キラースペルゲーム

天草一樹

文字の大きさ
39 / 98
正義躍動する三日目

悪夢で始まる三日目

しおりを挟む
 泣き腫らし、真っ赤に染まった目じり。髪は何日も風呂に入っていないかの如くぼさぼさで、ストレスからか顔のあちこちにニキビができている。そんな姿からも分かる通り、その男は今にも自殺してしまいそうな、絶望と、恐怖と、困惑と、そして自分自身への失望を抱え込んでいた。
 周りの景色は全てぼんやりとしている中、その男の顔だけが視界にはっきりと映り込んでくる。

 ――ああ、これは夢だな。

 明はすぐさまそのことに気づき、改めて目の前(夢の中)の男を見つめた。
 人によって友人の定義は違うから、一般人が平均してどれだけの友人を持っているのか測定はできないだろう。しかし、例えば学校、会社、ジム、ネットなど、日々を生活していくうえで特に多くの時間を共有していた相手となれば、家族を除けばせいぜい一人か二人くらいのものではないだろうか。
 まあそんなことはどうでもいい。とにかく目の前にいるこの男は、明にとってただの友人とは違う、最も多くの時間を共有していた相手だった。
 高校時代。陰気で無口で、人と関わることを避けていた明に対しても分け隔てなく話しかけてきたクラスの人気者。両親ともに弁護士で、家族の団欒時間こそ少ないものの非常に裕福で満ち足りた家庭。親の血を色濃く受け継いだのか、彼自身も正義感が強く聡明であった。
 そんな明とは住む世界の違う人間と、どうして仲良くなったのか。他にもっと将来性があり、一緒にいて楽しい人間はたくさんいたはずなのに。
 その答えは今も、いや、これからも一生分からないままだろう。単に明のことを見下して優越感に浸っていたとか、彼も本当は孤独で、明にどこかシンパシーを感じていたからとか。理由はいくらでも考えられるが、所詮は勝手な妄想に過ぎない。

 それにしても、今目の前にある彼の顔は、夢だと分かっていても明の心をざわつかせた。あれ程輝き、自身の未来に一点の曇りもないが如く笑顔でいたあいつの、悲壮すぎる表情。
 弁護士をやっていた父親が強制性交等罪により逮捕され、母親もその影響を受けてか絶対に負けてはいけない、負けるはずのない裁判で敗訴し、そいつの家は一瞬にして崩壊した。
 犯罪者の――それも強姦魔の息子というレッテルは、周囲の態度を一転させるに十分すぎるもの。当時のクラスにはそいつと張り合うリーダーがもう一人おり、この事件を機に完全に潰してしまおうとイジメが起きるよう執拗にクラスのみんなを扇動した。結果、そいつは不登校になり、二度と学校に復帰することは無かった。
 ただ、彼が不登校になってから一週間がたったころ。突然そいつは明の家にやってきた。その時の表情が、今視界に映っている男の顔だ。
 確か生きていくことがもう辛い。だから自殺したい。でも自殺をする踏ん切りもつかない。そんなことを相談された気がする。

 ――そこで俺は……

 と、景色が変わり、今度はより凄惨な場面へと移り変わった。
 今度は、先ほどとは違い、実際に見たことはない光景だ。
 だが、直接見たことこそないものの、記憶のどこかで知っている、想像したことのある光景。
 ナイフを右手に持った全身血まみれの男が、虚ろな目で高笑いを上げている。周りには血まみれの死体が四つ転がっており、男の左手にある白いスマホも、赤と白のまだら模様になっていた。
 見たことはない。見たことはないけれど、これがいつの出来事でどこの場面かははっきりわかる。人生に絶望したそいつが俺に相談しに来た次の日のこと。親が捕まり傷心の身であったそいつを助けるでなく、逆にいじめの対象として追い出したクラスリーダーと、その家族を皆殺しにした場面だ。
 俺はその時その場にいなかったから、具体的にどんな状況だったのかは知らない。あくまでニュースで流れていた話を、聞くともなく聞いただけ。
 にも関わらずここまではっきりと現場をイメージできるのは、彼が皆殺しを行った後、俺に電話をかけてきたからだ。

