無月島 ~ヒツジとオオカミとオオカミ使いのゲーム~

天草一樹

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第二章:視点はおそらく李千里

クリア条件

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「では、君の考えは聞かせてもらったし、何でも好きに質問してくれて構わないよ。おっと、さすがにオオカミが誰かを話すことはできないが」

「別にそんな質問に答えてくれるなどとは最初から思ってない。それよりも、はるかに単純にして重要な問題だ」

「一体どんな質問かね」


 オオカミ使いの目にしっかりと自分の目を合わせて、李は厳かに言う。


「お前が最初に言っていたクリア条件は、オオカミとオオカミ使いを生きたまま捕まえること、だったな。今、オオカミ使いであるあんたをこうして捕まえたわけだが、オオカミを捕まえるとはいったい何をすれば捕まえたことになるんだ」

「!」


 ある意味で完全に盲点になっていたこと。捕まえるとはどういう意味か。普通なら全く悩むようなことではなく、目の前のオオカミ使いがそうであるように縛って床に転がしておけば捕まえたと言えるだろう。しかし、このゲームで言うところのオオカミを捕まえるとなると、その意味合いは酷く曖昧なものになる。今生き残っている羊の中の誰かがオオカミであることに疑いはない。なので、誰がオオカミか分かっていなくとも、一人ずつ縛ってオオカミ使いの横に並べていけばいずれはオオカミを捕まえたという状況になるかもしれない。しかし、まさか誰がオオカミか確定していない状況で全員を縛ったとしても、それでオオカミ使いがゲーム終了だと判断することは、まずないだろう。となると、何をもってオオカミを捕まえたことになるのか。

 先程までの笑みを消し、無表情となって見返してくるオオカミ使い。

 その態度は想定済みだったのか、躍起になるどころか少しリラックスした体勢になりながら李は追及を続けた。


「先の俺の考えが間違っていないのなら、お前を捕まえた時点で黒子やその他指示を受けていただろう羊のことを気にする必要はなくなる。そいつらはあくまで自衛のためにお前の指示に従おうとしていただけだろうからな。となると脅威になるのはオオカミ唯一人。だが、そのオオカミだってこの状況で下手に動くことはできない。そうなるとしばらくの間膠着状態にならざる負えないわけだが、何にしろどうすればオオカミを捕まえたと言えるのかは知っておく必要がある。お前からしたら答えたくない質問だろうが、必ず一つ質問に答えると約束したんだ。絶対に話してもらうぞ」


 口を閉じたまま、瞬き一つせずに視線を床に固定するオオカミ使い。

 早く話すよう急かすこともなく、李はオオカミ使いが口を開くのをただただ待つ。

 突如として緊迫した雰囲気が流れ始めた医務室。

 今までのいい流れを切らないように、他のメンバーもあえて口を挟むことなく李の動向を見守る。

 と、不意に医務室の扉が音を立てて開けられた。

 皆の視線が一斉に扉へと向けられる。


「なんだ、皆ここにいたんだ。て、それってオオカミ使い! 僕がいない間に捕まえちゃったのか」


 場違いな明るい声を発しながら、部屋に入ってきたのは橘だった。

 全員の視線が自分に集まっていることに気づくと、橘は敵意がないことを示すように両手を上げてきた。


「なんかあまり歓迎されていないような視線を感じるんだけど……。もしかして、まだ僕がオオカミじゃないかって疑われてる?」

「まだ疑っているというより、今疑わしくなったところだ」


 李が凍えるような冷たい視線を橘に投げかける。

 オオカミ使いを確保して質問した直後。そのタイミングを見計らったかのような登場。怪しむなと言われても無理なほど完璧な瞬間に、橘はやってきた。

 全員が警戒した視線を向ける中、彼らの間を取りなすように望月が慌てた様子で口を開いた。


「れ、礼人君も無事だったんだね! 今までどこにいたの? 今朝はこの館にいなかったみたいだけど」


 念のため両手を挙げたまま、橘は愛想笑いをしつつ答える。


「ついさっきまでアリの巣みたいに入り組んだ地下通路を歩いてたんだ。オオカミ使いは森の中も館の中も見通してるみたいだったから、地下に逃げ込めば何とかなるかなーと。あわよくばオオカミ使いの根城も見つけられるかなとか考えて、地下を歩いてたんだけど……なんかまずかったかな」


 困惑気に尋ねてくる橘に、猜疑心を漲らせた声で波布が糾弾する。


「てめぇが今までどこにいたのかはこの際どうでもいいがよ。いくらなんでもタイミング良すぎんだろ。オオカミ使いが答えに窮して黙してる最中にやって来るとか、怪しすぎるぜ。それによぉ、何でお前こんな堂々と扉開けて入ってきたんだ? 普通中に敵がいることを考えてもっと慎重に開けるだろ。もしかしてお前、俺たちが中にいること知ってたんじゃねぇのか?」


