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第二章:視点はおそらく李千里
私がオオカミ!
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作り終わった料理をリビングのテーブル上に並べていく。
厨房にいた四人以外は全員すでに席についていたため、目の前にそれぞれナポリタンを置いていく。
昨日の夕食でのことを意識してか、多くの人が目の前の料理よりも、厨房へとつながる扉と、ホールへと通じる扉を不安げに盗み見ている。ただし、オオカミ使いが負傷していることや、黒子の正体を分かっている波布などは、扉ではなく橘に対し不審げな視線を流し続けているが。
「チーズやタバスコを使いたい人は私に声をかけてください」
食事の準備を終えた千谷が、ソファに腰かけながら言う。
李と空条もそれぞれ空いているスペースに腰かける。
音田が大きな声で「いただきます!」と言って猛烈な勢いで食べ始めると、音田に倣って全員が手を付けていった。
今回も、先の夕食の時と同じように静かなまま食事が進むかと思われたが、以外にも会話があちこちで行われた。というのも、食事が始まって早々に伊吹がある質問を皆に投げかけたからだ。曰く「もしここから助かったら何をするか」という質問。
毎度のこととして波布が、「こんな状況でそんな話できねぇよ」とわめいたが、「こんな状況だからこそ少しでも明るくなる話題をするべき」と伊吹に論破された。
そして今、比較的穏やかな雰囲気のまま昼食が続けられている。
「そうだなー、私は今回のことを記事にして一気に有名ライターになるでしょ。それから小説として今回の話を売り出して一躍作家デビュー。で、テレビ出演とかもして……」
「もう完全にただの妄想になってるじゃないですか。でもそういうポジティブな思考っていいですね。私も何か楽しい想像を……」
「十億もありゃあもう働かなくて大丈夫だな。大学もさくっとやめて、毎日豪遊三昧してやるぜ」
「そもそも十億は本当にもらえるのでしょうか? ここまでのことをしておきながら一切報酬無しというのは考えたくありませんが、律儀に約束を守ってもらえるのかは不安ですね」
――そんな周りの会話を聞き流しながら、李はじっと音田の様子を窺っていた。
話しかけられた時だけ短く答え、それ以外は一心不乱にパスタを食べ続けている音田。
猛烈な勢いでパスタを口に運んでいる彼女からは、今の状況に対する気負いや憂鬱さは全く感じられない。だが、こんな状況の中、本当にそういった負の感情を持たないでいられるものだろうか。
と、李の横に座っていた星野が、ぼそぼそした小さな声で話しかけてきた。
「李さんも、やっぱり音田さんのことが気になってますか?」
「気にするなという方が無理だろうな」
突然の問いかけに動揺した様子もなく李が答える。
フォークでくるくるとパスタを巻きながら、星野は言葉を続けた。
「そう、ですよね。前にも言いましたけど、彼女の行動はどこか演技がかっているように思えます。でも、その……演技は演技でも、彼女のやってることは皆を暗くさせないようにするために見えて……」
「お前の言いたいことは分かる。音田がただの羊側には見えないが、かといってオオカミ使い側だとも思えないってことだろう」
「は、はい。前に李さんが言っていた、オオカミ使いから指示を受けた羊がいるという考え。きっと音田さんはその指示を受けた羊だと思うのですが……。でも、具体的にどんな指示を受けているのか全然想像もできません。それに、皆を明るい雰囲気に保たせろなんていう指示をオオカミ使いがするとも思えませんし……」
李はコップに注がれた水を飲み干すと、星野に目をやった。
「オオカミ使いが指示するはずない、か。ところで、お前はどうしてオオカミ使いがあの状況から逃げられたと思う」
李は急に話題を変えた。唐突な話題の転換に驚いた様子ながらも、星野はもごもごと口を動かして答える。
「へ! あ、はい、私はその……やっぱり橘さんが手を貸したんじゃないかと……。すみません、怒りましたか?」
