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一章
2話 王子は心配する
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エリオットがアイリスに恋をしてから、10年近くの年月が経った。
エリオットと正式に婚約したアイリスは元々優秀だったこともあり、王妃教育と呼ばれる花嫁修行を悠々とこなすようになっていた。
隠れて庶民の食べ物を食べたり、侍従との恋愛話に花を咲かせたり、次期王妃候補がクマくらい倒せなくてどうしますのという謎理論によりクマに喧嘩を売りにいったり、相変わらず行動自体は変わっていたが容姿も礼法も、その世代では敵うものはいない程とされていた。
もちろん、嫉妬から「王子の婚約者には相応しくない」だとか「公爵家の娘だと思えない」などの陰口を叩かれることもあったが。
そんなある日、自室で王太子としての公務を果たしていたエリオットは落ち着かない心を紛らわせるために貧乏ゆすりを繰り返していた。
「…アイリスは、大丈夫なのか」
彼の心労は最愛の婚約者が高熱で倒れたことによるものであった。
高等部に上がるひと月前、アイリスは原因不明の高熱で倒れた。
一週間、アイリスの病状は一向に回復する様子を見せず、医者もこんな病を見たのは初めてだという。
最悪の場合も考えられると言われた翌日、アイリスの熱は嘘のように下がり、動けるようにまで回復した。
すぐにでも駆けつけたかったが、自身の従者に、病み上がりをいたわれと諭されたため、会いに行くのを渋々我慢したのだ。
それから5日たち、もういいだろうと、エリオットは公爵家に向かった。
会いに行かなければ良いのだろうと見舞いの品は死ぬほど送っていたため、公爵家にもう贈り物はいいと遠慮されていた。
久しぶりにあったのだ、彼女には自分が来た事は伝えず、驚かせてやろう。
びっくりするアイリスの姿を思い浮かべながら、エリオットは公爵家の門をくぐった。
彼女がここ3日は敷地内にある薔薇園にいる事が多く、今もそこにいると従者に聞いたエリオットは早速向かった。その足取りは主人の元へ走る子犬のような軽いものだった。セバスはまるで自分の主人が尻尾をブンブンとふりながら婚約者の元へ走り寄っていくようだと、気が付かれないように少しだけ苦笑していた。
公爵家は別名華の公爵家と言われているほど、見事な花園をいくつも所有していた。
一族揃って美形ぞろいであることも華の貴族と言われている所以ではあったが、薔薇園だけでもその由来に納得してしまう程の美しさだった。そんな華美な世界でも、彼女はすぐに見つかった。
だが、なんだか様子がおかしい。
「アイリス…?」
思わず呼びかけたエリオットの声に振り返った彼女の目にはーー涙が溢れていた。
「殿下…?何故…」
突然の来訪に目を丸くしていたアイリスだったが、涙を見られたことを悟り、
「これはその、目に、埃が入ってしまいまして。それで、」
「アイリス、どうしたんだ?
まだ体調が万全でないなら、ゆっくり休んだ方がいい、まだ高等部の入学式までは時間がある。無理を…」
「殿下、聞いていただきたい事があります」
言葉を遮ったアイリスにエリオットは少しも不快感を見せず、寧ろ違和感を覚えた。
「許しを得ずとも、なんでも話せ。
君と私の仲だろう」
自分達は婚約者なのだから、と優しくアイリスに微笑む。
アイリスは一度だけ頷き、
「殿下、高等部で、もし、殿下が心惹かれる令嬢がいらっしゃったら、私は大人しく身を引きます。邪魔をしません。
ですから、私の事はどうかお気になさらず」
そう言って走り去っていった。
あまりの事にエリオットは固まってしまった。誰が予想できるだろうか。
何か悩みがあるのだろうと、気に病むのなら俺に話せと、君の力になると。
そう思って聞いたはずだが、自分の婚約者は何を言っているのか。そこですぐに君以外に興味はないと発言できればよかったが、ショックの大きさからそれも叶わなかった。
茫然自失のまま王城に戻った彼は、自室にセバスを入れ、鍵を閉めた。
椅子に腰かけ、机に肘をつき、頭を抱える。
「セバス」
「はい」
「お前にはどう聞こえた。アイリスのあの言葉。正直に話せ」
「率直に申し上げまして、殿下の不貞を疑っておられるように感じました」
「…私もそう感じた」
「ですが、事実殿下は狂気を感じるほどにアイリス様一筋です」
「一言余計だが、事実だ。アイリス以外の令嬢と婚約しろと言われでもしたらクーデター起こしてやる」
「起こさずとも殿下は次期国王です」
「…例え話だ。なぁセバス」
「なんでしょうか」
「…私、いや、…俺、我慢した方だよな」
「願わくばもう少し我慢していただきたいのですが、いいでしょう」
セバスのゴーサインを受けたエリオットは、立ち上がって息を吸い込んだ。
そして、
「セバスやばい!!
