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終わりと始まり
捧げたもの
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既に自身に抵抗する気力がないことを見抜かれたのか、口を塞ぐ手が微かに緩くなる。そうして僅かに声を出せるようになった喜多嶋は、唇をわなつかせて呟いた。
「そ、そんな馬鹿な……。なぜ生きている……。間違いなく眉間を撃ち抜かれて死んだはずなのに……」
「ああ、眉間を撃ち抜かれたのは事実だな。だがそれで死んだというのは間違いだ。俺は今、『自殺宣告』のスペルでイメージした死に方以外できなくなっているからな」
東郷は思い出したように額の血をぬぐうと、穴の開いていない綺麗な肌を見せつけた。
穴の開いていない額。考え動き話す体。
それを目の前にしてなお、喜多嶋は現状を理解しきれず、「あり得ない……」と声を漏らした。
「スペルの力による不死化……それは今までも検証されてきたが、一度だって成功したことなんてないぞ……。大体『自殺宣告』のスペルでお前は鬼道院を殺したはずだろう。一体何が起こって……」
強く瞬きを繰り返し、必死に悪夢から目覚めようとする。だがそんな喜多嶋の耳に、追い打ちをかける声が響いた。
「騙してしまい申し訳ありません。その件ですが、あれは私が自殺しただけのことなのです。ですから東郷さんのスペルが私の死因ではありません」
「き、鬼道院……」
自身の首元にナイフを当てている人物が誰なのか、薄々気づいてはいた。だが、その男が眉間に穴を開け死んでいたのは、ついさっきこの目で確かめたばかりである。
本当に、一体何が起こっているというのか。
もはや思考を働かせる気力すら湧かなくなってくる。しかし生への執着からか、持ち前のよく回る舌は自然と疑問を投げかけていた。
「キ、キキキキキ。鬼道院……様も、自殺宣告を使って不死になられたと? 東郷……様のそんな戯言を本気で信じ、自殺を行ったのですか?」
数拍の間をあけてから、鬼道院は否定の言葉を囁く。
「いいえ。私も東郷さんの策に関しましては、成功する自信がなかったものですから。それとは別の方法を取らせていただきました」
「別の、方法?」
これまで一度も成功しなかった不死化する方法を、彼らは二つも考えたというのか。
あり得ないという言葉を吐くことすら煩わしくなり、ただぼんやりと鬼道院の言葉を待つ。すると鬼道院は、ある意味東郷以上に理解し難いことを口にした。
「はい。私は『屍体操作』と『記憶改竄』の二つを使用しました。銃で撃たれる前にこの二つのスペルをあらかじめ唱え、死体になると同時に発動するよう仕掛けておいたのです。説明すると些かややこしいのですが、まず『記憶改竄』で死体となった私の体に私の記憶を植え付け、さらに『屍体操作』で私の記憶が私の死体を自由に動かせるようにしました――と、この説明で伝わりますでしょうか?」
「………………言っている意味は、分かります。『記憶改竄』のスペルを使えば死体が動くようになるのは知られていました。それに『屍体操作』を用いた際、死体の操作権を別の者に渡すことができるのも調べ済みでしたから。……しかし、それらを組み合わせて動き話しているということは――」
「ええ。東郷さんとは違い、本来の私は既に死んでいるということですね」
「!!!!」
自身が死んだことをまるで気にしていない鬼道院の発言に、喜多嶋はただただ絶句する。
生き残る道はあったにも関わらず、運営に一矢報いたいがためだけに自らを殺し、ゾンビとして蘇る。仮に復讐を決意したとしても、果たして誰がこんな方法をとれるというのか。
ゾンビとなって尚も残り続ける超越的な雰囲気。彼は本当に、神から遣わされた先導者であったのではないかと思えてきた。
すると、鬼道院の行いを完全に理解していたわけではない東郷が、やや呆れた声で口を挟んだ。
「その二つのスペルを使うと聞いた時点から予想はついていたが、まさか本当に実行するとはな。一度死んだ上で蘇る。常人ならまず考えもしない方法だ。死ぬことを許容できるなんて、流石教祖様ってところだな」