「俺と礼人が知り合いであることを気にかけているのなら無用の心配だ。確かに俺と礼人は高校のころからの付き合いだが、それで無条件にあいつを信頼したりはしない」
「そ、そうですか。その、私から見た橘さんはどうにも行動に一貫性が無いように思えます。何というか、場を乱したいのか、それともまとめようとしているのか分からないちぐはぐなイメージで……。今だって自分が皆から疑いの視線を向けられることに対して反発したり、かといって認めたりもせず黙ったまま。
自分がオオカミじゃないって訴えかけたら余計な論争が起こるから黙っているの? それともオオカミじゃないって反論したら余計疑われると思っている? オオカミだと明言しないで黙っているのは本当にオオカミじゃないから? このゲームについて全く知らないとは思えない。でも、それにしては……」
ぶつぶつと呟きながら、星野が自分の思索の中に入って行く。
普段の寡黙――いや、沈鬱そうな姿と違い、どこか知性のようなものが彼女の周りを漂っている。一つのことに集中すると周りに目がいかなくなるタイプなのか。李がその様子を意外そうにじっと眺めていると、星野はハッと顔を上げた。李が自分を見ていることに気づくとすぐに顔を赤らめ、恥ずかしそうにうつむいてしまう。
「す、すみません。私って考え事をしてるとき、周りが見えずに独り言を呟いてしまう癖があって……。き、気持ち悪かったですよね……?」
ビクビクした表情で星野が見上げてくる。そんな星野にいつもと変わらぬ冷たい表情を向け、李は「ふん」と鼻を鳴らした。
「お前がどうして真目に好かれているのかようやく分かった気がするな。それと、独り言程度で気持ち悪いなどと言っていたら、俺の周囲の奴は全員気違いということになるぞ。わけもなく唐突に叫びだす奴や、ちょっとしたことで白目をむいて気絶する奴らだからな、俺の周りにいる奴らは。もしその程度のことで自分のことを蔑んでいるのなら愚の極みだ。言っておくがお前のそれは長所だ。周りの馬鹿どもの言うことなんかに耳を貸す必要はないぞ」
「あ、えと、もしかして慰めてくれてますか?」
「別に慰めてるつもりはない。思ったことを言っただけだ」
「そ、そうですよね……。でも、有り難うございます」
もじもじと体を揺らしながら星野が礼を言う。
いささか気まずい雰囲気になってしまったため、お互いに黙り込んで食事を再開した。
――それから約十分後。
目の前の食器が空になったのを見計らい、波布が扉に目をやりながら口を開いた。
「昨日の夕食んときは、このくらいのタイミングでオオカミ使いがやってきたよな。さすがに今日は何もねぇと信じたいが」
「大丈夫じゃないでしょうか。相手だって僕たちが警戒していることは知っているはずですし、オオカミ使いは少なからず腕を負傷してますから。これだけ人が集まっているときに襲ってくるようなことはしないと思いますよ。もちろん警戒を解くわけにはいきませんが」
比較的リラックスした声で速見が答える。
食べ終わった食器を千谷や望月が厨房へと下げていく。念のため厨房に通じる扉は開けておき、オオカミ使いが現れたときに備えておく。
一通りの片付けが済み、千谷たちがリビングに戻ってくると、再び波布が切り出してきた。
「腹ごしらえも済んだし、これからのこと話し合おうぜ。つうかよ、何かオオカミ使いを捕まえる方法、一つくらいは思いついたんだろうな」
じろりと目を怒らせて、波布が元館部隊のメンバーに視線を送る。
残念ながら何も思い浮かんでいなかったらしい彼らは、できるだけ視線を合わせないようにそっぽを向いた。
その反応事態は予想していたらしく、波布は馬鹿にしたようにフンと鼻を鳴らすと、李の方を向いた。
「お前はどうなんだよ李。オオカミ使いをおびき出すための策、なんか思いついてねぇのか」
「悪いが今は思いつかない」
そっけなく李が言う。
波布は落胆したように肩を落とすと、体をソファにぐったりと預けた。
「また手詰まりかよ。マジでいい加減にしてほし――」
「大丈夫ですよ波布さん」
波布の言葉を遮り、音田がぴょんとソファの上で立ち上がった。
皆より少し上の目線になり、全員を軽く見まわす。そして、声を張り上げて言った。
「手詰まりなんてとんでもありません! ワタクシ、音田千夏。今ここにオオカミであることを宣言いたします!」
