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雷鳴轟く四日目
死体が二つ
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「な、なんでしょうか、今の悲鳴……。声は、佐久間さんのもの?」
別館からかなり離れた温室にまで届く悲鳴に、神楽耶はびくりと肩を震わせながら呟く。
明はドアノブから手を放すと、別館へ視線を向けた。
「おそらく佐久間の声で間違いないだろうな。女の悲鳴には聞こえなかったし、あの教祖様がこんな悲鳴を上げるとも思えない。まあ、実際に行ってみればわかるだろう」
布巾をたたんでポケットの中に入れ、悲鳴の主を探しに歩き出す。
神楽耶も大きく深呼吸をして震えを止めてから、明の後を追って歩き出した。
悲鳴は先の一度だけで、二人が別館に辿り着くまでの間さらなる叫び声が聞こえてくることはなかった。
別館に入ってすぐ明は左右に目をやったが、悲鳴を上げたと思われる人物も、悲鳴の原因となりそうなものも見当たらなかった。
二人はどんな事態にも即座に対応できるよう五感を研ぎ澄ませながら、ゆっくりと時計周りに別館を歩き出す。
部屋を二つ、三つと通り過ぎるが、変わったものは何も見えてこない。しかし四つ目の部屋を過ぎた所で、何やらすすり泣くような音が聞こえてきた。
一層警戒を強めるよう手で合図をしてから、明は音のする方へと進んでいく。
一歩。また一歩と近づくたびに音は大きくなっていく。それに伴い、つい最近も嗅いだことのある、嫌なにおいが鼻を突き始めた。
この先に待っているだろうモノに予想がつき、吐き気がこみ上げてきそうになる。それを必死に押し留めながら、さらに歩みを進めていくと、ついに悲鳴の主、およびその原因が視界に映された。
血が全身を覆い、赤く染まっていないところが見当たらない二つの物体。そしてそのすぐ近くで、膝をついて嗚咽をもらす佐久間の姿。
明はとっさに神楽耶の視界を塞ごうと動くも、彼女の目は既に凄惨な現場を捉えてしまっていた。
犯人がやったのか、血まみれの物体の下にはそれらがもともと身に着けていたと思われる衣服が敷かれ、流れ出た血は絨毯に吸われずせき止められている。
そのため、血の匂いは一向に薄れる気配を見せず、強烈な刺激を鼻――いや、脳に与え続けてきた。
神楽耶はこの光景に耐え切れなかったようで、壁際に座り込むとそこで胃の中のものを吐き出した。
ここはそっとしておいた方がいいと明は感じ、神楽耶に寄り添うことはせず二つの血塗られた物体――秋華と姫宮の死体へと視線をやった。
二人とも衣服を全て脱がされ、俯せの状態で転がされている。本来なら健康的な肌色をしているはずの彼女たちの体は、つま先から顔、さらには髪に至るまで徹底的に赤く染められていた。
大広間の時とは違い、赤いのはケチャップなどではなく正真正銘彼女らの血液。流石の明も、口にすっぱいものがこみ上げてくるほどの、グロテスクで異常な光景。
彼女らを見続けることに耐え切れなくなり、明は嗚咽を漏らしている佐久間へと視線を移した。
「おい。さっきの悲鳴はお前のものだろ。この惨状は一体なんだ。お前が来た時に何が起こっていた」
目と鼻、口から涙を流している佐久間は、腕でそれらをぬぐうと、喘ぎながら言った。
「わ、私にも何が何だかさっぱり分かりません……。私が来た時には、二人は既にこの姿に……」
「こいつらを襲った奴の姿は見ていないってことだな」
「はい……。ああ、やはり皆で仲良く助かろうなどと言うのは、絵空事でしかなかったのですね……。あの演説を聞いてなお、まだ殺しを続けるものがいるなんて……」
明を見つめる視線は虚ろで、口を閉じた途端、再び目と鼻から涙が流れ始める。
これ以上問いかけようとも、今の佐久間ではまともな答えを返してくれないだろうと考え、明は再度死体へと目を向けた。
佐久間が何も見ていない以上、二人を殺した者を特定するためには自ら動いて調べてみるしかない。彼女たちを殺したのはスペルによる力であっても、血による装飾がスペルの効果だとは思えない。ゆえに、彼女たちの体を調べれば、犯人を示す何かが見つかる可能性があった。
死体から目を逸らすことはできないが、せめて匂いだけでも遮断しようと息を止めて近づく。
まずは秋華の死体。
小学生と見まがうばかりの小さな背中には、無数の刺し傷が残されていた。二つ、三つ程度ではなく、二十、三十を超えるであろう背中全体に広がる刺し傷。中には彼女の薄い体を貫通して、絨毯に届いているほどの深い傷も存在していた。
明は眉間に強く力を入れ、抜けそうになる力を何とか保つ。