「別にそんな格好の良いものではありませんよ。ただ、佐久間さんが仰っていたじゃないですか。このゲームを無事に終えても、そして逃げても、平穏な生活が返ってくる保証はないと。ですから、まあ死んでもいいかなと思っただけのことです」
「最後の結論が飛躍し過ぎだと思うがな。普通それで死んでもいいかとはならないだろ。教祖様はいい加減自分が特殊であることを理解した方がいいんじゃないか?」
「それを東郷さんに言われるのは心外ですね。あなたの行った方法は私よりも十分異常なものでありますのに」
「いや、それはないだろ。俺のスペルは別に死ぬことを許容しているわけではないからな。お前ほどやばくない」
「死ぬことを許容するよりも、生きることに制限をかける方が異常かと思いますが。特にあなたが捨てたものは、ほとんど人が生きる理由そのものですから」
世間話をするように異常な会話を繰り広げていく二人。喜多嶋は自身が異世界に迷い込んだような気分を味わっていた。
一向に回復の兆しを見せない頭脳。しかしまたしても喜多嶋の舌は勝手に動き、二人の会話を遮った。
「キ、キキ。お二方の御歓談中に申し訳ありませんが、まだ納得いかないことがございます。鬼道院様は自身に『屍体操作』を唱えたと仰いましたが、それでは東郷様を殺した腕は一体何だったのでしょうか? あんなことをスペルなしで起こせるとは思えないのですが。それから鬼道院様が今動いている件に関してはまだ納得できるのですが、やはり東郷様が生きていることには理解が及びません。ただ『自殺宣告』を自分に唱えても、それで不死になどなれるはずないのですが……」
冷や汗からピエロの化粧が少しずつ落ち、その下から疲れきった男の顔が徐々に露わになっていく。
どこかつまらなそうにそんな喜多嶋を眺めた後、東郷は床に落ちていた腕と銃を拾い上げ、言った。
「ずっと監視カメラで俺たちの動きを見ていたお前らなら、鬼道院が一井の死体の腕を切り取って修道服に隠し持っていたのは周知だろ。そして俺が『屍体操作』のスペルを使えるのだって知らないわけがない。となれば、あの茶番がどんな仕掛けだったかは馬鹿でもわかるはずだ」
回らぬ頭を無理に働かせ、喜多嶋は一つの答えを導き出す。
「……つまり、あの腕は東郷様が操り、自身に向けて発砲したわけですか。要するに、お互い唱えたのとは逆のスペルを用いて、それぞれ自殺を行っていたと……」
「そういうことだ。で、俺が不死になった方法だが、少しばかりスペルが強化されるようなイメージを抱いただけだ」
「スペルを強化するイメージ? ああもしかして、六道相手に語っていた話ですか。自身の何かを失うイメージをすることで、スペルを強化することができるのではという。まさか本当にそんなことが起こせたのですか? しかし、見た所東郷様の体が不自由になっているとは思えませんし、一体何を捧げたのでしょう? 寿命でも捧げましたか?」
手で銃を弄びながら、東郷は無感情に首を振る。
「寿命なんて大層なものは捧げていない。これから復讐を始めるにあたって、時間はいくらあっても足りないぐらいだろうからな」
「では、一体何を? そもそも不死になれるほど価値のある物を、われわれ人間は持っていたでしょうか?」
「さてな。結果として俺はちょっとやそっとじゃ死なない体になれたわけだが、実際そこまで価値のある物だったのか、俺自身疑わしくはある」
あまりにも淡々と語る東郷を見て、喜多嶋はますます彼が失った物に見当がつかなくなる。すると、どこか苦笑を交えた声で、鬼道院が会話に参加してきた。
「私としては、そんなことを平然と言える東郷さんをさっぱり理解できませんよ。あなたが捧げたものは、本来死ぬより辛いことでしょうから。ねえ、喜多嶋さん。聞いて驚かないでくださいね」
鬼道院は内緒話でもするように喜多嶋の耳元に口を近づけ、穏やかに囁いた。
「東郷さんが捧げたものは、一言で云えば『幸福な未来』。彼は次に幸せだと思った瞬間、スペルが発動して自殺するようイメージしたのだそうです」
「幸福だと感じた瞬間に、自殺する……」
鬼道院の言葉を復唱し、改めてその意味を咀嚼する。そしてそれを理解すると同時に、「馬鹿な」と声を漏らした。
「幸せだと感じたら死ぬ? そんなの、生きている意味を失ったのと同じでしょう……。二度と幸せを得られないというなら、そもそも何のために復讐をするというのか……」
その受け入れ難い答えに頭が追い付かず、喜多嶋は茫洋とした目を東郷に向ける。
