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第二章:視点はおそらく李千里

追いかけっこ

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「ふふふふふ。皆さん驚きで声も出ないようですが、私こそがオオカミ! あなた達が今まで必死に探していた裏切者なのです!」


 唖然とし過ぎて、誰一人声を出さなかったからだろうか。音田は再度、自身がオオカミである宣言をした。

 しかし、またしても一同は微動だにせずただ黙って音田を見つめる。

 マネキンのように固まってしまった彼らを見て、音田は少しだけ声のトーンを下げて言った。


「えーと、皆さん突然眠りについたりしてませんよね? 私がオオカミだって宣言したんですけど……。はっ、まさか! この一瞬の間に、私は時を止めるSP〇Cホルダーになってしまったのでしょうか! くっ、だとしたらここまでの計画が全て無駄に――」

「いや、そんなわけねぇだろ」


 音田の馬鹿発言により、なんとか思考を取り戻した波布が突っ込む。

 他の皆もどこか気の抜けた感じを覚え、少しだけ言葉の意味を考える余裕を持ち始めた。


「ごめんね音田さん。たぶん私たちの聞き間違いだと思うんだけど、今自分がオオカミだとか言わなかった?」

「すでに三回同じことを言いましたよ! 全く、人の話はきちんと聞いてください」

「でも音田さんがオオカミだなんて……。もしかして皆をリラックスさせるための冗談ですか? でもあんまりその冗談は面白くないですよ」


 音田の言葉を全く信じていない様子で、千谷が苦笑いを浮かべる。

 実際、千谷以外の人も彼女と同じ意見であり、本気にしてはいないようだ。

 そんな皆の態度が気に入らないのか、音田は頬をプクーと膨らませた。


「せっかく自白したのに何で信じないのですか! 嘘や冗談でなく、私こそがオオカミなのです! 現に私、結構怪しいと思う行動をとってきた自信がありますよ。白石さんの指示を聞かず一人で館中を飛び回ったり、勝手に冷蔵庫のものをつまみ食いしたり」

「じゃあよ、今すぐお前のことを拘束させてもらっていいんだよな」


 その言葉を本気にしたのか、手をパキパキと鳴らしながら波布が言う。

 どうにも信じがたいことだが、もし音田の言うことが事実であるのなら波布の言う通り拘束しないといけない。

 数人がソファから立ち上がり、音田をいつでも取り押さえられるように動き始める。

 だが、音田は彼らの動きを気にすることなく、自信満々に手を突き出した。


「拘束は不要です。私は逃げも隠れもしませんから。それより、今は私に聞きたいことがいっぱいあるのではありませんか?」


 あくまでも自分がオオカミであるというスタイルを崩そうとせず、全員に質問を促してくる。

 いまだにどう動くべきなのか分からず、誰もが困惑した表情で音田を見つめる中、李が口を開いた。


「今のお前の発言が真実として、なぜこのタイミングでオオカミだと名乗り出た」


 やっと来た質問に、音田は喜び勇んで回答する。


「ふふふふふ。どうしてこのタイミングかと言われれば、そろそろ次の展開が欲しかったからです。オオカミ使いさんは負傷してしまった以上、もうおいそれと皆さんの前に顔を出すことができなくなってしまいました。つまり、決定的に皆さんを倒せる場面でないと動けなくなってしまったわけです! そんなわけで、私がオオカミとして名乗り出ることで次のステージにゲームを持っていこうと思った次第です」


 堂々とした告白内容。

 今まで音田の言葉を信じていなかった人も、徐々に彼女の言葉が真実ではないかと考え始める。

 そんな中、完全に音田をオオカミだと判断したらしい単純馬鹿の波布は、ずんずんと音田のもとに歩いていく。


「こんだけ言っといて今更オオカミじゃありませんなんてことはねぇよな。悪いが、ふん縛らせてもらうぜ」


 波布の手が音田を取り押さえようとした瞬間、ぴょんと音田はテーブルに飛び移った。スカッ、という音が聞こえそうなほど完璧に捕捉し損ねた波布は、その勢いのままテーブルに頭をぶつける。

 あまりの波布の残念な姿に、全員が気まずそうに視線を逸らした。

 音田も一瞬唖然としたように動きを止めたが、すぐに気を取り直して言った。


「えー、ゴホン。とりあえず皆さんに理解してもらいたいのは、私がオオカミであると名乗り出たことによって、このゲームのルールが大きく変わったことです。というよりも、今から新しいルールを発表させてもらいます」


 この場にいる全員が、戸惑った表情で音田を見つめる。約一名、痛そうに頭を押さえたまま、恨めしげな顔で睨み付けている者もいるが。

 自身の言葉がようやく浸透したことに満足を覚え、音田は自信満々に言った。


「皆さんはもうお分かりだと思いますが、このゲームは理不尽な暴力の元襲い掛かるオオカミ使いを、どうやってヒツジの皆さんが対処するかというゲームです。そして、ただ一方的に殺すのでは面白くないから、相手の動きや策に応じて私たち捕食者側も動きを考えてきました。ですが、捕食者側からすると不測の事態なのですが、絶対に有利な力を持ってたはずのオオカミ使いが現在弱体化してます。いくら武器を使えるとはいえ、毒ガスなんかを使ったらゲームが成り立ちません。かといって銃や弓は負傷していてうまく使えない。これではゲームバランスが成り立たないのです」


 一度言葉を切り、全員の表情を見回していく。

 この先の展開が読めず、困惑顔の人が過半数だが、一部冷静な目で見据えてくる人も。

 視線の標準をその一部の人に合わせると、音田は高らかに新ルールを発表した。


「そこで今から新たなルールに変更します。

 まず、皆さんの勝利条件は以前と変わらずオオカミである私と、オオカミ使いを捕まえること。ただし、今度は殺すのだけではなく、暴力をふるうのも禁止です。

 その代わり、私達捕食者側も皆さんへの攻撃を一切中止し、ただただ捕まらないように逃げ回るのみとします。

 そして最後のルール。私達を捕まえることなく三十分経過する毎に、皆さんの中からランダムで一人殺させてもらいます。

 以上がこれからのこのゲームのルール。

 一言で言えば、皆さんにはこれから『死の追いかけっこ』をしてもらうわけです!」
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