出産予定日なのに生まれる気配全くなし!仕方ないのでお迎え棒をお願いします。

加藤ラスク

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<前編>

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「キミとはいつ会えるのかなぁ、楽しみだよ」

 門脇美咲はソファーに座り、大きなお腹をさする。

「あ、動いた! お返事してくれているのかな?」

「本当だ、もう見てわかるくらいお腹うにょうにょしているね」

 美咲の隣に座っているのは夫の正樹だ。

 二人は新卒で食品製造会社入社し、企画チームに配属された同期として出会った。突っ走りがちな美咲と冷静な正樹は正反対な性格でありながら、仕事上のバディとしてはとても優秀だった。仕事への情熱は同じということもあり、よく二人で現地調査をしたり、残業したりとお互い一緒に過ごす時間が多く、惹かれあうのに時間はかからなかった。

 入社して五年がたった頃、正樹の異動とともに転勤が決まった。新しく支店を出すにあたり、優秀な人材を確保したいとのことで選出されたのだ。そのタイミングで正樹はプロポーズをし、結婚した。

 美咲は正樹に着いていくために退職を考えたが、理解のある会社のおかげでテレワークでの就業が認められ、引っ越し後も引き続き企画の仕事ができていた。

 そんなある日、美咲の妊娠が判明した。二人はとても喜んだ。

 ところが妊娠六週の頃、危機が訪れる。出血したのだ。急いで産婦人科へ行き、診察してもらうと切迫流産と診断された。

 妊娠初期の出血はそこまで珍しいことではないが、このままでは流産の可能性もあるのでしばらくは絶対安静とのことだった。

 仕事を休職し、ひたすら横になる生活。すべてはお腹の赤ちゃんのため。状態が安定して医者に動いていいと許可が下りても心配しがちな正樹はなるべく美咲に負担がかからないように家事などをして支えていた。

 そして今、無事に妊娠三十八週に入り、そろそろ出産予定日というところまできた。

「そういえば、そろそろ妊婦検診の時間じゃない?」

 美咲のお腹を触り胎動を感じようするが、すぐにピタッと止まってしまうのを残念がりながら正樹が尋ねる。

「あ、もうこんな時間。駐車場激込みだけれど今回も送迎お願いします」

 よっこいしょ、と大きなお腹を抱えるようにしてソファーから立ち上がる。

「もちろんだよ。愛する妻と子のためだからね」

 正樹は美咲を優しく抱きしめて軽くキスをした。





「子宮口、全然開いてないね。まだまだ出産まで時間かかりそうだ。」

 内診室のカーテンの向こう側からおじいちゃん先生の声が聞こえた。その後、看護師に内診台から降り、隣の診察室へ行くようにと案内される。

 診察室では夫の付き添いが認められているため、先に案内されていた夫と、先ほど内診をしてくれたおじいちゃん先生が座っていた。

「もういつでも生まれてきてもいい大きさだし、いい時期だから、安静にとかじゃなくどんどん動かないとダメ。階段の上り下りとかいっぱい動きなさい。もし、このまま出産予定日になっても生まれないようなら陣痛促進剤を使って計画分娩。赤ちゃんの頭の大きさによっては帝王切開の可能性もあるからね」

 出産には予期せぬトラブルはつきものだし、促進剤や帝王切開での出産だから悪いというわけではなく、無事に赤ちゃんが生まれてくれればそれでよいのだが、美咲は可能な限り自然分娩でと考えていた。ぬくぬくとした生活スタイルを変えなければ。そう心に決めたのであった。

 それから美咲は運動量を増やすために、日中の散歩の時間を今までの十五分から三十分に増やし、エレベーターを使わずに階段の上り下りをし、家では胡坐のストレッチ。

 今まで心配だからと美咲をセーブさせていた正樹も、今では会社帰りや休日など付き添うようになり、散歩コース考えてくれるなど積極的にたくさん動くということに協力してくれていた。