しかし東郷はその言葉こそまるで理解できないと言った様子で、怪訝な表情を浮かべてきた。
「鬼道院にしろお前にしろ、いくら何でも大げさ過ぎないか? 幸福な生活を送っている人間なんて世界中を見渡せばそうはいないだろ。毎日が地獄で幸せを感じられずにいる人間や、ただ惰性で生きているだけの奴も大勢いる。実際俺は生まれてこの方幸せだと感じたのは一回だけだしな。二十一年生きて一度だから、仮に百歳まで生きるとしてもあと四回程度しか幸せは訪れない。その四回を捨てるだけで不死になれるんだ。むしろ安すぎるくらいの話じゃないか?」
あまりの発言に呆然とする喜多嶋。その背後から、「フフフ」と微かな笑い声が聞こえてくる。
「東郷さん。いくら何でもその計算は間違ってますよ。二十一年間生きてきて幸せが一度しかなかったとしても、今後も幸せの頻度がそんなに低いとは限りません。例えば神楽耶さんと付き合うことができれば、幸せなんていくらでも訪れるのではないでしょうか」
「どうだろうな。人を好きになったことが初めてだからそれもなんとも言えないな。というより、この感情が恋なのかどうかもわからない。あいつを見ていると心に謎のざわめきが生じるのは事実だが、別に幸福だと感じるわけではないしな」
「それは難しい問題ですね。実は私も恋をしたことがないので、あまりうまいアドバイスはできませんし。まあ今回の場合、東郷さんが幸福をどう定義しているのかによりそうですが――あまり突き詰めて、すでに幸福であると自覚し、死なれても困りますからね」
「どんなに議論しようとも、今が幸福だという結論には至らないと思うがな。正直今後のことを考えると、気が重くなって吐きそうなくらいだ」
「東郷さんも人並みには緊張するようで、少し安心します。秋華さんほどではありませんが、ほとんど表情が変わらないので、恐怖心や戸惑いを感じる心がないのかと思っていましたから」
「それこそ教祖様にだけは言われたくない言葉だがな。館が火に包まれる中でも、焦った表情一つ見せず冷静でいられるなんて、俺には到底真似できない話だ。と、無駄話が過ぎたな。そろそろ計画を進めるか」
唐突に、あっさりと会話を打ちきり、東郷はゆっくりと喜多嶋に近づいてきた。
この話の流れから、まさか解放されるわけもない。
これから自分はどうなるのか。殺されるのか。それとも拷問されて運営の情報を搾り取られるのか。いずれにしろ、ろくな未来は見えてこない。
ようやく死の恐怖をリアルに抱き、思考力が回復する。それと同時に悠長に疑問を投げかけている場合でないと気づき、喜多嶋は必死の説得を試みた。
「お、お二人とも落ち着いてください。ここで私を殺しても何の意味もありませんよ。そもそもあの四大財閥に復讐するなんてできるはずがないではありませんか。それより、もうゲームは終わったのです。特例とはなりますが、運営の裏をかいて生き残ったお二方には、私に出来得る限りの厚遇をご用意しましょう。今の私の権限があればお二人が望むものを何でもご用意できると思いますし、それに――」
「黙れ」
眉間に銃を突き付けられ、強制的に話すことを禁じられる。
口をパクパクと開け閉めして、喜多嶋は声にならない声を漏らす。
大量の汗からすっかり流れ落ちてしまったピエロの化粧。その下から現れた素顔を見て、東郷は少しだけ眉を顰める。
だが結局そのことには触れず、代わりに最後の慈悲を与えた。
「さて、これからお前は死ぬことになる。だが、せっかくだからあと一つくらいは質問に答えよう。実質辞世の句となる言葉だ。じっくりと考えろ」
「し、死ぬ……」
駆け巡る走馬燈。たった数分前までは栄光に満ちていた世界が、一瞬にして地獄へと変貌した。
何がいけなかったのか。どこでミスをしたのか。この悲劇を変える手立てはなかったのか。
数多の記憶が脳内を駆け抜け、一つ、自身が軽んじてしまったある言葉を思い出した。そしてその人物の発言を思い起こしてみると、こうなることをとっくに予測していたのだと、今更ながら気づかされた。
喜多嶋は、如月の言葉を思い出しながら、辞世の句を詠んだ。
「もしかして、不死の力は、初日から――」
辞世の句を聞き、東郷は不敵な笑みを浮かべ首肯する。
「当たりだ。正直、モニターで見ていた奴の一人ぐらいは気づいているかと恐れてたんだがな。橋爪の銃弾が、俺の眉間を貫いていたことを。さて」
