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1話
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「なにか申し開きはあるか」
「…いいえ。クー・レデュー王国の星、殿下の命に従いますわ」
煌びやかなシャンデリアに照らされた王宮のダンスホールでは、わたくしの周りをぽっかりと空間をあけ人々が取り囲んでおりました。上段の王族のみが許された席には、婚約者である殿下とその腕に抱かれたピンクブロンドの男爵家の娘が立っています。
衆人環視の中で行われたのは、貴族学院でのわたくしの悪行の列挙といかに王子妃の資格がない性質であるかという演説でした。殿下は我慢ができなかったのか、演説の最中に被害者であるという男爵令嬢を抱き寄せました。
詰めの甘さに扇で隠した口元に思わず苦い笑みが浮かびます。本当に殿下は貴族に向いてらっしゃらないわ。お支えするはずの側近たちもまた視野が狭く詰めの甘い方たちが多くて今後心配になります。が、ここで一線を退場となるわたくしには関係ありませんわね。
今日この日、わたくしが断罪され婚約を破棄される事は事前に分かっておりました。貴族には高度な情報戦が求められます。貴族学院ではその情報の伝手をつくり活かすすべを学ぶために通うもの。礼儀作法など自分の屋敷に家庭教師さえ呼んでしまえば習えますもの。学院は実践の場であるのです。
既に根回しは終えており、この断罪劇のあと私の名を騙り男爵令嬢に幼稚な嫌がらせをしたご令嬢たちにはご実家の困窮をもって償いをして頂きます。まあ彼女たちもある意味は被害者ですので、ある程度で終わるでしょう。彼女達の婚約者に粉をかけた男爵令嬢が元々の原因なのですから。
わたくしの実家である侯爵家は、国外に大きな伝手を持つ商会を傘下に抱えています。国内の貴族たちに、外の流行品や嗜好品を始めとした雑貨や高級品を取り扱っているのです。それをちょっとお譲りするのを渋ってみたり値上げしてみたり色々と報復方法はあります。
そもそもわたくしは商売がしたかったのです。経営のため数字を見ることは好きでしたし、父もお前は見込みがあると小さい頃から惜しみなく知識を与えてくれました。わたくしも己の知識欲を満たす為、様々な疑問をなげかけ、時に仮説を父に語り共に討論したものです。幼い浅はかな知識を笑わずしっかり聞いてくださったお父様には感謝しかありませんわ。
しかし、今回の騒動でわたくしにも瑕疵がつくことは間違いありません。世の中って理不尽ですわよね。納得はいきませんが世の流れがそういうものであれば、逆らうには強い力が必要です。わたくし程度の力では到底現状抗えませんから、今は流されつつ最善を掴み取るのが吉。わたくしの婚約先は国外となるでしょう。そして爵位は我が侯爵家より下の爵位への嫁入りが落とし所でしょう。
さて、どう考えても殿下が男爵令嬢と不貞を働いたと見てわかる接近距離になって下さいましたし、そろそろ引き際でしょう。帰りの馬車は早めに呼んであります。あとは護衛の侯爵家の兵士と共に領地に戻るだけ。全て手配しているのです。
「フン!このような騒ぎとなっても動じぬとは、本当にお前は鉄のような女だな。我が国の侯爵令嬢として相応しくないと思わないか」
わたくしの対応が気に食わなかったのか、苛苛とした様子で殿下が側近に何か命じます。鉄は熱しやすく冷めやすいので、どちらかと言うと殿下の性質にピタリと当てはまると思います。
この時のわたくしに言える事があるとすれば、詰めが甘いのは私も同じであったということ。殿下は感情的になりやすく政務も執務もお嫌いと割と王族として致命的なのですが、運が良く情に厚いので不思議と周りに一定の人が集まるのです。蓼食う虫も好き好きと申しますか、わたくしとは致命的に相性が合いませんでしたがやはり相性の良い人間は誰しも居るもの。
その中に非常に有能で、頭の切れる人物が紛れ込んでいたのです。
「お前はこの国に相応しい人間性ではない。よって、婚約破棄だけでなく魔獣の森に追放とする!」
とんでもないことを言い出しましたわ。貴族の娘に森への追放など、実質的に死刑のようなもの。これは森へ運ばれるフリをして国外へ出るのが良いでしょう。侯爵家の影は数名、王家の兵士に紛れ込ませています。そのもの達と上手く連携し、逃げ果せねば。
殿下の言葉と共に近衛兵がわたくしを取り囲み、ダンスホールから連れ出そうとします。腕を捕まれ後ろ手に拘束されるという非常に乱暴な扱いを受け、わたくしは失態に気付きました。