続いて腕を見てみるが、こちらは赤く血塗られているだけで、刺し傷や打撲の跡などは見られなかった。そのまま顔、首にも視線を向ける。死に瀕してなお、彼女の表情筋は動かなかったらしい。生前と変わらぬのっぺりとした無表情が張り付いたままだった。また、背中を刺される前に頭を殴られていたらしく、頭部には殴られた跡があった。
最後に彼女の下半身へと視線を動かす。死者とはいえ、相手は女性。あまり注視するのは良くないと考え、そちらは軽く見まわすだけでやめようかと考える。しかし、ある物を発見し、明の視線は固まることになった。
一通り秋華の死体を調べ終えた後、今度は姫宮の死体も調べる。基本的には秋華と全く一緒の状態。ただ秋華とは違い、姫宮は抵抗した(できた?)ようだ。腕や足に殴られ、押さえつけられたと思われるあざが残っており、逆に頭部には殴られた痕は存在しなかった。
それから気になるところがもう一点。姫宮は右腕を伸ばした姿で死んでおり、その爪の先が割れ、装飾されたのとは別に出血が見られた。また爪が割れた時に付いたと思われる血が、彼女が腕を伸ばしていた先――ほの暗い水の底で、異形の怪物に足を掴まれ溺れている女性の絵――の真下の壁に付いていた。
彼女の傷跡から抵抗(逃げようと)したことは明らか。しかしそれならなぜ、腕は絵の方に伸びていたのか……。
調べたことから何が言えるのか。明が思考を巡らせていると、いつの間にか立ちあがっていた神楽耶が、暗く淀んだ目と共に声をかけてきた。
「東郷さん。二人の死体を調べて、何か分かったことはありますか」
今までの神楽耶とは明らかに違う、人を殺すことすら躊躇しそうにない荒んだ目。明は軽い悪寒を覚えながらも、淡々と事実を述べた。
「二人とも、死因は背中を何度も刺されたことによる失血死の様だ。二人の傷の具合からするに、犯人は最初に秋華の頭を殴って気絶させ、そのあと逃げようとした姫宮を押さえつけ、刺して殺したように見える。一井同様、何か武器を作るスペルの持ち主による犯行だろう。それから、二人が裸にされていたことから予想はついていただろうが、二人とも犯人に犯された跡が残っていた。正確に言えば、二人の膣から精子が垂れていた」
相手がいつもの神楽耶であったなら言葉を濁した場面だが、今の神楽耶には下手なごまかしは逆効果だろうと思い、見た物を直接伝える。
予想通り神楽耶はそのことを察していたらしく、驚いた様子も見せず静かに頷く。そして何かを質問しようと口を開いて――
「おや、これは……。やはり平和的には終われないようですね」
どこかで佐久間の悲鳴を聞いていたのか。いつの間にか現場に来ていた鬼道院が、目を細めてそう呟く。
そんな鬼道院に対し、神楽耶は氷河のように冷たい視線を投げかけた。
別館からかなり離れた温室にまで届く悲鳴に、神楽耶はびくりと肩を震わせながら呟く。
明はドアノブから手を放すと、別館へ視線を向けた。
「おそらく佐久間の声で間違いないだろうな。女の悲鳴には聞こえなかったし、あの教祖様がこんな悲鳴を上げるとも思えない。まあ、実際に行ってみればわかるだろう」
布巾をたたんでポケットの中に入れ、悲鳴の主を探しに歩き出す。
神楽耶も大きく深呼吸をして震えを止めてから、明の後を追って歩き出した。
悲鳴は先の一度だけで、二人が別館に辿り着くまでの間さらなる叫び声が聞こえてくることはなかった。
別館に入ってすぐ明は左右に目をやったが、悲鳴を上げたと思われる人物も、悲鳴の原因となりそうなものも見当たらなかった。
二人はどんな事態にも即座に対応できるよう五感を研ぎ澄ませながら、ゆっくりと時計周りに別館を歩き出す。
部屋を二つ、三つと通り過ぎるが、変わったものは何も見えてこない。しかし四つ目の部屋を過ぎた所で、何やらすすり泣くような音が聞こえてきた。
一層警戒を強めるよう手で合図をしてから、明は音のする方へと進んでいく。
一歩。また一歩と近づくたびに音は大きくなっていく。それに伴い、つい最近も嗅いだことのある、嫌なにおいが鼻を突き始めた。
この先に待っているだろうモノに予想がつき、吐き気がこみ上げてきそうになる。それを必死に押し留めながら、さらに歩みを進めていくと、ついに悲鳴の主、およびその原因が視界に映された。
血が全身を覆い、赤く染まっていないところが見当たらない二つの物体。そしてそのすぐ近くで、膝をついて嗚咽をもらす佐久間の姿。
明はとっさに神楽耶の視界を塞ごうと動くも、彼女の目は既に凄惨な現場を捉えてしまっていた。
犯人がやったのか、血まみれの物体の下にはそれらがもともと身に着けていたと思われる衣服が敷かれ、流れ出た血は絨毯に吸われずせき止められている。
そのため、血の匂いは一向に薄れる気配を見せず、強烈な刺激を鼻――いや、脳に与え続けてきた。
神楽耶はこの光景に耐え切れなかったようで、壁際に座り込むとそこで胃の中のものを吐き出した。
