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第一部 二章
傷跡のない古傷
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「は? なんだよお楽しみって」
なんで秘密なんだ。だいたい観る映画を隠す必要なんてあるのか? ぶっちゃけ俺はそこまで映画にこだわりはない。
好きな監督や好きな制作会社とかもない。例えば世間の男子が引くようなコッテコテの恋愛映画を観ることになったとしても、別に耐えることはできる。
そもそも友達と映画鑑賞するということは作品そのものを楽しむこともそうだが、席の並び順はどーするだのポップコーンは塩かキャラメルどっちにする? あ、俺やっぱチュロスがいいわーだの、上映後に感想を言い合ったり今度は予告で流れた映画に行こうよと話したり……。
そういう付随する仲間との時間を楽しむものだと思う。
少なくとも俺はそのタイプだ。
だからどんな映画でも別に良かった。
クソ映画でも「つまんなかったなー」と言い合えれば、それで。
俺は満足できるのだ、と。その時まではそう思っていた。「お待たせー」と一綴りになった四枚の券を龍太郎が持ってきてそのタイトルを見るまでは。
千和子、初と順番にちぎって渡していき「そしてはい、ミトゥーの分だよ」とご丁寧に裏返しで俺にも配られる。受け取ってから三人の顔を見ると皆一様に笑顔だったが、龍太郎と他二人は笑みの種類が違った。どこまでも純粋でピュアな龍太郎の双眸はその性格を表したかのようにキラキラと輝いていた、俺の反応に期待していた。
さながら誕生日プレゼントを受け取ったような気分になる。だが女子二人は先ほどから変わらず、意地が悪そうにニコニコというかニタニタと笑みを浮かべていた。彼女らも俺の反応に期待しているようだ。だがそれは罠にかかる直前の獲物を見て「これからどう調理してやろうか」「どんな味がするのだろうか」という期待だった。
嫌な予感はするものの見当がつかず、このまま試行錯誤するなら見てしまった方が早いと受け取った裏返しの券を表にする。
そして、後悔した。
ああ、なんで俺は今日家から出てしまったのだろう。あそこでチャイム無視して、二度寝でも決め込んでいれば。一時間ほど前の自身を恨むくらいにはその紙に書かれていた文字は俺にとって予想もつかないものだった。
券のタイトルにはこう書かれていた。
「劇場版 ナンバー戦争」
背中から嫌な汗がつぅっと冷たく流れ、ドクン脈打つ左の臓器。
傷跡のない古傷が痛み出す。
ポップコーンやチュロスにジュース、銘々に持って座席につく。
「いやぁ楽しみだね! ミトゥーが一番好きな作品だもんね! 久々にミトゥーと『ナン戦』の話ができると思うと僕も今から胸が踊るよ」
「楽しみじゃねーし。『ナン戦』って何? ナンセンスの略? 確かにこの映画を見るのはナンセンだわな」
「大丈夫だよーお兄ちゃん。お兄ちゃんは無理やり連れて来られて自分の意思で観ようと思ってないんだからね? 騙されてしょうがなーーく座ってるだけだからね? 私達ちゃんと分かってるから! 安心して」
「マー君これ好きだったもんねー」
「うるせぇな、好きじゃねぇよ! だいたい龍太郎は置いといてお前らは全く興味ないだろ! そんな半端な気持ちで観るんじゃねぇよ主人公の鉄真に失礼だろ」
「あらあらさっそく愛が漏れてますよぉ?」
「ぐっっ……」
イヒヒと笑う妹はまるで悪魔のようだ。薄暗い館内でもはっきりと先端が三角形の尻尾まで見えた。
ブーっと低い音が鳴ると照明が消され足元にある最低限のライトだけになり一気に暗くなる。先ほどまで四方八方から途切れ途切れ聞こえていた子供達の高い声もなくなり、場内を静寂が包み込む。
前方の巨大なスクリーンからはまず公開予定の作品が流れていく。アカデミー賞受賞だの何部門にノミネートしただのと分かりやすい言葉で宣伝するのは、ミュージカル風のサーカスを舞台にした映画。ド派手なアクションで爆発音が絶えないスパイ映画。映される予告は全て字幕なので、見慣れない外国人の英語がスピーカーから聞こえてくる。
最後に流れたアメ車の窓から放送禁止用語を叫び中指を立てるババアが出てきたゾンビ映画は面白そうだった。
踊るビデオカメラや警備員の格好をした赤いランプが映画鑑賞における注意事項を説明し終えると、いよいよだ。チラと左隣の龍太郎を覗くと、まだ始まってもいないのに楽しそうにしているのが伺えた。本編が始まるまでの数分から数十分、会場全体が今か今かと待ち望む空気で満ちていく。
皆「ナンバー戦争」の始まりを待っている。まぁ、当たり前のことだ。