アイリスに嫌われたかも知れない緊急事態だ!!ねぇどうしよう。
公務とかしてる場合じゃないわこれ。これ絶対嫌われただろ!!普通婚約者に私以外を好きになっても構わないし邪魔しないからって好きだったら言わんよな!?
いや、そりゃもちろんそん時は可愛いなぁとか思ったよ?嫉妬かなぁとか。
いやでも違うじゃん。明らかにいつもと様子違うじゃん!!おら、作戦会議するぞセバスチャン!!まずはアイリスに変なこと吹き込んだクソ野郎がいないかチェックだ」
王子の仮面を脱ぎ捨てた。
その様子を見て、またかとセバスは苦笑いを浮かべる。
王家の血がより濃く出ているエリオットは金色の髪に青い目をしていて、誰がどう見ても完璧に整った容姿をしていた。それこそ、各家の令嬢が彼の色香に惑わされる程に。
加えて王太子としての能力も申し分なく、次期国王として周囲の期待以上に成長していた。
だが、アイリスが絡めばこの王子は人が変わる。セバスの教育により貴族にはまだアイリスと仲睦まじいくらいの認識にしかされていないが、セバス及び、エリオット付きの従者は異常なほどのアイリスへの愛を知っていた。王子はアイリス様の事になると、IQが3まで落ちる、と。
この前はアイリスがニクジャガが好物だと話しているの聞き、お忍びでそれを調べ、自分で畑を耕し、種芋を植え、更に子牛を飼い始めたのを見た時は頭痛がした。
あんた材料から自分で作る気かと。
セバスに言わせれば、奇行爵令嬢と面白おかしく呼ばれているアイリスより、その婚約者に苦労をかけられていると噂されているエリオットの方がよっぽど奇行種なのであった。
エリオットは鼻息荒く、もはや王子の面影すら残っていない。
「何か、何か聞いていないかセバス!
そうだ、ミシェルと話をしていたよな!」
ミシェルとはアイリス付きの侍女であり、セバスとも情報交換をしていたはずだと、
「あぁ、そう言えばお可哀想にアイリス様が悪夢を見たそうだと、話しておりましたが、」
「悪夢?可哀想に俺のアイリス、どんな夢だったのかは聞いたか?」
「それが随分と具体的で、おかしな夢なのです。高等部の卒業パーティーの日に、エリオット様がエスコートしているのは見知らぬ美しい女生徒で、その女生徒の周りには、アスラン様や、エヴァン様、レオン様に、デューク様もいらっしゃり、皆一様に女生徒を守り、アイリス様を仇のように睨みつけていたと」
「成る程、友達だと思っていたがアスラン、エヴァン、レオン、デュークは敵だったらしい。島流しにしないと」
「殿下、夢です。あくまで夢です、馬鹿なんですか。…そして、その後、アイリス様はその女生徒に対して犯罪紛いの嫌がらせをしていた事を糾弾され、エリオット様に婚約破棄を突きつけられ、更にはその罪で流刑にされると。婚約者を奪われ、絶望したアイリス様は、その流刑地で自ら命をたつ、そう言った悪夢だったようです」
「夢の中の俺を流刑にしたい気分だ。
でも、それにしたって、"あくまでも夢"とお前も言っていた通り、アイリスがそこまで気にする理由がわからない」
「ええ、ミシェルも夢だからと諭していたようですが、2日前、状況が一変したようです」
「何があった?」
「アイリス様は、夢で見たという女生徒を絵に描いておられました。その時はお疲れなのだくらいにしか思わなかったようですが、
2日前にクラスフィール男爵が自身の娘として、平民から引き上げたものがおります。殿下もご存知だとは思いますが。しかも、高等部からその令嬢も学園に通われるとか」
「リリス・クラスフィール嬢の件だろ?