ここはそっとしておいた方がいいと明は感じ、神楽耶に寄り添うことはせず二つの血塗られた物体――秋華と姫宮の死体へと視線をやった。
二人とも衣服を全て脱がされ、俯せの状態で転がされている。本来なら健康的な肌色をしているはずの彼女たちの体は、つま先から顔、さらには髪に至るまで徹底的に赤く染められていた。
大広間の時とは違い、赤いのはケチャップなどではなく正真正銘彼女らの血液。流石の明も、口にすっぱいものがこみ上げてくるほどの、グロテスクで異常な光景。
彼女らを見続けることに耐え切れなくなり、明は嗚咽を漏らしている佐久間へと視線を移した。
「おい。さっきの悲鳴はお前のものだろ。この惨状は一体なんだ。お前が来た時に何が起こっていた」
目と鼻、口から涙を流している佐久間は、腕でそれらをぬぐうと、喘ぎながら言った。
「わ、私にも何が何だかさっぱり分かりません……。私が来た時には、二人は既にこの姿に……」
「こいつらを襲った奴の姿は見ていないってことだな」
「はい……。ああ、やはり皆で仲良く助かろうなどと言うのは、絵空事でしかなかったのですね……。あの演説を聞いてなお、まだ殺しを続けるものがいるなんて……」
明を見つめる視線は虚ろで、口を閉じた途端、再び目と鼻から涙が流れ始める。
これ以上問いかけようとも、今の佐久間ではまともな答えを返してくれないだろうと考え、明は再度死体へと目を向けた。
佐久間が何も見ていない以上、二人を殺した者を特定するためには自ら動いて調べてみるしかない。彼女たちを殺したのはスペルによる力であっても、血による装飾がスペルの効果だとは思えない。ゆえに、彼女たちの体を調べれば、犯人を示す何かが見つかる可能性があった。
死体から目を逸らすことはできないが、せめて匂いだけでも遮断しようと息を止めて近づく。
まずは秋華の死体。
小学生と見まがうばかりの小さな背中には、無数の刺し傷が残されていた。二つ、三つ程度ではなく、二十、三十を超えるであろう背中全体に広がる刺し傷。中には彼女の薄い体を貫通して、絨毯に届いているほどの深い傷も存在していた。
明は眉間に強く力を入れ、抜けそうになる力を何とか保つ。
続いて腕を見てみるが、こちらは赤く血塗られているだけで、刺し傷や打撲の跡などは見られなかった。そのまま顔、首にも視線を向ける。死に瀕してなお、彼女の表情筋は動かなかったらしい。生前と変わらぬのっぺりとした無表情が張り付いたままだった。また、背中を刺される前に頭を殴られていたらしく、頭部には殴られた跡があった。
最後に彼女の下半身へと視線を動かす。死者とはいえ、相手は女性。あまり注視するのは良くないと考え、そちらは軽く見まわすだけでやめようかと考える。しかし、ある物を発見し、明の視線は固まることになった。
一通り秋華の死体を調べ終えた後、今度は姫宮の死体も調べる。基本的には秋華と全く一緒の状態。ただ秋華とは違い、姫宮は抵抗した(できた?)ようだ。腕や足に殴られ、押さえつけられたと思われるあざが残っており、逆に頭部には殴られた痕は存在しなかった。
それから気になるところがもう一点。姫宮は右腕を伸ばした姿で死んでおり、その爪の先が割れ、装飾されたのとは別に出血が見られた。また爪が割れた時に付いたと思われる血が、彼女が腕を伸ばしていた先――ほの暗い水の底で、異形の怪物に足を掴まれ溺れている女性の絵――の真下の壁に付いていた。
彼女の傷跡から抵抗(逃げようと)したことは明らか。しかしそれならなぜ、腕は絵の方に伸びていたのか……。
調べたことから何が言えるのか。明が思考を巡らせていると、いつの間にか立ちあがっていた神楽耶が、暗く淀んだ目と共に声をかけてきた。
「東郷さん。二人の死体を調べて、何か分かったことはありますか」
今までの神楽耶とは明らかに違う、人を殺すことすら躊躇しそうにない荒んだ目。明は軽い悪寒を覚えながらも、淡々と事実を述べた。
「二人とも、死因は背中を何度も刺されたことによる失血死の様だ。二人の傷の具合からするに、犯人は最初に秋華の頭を殴って気絶させ、そのあと逃げようとした姫宮を押さえつけ、刺して殺したように見える。一井同様、何か武器を作るスペルの持ち主による犯行だろう。それから、二人が裸にされていたことから予想はついていただろうが、二人とも犯人に犯された跡が残っていた。正確に言えば、二人の膣から精子が垂れていた」
相手がいつもの神楽耶であったなら言葉を濁した場面だが、今の神楽耶には下手なごまかしは逆効果だろうと思い、見た物を直接伝える。
予想通り神楽耶はそのことを察していたらしく、驚いた様子も見せず静かに頷く。そして何かを質問しようと口を開いて――
「おや、これは……。やはり平和的には終われないようですね」
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