 そして、一週間後。



「子宮口サイズ、先週と変わってないんですか?」

 美咲は驚きを隠せず、身を乗り出しておじいちゃん先生に問いかける。

「少し柔らかくなったかなっていうところかな。来週、予定日でしょ? たぶん過ぎると思うから入院の予約して行ってよ。計画出産は誕生日が選べるからさ」

 まさか、一週間、生活を改めてたくさん動くようにしたのに、何も状況は変わらずだとは思わなかった。

「ママのお腹の中、よっぽど居心地がいいんだね」

 結果につながらずに少し気落ちしている美咲に正樹が声をかける。

「そっかぁ、ママのお腹がいいのかぁ」

 正樹の一言が思いのほか嬉しくてニマニマしてしまう。

 とはいえ、このまま何もしないで待っているだけは嫌だ。美咲はスマホを手に取り、予定日超過した先輩ママたちの出産体験談を調べ始めた。





「なんかね、おまじないやジンクスみたいなものなんだけれど、よくお肉を食べたら陣痛が来た! とか、炭酸栄養ドリンクを飲んだら来ました! って声が結構あるみたいなの」

 ここはしゃぶしゃぶ食べ放題の店。会社帰りの正樹と駅で合流し入店した。

「なんだ、めずらしく美咲からデートのお誘いかと思ったらそういうことか。いいよ、どこまで本当かわからないけれど、なんでも試してみるといいよ。それに子ども生まれたらなかなか二人で外食する機会も減るだろうしね」

「そう言われれば、そうだね。二人のデート楽しんじゃおう。ありがとね、正樹」

 今までは体重管理はしっかりとする病院だったこともあり、栄養バランスを考えて和食中心のヘルシー料理ばかり食べていたが、今夜はカロリーや栄養バランスは忘れて、思う存分肉を食べた。食べ過ぎてお腹が苦しい。

 店を後にし帰る途中、ドラッグストアに寄ってもらい、炭酸栄養ドリンクを買って飲む。元気ハツラツになれそうだ。
 試せるものは試した。きっとこれで赤ちゃんも出たくなるに違いない。

 そう思いながら過ごした日々。特に変化はない。出産予定日は明後日に迫っていた。





 朝食の後片付けを終え、洗濯物を干していると美咲のスマホに着信があった。宛先を見ると美咲の高校時代の友人の優佳からだ。

「もしもし、優佳おはよう。久しぶり」

「久しぶり~、今日はちょうど子どもの参観日で有給取ってて時間できてさ。最近どうしてるかなって思って電話してみた」

 優佳は高校卒業して就職し、元々付き合っていた年上の彼氏とすぐに結婚、出産し、今は小学一年生の息子がいる先輩ママだ。

「実は、私妊娠していて出産予定日明日なんだよね。でも全然陣痛起きる気配なくてさ。いろいろネットで見たジンクスとか試してみたんだよね。肉食べたり、ドリンク飲んだり。でも全然だめでさ。だから今度の金曜に入院して計画分娩かなってところだよ」

「あ~わかるよ。私もそうだったもん。予定日近くになっても全然でさ。美咲はいろいろ試したっていったけれど、『お迎え棒』とかも試してみた?私抵抗なければ試してみてもいいかもね」

「それ、詳しく!」

 優佳によると、お迎え棒とはいわゆる中だしセックスのことで、精子の子宮収縮作用と刺激により陣痛を誘発させるということらしい。優佳自身もお迎え棒の効果なのか、その後陣痛が来て出産できたんだとか。

 美咲は悩んでいた。お迎え棒をお願いしたい気持ちはすごくある。だが以前、妊娠中のセックスが解禁されたと伝えたとき、正樹は怖いからと頑なに拒んでいたのだ。今回もお願いしたとして果たして正樹は応えてくれるのだろうか。



「ただいま。今日の調子はどう?」
 正樹は妊娠してからというもの、家に帰ったら毎回のように美咲の体を気遣う声かけが癖になっている。

 美咲は、いつものようにおかえりの意のハグをして、勇気を出していつもとは違うことを口にした。

「あのね、お願いがあるの」

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