呆気にとられる皆を前に、音田は高らかに――高らかにそう宣言した。
厨房にいた四人以外は全員すでに席についていたため、目の前にそれぞれナポリタンを置いていく。
昨日の夕食でのことを意識してか、多くの人が目の前の料理よりも、厨房へとつながる扉と、ホールへと通じる扉を不安げに盗み見ている。ただし、オオカミ使いが負傷していることや、黒子の正体を分かっている波布などは、扉ではなく橘に対し不審げな視線を流し続けているが。
「チーズやタバスコを使いたい人は私に声をかけてください」
食事の準備を終えた千谷が、ソファに腰かけながら言う。
李と空条もそれぞれ空いているスペースに腰かける。
音田が大きな声で「いただきます!」と言って猛烈な勢いで食べ始めると、音田に倣って全員が手を付けていった。
今回も、先の夕食の時と同じように静かなまま食事が進むかと思われたが、以外にも会話があちこちで行われた。というのも、食事が始まって早々に伊吹がある質問を皆に投げかけたからだ。曰く「もしここから助かったら何をするか」という質問。
毎度のこととして波布が、「こんな状況でそんな話できねぇよ」とわめいたが、「こんな状況だからこそ少しでも明るくなる話題をするべき」と伊吹に論破された。
そして今、比較的穏やかな雰囲気のまま昼食が続けられている。
「そうだなー、私は今回のことを記事にして一気に有名ライターになるでしょ。それから小説として今回の話を売り出して一躍作家デビュー。で、テレビ出演とかもして……」
「もう完全にただの妄想になってるじゃないですか。でもそういうポジティブな思考っていいですね。私も何か楽しい想像を……」
「十億もありゃあもう働かなくて大丈夫だな。大学もさくっとやめて、毎日豪遊三昧してやるぜ」
「そもそも十億は本当にもらえるのでしょうか? ここまでのことをしておきながら一切報酬無しというのは考えたくありませんが、律儀に約束を守ってもらえるのかは不安ですね」
――そんな周りの会話を聞き流しながら、李はじっと音田の様子を窺っていた。
話しかけられた時だけ短く答え、それ以外は一心不乱にパスタを食べ続けている音田。
猛烈な勢いでパスタを口に運んでいる彼女からは、今の状況に対する気負いや憂鬱さは全く感じられない。だが、こんな状況の中、本当にそういった負の感情を持たないでいられるものだろうか。
と、李の横に座っていた星野が、ぼそぼそした小さな声で話しかけてきた。
「李さんも、やっぱり音田さんのことが気になってますか?」
「気にするなという方が無理だろうな」
突然の問いかけに動揺した様子もなく李が答える。
フォークでくるくるとパスタを巻きながら、星野は言葉を続けた。
「そう、ですよね。前にも言いましたけど、彼女の行動はどこか演技がかっているように思えます。でも、その……演技は演技でも、彼女のやってることは皆を暗くさせないようにするために見えて……」
「お前の言いたいことは分かる。音田がただの羊側には見えないが、かといってオオカミ使い側だとも思えないってことだろう」
「は、はい。前に李さんが言っていた、オオカミ使いから指示を受けた羊がいるという考え。きっと音田さんはその指示を受けた羊だと思うのですが……。でも、具体的にどんな指示を受けているのか全然想像もできません。それに、皆を明るい雰囲気に保たせろなんていう指示をオオカミ使いがするとも思えませんし……」
李はコップに注がれた水を飲み干すと、星野に目をやった。
「オオカミ使いが指示するはずない、か。ところで、お前はどうしてオオカミ使いがあの状況から逃げられたと思う」
李は急に話題を変えた。唐突な話題の転換に驚いた様子ながらも、星野はもごもごと口を動かして答える。
「へ! あ、はい、私はその……やっぱり橘さんが手を貸したんじゃないかと……。すみません、怒りましたか?」
「俺と礼人が知り合いであることを気にかけているのなら無用の心配だ。確かに俺と礼人は高校のころからの付き合いだが、それで無条件にあいつを信頼したりはしない」
