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二章
矜持をかけて
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レクの目の前には規格外の豪邸がそびえ立っている。欧州の貴族が住んでいると言われても違和感がない。門扉は自動で開錠され、敷地内を歩くと屋敷が大きくなってくる。当たり前のことだがその巨大さに改めて圧倒される。
屋敷の正面玄関へと続いている石畳を歩く。目の前に芝庭が広がる。庭園と呼んで差し支えない。庭の広さはざっくり屋敷の三から四倍はあるのではないか。スプリンクラーも設置されていた。アーチ状の柵が備え付けられ蔦が絡まっている。一面に赤や白の様々な花が咲いている。右手には噴水があり、葉が生い茂る一角には薔薇園がありその近くにはロココ調の椅子とテーブルが据えられていた。
涼しい風が吹き抜ける。庭園全体が夕日に赤く染められている。
絵画のような光景。豪邸演出するためのものが全て揃っている。
広大な芝生の中央でレクは深呼吸をしてから思い切り叫んだ。
「さよーーーーー助けに来たぞおおおおおお!」
大声で叫んだが、屋敷はしんと静まり返ったままだ。
聞こえなかったのかと、もう一度息を吸い込み叫ぼうとした時、重厚な正面玄関の扉が開かれた。屋敷から現れた人間に、レクは見覚えがあった。
「昨日ぶりだなゴキブリ野郎」
坂本豪は仰々しい正面玄関を抜け石畳を歩きながらレクに挑発的な笑みを向ける。
「昨日ぶりだなザコ野郎、さよを早く返せ」
豪は鼻先で笑う。
「その妹のせいでこっちは朝からイライラしてんだよ」
豪はレクを睨みつけると、隠していたナイフを取り出す。グリップを握りしめ、刃先をレクに向ける。
「兄貴なら責任とれや。相手してもらうぜ」
レクは彼の瞳から、確かな殺気を感じ取った。しかし、豪の好戦的な態度に対して全くと言っていいほど、動じない。
さよが行方不明になったと聞いた時から、レクは真っ先に昨日の豪と絃歩の顔が浮かんだ。その為、玄関から豪が姿を現した時も驚きはしなかった。武器を持っての登場とは予想していなかったが、ナイフを向けられてもレクは冷静であった。
レクは「相手してもらう」という豪の言葉を反芻するように頷き、「一応、確認なんだが……」と口を開く。
「今の発言は、俺と戦うって意味だよな……」
「なめてんのか。他に何がある」
豪の目つきが一層鋭くなる。
「えーっと、そう言えばちゃんと聞いてなかったんだが、お前、名前は何ていうんだ」
「ハッ、自分が誰に殺されるか知りたいのか? いいぜ教えてやるよ、坂本豪だ」
「歳は?」
「一四だ」
レクは笑顔を作る。
「えーっと、豪くん? 一四ってことは中学二年生、かな? あの~、お兄さんの言うことをちょっと聞いて欲しいんだけど、いいかな?」
「あ?」
「気を悪くしないで欲しいんだけど……」レクはなだめるように穏やかな口調になる。
「豪くん、お兄さんと戦うのは、絶対にやめておいた方がいい……君のためを思って言ってるんだよ?」
「…………」
「それに君、今思いっきり反抗期だよね? 自覚ないかもしれないけど、中二病の傾向も見られるよ?」
レクは心配そうな眼差しで豪を見つめる。一方の豪は憤然とした面持ちを向ける。
「……無能力者って言ったが、認めてやるよ。お前は人をイラつかせることに関しては天才だな……手加減してやろうかと思ったが。死んでから後悔しろ」
豪の顔に憎悪が満ちて見える。そして自分の左手の親指に思い切り噛み付く。
それが豪の能力が発動するトリガーだということに、レクは気がついていない。どころか、怒りを堪える仕草だと捉える。
「ほら! ね? 俺のこと無能力者とか意味わかんないよ? しかも自分の方が強いとかどんな勘違い? 豪くん、一回頭のお医者さんのとこ行こっか。大丈夫お兄さんが付いて行ってあげ―」
レクの言葉は途中で遮られた。瞬きをすると、先ほどまでは十メートル以上先にいた坂本豪が目前にいた。驚きの声を上げる間も無く、左肩にナイフが振り下ろされる。着ていた制服は、見事に縦に裂けた。