『はははははは。明が言った通り、自殺する前に復讐を果たしたよ。今はとてもすがすがしい気持ちだ。ははは。あの日自殺せず、明に相談して本当によかった。でもさ、とてもすがすがしい気持ちのはずなのに、なんだか胸にぽっかりと穴が開いたような、虚しさもあるんだよ。は、はは。明。俺のやったことって、本当に正しかったのかな?』

 俺がその質問に答える前に、電話は切られた。
 勿論そいつがやったことに正しさなんて全くなかったわけで、仮に電話が切られなかったとして俺に何が言えたのかは分からない。ただあの日。相談された際に復讐を勧めた立場としては、何か一言答えてやるべきだったのかもしれない。
 幸福な人生から、下に下にと落ち続け、俺と同じ場所までやってきてくれた彼に。俺はこれ以上ない幸せを感じていたのだから。人を殺したことで、いよいよ俺よりも奈落に近い存在になった彼を知り、俺は生まれて初めて幸福を感じていたのだから。感謝の言葉の一つくらい、かけてやるべきだったはずなのに。
 だが、彼が俺に与えた物は、その初めての幸福以上に、もっと、ずっと、俺を強く縛る鎖であって――




 肩を小刻みに揺さぶられ、意識が浮上してくるのを感じる。
 明が悪夢から目を覚ますと、目の前には心配そうな神楽耶の顔があった。

「東郷さん、大丈夫ですか? 何やらうなされてるみたいでしたけど。まあそんな体勢じゃ気持ちよく眠るのは難しいですよね。背中、痛くないですか?」

 優しげに背中をなでる神楽耶の手が気持ちよく、つい無言でされるがままになる。
 二人の信頼関係を保つためには神楽耶が一人で誰かと接触するという事態だけは避けなければならない。そのため明は、ここ二日間、玄関の扉に背中を預けた格好で眠っていた。
 元より神楽耶に明を裏切るという考えはないようで、それは無用の行いにも思えたが、どうしても今一つ人を信じ切ることができない自分がいる。
 明は手でもう十分だというアピールをしてから、寝起きの体をゆっくりと立ち上がらせる。
 何やら思い出すのも辛い、最悪な夢を見ていた気がする。だがそんなことを神楽耶に知らせる必要性は特にないだろう。明は小さく首を横に振ると、「もう大丈夫だ。気にするな」と声を出した。

「そうですか? まだキラースペルゲームが始まってから三日目です。場合によってはあと四、五日続くかもしれないですし、あまり無理はなさらないでくださいね。私が勝手に部屋の外に出ることが心配なら、私のことをロープなどで拘束して動けなくしてもいいですから。東郷さんが疲れて戦えなくなっては、私も困りますし」

 気遣わしげな表情で、神楽耶はそう提案してくれる。だが仮に神楽耶をベッドに縛り付け動けなくしたところで、明が安心して眠れることはないだろう。自分が寝ている間に何が起こるか分からない以上、できることはしておかないと気が休まりはしない。
 再び首を横に振ると、明は「大丈夫だ」と繰り返した。

「そんなことより、昨日言っていた通り三人チームが出来上がっているかもしれない。そこに即死系スペル持ちが二人はいないことが、今俺たちが生きていることから明らかではあるが……勿論油断はできない。今日はまた誰かの死体を見る可能性が高いと思うから、そこだけは覚悟しておいてくれ」
「はい。東郷さんの足手まといにならないよう、私も最善を尽くしたいと思います」

 しっかりと明に視線を合わせ、神楽耶は神妙に頷く。
 お互いに今日を戦い抜くための意思確認ができた所で、明は軽く支度をするために洗面所へと向かう――と、突然力強く、玄関扉を叩く音が聞こえてきた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...