6 / 39
第一部 一章
君がもしも主人公だったら
しおりを挟む
彼女は先ほどから、左の銃しか使っていなかったことに。
右手の銃は先ほどからずっとキュルキュル鳴き続け、その音は膨れ上がるばかり。あんなに静かだったはずの校舎もすっかり過去のものとなっていた。
加えて、はち切れんばかりの光が銃口から溢れている。
見ると彼女の右手人差し指。トリガーに添えられた指は引いたままだった。きっと彼女が俺をゴミ呼ばわりした時から。俺が挑む気になった時から。
ずっと前から彼女は、その引き金に添えた指を曲げ続けていたんだ。
それは普通の拳銃ならありえないこと。だけれど。
いまさら普通が通用するとでも。
引き金を抑え続ける彼女の人差し指。小刻みに震えている人差し指。
ずっと前から彼女は、溜めていた。自身の力を。留めていた。その威力を。そして待っていた、解き放つ瞬間を。
今がきっとその時。
敵を仕留める絶好の機会。
まばゆい光は二人を照らす。轟くキュルキュル。もうそれ以外の音が聞こえない。
最大出力の三発目が、くる。
お い 。 お い お い お い 、 ど う す る。
今から全身を炎に包んで硬化するか。それは果たして、間に合うのか。
絞り出せたとして、そんな急造な鎧で身を守ることができるのか。あまりに薄いそれで、凌げるか。この一撃を。次の一撃を。彼女の本気を。
仮に防げたとして、その次はどうする。そのあとはどうする。どうすればいいんだ。
どうやって反撃する、どうやって。
いや、そんなことはどうでもいい、どうでもよくはないけど今は置いといて。今は目前の事態に頭を使わないと、やばいだろ。おい、働けよ。働かないなら動けよ俺の体!
その無い知恵を振り絞れって。振り絞ってくれよ! 頼むよ。助けてくれよ!
体はもう動かなかった。時が止まったように。
心底怖いと思った。
いや、本当はそんなことを思う暇なんて無かったのかもしれない。
手を伸ばせば届く距離にいる少女。やけにゆっくりと流れる時間。
目の前の唇が微かに動く。閉じていた口が勢いよく縦に開いて、また、しぼむように閉じる。
きっと彼女はこう言った。
「バーン」と。
その顔はにこやかだった。
現実離れした姿をしていて、先ほどはついつい花に例えてしまいたくなるほど美しかった彼女だが、その時は確かに俺と同じ空間に生きて俺と同じように歳を取っていく普通の女子高生だった。
きっと、彼女も心から楽しんでいるのだろう。この状況を、いやこの世界を。「ここが私の生きる場所だ」とその顔は高らかに宣言していた。
勝てないな、この子には。
どこかで諦めてしまった自分がいたが、悪い気はしなかった。思考が止まりかけている頭で、ふと一瞬想像してしまう。
きっとこの女の子は、目の前の女の子は、例えば世界が荒廃して、人類は数を減らして、動物が繁栄して、植物が生い茂って。地球の寿命が終わりを迎える最後の瞬間も同じく、にこやかにしているだろう。
清々しいほど爽やかに。
そんな、妄想をしてしまった。
こんな状況で、なんで俺は。自分に銃口を向ける彼女を可愛いなんて、思ったり思わなかったり。
発射される弾丸。その距離は、無いに等しい。真っ白い視界。
どうしてこうなった。
何を間違えた、何がいけなかった。
いや、何も間違えてはいないし、何もいけなくなかった。初めから分かっていたことじゃないか。自分でもどこかで気付いていただろう。俺じゃあ彼女に敵わないことに。分かっていて、突っ込んだんだろ。玉砕覚悟だったはずだ。
視界が霞んでいく。どこかの山奥みたいに目の前に霧がかかる。
その中でぼんやり。
夢だったら良いのに。
そんな一文が頭に浮かぶ。浮かんだ時どこか遠くの方から、遠くというのは距離的な意味ではなく、なんというか自分の意識の外というか、本当に、ずっと遠くの方から。声が聞こえた。
「わたしと一緒に夢をみましょう」
それは自分がこの世に産声をあげて初めて聞いた声のような気もしたし、目覚ましのアラームに設定して日常的に聞いている声のような気もした。
ああ、そうだ。あの時彼女は、そう言ったんだ。
何が夢だったら良いのに、だ。俺は、まったく。
大事なことを忘れていた。随分と、ずっと前から、これは。
「これは、夢だ」
気づいてぽつり、口からこぼれる。と同時に朦朧とした意識が鮮明になり、視界にかかった霧が晴れて、そして明晰になる。
自分の耳にも届いたかどうか定かでない呟き。
果たして彼女に、聞こえただろうか。
そして、俺は一体どうなってしまうのか。
この夢の続きを語るためにも、もっと前の時間軸から説明しようと思う。
右手の銃は先ほどからずっとキュルキュル鳴き続け、その音は膨れ上がるばかり。あんなに静かだったはずの校舎もすっかり過去のものとなっていた。
加えて、はち切れんばかりの光が銃口から溢れている。
見ると彼女の右手人差し指。トリガーに添えられた指は引いたままだった。きっと彼女が俺をゴミ呼ばわりした時から。俺が挑む気になった時から。
ずっと前から彼女は、その引き金に添えた指を曲げ続けていたんだ。
それは普通の拳銃ならありえないこと。だけれど。
いまさら普通が通用するとでも。
引き金を抑え続ける彼女の人差し指。小刻みに震えている人差し指。
ずっと前から彼女は、溜めていた。自身の力を。留めていた。その威力を。そして待っていた、解き放つ瞬間を。
今がきっとその時。
敵を仕留める絶好の機会。
まばゆい光は二人を照らす。轟くキュルキュル。もうそれ以外の音が聞こえない。