そして間髪を入れず、豪の拳がレクの左頬を捉えレクは後ろに倒れる。口の中に血の味が広がる。肩を見ると白いワイシャツが赤に染められていた。
「クソガキ! 最後まで人の話聞け!」
レクは立ち上がり怒鳴りつける。
「聞く必要はない」
豪はまたも自分の手を口元へ運んだ。
「だからやめろって! 俺と戦うな!」
レクは叫んだ。それは我が身愛しさに叫んだのではない。心から豪の身を案じていたのだ。
しかしレクが声を上げ終えた時には、すでに視界から豪は消えていた。そして自分の太腿にひんやりとした感触を覚える。
視線を下ろすと腿の辺りの布は真一文字に切れており、濡れていた。
それがナイフで切られたのだと気づいた瞬間、背中に衝撃を覚える。
レクは背後に回り込んだ豪に背中を思い切り蹴られた。
前によろけると、振り向いたところに豪のミドルキックが炸裂する。
口に溜まった血と唾を吐き出し、レクは再び地面に仰向けで倒れる。
蹴りはみぞおちに入り、呼吸が止まる。
咳き込みながらその場でレクは悶えた。
「瞬間、移動……か?」
レクは呼吸を整え、苦しそうな声で豪の能力を問う。初めに食らった殴打の痛みが遅れてやってきてレクを襲った。豪は質問に答えず、ナイフを持った方の腕をゆっくり後ろに引く。
そして反対の手で、自分の頬を思い切りつねった。
次の瞬間、後ろに引かれた豪の腕は、空高く振り上げられていた。その手の先に、先ほどまであったナイフが消えている。
レクは身構え、ふと見上げる。
すると空中から自分めがけて、綺麗な弧を描いたナイフが落下してくる。レクは反射的に身を反らした。ナイフは勢いよく、先ほどレクの顔があった位置に突き刺さった。刃に反射した自分の顔が映る。
その様子を豪は腹を抱えて笑う。
「そのナイフやるよ。ここまで力の差があると面白くねぇからな」
豪は目の端に浮かべた涙を指先で拭う。
レクは地面に刺さったナイフを拾う「ありがたくもらうぜ」と言ってから、ゆっくり豪へと投げ返した。回転しながら向かってくるナイフを豪は足で蹴り払う。
「おい、どうした。もったいないな、使えよ。力の差があると、面白くないんだよ」
レクは余裕を含んだ笑みを浮かべ、先ほどの豪の言葉を繰り返した。
「お前、バカか?」
豪は怒りを通り越し、呆れてしまったようにため息を吐く。
「坂本、もう一度言う。今すぐ俺と戦うのをやめろ。そして妹を返せ」
「潔く自分の無力さを認めるんなら、考えてやってもいいぜ」
「わかってないな。俺はお前の命を心配してるんだよ……」
レクの瞳は真剣だ。
「ゴキブリ野郎、回りくどい言い方すんなよ……」豪は手を口元へ運ぶ。
「殺して欲しいなら素直にそう言え」
レクはその瞬間、後ろを振り向く。それは経験則からきたものだ。
自分の背後を取られると思った。しかし、そこに豪の姿はなかった。
「こっちだよ」
冷たい声がする。
レクが振り向くと豪はいた。移動していなかった。
振り返るだろうと、読まれていたのだ。
またしても腹に蹴りが入る。上半身がくの字に曲がる。髪を掴まれ膝蹴りを食らう。
レクの視界が揺らいだ。苦痛に顔が歪む。体が熱くなる。
いてぇ。
鈍い痛みが全身に広がる。
殴られるのってこんなに痛いのか。
レクはツバと一緒に血を吐き出す。
「俺の能力は瞬間移動じゃねぇんだよ」
豪は滔々と話し始める。
「『自傷の度合いに応じて最大五秒、時間を停止する』。それが俺の能力だ。五秒と聞くと短く聞こえるが……」
そう言うと豪は自分の頬を思い切り殴りつけた。レクが瞬きをすると、先ほどまでそこにいた豪の姿が遠くに見えた。そして次の瞬間にはまた目の前にいる。
「五秒あれば結構何でもできるんだぜ」
豪はニヤリと口端を歪め、「さて……」と口にし、レクを睨む。
「俺の能力は教えてやったぜ、なぁ無能力者さんよ、空想上の、お前が持ってる力を教えてくれよ」
豪が嘲笑を浮かべる。
「……………………覚醒だ」
レクは静かに呟く。
「は?」
豪は肩透かしを食らったような顔をした。
