俺の超常バトルは毎回夢オチ

みやちゃき

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第一部 三章

あれが雲だということは

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 三章

 大空に羽ばたく鳥を眺めて、昔の人は「自由だ」と言った。

 それが広がり、例えば独房の塀から鳥を見つめる囚人が「あの鳥のように自由に生きられたらな」なんて呟くシーンがたまに映画やドラマで流れる。
 我々は空を飛ぶことを、しばしば自由なことだと思いがちだ。
 けれど、果たして本当に鳥は自由だろうか。

 彼らは生きていくために空を飛ばなければならない。逆にいうと飛んで暮らす以外の選択肢はないのだ。
 片翼になってしまったものが待ち受けるのは死。もしかしたら本当は「あの魚みたいに泳げたら、あそこの人間みたいに歩いて生活できたら。彼らはなんて自由なのだろう」と憧れているかもしれない。

 まぁ、何が言いたいのかというと。
 鳥の気持ちなんて分からないということだ。

 実際に彼らと同じように、大空を羽ばたいてみても----。


                     ☆    ☆     ☆

 
 視界一面に広がるのは深い青色。その所々に白色が点々と散りばめられている。

 一度瞬きをするも眼下にはぼんやりと靄がかかり、目に映るものがなんなのか判然としなかった。霧状のものが脳みそのぐちゃぐちゃした隙間にまでびっしりとはびこり、それが鼻の穴や口からスーッと抜け出して外気に触れるとろうのように固まり、外側を覆っている感覚。

その重さに耐えかね、一度がくんと頭が縦に揺れる。
 寒さを感じた。冷たさを感じた。

 手と足の先から体の中心に向かってだんだんと感覚が蘇ってきた。何かに強く押されている。その何かが頭部を覆う蝋をぽろりぽろり、剥がしていった。

 それは風だった。
 一身に強風を受ける。

 一度瞬きをする。今度は青と白の他に肌色が見えた。それはブラブラと視界から消えては現れ、また消えて。ぼんやりとした、朦朧とした光景に耐えられず自分の目をこすろうとするとその肌色は近づいてきた。
 どうやら自分の腕だったらしい。

 こすっても、こすっても。
 相変わらず視界は、まるで泣いている時みたいにぼやけたままだ。

 痛いくらいにまぶたの上から目をグリグリ拳でいじっていると、両肩と腹部に圧迫感を覚える。なんだろうと、触ってみると石のようなゴツゴツとした感触があり、それがあるところを境目にして、つるりと滑る肌触りの良いものへと変わっていた。

 ベタベタと触り続けながら首を曲げて自分の腹のあたりを見ると、以前ぼやけてはいるが、何か巨大で鋭利えいりなものが自分の体に巻き付くように絡まっている。

 それはずっと前からそこにあったのだろう。

 覆っていた蝋がほとんど剥がれていくにつれてだんだんと視界は戻り、眼下に広がる青色がより鮮明に見えてきた。

 とても綺麗なものだ。
 その青は綺麗な姿をしていた。

 青と言っても少し黒く紺のように映ってきた。よく見ると少し動いているような気もしてじっと見つめているとだんだん散らばっていた白が何かわかってきた。
 それは雲であった。今までに自分が見たどんな白よりも濃い部分があるかと思えば、薄く透き通っている部分もある。雲はゆっくりと浮遊している気がした。

 あれが雲だということは。

 必然的に眼下に広がるものが海なのだと連想できた。

 なんだこれは。

 自分の目に映る光景が理解できなかった。

 俺は空を飛んでいた。

 飛んでいた、と言ってもきっと翼が生えたわけでもないし箒にまたがっているわけでもない。
 何かテレビで上空から撮影した大海の映像を見ているようだ。実感がなく、他人事に感じた。ヘッドセットをつけて仮想体験をしているような感覚だった。

 俺は空を飛んでいた。

 飛んでいた、と言うより飛ばされていた、と表現する方が正しいのだろう。
 体に巻きつく強大な何かが自分の背後へと続いていくのがわかった。
 好奇心や恐怖心を感じる前に首が動く。

 いや、実を言うとそんなものは沸くことのないものだった。
 なぜなら今自分が目の当たりにしている出来事が、本当に自分の身に起こっているものだと思えなかったからだ。
 美藤錬真みとうれんまという人間が出演しているドラマを見ているような感覚だった。

 雲やら海やらを映していたカメラが、切り替わって自分の背後へと向く。
 そして自分の瞳に飛び込んできたもの。

 それは二つの強大な茶色だったり黄土色だったり灰色のものが上へ下へと大きく動いていて、風を切っていた。
その間に綺麗な曲線を描いたものがずーっと続いていて、途中で見切れていた。

 なんだ、こいつは……。

 ものすごい勢いで顔面に風を浴びる。
それは「突風」という自然現象ではなく「呼吸」という生理現象。
他の言葉に変換するのなら「鼻息」。

 全貌を捉えようと頭をあげる。するとその先端にあったものと目があった。
 そこにいたのは古典的で、伝統的で、そして見覚えのあるドラゴンだった。

 ドラゴン。

 そう、青い瞳で鼻息を粗くたて、二本のツノを生やしたドラゴンがいた。とぐろを巻いているボール七つで呼び出せるような中国産の竜ではなく洋風なものだった。

 自分の肩と腹部を捉えて離さないのは彼のツメ。
 俺は先ほどから自力で飛行していたのではない、このドラゴンにぶら下げられていたのだ。

 よくできたものだCGの技術はここまで発達したのかと、そうも思ったが体に重く感じるドラゴンの脚からは確かな生命があり、耳からはごうごうと風を切る音が聞こえている。

 これは、作り物なんかじゃない。

 ふと、一目背後のドラゴンを見たとき俺は「見覚えがある」と感じた。そしてそれは背後にいる空想上の伝説の生き物だけではなく、どこかこの状況そのものにも共通していた。

 ここはどこだ。

俺はこの光景を知っていた、記憶の奥底に眠っている気がした。

 これは一体なんなんだ。
 俺は一体何を見ているんだ。
 どこか別の世界に来てしまったのか。

 別の世界。

 はじめや龍太郎や千和子ちわこがいて高校入学を目前に控えたあの世界。
 俺のいた世界。俺が生きている現実。

 現実。ここは、これは現実なのか。
 違う、これは、見たことがある。

 背後のドラゴンも泳ぐ雲も広がる大海原も。

 視界の端に緑色の小さい楕円形をしたものが入って来て、すぐにそれは真ん中に位置した。ドラゴンはそこを目指していたのだ。ピタリとその上空で旋回をしている。

 ポツンと海に浮かぶものは何かわかった。あれは島だ。見覚えのある、孤島だった。

 そうだ、これは現実なんかじゃない。幻なんかでもない。

 これは、今、俺が見ているのは。


「これは、夢だ」
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