平民の母に産ませた子を男爵家に迎え入れたと、周りの貴族が騒ぐ事でもないのにうるさかったな。過去にもあっただろうこんな事。実父と暮らす事になんの落ち度があんだ可哀想に。んで、それがどした?」
「その絵に描かれた女生徒がリリス嬢にそっくりだったんですよ」
エリオットはスッと立ち上がった。
「殿下?どこに行かれるんですか?」
「ちょっと散歩がてらぶっ殺してくる」
「落ち着いてくださいこの犯罪者。
アンタ今リリス嬢可哀想って言ったばっかですよね?」
「まだ予備軍。
あと、それはそれ、これはこれだろ」
いや殺す気満々じゃないかとセバスは肩を竦めた。エリオットがこうなっている時は不敬を気にしていられない。
「アイリス様はそんなこと望んでおられませんよ。むしろ悲しみます」
その一言でエリオットは静か席についた。
「何してんだセバス!ほらはやく続き!」
どうしてこの男に王の才覚があるのか疑問だった。そんな男に一生の忠誠を誓っている自分も自分だが。セバスは、エリオットの様子を見て、まだ話していない事もあるが、これは言わない方がいいと判断した。
「他に話す事もないんですが、あとは何でしょう、ヒロインにはどうしたって勝てないって意味のわからない事も言ってたらしいです。ああ、それと、ミシェルから絶対にこの事を話したとお嬢様に言うなと言われているので、トチ狂ってもアイリス様に言いに行かないでくださいね」
「ヒロイン?…それにしても尻に敷かれてんなぁ、この恐妻家」
ミシェルはセバスの妻であった。
お互いに忙しいため式は挙げないつもりだったが、アイリスとエリオットの配慮で新婚旅行までさせて貰ったのはいい思い出だ。
「いやぁ、殿下と違って嫌われてないですからね。綺麗な妻に愛されて私は幸せです」
「やっぱ嫌われてるよな!いくら夢とは言え、正夢もあり得るのかこれは、俺はアイリスを捨てるっていうのか!?んなわけ無いけど、でも、可愛いアイリスが見た夢を否定していいのか…。ああ、今すぐ会いに言って俺のヒロインは君1人だと、君しかありえないと、抱きしめたい…!」
セバスは嫌味を返すタイミングを間違えたと頰を引きつらせた、せっかくやっと落ち着いてきたのに。
対するエリオットはブツブツと何かをつぶやいていた。やがて悪い笑みを浮かべ出した。
「あ…いいこと思いついた!」
「…と言いますと?」
この人のいいことなんてろくなもんじゃ無い、そうであった試しがないと彼の執事は内心ヒヤヒヤしている。
「もし、アイリスの夢がただの夢だったらそれはそれでイチャイチャ過ごすとして、
もし、正夢になりそうな気配があったら!」
「あったら?」
「俺は正夢からアイリスを守り抜いてみせる!」
セバスはポカンと口を開けたまま固まった。
エリオットと正式に婚約したアイリスは元々優秀だったこともあり、王妃教育と呼ばれる花嫁修行を悠々とこなすようになっていた。
隠れて庶民の食べ物を食べたり、侍従との恋愛話に花を咲かせたり、次期王妃候補がクマくらい倒せなくてどうしますのという謎理論によりクマに喧嘩を売りにいったり、相変わらず行動自体は変わっていたが容姿も礼法も、その世代では敵うものはいない程とされていた。
もちろん、嫉妬から「王子の婚約者には相応しくない」だとか「公爵家の娘だと思えない」などの陰口を叩かれることもあったが。
そんなある日、自室で王太子としての公務を果たしていたエリオットは落ち着かない心を紛らわせるために貧乏ゆすりを繰り返していた。
「…アイリスは、大丈夫なのか」
彼の心労は最愛の婚約者が高熱で倒れたことによるものであった。
高等部に上がるひと月前、アイリスは原因不明の高熱で倒れた。
一週間、アイリスの病状は一向に回復する様子を見せず、医者もこんな病を見たのは初めてだという。
最悪の場合も考えられると言われた翌日、アイリスの熱は嘘のように下がり、動けるようにまで回復した。
すぐにでも駆けつけたかったが、自身の従者に、病み上がりをいたわれと諭されたため、会いに行くのを渋々我慢したのだ。
それから5日たち、もういいだろうと、エリオットは公爵家に向かった。
会いに行かなければ良いのだろうと見舞いの品は死ぬほど送っていたため、公爵家にもう贈り物はいいと遠慮されていた。
久しぶりにあったのだ、彼女には自分が来た事は伝えず、驚かせてやろう。
びっくりするアイリスの姿を思い浮かべながら、エリオットは公爵家の門をくぐった。
彼女がここ3日は敷地内にある薔薇園にいる事が多く、今もそこにいると従者に聞いたエリオットは早速向かった。その足取りは主人の元へ走る子犬のような軽いものだった。セバスはまるで自分の主人が尻尾をブンブンとふりながら婚約者の元へ走り寄っていくようだと、気が付かれないように少しだけ苦笑していた。
公爵家は別名華の公爵家と言われているほど、見事な花園をいくつも所有していた。
一族揃って美形ぞろいであることも華の貴族と言われている所以ではあったが、薔薇園だけでもその由来に納得してしまう程の美しさだった。そんな華美な世界でも、彼女はすぐに見つかった。
だが、なんだか様子がおかしい。
「アイリス…?」
思わず呼びかけたエリオットの声に振り返った彼女の目にはーー涙が溢れていた。
「殿下…?何故…」
突然の来訪に目を丸くしていたアイリスだったが、涙を見られたことを悟り、
「これはその、目に、埃が入ってしまいまして。それで、」
「アイリス、どうしたんだ?