この作品はそれほどまでに人気がある、国民的に有名なものだ。俺が小学生の時から今まで途切れ途切れではあるが放送は続いているし、ゲーム化や書籍化はもちろん映画化はこれで確か三本目だ。以前ハリウッド版の制作も噂されていた。
今回は、語られていなかった主人公「大地鉄真」が能力に目覚めてから戦いに挑むまでの間の話らしい。
そもそも「ナンバー戦争」がどんなストーリーなのか簡単に説明すると、人々は十五を過ぎた時から体に数字の痣が浮かんでくる。それは自分の世界での順位を表していて、その順位が高ければ高いほど生活レベルも上がっていき、人々は自分のナンバーを上げるためにより高位のものと戦いをし、その者を倒すことで順位が上がっていく世界。
そんな異世界の人間同士の争いを止める救世主として主人公の「大地鉄真」は召喚され、戦いに巻き込まれ世界を救う。というのが大筋の話だ。
……と。説明しているうちに懐かしテーマソングが流れ本編が始まった。
異世界に召喚され朦朧とした意識から覚めた鉄真。
彼は空を飛んでいた。飛んでいた、と言うより飛ばされていたんだ。洋風のドラゴンに背中を捕まれ、大空を旋回している。状況が飲み込めず混乱している間にそのドラゴンは彼のことを離し、地上にある島まで落としてしまう。このままでは死んでしまう、と焦る鉄真。
雲をすり抜け林が迫り、死を覚悟した時、体から銀の炎が彼の身を包み込み能力に目覚める。彼は鋼の炎の力を持つ。全身から炎を出し、まるで時間を止めたように、猛る火炎の姿をそのままに固める。その硬度は鋼。炎をそのまま鋼に変える。
硬化した後のアンバランスで法則性もクソもない形をスクリーンで見た時、「ああ今日の、寝グセみたいだ」そう思った。そのくせ頭の部分はヒーローもののお決まりでスタイリッシュに毎回硬化するのだ。
体を炎上させ、その炎ごと硬化する能力。
それが彼の能力。
鉄真は転落死のピンチを全身硬化(のちにフルメタルという技名がつく。)で凌ぎきると、着地した場所には裸族のエルフがいてはわわな展開になり、先ほど自分を突き落としたドラゴンが現れ喋り出し自分がこの世界を救うヒーローになることを命じられる。そして彼は革命軍のアジトに連れて行かれ––––。
物語は息つく間もなく進んでいった。
絶対に正義が、主人公が勝つことは約束されているけれど、時に手に汗を握り時にもうダメだと絶望し、そして覚醒する鉄真の姿に、心の中の火種が着火したような、胸の奥底にある熱い液体が入った樽が破裂して血液に混じって全身を流れていくような。
そんな感覚を覚えた。
なんで秘密なんだ。だいたい観る映画を隠す必要なんてあるのか? ぶっちゃけ俺はそこまで映画にこだわりはない。
好きな監督や好きな制作会社とかもない。例えば世間の男子が引くようなコッテコテの恋愛映画を観ることになったとしても、別に耐えることはできる。
そもそも友達と映画鑑賞するということは作品そのものを楽しむこともそうだが、席の並び順はどーするだのポップコーンは塩かキャラメルどっちにする? あ、俺やっぱチュロスがいいわーだの、上映後に感想を言い合ったり今度は予告で流れた映画に行こうよと話したり……。
そういう付随する仲間との時間を楽しむものだと思う。
少なくとも俺はそのタイプだ。
だからどんな映画でも別に良かった。
クソ映画でも「つまんなかったなー」と言い合えれば、それで。
俺は満足できるのだ、と。その時まではそう思っていた。「お待たせー」と一綴りになった四枚の券を龍太郎が持ってきてそのタイトルを見るまでは。
千和子、初と順番にちぎって渡していき「そしてはい、ミトゥーの分だよ」とご丁寧に裏返しで俺にも配られる。受け取ってから三人の顔を見ると皆一様に笑顔だったが、龍太郎と他二人は笑みの種類が違った。どこまでも純粋でピュアな龍太郎の双眸はその性格を表したかのようにキラキラと輝いていた、俺の反応に期待していた。
さながら誕生日プレゼントを受け取ったような気分になる。だが女子二人は先ほどから変わらず、意地が悪そうにニコニコというかニタニタと笑みを浮かべていた。彼女らも俺の反応に期待しているようだ。だがそれは罠にかかる直前の獲物を見て「これからどう調理してやろうか」「どんな味がするのだろうか」という期待だった。
嫌な予感はするものの見当がつかず、このまま試行錯誤するなら見てしまった方が早いと受け取った裏返しの券を表にする。
そして、後悔した。
ああ、なんで俺は今日家から出てしまったのだろう。あそこでチャイム無視して、二度寝でも決め込んでいれば。一時間ほど前の自身を恨むくらいにはその紙に書かれていた文字は俺にとって予想もつかないものだった。
券のタイトルにはこう書かれていた。
「劇場版 ナンバー戦争」
背中から嫌な汗がつぅっと冷たく流れ、ドクン脈打つ左の臓器。
傷跡のない古傷が痛み出す。