「そ、そうですか。その、私から見た橘さんはどうにも行動に一貫性が無いように思えます。何というか、場を乱したいのか、それともまとめようとしているのか分からないちぐはぐなイメージで……。今だって自分が皆から疑いの視線を向けられることに対して反発したり、かといって認めたりもせず黙ったまま。
自分がオオカミじゃないって訴えかけたら余計な論争が起こるから黙っているの? それともオオカミじゃないって反論したら余計疑われると思っている? オオカミだと明言しないで黙っているのは本当にオオカミじゃないから? このゲームについて全く知らないとは思えない。でも、それにしては……」
ぶつぶつと呟きながら、星野が自分の思索の中に入って行く。
普段の寡黙――いや、沈鬱そうな姿と違い、どこか知性のようなものが彼女の周りを漂っている。一つのことに集中すると周りに目がいかなくなるタイプなのか。李がその様子を意外そうにじっと眺めていると、星野はハッと顔を上げた。李が自分を見ていることに気づくとすぐに顔を赤らめ、恥ずかしそうにうつむいてしまう。
「す、すみません。私って考え事をしてるとき、周りが見えずに独り言を呟いてしまう癖があって……。き、気持ち悪かったですよね……?」
ビクビクした表情で星野が見上げてくる。そんな星野にいつもと変わらぬ冷たい表情を向け、李は「ふん」と鼻を鳴らした。
「お前がどうして真目に好かれているのかようやく分かった気がするな。それと、独り言程度で気持ち悪いなどと言っていたら、俺の周囲の奴は全員気違いということになるぞ。わけもなく唐突に叫びだす奴や、ちょっとしたことで白目をむいて気絶する奴らだからな、俺の周りにいる奴らは。もしその程度のことで自分のことを蔑んでいるのなら愚の極みだ。言っておくがお前のそれは長所だ。周りの馬鹿どもの言うことなんかに耳を貸す必要はないぞ」
「あ、えと、もしかして慰めてくれてますか?」
「別に慰めてるつもりはない。思ったことを言っただけだ」
「そ、そうですよね……。でも、有り難うございます」
もじもじと体を揺らしながら星野が礼を言う。
いささか気まずい雰囲気になってしまったため、お互いに黙り込んで食事を再開した。
――それから約十分後。
目の前の食器が空になったのを見計らい、波布が扉に目をやりながら口を開いた。
「昨日の夕食んときは、このくらいのタイミングでオオカミ使いがやってきたよな。さすがに今日は何もねぇと信じたいが」
「大丈夫じゃないでしょうか。相手だって僕たちが警戒していることは知っているはずですし、オオカミ使いは少なからず腕を負傷してますから。これだけ人が集まっているときに襲ってくるようなことはしないと思いますよ。もちろん警戒を解くわけにはいきませんが」
比較的リラックスした声で速見が答える。
食べ終わった食器を千谷や望月が厨房へと下げていく。念のため厨房に通じる扉は開けておき、オオカミ使いが現れたときに備えておく。
一通りの片付けが済み、千谷たちがリビングに戻ってくると、再び波布が切り出してきた。
「腹ごしらえも済んだし、これからのこと話し合おうぜ。つうかよ、何かオオカミ使いを捕まえる方法、一つくらいは思いついたんだろうな」
じろりと目を怒らせて、波布が元館部隊のメンバーに視線を送る。
残念ながら何も思い浮かんでいなかったらしい彼らは、できるだけ視線を合わせないようにそっぽを向いた。
その反応事態は予想していたらしく、波布は馬鹿にしたようにフンと鼻を鳴らすと、李の方を向いた。
「お前はどうなんだよ李。オオカミ使いをおびき出すための策、なんか思いついてねぇのか」
「悪いが今は思いつかない」
そっけなく李が言う。
波布は落胆したように肩を落とすと、体をソファにぐったりと預けた。
「また手詰まりかよ。マジでいい加減にしてほし――」
「大丈夫ですよ波布さん」
波布の言葉を遮り、音田がぴょんとソファの上で立ち上がった。
皆より少し上の目線になり、全員を軽く見まわす。そして、声を張り上げて言った。
「手詰まりなんてとんでもありません! ワタクシ、音田千夏。今ここにオオカミであることを宣言いたします!」
呆気にとられる皆を前に、音田は高らかに――高らかにそう宣言した。
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