まだ体調が万全でないなら、ゆっくり休んだ方がいい、まだ高等部の入学式までは時間がある。無理を…」
「殿下、聞いていただきたい事があります」
言葉を遮ったアイリスにエリオットは少しも不快感を見せず、寧ろ違和感を覚えた。
「許しを得ずとも、なんでも話せ。
君と私の仲だろう」
自分達は婚約者なのだから、と優しくアイリスに微笑む。
アイリスは一度だけ頷き、
「殿下、高等部で、もし、殿下が心惹かれる令嬢がいらっしゃったら、私は大人しく身を引きます。邪魔をしません。
ですから、私の事はどうかお気になさらず」
そう言って走り去っていった。
あまりの事にエリオットは固まってしまった。誰が予想できるだろうか。
何か悩みがあるのだろうと、気に病むのなら俺に話せと、君の力になると。
そう思って聞いたはずだが、自分の婚約者は何を言っているのか。そこですぐに君以外に興味はないと発言できればよかったが、ショックの大きさからそれも叶わなかった。
茫然自失のまま王城に戻った彼は、自室にセバスを入れ、鍵を閉めた。
椅子に腰かけ、机に肘をつき、頭を抱える。
「セバス」
「はい」
「お前にはどう聞こえた。アイリスのあの言葉。正直に話せ」
「率直に申し上げまして、殿下の不貞を疑っておられるように感じました」
「…私もそう感じた」
「ですが、事実殿下は狂気を感じるほどにアイリス様一筋です」
「一言余計だが、事実だ。アイリス以外の令嬢と婚約しろと言われでもしたらクーデター起こしてやる」
「起こさずとも殿下は次期国王です」
「…例え話だ。なぁセバス」
「なんでしょうか」
「…私、いや、…俺、我慢した方だよな」
「願わくばもう少し我慢していただきたいのですが、いいでしょう」
セバスのゴーサインを受けたエリオットは、立ち上がって息を吸い込んだ。
そして、
「セバスやばい!!
アイリスに嫌われたかも知れない緊急事態だ!!ねぇどうしよう。
公務とかしてる場合じゃないわこれ。これ絶対嫌われただろ!!普通婚約者に私以外を好きになっても構わないし邪魔しないからって好きだったら言わんよな!?
いや、そりゃもちろんそん時は可愛いなぁとか思ったよ?嫉妬かなぁとか。
いやでも違うじゃん。明らかにいつもと様子違うじゃん!!おら、作戦会議するぞセバスチャン!!まずはアイリスに変なこと吹き込んだクソ野郎がいないかチェックだ」
王子の仮面を脱ぎ捨てた。
その様子を見て、またかとセバスは苦笑いを浮かべる。
王家の血がより濃く出ているエリオットは金色の髪に青い目をしていて、誰がどう見ても完璧に整った容姿をしていた。それこそ、各家の令嬢が彼の色香に惑わされる程に。
加えて王太子としての能力も申し分なく、次期国王として周囲の期待以上に成長していた。
だが、アイリスが絡めばこの王子は人が変わる。セバスの教育により貴族にはまだアイリスと仲睦まじいくらいの認識にしかされていないが、セバス及び、エリオット付きの従者は異常なほどのアイリスへの愛を知っていた。王子はアイリス様の事になると、IQが3まで落ちる、と。
この前はアイリスがニクジャガが好物だと話しているの聞き、お忍びでそれを調べ、自分で畑を耕し、種芋を植え、更に子牛を飼い始めたのを見た時は頭痛がした。
あんた材料から自分で作る気かと。
セバスに言わせれば、奇行爵令嬢と面白おかしく呼ばれているアイリスより、その婚約者に苦労をかけられていると噂されているエリオットの方がよっぽど奇行種なのであった。
エリオットは鼻息荒く、もはや王子の面影すら残っていない。
「何か、何か聞いていないかセバス!