最大出力の三発目が、くる。
お い 。 お い お い お い 、 ど う す る。
今から全身を炎に包んで硬化するか。それは果たして、間に合うのか。
絞り出せたとして、そんな急造な鎧で身を守ることができるのか。あまりに薄いそれで、凌げるか。この一撃を。次の一撃を。彼女の本気を。
仮に防げたとして、その次はどうする。そのあとはどうする。どうすればいいんだ。
どうやって反撃する、どうやって。
いや、そんなことはどうでもいい、どうでもよくはないけど今は置いといて。今は目前の事態に頭を使わないと、やばいだろ。おい、働けよ。働かないなら動けよ俺の体!
その無い知恵を振り絞れって。振り絞ってくれよ! 頼むよ。助けてくれよ!
体はもう動かなかった。時が止まったように。
心底怖いと思った。
いや、本当はそんなことを思う暇なんて無かったのかもしれない。
手を伸ばせば届く距離にいる少女。やけにゆっくりと流れる時間。
目の前の唇が微かに動く。閉じていた口が勢いよく縦に開いて、また、しぼむように閉じる。
きっと彼女はこう言った。
「バーン」と。
その顔はにこやかだった。
現実離れした姿をしていて、先ほどはついつい花に例えてしまいたくなるほど美しかった彼女だが、その時は確かに俺と同じ空間に生きて俺と同じように歳を取っていく普通の女子高生だった。
きっと、彼女も心から楽しんでいるのだろう。この状況を、いやこの世界を。「ここが私の生きる場所だ」とその顔は高らかに宣言していた。
勝てないな、この子には。
どこかで諦めてしまった自分がいたが、悪い気はしなかった。思考が止まりかけている頭で、ふと一瞬想像してしまう。
きっとこの女の子は、目の前の女の子は、例えば世界が荒廃して、人類は数を減らして、動物が繁栄して、植物が生い茂って。地球の寿命が終わりを迎える最後の瞬間も同じく、にこやかにしているだろう。
清々しいほど爽やかに。
そんな、妄想をしてしまった。
こんな状況で、なんで俺は。自分に銃口を向ける彼女を可愛いなんて、思ったり思わなかったり。
発射される弾丸。その距離は、無いに等しい。真っ白い視界。
どうしてこうなった。
何を間違えた、何がいけなかった。
いや、何も間違えてはいないし、何もいけなくなかった。初めから分かっていたことじゃないか。自分でもどこかで気付いていただろう。俺じゃあ彼女に敵わないことに。分かっていて、突っ込んだんだろ。玉砕覚悟だったはずだ。
視界が霞んでいく。どこかの山奥みたいに目の前に霧がかかる。
その中でぼんやり。
夢だったら良いのに。
そんな一文が頭に浮かぶ。浮かんだ時どこか遠くの方から、遠くというのは距離的な意味ではなく、なんというか自分の意識の外というか、本当に、ずっと遠くの方から。声が聞こえた。
「わたしと一緒に夢をみましょう」
それは自分がこの世に産声をあげて初めて聞いた声のような気もしたし、目覚ましのアラームに設定して日常的に聞いている声のような気もした。
ああ、そうだ。あの時彼女は、そう言ったんだ。
何が夢だったら良いのに、だ。俺は、まったく。
大事なことを忘れていた。随分と、ずっと前から、これは。
「これは、夢だ」
気づいてぽつり、口からこぼれる。と同時に朦朧とした意識が鮮明になり、視界にかかった霧が晴れて、そして明晰になる。
自分の耳にも届いたかどうか定かでない呟き。
果たして彼女に、聞こえただろうか。
そして、俺は一体どうなってしまうのか。
この夢の続きを語るためにも、もっと前の時間軸から説明しようと思う。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
冷遇妃マリアベルの監視報告書
Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。
第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。
そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。
王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。
(小説家になろう様にも投稿しています)
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜
のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、
偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。
水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは――
古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。
村を立て直し、仲間と絆を築きながら、
やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。
辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、
静かに進む策略と復讐の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる