかけてみることにした。

「それにしても秋華さんは、今も一人で行動しているのですね。東郷さんと神楽耶さん。六道さんと姫宮さん。そして私と藤城さん。既にチームを組んでいるプレイヤーが大多数ですが、秋華さんはチームを組むご予定はないのでしょうか?」
「そうですね。今のところチームを組むことは考えていないです。チームを組んだプレイヤーが複数現れている現状、一人で行動していて危険性の少ないプレイヤーが襲われる確率は下がっているはずですから。もうしばらく皆さんが潰し合ってから、満を持してどこかのチームに入るつもりです」
「おや、そうでしたか。私としては、今この場で、秋華さんを仲間に誘おうかと考えていたのですが。今の話からすると、ここでお誘いしても仲間にはなっていただけないようですね」
「申し訳ないです。お二人が明日明後日と生き残っていたのなら、その時改めて誘ってほしいです」
「分かりました。では、秋華さんが明日明後日と生き残っていたのなら、その時に再度お誘いしたいと思います」
「はい。宜しくお願いするのです」

 ぺこりと頭を下げ、秋華は本館に向かって歩き始める。
 やはり対面して会話を行っても、他の人とは異なり全く動じた様子が見られない。茫洋とした瞳はこちらを見つめているようで、全くの別世界を見ているのではという気さえしてくる。
 鬼道院の後ろについている藤城は多少表情を硬くしただけで、彼女に何か問いかける様子はない。
 このまま彼女を本館に進ませてしまうことにどこか躊躇いを覚え、鬼道院は「そういえば」と秋華を呼び止めた。

「今日の午前二時ごろ。秋華さんは食料を持ってこの連絡通路へ来たそうですね。その時こちらにいる藤城さんと目があったとか。よければ何をしようとしていたのか教えていただけませんか」
「ちょ、おい、教祖様――」

 藤城がどこか慌てた様子で鬼道院に声をかける。だが鬼道院はそれを無視して、じっと秋華の動きに注意を払った。
 問いかけを無視することなくその場でくるりと振り返った秋華は、「非常食を隠しに行こうとしていたのです」と答えた。

「キラースペルによってどんなことが起きるかは予測不可能です。中には扉を固定して出入り不能にするようなスペルもあるかもしれないのです。万が一そうしたスペルで閉じ込められた際、餓死しないで済むよう最低限の食力を各部屋に隠しておこうと思ったのです。それであの時間にこっそりと食料を運んでいたのです」
「ところが藤城さんに見つかったから、隠すのを断念して部屋に戻った、ということですね。……成る程、理解しました。呼び止めてしまい申し訳ありません。もう先に進まれて構いませんよ」
「では、失礼するのです」

 再度ぺこりと頭を下げ、秋華は今度こそ真っすぐに本館へと向かっていく。
 後ろを振り返ることもなく、堂々と通路中央を歩いていく秋華。彼女の後姿をしばらく眺めた後、鬼道院はぎゅっと数珠を握りしめ、自身も別館に向けて歩みを再開した。
 
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