東郷は目を閉じて、自身のイメージにミスがないことを確認する。それからゆっくりと瞼を開き、真にゲームの終わりを告げるスペルを口にした。
「『記憶改竄』」
「そ、そんな馬鹿な……。なぜ生きている……。間違いなく眉間を撃ち抜かれて死んだはずなのに……」
「ああ、眉間を撃ち抜かれたのは事実だな。だがそれで死んだというのは間違いだ。俺は今、『自殺宣告』のスペルでイメージした死に方以外できなくなっているからな」
東郷は思い出したように額の血をぬぐうと、穴の開いていない綺麗な肌を見せつけた。
穴の開いていない額。考え動き話す体。
それを目の前にしてなお、喜多嶋は現状を理解しきれず、「あり得ない……」と声を漏らした。
「スペルの力による不死化……それは今までも検証されてきたが、一度だって成功したことなんてないぞ……。大体『自殺宣告』のスペルでお前は鬼道院を殺したはずだろう。一体何が起こって……」
強く瞬きを繰り返し、必死に悪夢から目覚めようとする。だがそんな喜多嶋の耳に、追い打ちをかける声が響いた。
「騙してしまい申し訳ありません。その件ですが、あれは私が自殺しただけのことなのです。ですから東郷さんのスペルが私の死因ではありません」
「き、鬼道院……」
自身の首元にナイフを当てている人物が誰なのか、薄々気づいてはいた。だが、その男が眉間に穴を開け死んでいたのは、ついさっきこの目で確かめたばかりである。
本当に、一体何が起こっているというのか。
もはや思考を働かせる気力すら湧かなくなってくる。しかし生への執着からか、持ち前のよく回る舌は自然と疑問を投げかけていた。
「キ、キキキキキ。鬼道院……様も、自殺宣告を使って不死になられたと? 東郷……様のそんな戯言を本気で信じ、自殺を行ったのですか?」
数拍の間をあけてから、鬼道院は否定の言葉を囁く。
「いいえ。私も東郷さんの策に関しましては、成功する自信がなかったものですから。それとは別の方法を取らせていただきました」
「別の、方法?」
これまで一度も成功しなかった不死化する方法を、彼らは二つも考えたというのか。
あり得ないという言葉を吐くことすら煩わしくなり、ただぼんやりと鬼道院の言葉を待つ。すると鬼道院は、ある意味東郷以上に理解し難いことを口にした。
「はい。私は『屍体操作』と『記憶改竄』の二つを使用しました。銃で撃たれる前にこの二つのスペルをあらかじめ唱え、死体になると同時に発動するよう仕掛けておいたのです。説明すると些かややこしいのですが、まず『記憶改竄』で死体となった私の体に私の記憶を植え付け、さらに『屍体操作』で私の記憶が私の死体を自由に動かせるようにしました――と、この説明で伝わりますでしょうか?」
「………………言っている意味は、分かります。『記憶改竄』のスペルを使えば死体が動くようになるのは知られていました。それに『屍体操作』を用いた際、死体の操作権を別の者に渡すことができるのも調べ済みでしたから。……しかし、それらを組み合わせて動き話しているということは――」
「ええ。東郷さんとは違い、本来の私は既に死んでいるということですね」
「!!!!」
自身が死んだことをまるで気にしていない鬼道院の発言に、喜多嶋はただただ絶句する。
生き残る道はあったにも関わらず、運営に一矢報いたいがためだけに自らを殺し、ゾンビとして蘇る。仮に復讐を決意したとしても、果たして誰がこんな方法をとれるというのか。
ゾンビとなって尚も残り続ける超越的な雰囲気。彼は本当に、神から遣わされた先導者であったのではないかと思えてきた。
すると、鬼道院の行いを完全に理解していたわけではない東郷が、やや呆れた声で口を挟んだ。
「その二つのスペルを使うと聞いた時点から予想はついていたが、まさか本当に実行するとはな。一度死んだ上で蘇る。常人ならまず考えもしない方法だ。死ぬことを許容できるなんて、流石教祖様ってところだな」
「別にそんな格好の良いものではありませんよ。ただ、佐久間さんが仰っていたじゃないですか。このゲームを無事に終えても、そして逃げても、平穏な生活が返ってくる保証はないと。ですから、まあ死んでもいいかなと思っただけのことです」
