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第一章

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「ようやく見つけた。私の世界を救う、彼等を倒す力を持つ器......。今はまだ弱々しいけれど貴方なら大丈夫────


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 ────暗い。何も見えない。

 自分はここにいるのに居ないような、不思議な感覚。辺りを見渡すと真っ暗な世界がどこまでも広がっていた。浮いているのか、立っているのかすらわからない。ふと何気なく向いた方向にぽつりと輝く小さな光を見つけた。吸い寄せられるようにそちらへと足が向く。黙ってひたすら光目指して歩みを続けていくと、気が付いた時にはその光はこちらを飲み込むほど大きく────。



「......知ってる天井だ」

 なんて某有名アニメの台詞を少し変えて呟いた。枕もとでいまだ鳴り続ける時計を止め、体を起こして大きく伸びをした。

「───またあの夢か」

 最近、不思議な夢をよく見る。ハッキリと内容を覚えているわけでもないのに、酷く"夢を見ていた"という感覚だけが明瞭に残っている、そんな夢。何処となく変な違和感のようなものを感じるが……。

「まぁ、いいか」

 俺───紅月 蒼司あかつき そうじは気を取り直して起き上がった。軽く朝食を済ませて、動きやすい服装に着替える。スポーツ飲料水、タオルを持ち、準備を済ませる。そしていつものように仏壇の前に向かい、両親へと挨拶をする。

「父さん、母さん、おはよう。今日も俺はいたって元気です。変な夢こそ見るんだけど」

 両親は俺が中学2年生のときに事故で他界した。道路に飛び出した女の子を二人してかばって死んでしまったのだ。
  いくら「困ってる人を助けてあげなさい」が口癖だからって自分たちが死んでしまってどうするんだと葬式の時、怒っていたことを思い出す。
  その頃の俺は、親孝行もろくにできないダメなやつだった。でもいなくなってからも心配を掛けては行けないと思い、まずは引きこもっていたことで弱った体を強くすることから始めた。
  だから今日も今日とて日課のサイクリングとトレーニングに向かう。

「じゃあ行ってきます」

 ───行ってらっしゃい。背中にそんな声を掛けられたような気がして振り向くが、当然そこには誰もいない。......どうも疲れているみたいだな。
 父さんからの最後のプレゼントであるロードバイクにまたがって走り出す。
 小一時間ほどかかって着いたのはとある寂れた神社だ。一年ほど前に見つけて、気に入ってトレーニング場所に使っている。

 境内に愛車を停め、神社の周囲をランニングすることから始める。トレーニングをし始めた頃は根暗オタクだったこともあり、2周もすれば息が切れていたのだが、今ではペースの維持さえしていれば息切れすることはなくなっていた。かるく10キロほど走り終えると、筋トレに移行する。これも最初はせいぜい各20が限界だったが、今では軽く行える。

「───っと、こんなもんかな。やっていれば意外と慣れてくるものだな」

  こんなことを繰り返しているうちに貧弱だった身体は見る影もなく、腹筋は割れ、全体的にがっしりしてきた。中学時代の知り合いは俺だと気づかないだろう。......まぁそんな知り合いもいないけど?なんなら俺のことを知ってるやつなんて今もいないまである。
  何を言ってるんだろうか、俺は......。
  そうひとりごちていると
 
「......ん!  ......じさん!  」

 何処からともなく、声が聞こえてきた。それはか細く誰かに呼び掛けているようであった。俺は首を巡らし、声の出どころを探す。

「何処から聞こえている......。 ───やしろのほうか」

 立ち上がり、古ぼけて今にも崩れそうな社へ向かうと段々声が聞き取れるようになってきた。
  どうやら女性のようだが、どこかその声に聞き覚えのあるようにも感じる。

────こちらです。

「うおっ!? 」

  先程まで不明瞭だった肉声は、俺の頭に響くようにしてはっきりと聞こえた。
  俺はその声に導かれるまま、社の前に立ち、その扉に手をかけた。

「......っ! 」

 ────扉を開けるとそこには、金髪翠眼の美しい女性がいた。柔らかい笑みを浮かべ、こちらを見つめている。
  歳のころは20代前半くらい、ギリシャの神が身に纏うようなキトンを着ている。
  その肌は透き通るように白く、その容姿と相まって現実感がない。
 ......それに、でかい。何がとは言わないがでかい。