 波布の一方的な糾弾。しかし、全く的はずれとはいえない発言に、皆黙して橘の出方を見る。

 当の橘は一層困惑した表情で、手を無意味にグッパーし始めた。


「タイミングが良すぎるっていうのには反論のしようがないんだけど……。扉を勢いよく開けたのは僕なりの自衛手段だよ。オオカミ使いは僕たちの居場所を察知しているわけだから、そもそも扉の先にいるってことは迎撃するつもりで待ってるってことでしょ。だったら、相手に照準を定めさせる間もなく扉を開けて、その上で素早く行動した方が有利だと思ったから」

「うぐ、言われてみればそういう考え方もあんのか」


 発言するたびに毎回論破される波布。

 肩を落として一人落ち込みモードになった彼を放置して、眉間にしわを寄せた李が口を開いた。


「それで、お前は今までずっと一人でいたのか。地下迷宮をさまよっている間、誰かに会ったりはしていないのか」

「いや、特に誰にも会わなかったけど」

「この部屋に入ってきた理由は」

「先にリビングを見たらだれもいなかったんで、次に人がいる可能性が高いのはこの医務室かなって」

「オオカミが誰かの目星はついたか」

「いやー、一人で地下をウロウロしていただけだし全く見当もついてないけど。そう聞くってことはオオカミはまだ捕まえられてないんだ」

「食事を摂ってないわりにかなり元気そうだな。それともどこかで何か食べたのか」

「う、ううん? ちょっといったん質問待ってほしいんだけど。それに千里なら知ってるよね? 僕が一晩二晩食べずとも特に体調崩すことなく元気に動けること」

「…………」


 矢継ぎ早の質問をやめ、眉間に手を当てて考えモードに入る李。

 ようやく質問攻めが終わりホッとした橘は、全員の顔を見渡してから改めて言った。


「それにしても、僕以外にも無事な人がいて本当に安心したよ。地下を歩いてた時は全然人の声もしないし、もしかしたらこの島に僕だけ取り残されたかと思っちゃってたから。みんな生きててくれて有難う!」


 パンと手を合わせ、拝むような姿勢で言う。

 この緊迫した雰囲気とはまるでかみ合わないその態度に、警戒していた人たちも少し肩の力を抜き始める。ただ、李がいまだに考える人の体勢から動かないでいるため、勝手に話しづらい雰囲気は作られたままだが。

 どうにも微妙な沈黙が覆い始める中、橘はちらりと鎖で縛られているオオカミ使いへと視線を向けた。


「どんな方法を使ったのかは知らないけど、オオカミ使いを捕まえるのは無事成功したんだね。できれば今がどういう状況なのかを聞きたいんだけど、誰か話してくれないかな?」


 橘以外の全員の視線が李に殺到するが、相変わらず微動だにせずに黙考を続けている。目は閉じた状態だし、呼吸音も聞こえないから、寝ているのか死んでいるのかもよく分からない。

 呆れた様子で李を見た如月が、ため息をこぼしつつ代わりに口を開いた。


「簡単に言うと、今はオオカミ使いからゲームのクリア条件を聞いていたところよ」

「ゲームのクリア条件? それって最初の説明で話されてなかったっけ?」

「一応話されていたわ。ただ、オオカミを捕まえるとは具体的に何をすればいいのかが明示されていなかったからね。そこを具体的に答えてもらおうと聞いていたところよ」

「確かに、何をもってオオカミを捕まえたと言えるのかは難しい所だよね。オオカミがこいつだって判明しているなら簡単だけど、まだだれがオオカミかは分かってない。しかして僕たちの中の誰かはオオカミであるから……」

「まあそれについて話を聞こうとしていたところにあなたがやってきて、何だか微妙な雰囲気になっているのが今の状況よ。分かったかしら?」

「うん、ものすごくよく分かった。そりゃあみんなが僕のことを疑うのは当然だ」


 うんうんと頭を上下させて、納得の意を表す橘。

 そうして会話が終わると、またしても気まずい沈黙がやってくる。

 各々、主にオオカミ使いと李のことをちらちらと見ながら、気まずい様子であたりを見回している。

 と、オオカミ使いの顔をしげしげと眺めていた橘が、小さくこくりと頷き李に声をかけた。


「千里、ちょっと聞いてくれるかな?」

「……なんだ」


 瞼を開け、刺すような視線を橘に送る。

 そんな視線にはとっくに耐性のできている橘は、気後れした風もなく堂々と提案した。


「もしかしたら今すぐこのゲームを終わらせられるかもしれないから、僕と如月さんだけでオオカミ使いと対話させてほしい」
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