「最後の結論が飛躍し過ぎだと思うがな。普通それで死んでもいいかとはならないだろ。教祖様はいい加減自分が特殊であることを理解した方がいいんじゃないか?」
「それを東郷さんに言われるのは心外ですね。あなたの行った方法は私よりも十分異常なものでありますのに」
「いや、それはないだろ。俺のスペルは別に死ぬことを許容しているわけではないからな。お前ほどやばくない」
「死ぬことを許容するよりも、生きることに制限をかける方が異常かと思いますが。特にあなたが捨てたものは、ほとんど人が生きる理由そのものですから」
世間話をするように異常な会話を繰り広げていく二人。喜多嶋は自身が異世界に迷い込んだような気分を味わっていた。
一向に回復の兆しを見せない頭脳。しかしまたしても喜多嶋の舌は勝手に動き、二人の会話を遮った。
「キ、キキ。お二方の御歓談中に申し訳ありませんが、まだ納得いかないことがございます。鬼道院様は自身に『屍体操作』を唱えたと仰いましたが、それでは東郷様を殺した腕は一体何だったのでしょうか? あんなことをスペルなしで起こせるとは思えないのですが。それから鬼道院様が今動いている件に関してはまだ納得できるのですが、やはり東郷様が生きていることには理解が及びません。ただ『自殺宣告』を自分に唱えても、それで不死になどなれるはずないのですが……」
冷や汗からピエロの化粧が少しずつ落ち、その下から疲れきった男の顔が徐々に露わになっていく。
どこかつまらなそうにそんな喜多嶋を眺めた後、東郷は床に落ちていた腕と銃を拾い上げ、言った。
「ずっと監視カメラで俺たちの動きを見ていたお前らなら、鬼道院が一井の死体の腕を切り取って修道服に隠し持っていたのは周知だろ。そして俺が『屍体操作』のスペルを使えるのだって知らないわけがない。となれば、あの茶番がどんな仕掛けだったかは馬鹿でもわかるはずだ」
回らぬ頭を無理に働かせ、喜多嶋は一つの答えを導き出す。
「……つまり、あの腕は東郷様が操り、自身に向けて発砲したわけですか。要するに、お互い唱えたのとは逆のスペルを用いて、それぞれ自殺を行っていたと……」
「そういうことだ。で、俺が不死になった方法だが、少しばかりスペルが強化されるようなイメージを抱いただけだ」
「スペルを強化するイメージ? ああもしかして、六道相手に語っていた話ですか。自身の何かを失うイメージをすることで、スペルを強化することができるのではという。まさか本当にそんなことが起こせたのですか? しかし、見た所東郷様の体が不自由になっているとは思えませんし、一体何を捧げたのでしょう? 寿命でも捧げましたか?」
手で銃を弄びながら、東郷は無感情に首を振る。
「寿命なんて大層なものは捧げていない。これから復讐を始めるにあたって、時間はいくらあっても足りないぐらいだろうからな」
「では、一体何を? そもそも不死になれるほど価値のある物を、われわれ人間は持っていたでしょうか?」
「さてな。結果として俺はちょっとやそっとじゃ死なない体になれたわけだが、実際そこまで価値のある物だったのか、俺自身疑わしくはある」
あまりにも淡々と語る東郷を見て、喜多嶋はますます彼が失った物に見当がつかなくなる。すると、どこか苦笑を交えた声で、鬼道院が会話に参加してきた。
「私としては、そんなことを平然と言える東郷さんをさっぱり理解できませんよ。あなたが捧げたものは、本来死ぬより辛いことでしょうから。ねえ、喜多嶋さん。聞いて驚かないでくださいね」
鬼道院は内緒話でもするように喜多嶋の耳元に口を近づけ、穏やかに囁いた。
「東郷さんが捧げたものは、一言で云えば『幸福な未来』。彼は次に幸せだと思った瞬間、スペルが発動して自殺するようイメージしたのだそうです」
「幸福だと感じた瞬間に、自殺する……」
鬼道院の言葉を復唱し、改めてその意味を咀嚼する。そしてそれを理解すると同時に、「馬鹿な」と声を漏らした。
「幸せだと感じたら死ぬ? そんなの、生きている意味を失ったのと同じでしょう……。二度と幸せを得られないというなら、そもそも何のために復讐をするというのか……」
その受け入れ難い答えに頭が追い付かず、喜多嶋は茫洋とした目を東郷に向ける。
しかし東郷はその言葉こそまるで理解できないと言った様子で、怪訝な表情を浮かべてきた。