「ようやく会えました。紅月 蒼司あかつき そうじさん」

 それにただデカすぎるのではなく、形が良くいわゆる美乳というやつだ。

「あ、あの......?  紅月さん?」

 まるで男の理想を体現しているかのような容姿は、俺の視線を捉えて離さない。

「胸ばかり見てないで話を聞きなさいっ!! 」
「おぉうっ!? 」

 ふと気付くとその女性が頬を紅潮させてこちらを睨んでいる。......ちなみに上目遣いで。

「ふぅ……ようやくこっちを見てくださいましたね。紅月蒼司さん」
「えっと、何故俺の名前を? それにどこかでお会いしましたか?」

 そう。なぜか俺は彼女に既視感を感じるのだ。しかし、思いだそうとしても心当たりはない。どこかでみたのか、それとも単なる気のせいか。

「それも含めて今から説明してもいいでしょうか?」
「あ、え、はい。大丈夫です」

 彼女は、にこりと笑ってこちらを見る。どうやら説明してもらえるようだ。
  どもってしまったのは仕方ない。美人の笑顔なんて免疫ないのだから」

「び、美人だなんてそんな......」
「あっ!? 俺......声に出してました?」
「......はい」

 うわぁぁぁぁ、恥ずかしい......。俺は彼女にすぐに謝った。

「すいません、ほんっとすいません!!」
「だ、大丈夫ですよ、その、嬉しかったですし......」
「そ、そうですか」

 気まずい沈黙が流れる。

「ん、んっ! ......では、改めまして。私の名前はアイテリアル。この世界とは違う次元に存在する異世界『ロストフィア』の創造神です。......まぁ創造神といっても世界自体を創造したわけではなく、創造を司るということです。こう見えても最高神の一人なんですよ?」

 ───what?
 おっといけないイケナイ。びっくりしすぎて思わずNaturalなEnglishがでてしまったよ。

「ええと、いったん落ち着こうか。何だっけ?あなたが異世界の神様で、最高神の一人?ということでいい......のか?」

「はい、そうですね。ついでに言うとあなたのことを転移候補として以前から見ていました。そして貴方に私たちの世界へ来ていただきたくて今回接触しました。あ、あと神であるということが信じられないと思いますし、先に証拠見せておきますね?」

  彼女はおもむろに何も無い空間へ手を伸ばし、簡潔な呪文のようなものを唱えた。

「───創造クリエイト

  すると彼女の手の内の空間が歪み、気付けばそこに何やら文字の刻まれた赤黒い色をしたナイフが握られていた。

「今のは私の基本的な権能である創造クリエイトです。これは貴方に差し上げましょう。一応神器という扱いにはなりますが、私からの餞別です。」

そういって俺へそのナイフを手渡してくる。ズッシリとした重みが本物であることを伝えてくる。

「ふむ、ほうほう。なるほどね。確かに本物だ、つまり貴方は女神、そして俺はそれに選ばれた転移者......」

溜息をつくと俺は息を吸い込み、口を開いた。

「はああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!?!?」

  拝啓、天国にいらっしゃる親愛なるお父様、お母様。
  貴方たちの息子、紅月蒼司は異世界へとご招待されてしまったようです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

  ひとしきり叫んだ後、呆けていると女神───アイテリアルが

「あ、あの大丈夫ですか?」

 と恐る恐る尋ねてくる。あー......うん。

「......これが大丈夫に見えてたまるかぁぁ!」

 うん、ほんともうガチで。よくラノベとかで主人公が受け入れて「世界を救います」とか言うけどそんなのムリムリ。人間、許容範囲超える出来事が起きると頭パーだよ、パー。しかしまぁ、確かに自分がそう・・なることを想像したことがないといえば嘘になる。色々と妄想もした。そうやって自分が選ばれたなんて聞くと半信半疑ではあるが嬉しい。でもそれ以上に驚きが勝る。開いた口が塞がらないとはまさにこのことだ。
  とはいえ、何時までもこうしていても意味はない。とりあえず切り替えて話を聞くべきだろう。
  そう考えて無理やり自分を納得させる。

「はぁ......」
「あ、紅月さん?」
「すまない。ちょっと取り乱した。とりあえず続きを教えてくれ」
「あ、はい!」

  今更ながら恥ずかしいな、仕方ないとは思うが叫ぶのはなぁ......。
  チラッとアイテリアルを見ると目が合い、彼女は不思議そうに首を傾げた。
  ......くそぅ、可愛いなおい。

「では説明していきますね!  まず向こうの世界『ロストフィア』についてですが、ご想像の通り、剣と魔法の世界です! 」

  やはり......というかそれ以外であって欲しくなかったけど。だって、SFものみたいに巨大昆虫で埋め尽くされてたり、プレ〇ターに襲われてる世界とか嫌だよね?