ポップコーンやチュロスにジュース、銘々に持って座席につく。
「いやぁ楽しみだね! ミトゥーが一番好きな作品だもんね! 久々にミトゥーと『ナン戦』の話ができると思うと僕も今から胸が踊るよ」
「楽しみじゃねーし。『ナン戦』って何? ナンセンスの略? 確かにこの映画を見るのはナンセンだわな」
「大丈夫だよーお兄ちゃん。お兄ちゃんは無理やり連れて来られて自分の意思で観ようと思ってないんだからね? 騙されてしょうがなーーく座ってるだけだからね? 私達ちゃんと分かってるから! 安心して」
「マー君これ好きだったもんねー」
「うるせぇな、好きじゃねぇよ! だいたい龍太郎は置いといてお前らは全く興味ないだろ! そんな半端な気持ちで観るんじゃねぇよ主人公の鉄真に失礼だろ」
「あらあらさっそく愛が漏れてますよぉ?」
「ぐっっ……」
イヒヒと笑う妹はまるで悪魔のようだ。薄暗い館内でもはっきりと先端が三角形の尻尾まで見えた。
ブーっと低い音が鳴ると照明が消され足元にある最低限のライトだけになり一気に暗くなる。先ほどまで四方八方から途切れ途切れ聞こえていた子供達の高い声もなくなり、場内を静寂が包み込む。
前方の巨大なスクリーンからはまず公開予定の作品が流れていく。アカデミー賞受賞だの何部門にノミネートしただのと分かりやすい言葉で宣伝するのは、ミュージカル風のサーカスを舞台にした映画。ド派手なアクションで爆発音が絶えないスパイ映画。映される予告は全て字幕なので、見慣れない外国人の英語がスピーカーから聞こえてくる。
最後に流れたアメ車の窓から放送禁止用語を叫び中指を立てるババアが出てきたゾンビ映画は面白そうだった。
踊るビデオカメラや警備員の格好をした赤いランプが映画鑑賞における注意事項を説明し終えると、いよいよだ。チラと左隣の龍太郎を覗くと、まだ始まってもいないのに楽しそうにしているのが伺えた。本編が始まるまでの数分から数十分、会場全体が今か今かと待ち望む空気で満ちていく。
皆「ナンバー戦争」の始まりを待っている。まぁ、当たり前のことだ。
この作品はそれほどまでに人気がある、国民的に有名なものだ。俺が小学生の時から今まで途切れ途切れではあるが放送は続いているし、ゲーム化や書籍化はもちろん映画化はこれで確か三本目だ。以前ハリウッド版の制作も噂されていた。
今回は、語られていなかった主人公「大地鉄真」が能力に目覚めてから戦いに挑むまでの間の話らしい。
そもそも「ナンバー戦争」がどんなストーリーなのか簡単に説明すると、人々は十五を過ぎた時から体に数字の痣が浮かんでくる。それは自分の世界での順位を表していて、その順位が高ければ高いほど生活レベルも上がっていき、人々は自分のナンバーを上げるためにより高位のものと戦いをし、その者を倒すことで順位が上がっていく世界。
そんな異世界の人間同士の争いを止める救世主として主人公の「大地鉄真」は召喚され、戦いに巻き込まれ世界を救う。というのが大筋の話だ。
……と。説明しているうちに懐かしテーマソングが流れ本編が始まった。
異世界に召喚され朦朧とした意識から覚めた鉄真。
彼は空を飛んでいた。飛んでいた、と言うより飛ばされていたんだ。洋風のドラゴンに背中を捕まれ、大空を旋回している。状況が飲み込めず混乱している間にそのドラゴンは彼のことを離し、地上にある島まで落としてしまう。このままでは死んでしまう、と焦る鉄真。
雲をすり抜け林が迫り、死を覚悟した時、体から銀の炎が彼の身を包み込み能力に目覚める。彼は鋼の炎の力を持つ。全身から炎を出し、まるで時間を止めたように、猛る火炎の姿をそのままに固める。その硬度は鋼。炎をそのまま鋼に変える。
硬化した後のアンバランスで法則性もクソもない形をスクリーンで見た時、「ああ今日の、寝グセみたいだ」そう思った。そのくせ頭の部分はヒーローもののお決まりでスタイリッシュに毎回硬化するのだ。
体を炎上させ、その炎ごと硬化する能力。
それが彼の能力。
鉄真は転落死のピンチを全身硬化(のちにフルメタルという技名がつく。)で凌ぎきると、着地した場所には裸族のエルフがいてはわわな展開になり、先ほど自分を突き落としたドラゴンが現れ喋り出し自分がこの世界を救うヒーローになることを命じられる。そして彼は革命軍のアジトに連れて行かれ––––。
物語は息つく間もなく進んでいった。
絶対に正義が、主人公が勝つことは約束されているけれど、時に手に汗を握り時にもうダメだと絶望し、そして覚醒する鉄真の姿に、心の中の火種が着火したような、胸の奥底にある熱い液体が入った樽が破裂して血液に混じって全身を流れていくような。
そんな感覚を覚えた。
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