この騎士達は足音がしません。また兜で分かりにくいですが、今まで見た事のない騎士達です。これまで王子妃教育のために王宮で見てきた騎士達の誰にも該当しません。また侯爵家の兵士・影でもない。
殿下の左後方に控える男に目を遣ります。そこには冷えた目でにっこりと笑うルージー公爵家の次男が居ました。黒い噂がある底知れない男です。してやられました。これは間違いなく森まで連行されます。
してやられたことが悔しい。しかしこれは完璧に一本取られましたわ。きっとあの嫌味な男のことですから、隣国に上手く逃れたとしても何か罠が仕掛けられているはず…。森の中で我が家の兵士達と速やかに合流し、少数精鋭で速やかに入国をする必要が出てまいりました。本当にあの男、忌々しいですわ!何度探りを入れても目的が見えてこないところが末恐ろしい。
わかっていることはこの国に対する忠誠心は持ち得ていないこと。滅ぼすつもりなのかしら?ああ、考えてもわからないことを考えるのは止しましょう。
多少の武術の心得はあるつもりでしたが、やはり男と女。捕らえられた腕は外せそうもありません。
「さあ!今夜の舞踏会に相応しくない者を連れて行け!」
周りの貴族たちの困惑によるざわめきをものともせず、やりきった顔で騎士に指示を与える殿下。あの自信満々の顔を扇で叩いてやりたいと心の底から思いますわ。
舞踏会のホールからわたくしは引っ立てられ半ば引きずられるように連れ出されました。王宮の廊下を行き交っているはずの侍女たちの姿さえ見えません。完全に人払いがされている。全く、用意周到なことですこと。
王宮にあるのが不思議なくらいの朽ちかけた馬車へ放り込まれます。なんとか受け身は取れましたので怪我はありません。全く、淑女の扱いがなってらっしゃらない方たちばかり。扉を閉められ外から南京錠をつけられました。
すごく古そうな馬車ですし、わたくしの力でも扉をこじ開けられないかしら?と思い扉に足蹴りをしますが、そう都合よくはいきません。脅しのためか壁が殴りつけられました。その後馬車全体に保護強化魔法がかけられ、びくともしなくなりました。
それからすぐに馬車は出発し、何時間もわたくしはクッション性のないダイレクトな揺れにお尻を痛めつけられることと相成りました。
「…いいえ。クー・レデュー王国の星、殿下の命に従いますわ」
煌びやかなシャンデリアに照らされた王宮のダンスホールでは、わたくしの周りをぽっかりと空間をあけ人々が取り囲んでおりました。上段の王族のみが許された席には、婚約者である殿下とその腕に抱かれたピンクブロンドの男爵家の娘が立っています。
衆人環視の中で行われたのは、貴族学院でのわたくしの悪行の列挙といかに王子妃の資格がない性質であるかという演説でした。殿下は我慢ができなかったのか、演説の最中に被害者であるという男爵令嬢を抱き寄せました。
詰めの甘さに扇で隠した口元に思わず苦い笑みが浮かびます。本当に殿下は貴族に向いてらっしゃらないわ。お支えするはずの側近たちもまた視野が狭く詰めの甘い方たちが多くて今後心配になります。が、ここで一線を退場となるわたくしには関係ありませんわね。
今日この日、わたくしが断罪され婚約を破棄される事は事前に分かっておりました。貴族には高度な情報戦が求められます。貴族学院ではその情報の伝手をつくり活かすすべを学ぶために通うもの。礼儀作法など自分の屋敷に家庭教師さえ呼んでしまえば習えますもの。学院は実践の場であるのです。
既に根回しは終えており、この断罪劇のあと私の名を騙り男爵令嬢に幼稚な嫌がらせをしたご令嬢たちにはご実家の困窮をもって償いをして頂きます。まあ彼女たちもある意味は被害者ですので、ある程度で終わるでしょう。彼女達の婚約者に粉をかけた男爵令嬢が元々の原因なのですから。
わたくしの実家である侯爵家は、国外に大きな伝手を持つ商会を傘下に抱えています。国内の貴族たちに、外の流行品や嗜好品を始めとした雑貨や高級品を取り扱っているのです。それをちょっとお譲りするのを渋ってみたり値上げしてみたり色々と報復方法はあります。
そもそもわたくしは商売がしたかったのです。経営のため数字を見ることは好きでしたし、父もお前は見込みがあると小さい頃から惜しみなく知識を与えてくれました。わたくしも己の知識欲を満たす為、様々な疑問をなげかけ、時に仮説を父に語り共に討論したものです。幼い浅はかな知識を笑わずしっかり聞いてくださったお父様には感謝しかありませんわ。
しかし、今回の騒動でわたくしにも瑕疵がつくことは間違いありません。世の中って理不尽ですわよね。納得はいきませんが世の流れがそういうものであれば、逆らうには強い力が必要です。わたくし程度の力では到底現状抗えませんから、今は流されつつ最善を掴み取るのが吉。わたくしの婚約先は国外となるでしょう。そして爵位は我が侯爵家より下の爵位への嫁入りが落とし所でしょう。
さて、どう考えても殿下が男爵令嬢と不貞を働いたと見てわかる接近距離になって下さいましたし、そろそろ引き際でしょう。帰りの馬車は早めに呼んであります。あとは護衛の侯爵家の兵士と共に領地に戻るだけ。全て手配しているのです。
「フン!このような騒ぎとなっても動じぬとは、本当にお前は鉄のような女だな。我が国の侯爵令嬢として相応しくないと思わないか」
わたくしの対応が気に食わなかったのか、苛苛とした様子で殿下が側近に何か命じます。鉄は熱しやすく冷めやすいので、どちらかと言うと殿下の性質にピタリと当てはまると思います。
この時のわたくしに言える事があるとすれば、詰めが甘いのは私も同じであったということ。殿下は感情的になりやすく政務も執務もお嫌いと割と王族として致命的なのですが、運が良く情に厚いので不思議と周りに一定の人が集まるのです。蓼食う虫も好き好きと申しますか、わたくしとは致命的に相性が合いませんでしたがやはり相性の良い人間は誰しも居るもの。
その中に非常に有能で、頭の切れる人物が紛れ込んでいたのです。
「お前はこの国に相応しい人間性ではない。よって、婚約破棄だけでなく魔獣の森に追放とする!」
とんでもないことを言い出しましたわ。貴族の娘に森への追放など、実質的に死刑のようなもの。これは森へ運ばれるフリをして国外へ出るのが良いでしょう。侯爵家の影は数名、王家の兵士に紛れ込ませています。そのもの達と上手く連携し、逃げ果せねば。
殿下の言葉と共に近衛兵がわたくしを取り囲み、ダンスホールから連れ出そうとします。腕を捕まれ後ろ手に拘束されるという非常に乱暴な扱いを受け、わたくしは失態に気付きました。
この騎士達は足音がしません。また兜で分かりにくいですが、今まで見た事のない騎士達です。これまで王子妃教育のために王宮で見てきた騎士達の誰にも該当しません。また侯爵家の兵士・影でもない。
殿下の左後方に控える男に目を遣ります。そこには冷えた目でにっこりと笑うルージー公爵家の次男が居ました。黒い噂がある底知れない男です。してやられました。これは間違いなく森まで連行されます。
してやられたことが悔しい。しかしこれは完璧に一本取られましたわ。きっとあの嫌味な男のことですから、隣国に上手く逃れたとしても何か罠が仕掛けられているはず…。森の中で我が家の兵士達と速やかに合流し、少数精鋭で速やかに入国をする必要が出てまいりました。本当にあの男、忌々しいですわ!何度探りを入れても目的が見えてこないところが末恐ろしい。
わかっていることはこの国に対する忠誠心は持ち得ていないこと。滅ぼすつもりなのかしら?ああ、考えてもわからないことを考えるのは止しましょう。
多少の武術の心得はあるつもりでしたが、やはり男と女。捕らえられた腕は外せそうもありません。
「さあ!今夜の舞踏会に相応しくない者を連れて行け!」
周りの貴族たちの困惑によるざわめきをものともせず、やりきった顔で騎士に指示を与える殿下。あの自信満々の顔を扇で叩いてやりたいと心の底から思いますわ。
舞踏会のホールからわたくしは引っ立てられ半ば引きずられるように連れ出されました。王宮の廊下を行き交っているはずの侍女たちの姿さえ見えません。完全に人払いがされている。全く、用意周到なことですこと。
王宮にあるのが不思議なくらいの朽ちかけた馬車へ放り込まれます。なんとか受け身は取れましたので怪我はありません。全く、淑女の扱いがなってらっしゃらない方たちばかり。扉を閉められ外から南京錠をつけられました。
すごく古そうな馬車ですし、わたくしの力でも扉をこじ開けられないかしら?と思い扉に足蹴りをしますが、そう都合よくはいきません。脅しのためか壁が殴りつけられました。その後馬車全体に保護強化魔法がかけられ、びくともしなくなりました。
それからすぐに馬車は出発し、何時間もわたくしはクッション性のないダイレクトな揺れにお尻を痛めつけられることと相成りました。
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