「坂本、申し訳ないが、ここから先はお前の命の保証はできない」
静かに、落ち着いた口調で。しかし瞳は熱を帯びる。
「覚悟しろ」
そう言うとレクは、一直線に豪へ向かい走り出した。
屋敷の正面玄関へと続いている石畳を歩く。目の前に芝庭が広がる。庭園と呼んで差し支えない。庭の広さはざっくり屋敷の三から四倍はあるのではないか。スプリンクラーも設置されていた。アーチ状の柵が備え付けられ蔦が絡まっている。一面に赤や白の様々な花が咲いている。右手には噴水があり、葉が生い茂る一角には薔薇園がありその近くにはロココ調の椅子とテーブルが据えられていた。
涼しい風が吹き抜ける。庭園全体が夕日に赤く染められている。
絵画のような光景。豪邸演出するためのものが全て揃っている。
広大な芝生の中央でレクは深呼吸をしてから思い切り叫んだ。
「さよーーーーー助けに来たぞおおおおおお!」
大声で叫んだが、屋敷はしんと静まり返ったままだ。
聞こえなかったのかと、もう一度息を吸い込み叫ぼうとした時、重厚な正面玄関の扉が開かれた。屋敷から現れた人間に、レクは見覚えがあった。
「昨日ぶりだなゴキブリ野郎」
坂本豪は仰々しい正面玄関を抜け石畳を歩きながらレクに挑発的な笑みを向ける。
「昨日ぶりだなザコ野郎、さよを早く返せ」
豪は鼻先で笑う。
「その妹のせいでこっちは朝からイライラしてんだよ」
豪はレクを睨みつけると、隠していたナイフを取り出す。グリップを握りしめ、刃先をレクに向ける。
「兄貴なら責任とれや。相手してもらうぜ」
レクは彼の瞳から、確かな殺気を感じ取った。しかし、豪の好戦的な態度に対して全くと言っていいほど、動じない。
さよが行方不明になったと聞いた時から、レクは真っ先に昨日の豪と絃歩の顔が浮かんだ。その為、玄関から豪が姿を現した時も驚きはしなかった。武器を持っての登場とは予想していなかったが、ナイフを向けられてもレクは冷静であった。
レクは「相手してもらう」という豪の言葉を反芻するように頷き、「一応、確認なんだが……」と口を開く。
「今の発言は、俺と戦うって意味だよな……」
「なめてんのか。他に何がある」
豪の目つきが一層鋭くなる。
「えーっと、そう言えばちゃんと聞いてなかったんだが、お前、名前は何ていうんだ」
「ハッ、自分が誰に殺されるか知りたいのか? いいぜ教えてやるよ、坂本豪だ」
「歳は?」
「一四だ」
レクは笑顔を作る。
「えーっと、豪くん? 一四ってことは中学二年生、かな? あの~、お兄さんの言うことをちょっと聞いて欲しいんだけど、いいかな?」
「あ?」
「気を悪くしないで欲しいんだけど……」レクはなだめるように穏やかな口調になる。
「豪くん、お兄さんと戦うのは、絶対にやめておいた方がいい……君のためを思って言ってるんだよ?」
「…………」
「それに君、今思いっきり反抗期だよね? 自覚ないかもしれないけど、中二病の傾向も見られるよ?」
レクは心配そうな眼差しで豪を見つめる。一方の豪は憤然とした面持ちを向ける。
「……無能力者って言ったが、認めてやるよ。お前は人をイラつかせることに関しては天才だな……手加減してやろうかと思ったが。死んでから後悔しろ」
豪の顔に憎悪が満ちて見える。そして自分の左手の親指に思い切り噛み付く。
それが豪の能力が発動するトリガーだということに、レクは気がついていない。どころか、怒りを堪える仕草だと捉える。
「ほら! ね? 俺のこと無能力者とか意味わかんないよ? しかも自分の方が強いとかどんな勘違い? 豪くん、一回頭のお医者さんのとこ行こっか。大丈夫お兄さんが付いて行ってあげ―」
レクの言葉は途中で遮られた。瞬きをすると、先ほどまでは十メートル以上先にいた坂本豪が目前にいた。驚きの声を上げる間も無く、左肩にナイフが振り下ろされる。着ていた制服は、見事に縦に裂けた。
そして間髪を入れず、豪の拳がレクの左頬を捉えレクは後ろに倒れる。口の中に血の味が広がる。肩を見ると白いワイシャツが赤に染められていた。
「クソガキ! 最後まで人の話聞け!」
レクは立ち上がり怒鳴りつける。