「鬼道院にしろお前にしろ、いくら何でも大げさ過ぎないか? 幸福な生活を送っている人間なんて世界中を見渡せばそうはいないだろ。毎日が地獄で幸せを感じられずにいる人間や、ただ惰性で生きているだけの奴も大勢いる。実際俺は生まれてこの方幸せだと感じたのは一回だけだしな。二十一年生きて一度だから、仮に百歳まで生きるとしてもあと四回程度しか幸せは訪れない。その四回を捨てるだけで不死になれるんだ。むしろ安すぎるくらいの話じゃないか?」
あまりの発言に呆然とする喜多嶋。その背後から、「フフフ」と微かな笑い声が聞こえてくる。
「東郷さん。いくら何でもその計算は間違ってますよ。二十一年間生きてきて幸せが一度しかなかったとしても、今後も幸せの頻度がそんなに低いとは限りません。例えば神楽耶さんと付き合うことができれば、幸せなんていくらでも訪れるのではないでしょうか」
「どうだろうな。人を好きになったことが初めてだからそれもなんとも言えないな。というより、この感情が恋なのかどうかもわからない。あいつを見ていると心に謎のざわめきが生じるのは事実だが、別に幸福だと感じるわけではないしな」
「それは難しい問題ですね。実は私も恋をしたことがないので、あまりうまいアドバイスはできませんし。まあ今回の場合、東郷さんが幸福をどう定義しているのかによりそうですが――あまり突き詰めて、すでに幸福であると自覚し、死なれても困りますからね」
「どんなに議論しようとも、今が幸福だという結論には至らないと思うがな。正直今後のことを考えると、気が重くなって吐きそうなくらいだ」
「東郷さんも人並みには緊張するようで、少し安心します。秋華さんほどではありませんが、ほとんど表情が変わらないので、恐怖心や戸惑いを感じる心がないのかと思っていましたから」
「それこそ教祖様にだけは言われたくない言葉だがな。館が火に包まれる中でも、焦った表情一つ見せず冷静でいられるなんて、俺には到底真似できない話だ。と、無駄話が過ぎたな。そろそろ計画を進めるか」
唐突に、あっさりと会話を打ちきり、東郷はゆっくりと喜多嶋に近づいてきた。
この話の流れから、まさか解放されるわけもない。
これから自分はどうなるのか。殺されるのか。それとも拷問されて運営の情報を搾り取られるのか。いずれにしろ、ろくな未来は見えてこない。
ようやく死の恐怖をリアルに抱き、思考力が回復する。それと同時に悠長に疑問を投げかけている場合でないと気づき、喜多嶋は必死の説得を試みた。
「お、お二人とも落ち着いてください。ここで私を殺しても何の意味もありませんよ。そもそもあの四大財閥に復讐するなんてできるはずがないではありませんか。それより、もうゲームは終わったのです。特例とはなりますが、運営の裏をかいて生き残ったお二方には、私に出来得る限りの厚遇をご用意しましょう。今の私の権限があればお二人が望むものを何でもご用意できると思いますし、それに――」
「黙れ」
眉間に銃を突き付けられ、強制的に話すことを禁じられる。
口をパクパクと開け閉めして、喜多嶋は声にならない声を漏らす。
大量の汗からすっかり流れ落ちてしまったピエロの化粧。その下から現れた素顔を見て、東郷は少しだけ眉を顰める。
だが結局そのことには触れず、代わりに最後の慈悲を与えた。
「さて、これからお前は死ぬことになる。だが、せっかくだからあと一つくらいは質問に答えよう。実質辞世の句となる言葉だ。じっくりと考えろ」
「し、死ぬ……」
駆け巡る走馬燈。たった数分前までは栄光に満ちていた世界が、一瞬にして地獄へと変貌した。
何がいけなかったのか。どこでミスをしたのか。この悲劇を変える手立てはなかったのか。
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「もしかして、不死の力は、初日から――」
辞世の句を聞き、東郷は不敵な笑みを浮かべ首肯する。
「当たりだ。正直、モニターで見ていた奴の一人ぐらいは気づいているかと恐れてたんだがな。橋爪の銃弾が、俺の眉間を貫いていたことを。さて」
東郷は目を閉じて、自身のイメージにミスがないことを確認する。それからゆっくりと瞼を開き、真にゲームの終わりを告げるスペルを口にした。
「『記憶改竄』」
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