「それは俺にも魔法が使えるって事だよな......?」
「はい、ご自身と相性のいい属性の魔法が使えます。魔力量にも依りますが、ある程度のものは使えると思いますよ」
「それはどうやればわかるんだ?」
「それはですね、向こうへ着いてからギルドへ行ってください。そこで冒険者登録の申請をすればその際に属性診断があります」

  ギルドがあって、冒険者登録があって......。
  ここまでくるとライトノベル作家は異世界に行ったことがあるんじゃないか、とすら思えてくるな。

「またあちらの世界では成人を迎えると神々からの贈物ギフトとして霊魂器というものが与えられます」
「れいこんき?」
「はい。生物の精神そのものを表す霊魂に、入れ物という意味の器と書きます。文字通りその存在そのもの、わかりやすくいえばもう一つの自分......でしょうか?大抵その人の天職や心の底から為りたいと願ったことに相応しいものになりますね。しかし、余りに大それた願いなどには適応しません」
「つまり、オリジナル装備というわけか」

  中々良いシステムだとは思う。もし天職がなりたくないものでも心の底から願ったのなら違うものに適すのだから。......まぁそこまでうまくいくという保証はないのだが。

「じゃあ言葉とかはどうなるんだ?もちろん違うんだろ?」
「大丈夫ですよ。向こうに行く際、体を再構成させるのですが、その時に自然と使えるように組み込んでおきますので」

  今、サラっと凄いこと言った気がする......。ま、まぁ気にしないでおこう。

「なるほど。特に問題は無いわけか。......で、そこで俺は何をすればいいんだ?それこそ魔王討伐とかか?」
「そうですね。結論から言うと何もしないでいいです」

  ......!?  ど、どういうことだ?  ここは「貴方に世界を救って欲しいのです!」とか言うところだろ?
  今までテンプレが続いたからか、急に胡散臭く思えてきたな。現実的に考えれば、テンプレの方がおかしいんだろうけどけど。
  いや、さっきの魔法は本物だったし。ううむ......。

「強いて言えば貴方が貴方らしく、思うように生きてください。戦わず、楽しく暮らしたいのならそれもいいでしょう。時には悩むことも辞めたくなる事もあるでしょう。そうだとしても貴方が選びたい道を選んでください」

  .........。

「俺が......俺らしく?」
「はい。貴方が貴方らしく、です。その道の先にきっと私たち・・・の望む未来があるでしょうから」

  そういってニコリと微笑む彼女。そこには一欠片の疑念も見当たらない。

「......わかった、行くよ。でも少しだけ待ってくれ。両親に挨拶だけしたいんだ」

  正真正銘、今生の別れだ。墓を介してすら会えない、俺はこの世界から骨すら残さず消えるのだから。

「構いません。特に急ぐ必要もありませんので、ゆっくりしてきてください。私はここで待っています」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


  ひとまず墓参りを終え、それなりの準備をして戻ってきた。例えば、服装。先程までのジャージではなく黒のストレッチパンツに、上はぴったりと張り付くタイプの黒Vネックインナー、前が開いた膝下ほどまでのこれまた黒のコート。何処かの黒の剣士さんもかくやという姿だ。もらったナイフも太ももにつけるタイプのナイフ鞘に入れ、付けている。
  そして背中のリュックには、三日分ほどの水と食料を入れてある。食料もあまり嵩張らないカロ〇ーメイトやウ〇ダーインゼリーのようなものばかりだ。水はペットボトルに入れている。
  あとは向こうで換金できそうな金目の物。自分の腕時計や鉱石のネックレスなどだ。はした金にしかならないだろうが、ないよりはましだろう。また両親の形見は、最小限だけ持ってきた。母の指輪に父の愛読書、その本に挟める程度の家族写真だ。それ以外は名残惜しいが置いてきた。

「......準備はよろしいですか?」

色々と確かめ終わった俺にアイテリアルが訪ねてくる。なんだかんだと随分と待たせてしまった。

「ああ。大丈夫だ、いや、不安がないわけじゃないけど......まぁ大丈夫だよ」

  ぎゅっと震える手のひらを握りしめる。身体は興奮で燃えそうに熱い。けれど頭はなぜか冷たく落ち着いていた。

「ふふ、なんですかそれ。でも、わかりました」

そう彼女は微笑みながら了承してくれた。

「では、取り掛かりますね。向こうの街付近に転移させます」
「頼む」

  おもむろに彼女は胸の前で手を組み、何事かをつぶやき始めた。そのまましばらくすると足元に何か違和感を覚え、見ると徐々にいわゆる魔法陣らしきものが浮き出始めていた。

「おおっ! おおおおおぉぉぉぉ!?」

   ピシピシと世界ごと軋むような音が響き、その魔方陣が完成すると同時に身体が四方に引っ張られるような痛みを感じた。それがピークに達したとき魔法陣が一際強い光を放った。
  かろうじて聞こえたのはアイテリアルが俺に向けて何かを言ったことだけだ。

「───我は願う。貴方の選択の先に正しき道が創造されんことを。私の、私たちの世界をお願いします」

彼女───アイテリアルのその言葉を最後に俺の意識は深い闇の中へと落ちていった。





 
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