「聞く必要はない」
豪はまたも自分の手を口元へ運んだ。
「だからやめろって! 俺と戦うな!」
レクは叫んだ。それは我が身愛しさに叫んだのではない。心から豪の身を案じていたのだ。
しかしレクが声を上げ終えた時には、すでに視界から豪は消えていた。そして自分の太腿にひんやりとした感触を覚える。
視線を下ろすと腿の辺りの布は真一文字に切れており、濡れていた。
それがナイフで切られたのだと気づいた瞬間、背中に衝撃を覚える。
レクは背後に回り込んだ豪に背中を思い切り蹴られた。
前によろけると、振り向いたところに豪のミドルキックが炸裂する。
口に溜まった血と唾を吐き出し、レクは再び地面に仰向けで倒れる。
蹴りはみぞおちに入り、呼吸が止まる。
咳き込みながらその場でレクは悶えた。
「瞬間、移動……か?」
レクは呼吸を整え、苦しそうな声で豪の能力を問う。初めに食らった殴打の痛みが遅れてやってきてレクを襲った。豪は質問に答えず、ナイフを持った方の腕をゆっくり後ろに引く。
そして反対の手で、自分の頬を思い切りつねった。
次の瞬間、後ろに引かれた豪の腕は、空高く振り上げられていた。その手の先に、先ほどまであったナイフが消えている。
レクは身構え、ふと見上げる。
すると空中から自分めがけて、綺麗な弧を描いたナイフが落下してくる。レクは反射的に身を反らした。ナイフは勢いよく、先ほどレクの顔があった位置に突き刺さった。刃に反射した自分の顔が映る。
その様子を豪は腹を抱えて笑う。
「そのナイフやるよ。ここまで力の差があると面白くねぇからな」
豪は目の端に浮かべた涙を指先で拭う。
レクは地面に刺さったナイフを拾う「ありがたくもらうぜ」と言ってから、ゆっくり豪へと投げ返した。回転しながら向かってくるナイフを豪は足で蹴り払う。
「おい、どうした。もったいないな、使えよ。力の差があると、面白くないんだよ」
レクは余裕を含んだ笑みを浮かべ、先ほどの豪の言葉を繰り返した。
「お前、バカか?」
豪は怒りを通り越し、呆れてしまったようにため息を吐く。
「坂本、もう一度言う。今すぐ俺と戦うのをやめろ。そして妹を返せ」
「潔く自分の無力さを認めるんなら、考えてやってもいいぜ」
「わかってないな。俺はお前の命を心配してるんだよ……」
レクの瞳は真剣だ。
「ゴキブリ野郎、回りくどい言い方すんなよ……」豪は手を口元へ運ぶ。
「殺して欲しいなら素直にそう言え」
レクはその瞬間、後ろを振り向く。それは経験則からきたものだ。
自分の背後を取られると思った。しかし、そこに豪の姿はなかった。
「こっちだよ」
冷たい声がする。
レクが振り向くと豪はいた。移動していなかった。
振り返るだろうと、読まれていたのだ。
またしても腹に蹴りが入る。上半身がくの字に曲がる。髪を掴まれ膝蹴りを食らう。
レクの視界が揺らいだ。苦痛に顔が歪む。体が熱くなる。
いてぇ。
鈍い痛みが全身に広がる。
殴られるのってこんなに痛いのか。
レクはツバと一緒に血を吐き出す。
「俺の能力は瞬間移動じゃねぇんだよ」
豪は滔々と話し始める。
「『自傷の度合いに応じて最大五秒、時間を停止する』。それが俺の能力だ。五秒と聞くと短く聞こえるが……」
そう言うと豪は自分の頬を思い切り殴りつけた。レクが瞬きをすると、先ほどまでそこにいた豪の姿が遠くに見えた。そして次の瞬間にはまた目の前にいる。
「五秒あれば結構何でもできるんだぜ」
豪はニヤリと口端を歪め、「さて……」と口にし、レクを睨む。
「俺の能力は教えてやったぜ、なぁ無能力者さんよ、空想上の、お前が持ってる力を教えてくれよ」
豪が嘲笑を浮かべる。
「……………………覚醒だ」
レクは静かに呟く。
「は?」
豪は肩透かしを食らったような顔をした。
「坂本、申し訳ないが、ここから先はお前の命の保証はできない」
静かに、落ち着いた口調で。しかし瞳は熱を帯びる。
「覚悟しろ」
そう言うとレクは、一直線に豪へ向かい走り出した。
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