そうだ、ミシェルと話をしていたよな!」
ミシェルとはアイリス付きの侍女であり、セバスとも情報交換をしていたはずだと、
「あぁ、そう言えばお可哀想にアイリス様が悪夢を見たそうだと、話しておりましたが、」
「悪夢?可哀想に俺のアイリス、どんな夢だったのかは聞いたか?」
「それが随分と具体的で、おかしな夢なのです。高等部の卒業パーティーの日に、エリオット様がエスコートしているのは見知らぬ美しい女生徒で、その女生徒の周りには、アスラン様や、エヴァン様、レオン様に、デューク様もいらっしゃり、皆一様に女生徒を守り、アイリス様を仇のように睨みつけていたと」
「成る程、友達だと思っていたがアスラン、エヴァン、レオン、デュークは敵だったらしい。島流しにしないと」
「殿下、夢です。あくまで夢です、馬鹿なんですか。…そして、その後、アイリス様はその女生徒に対して犯罪紛いの嫌がらせをしていた事を糾弾され、エリオット様に婚約破棄を突きつけられ、更にはその罪で流刑にされると。婚約者を奪われ、絶望したアイリス様は、その流刑地で自ら命をたつ、そう言った悪夢だったようです」
「夢の中の俺を流刑にしたい気分だ。
でも、それにしたって、"あくまでも夢"とお前も言っていた通り、アイリスがそこまで気にする理由がわからない」
「ええ、ミシェルも夢だからと諭していたようですが、2日前、状況が一変したようです」
「何があった?」
「アイリス様は、夢で見たという女生徒を絵に描いておられました。その時はお疲れなのだくらいにしか思わなかったようですが、
2日前にクラスフィール男爵が自身の娘として、平民から引き上げたものがおります。殿下もご存知だとは思いますが。しかも、高等部からその令嬢も学園に通われるとか」
「リリス・クラスフィール嬢の件だろ?
平民の母に産ませた子を男爵家に迎え入れたと、周りの貴族が騒ぐ事でもないのにうるさかったな。過去にもあっただろうこんな事。実父と暮らす事になんの落ち度があんだ可哀想に。んで、それがどした?」
「その絵に描かれた女生徒がリリス嬢にそっくりだったんですよ」
エリオットはスッと立ち上がった。
「殿下?どこに行かれるんですか?」
「ちょっと散歩がてらぶっ殺してくる」
「落ち着いてくださいこの犯罪者。
アンタ今リリス嬢可哀想って言ったばっかですよね?」
「まだ予備軍。
あと、それはそれ、これはこれだろ」
いや殺す気満々じゃないかとセバスは肩を竦めた。エリオットがこうなっている時は不敬を気にしていられない。
「アイリス様はそんなこと望んでおられませんよ。むしろ悲しみます」
その一言でエリオットは静か席についた。
「何してんだセバス!ほらはやく続き!」
どうしてこの男に王の才覚があるのか疑問だった。そんな男に一生の忠誠を誓っている自分も自分だが。セバスは、エリオットの様子を見て、まだ話していない事もあるが、これは言わない方がいいと判断した。
「他に話す事もないんですが、あとは何でしょう、ヒロインにはどうしたって勝てないって意味のわからない事も言ってたらしいです。ああ、それと、ミシェルから絶対にこの事を話したとお嬢様に言うなと言われているので、トチ狂ってもアイリス様に言いに行かないでくださいね」
「ヒロイン?…それにしても尻に敷かれてんなぁ、この恐妻家」
ミシェルはセバスの妻であった。
お互いに忙しいため式は挙げないつもりだったが、アイリスとエリオットの配慮で新婚旅行までさせて貰ったのはいい思い出だ。
「いやぁ、殿下と違って嫌われてないですからね。綺麗な妻に愛されて私は幸せです」
「やっぱ嫌われてるよな!いくら夢とは言え、正夢もあり得るのかこれは、俺はアイリスを捨てるっていうのか!?んなわけ無いけど、でも、可愛いアイリスが見た夢を否定していいのか…。ああ、今すぐ会いに言って俺のヒロインは君1人だと、君しかありえないと、抱きしめたい…!」
セバスは嫌味を返すタイミングを間違えたと頰を引きつらせた、せっかくやっと落ち着いてきたのに。
対するエリオットはブツブツと何かをつぶやいていた。やがて悪い笑みを浮かべ出した。
「あ…いいこと思いついた!」
「…と言いますと?」
この人のいいことなんてろくなもんじゃ無い、そうであった試しがないと彼の執事は内心ヒヤヒヤしている。
「もし、アイリスの夢がただの夢だったらそれはそれでイチャイチャ過ごすとして、
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