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第一部 三章

その世界への片道切符

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 二つ三つとしばたいてから瞼を開けるが何も見えない。

 視界一体を着地した時の砂埃が覆っていた。

 生きている。
「生き……てる」

 心中で思ったことをそのまま口にする。
 安堵した。

 俺が鉄真てつまじゃ、主人公じゃなかったら。
 そして万が一にもこれが現実だったら……。
 夢で、本当に良かった。生きているって、素晴らしい!

 頬をつねろうと手を伸ばしたが触れると冷たい音が鳴り、そこに何か硬い、擬音で表すとゴツゴツとした感触を覚えた。

体の前で腕を交差し自分の肩や肘、降りていって腰や太ももを叩くように確認する。どこも同じように所々が隆起りゅうきしていて角ばっていた。何より触れている手の平が普段より分厚い。

 ひどい肌荒れだな……とは思わなかった。

 だんだんと砂塵さじんのベールも晴れ、視界に色が戻る。

 落下の衝撃で自分を中心に地面は大きくえぐられ、窪んだ大地の一点からアリがチョロチョロと湧き出ていた。その中の一匹が慌ただしくその場をウロウロと動き回り一瞬止まると、こちらを見上げるような動作をした。

 そのアリの周りは大きく輝いている。

 いや、アリだけじゃない。近くの地面、周り、舞う砂埃でさえもわずかにきらめきを帯びていた。
 膝に手をつき立ち上がる。

 自分の右手がいつもと違った。
 左手も、そこに続く両の腕も。

 胸のあたりではたぎった炎がそのまま固まり突起が正面を向いていたり、自分の顔の方を向いていた。先端恐怖症の人ならゾッとする光景だろう。

 両の足も、まるで磨り減ったブーツのように前衛的な、パンプスのような形状に硬化していた。
 太陽光に自分の体、しろがねの体が反射して、周り一帯が神々しく輝いていた。小学校の演劇会でスポットライトを当てられながらセリフを早口で口にした時のことを思い出す。

 全身を覆う銀色の炎、それが固まり鋼の鎧と化す。

 その場で足踏みしてみたり、ぴょんぴょんと跳ねてみたり、ラジオ体操で五番目か六番目にやる腰をひねって思いっきり仰け反る運動をしてみたり。
 関節の部分は装甲が薄く、ぎこちなくだが不自由なく動かせることができた。

 鎧や甲冑といったものを付けたことがないのでこれは想像だが、どこかそれより洋服を何重に厚着しているような感覚に近い気がした。

 ああ、これは自分の体なんだ。

 一秒ずつ時が過ぎる度、身に起きた超現象を受け入れられる。
空を仰げば太陽が燦々と輝き、今まで見たどんな青空よりも澄んでいた。
まるで絵画みたいな、人工物のように。

すると空から「ホーホケキョ」という鳴き声が聞こえ、見ると大きなタカかワシのような鳥が空を真一文字に飛んでいった。俺はタカやワシがなんて鳴くのかは知らないがウグイスの鳴き方は知っていた。

 辺を見回すと林が生い茂り、自分が落ちたところは少し開けていた。

 どこにでもあるような光景、なのかもしれないが肌で感じる雰囲気がどこか異様で、なんというか、迷子になった時ほど孤独や不安はなく異国の地ほど疎外感や緊張感はないのだが、慣れ親しんできた場所とは全く違う、既視感はあるものの右も左も分からないような空間だった。
 
 自分の周りを囲むようにそびえる木々たちも、一本一本、全く同じ形をしている。高さも隣の木と同じだ。けれど木によってはぼんやりと薄くなっていたりハッキリと濃かったり。

 足元に視線を移すと未だにアリがウジャウジャと動き回っていた。そこで、ふと思い出す。

 俺は虫が大の苦手なのだと。

 しかも小さなものが集合してうごめいているところなど想像するだけで鳥肌が立ってしまう。けれど何故だろう、今の自分は足元の光景を冷静に見ていられた。このアリは、俺の大嫌いな虫だけれど、本物ではないような気がした。

 並んでいる木や空を駆ける鳥は、本物に似ている何かな気がした。

 真似事だ、真似事の世界。
 これが、夢の世界……。

 両手をグーパーグーパー、丸めては握ってを繰り返す。
 今はそういう意味もないことを体が勝手にしてしまう。

 空気を吸っては吐いて吸っては吐いて。あーーー、と発声練習のようなものを試してみたる。ちゃんと自分の声が出ているし、少しくぐもってではあるが自分の耳でも聞こえた。

 しろがねの鎧に包まれていても呼吸はできるし、言葉も話せるらしい。
 当たり前か。
 ナンバー戦争の主人公、大地鉄真は普通にこの状態で会話もしていたし、水中で戦闘するときは深呼吸してから飛び込んでいた。

 って、そうだナンバー戦争。

 俺は今その夢を見ているんだ。
 昨日の映画の内容を回想する。

 召喚され気がついたらドラゴンに掴まれている鉄真。ここまでは自分と全く一緒だ。そして上空を旋回してから唐突に落とされ、そこで自分の体から炎が吹き出てその身を守り島に落下する。

 ここまでも無事同じ。
 自分の身を炎が包んだか否か。
 それはもう感覚的なイメージでしか覚えていないが、この姿を見れば一目瞭然だった。

 着地したのち、意識が戻り困惑気味の鉄真。「一体なんだ、これは……」なんて呟いて辺りを見回す。そして、そして。

 その続きは-----。
 ふと、視線を感じた。
 一つではない、複数。

 がさり、と草むらの揺れた音が一つしたかと思えば、こだまのようにあたりに広がる。こちらの存在に気がついたのだろう。木陰から姿を現した無数の人影。


 いや、人じゃない。


 彼女らは、エルフだ。
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