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⑥
しおりを挟むそれからというもの昼休みは毎回、天王先輩に誘われるようになった。
慣れない時間が、いつの間にか私にとっても待ち望んだ時間に変わっていく。
相変わらず天王先輩は学園の中に入ることはないようで、いつもは学園寮にいることが多いらしい。
「俺、イトちゃんとは話すけど。基本的に人もあやかしも嫌いだから」
さらりとそんなことを教えてくれた天王先輩だが、こんなに気さくで飄々とした態度の彼が人嫌いだなんて想像がつかなかった。
天王先輩とは、お昼の時間に色んな話をした。
たとえば小鬼のこと。
天王先輩が私のもとに寄越した小鬼ちゃんは、先輩が一年生のときに学園の小川で溺れていたところを助けたらしい。
それから小鬼ちゃんは恩を感じて天王先輩にくっつくようになり、私のときみたいに遣いのようなお手伝いもしているんだとか。
『おに、おに! イトちゃま、くすぐったいおに!』
「小鬼ちゃん、かわいい……」
小鬼ちゃんともすっかり仲良くなった。
食後に構うと、嬉しそうに指にじゃれついてくる。
「あまり小鬼と触れ合ったことはない?」
「自然界の小鬼は警戒心が強いのであんまり。術を使えば喚ぶこともできるんですけど、天王先輩の小鬼ちゃんは愛嬌があるというか」
『イトちゃまー』
天王先輩の小鬼ちゃんはまだ幼いのか、甘え上手だ。
首筋にぴったり引っ付いてきて、すりすりと頬擦りをしている。
「ふふ、くすぐったい」
「……可愛いなぁ」
頬杖をついて私たちの様子を眺めていた天王先輩が、微笑ましそうにつぶやいた。
私はピタリと動きを止めて、彼を見つめる。
可愛いって、もちろん小鬼ちゃんのことだよね?
なのにどうして、さっきから私ばかりを見ているのだろう。
「あ、しまった。つい本音が」
「……先輩、変わっていますね」
「うん?」
「いえ、なんでも」
なんだか妙な気分になる。
気を紛らわせるように鎖骨あたりで寄りかかっていた小鬼ちゃんを手に移動させると、チャリンと音が鳴った。
「あっ……」
「どうかした?」
「いえ、ちょっとペンダントが外れてしまって」
小鬼ちゃんの手に引っかかったペンダントのチェーンが取れてしまった。
とりあえず小鬼ちゃんの手に怪我がないかを確認する。
「小鬼ちゃん、手は怪我していない?」
『あい!』
大丈夫みたいなので、次にペンダントの確認をした。
「ごめん、壊れていない?」
「いえ、謝らないでください。留め具がゆるんでいただけみたいですから」
もう一度付け直して、今度はしっかりとシャツの中に入れる。
古いものだから、こうしたガタはきてしまうものなのだろう。
チェーンだけを取り替えることもできるみたいだけど、その前に留め具を直せないかあとで調べてみよう。
「そのペンダント、大切なんだね」
「わかりますか?」
「イトちゃんの目が、大切そうに見ていたから」
「私のおじいちゃん……祖父から貰った形見のようなものなんです。これがあると、心が落ち着けて。私のお守りです」
ペンダントのことを話していると、おじいちゃんのことまで思い出してしまう。
楽しい思い出ばかりなのに、なんだか今日は切なさが込み上げてきた。
「……おじいちゃん」
おじいちゃんのことを思い出して、人前でいきなりセンチメンタルになることなんて今までなかったのに。
天王先輩が話を聞いてくれるから、いつの間にか心を預けてしまいそうになるときがある。
「……。イトちゃん、俺と番契約しない?」
「へっ」
胸の中が鬱蒼とし始めたとき、天王先輩の軽い声が響く。
ぱん、と弾かれたように頭の中がクリアになって、私は天王先輩のことをまじまじと見つめた。
「嘘ですよね?」
「本気なんだけどなあ。よしよし、今日から君は俺の番だ」
「わあっ」
不意に手首を掴まれて、そのままレジャーシートに転がった。
横になれば、その先には白い雲と濃い水色の空が広がる景色がある。
「天王先輩、急にどうし」
「番契約は互いの信頼が必要だろう? こうして寝転んで親睦を深めようと思って」
「い、嫌です……」
「さあ、おいで。一緒にお昼寝しようね」
「嫌なんですけど……!?」
じりじりと後ろに引くと、天王先輩はけらけらと笑いだした。
「その全力の拒否、必死で面白い」
「天王先輩、添い寝はやりすぎですし……ちょっと気持ち悪いです」
真面目に言ったのに、天王先輩はさらに笑い転げている。なんだか彼の性格って掴めない。
「俺、女の子に気持ち悪いって言われたのはじめてだ」
「でしょうね。って、ちょっと、なんで嬉しそうなんですか!」
「いや、気分がいいから。ああ、楽しいな」
どこまでが本気なのかわからない天王先輩だけど、予測がつかない彼の行動に、気づけば笑っている私がいた。
陰陽師であることを知られて、最初は裏があるんじゃないかと疑っていた。
けれど蓋を開けて見れば、毎回お昼ご飯を食べて話をするだけの奇妙な関係が出来上がっていた。
「天王先輩って、今日も校舎には行ってないんですか?」
「ないね。しばらく行ってない。イトちゃんと会えればそれでいいし」
「それ、進級とか危ないんじゃ……」
「心配してくれるんだ。頭の出来はいいほうだから、大丈夫だよ」
それに寮で教科書を読んでいれば授業を聞く必要はないと、私が絶対に一生言えないようなことを言っている。
「…………あれ、イトちゃん。なにかつけてる? いい香りがする」
「柔軟剤だと思います……って、近い近い!!」
油断すると天王先輩はグンと近づいてくる。私以外とは接する機会がほとんどないらしく、距離感がおかしなことになっているんだ。
……だけど、そんな些細なやり取りすら、楽しくなっていて。
この関係は、一体なんだろう。
***
「ねえ、お姉ちゃん。最近、ちょっと生意気じゃない?」
天王先輩とお昼を過ごすようになって数週間が経った頃、家の廊下で亜美に呼び止められた。
今は夜で、周りには誰もいない。
だから猫をかぶることもなく、冷ややかな目を向けてくる。
「生意気って、普通に過ごしているだけだよ」
「だーかーら、その態度が生意気って言ってんの」
亜美は私が気に食わないから、常に優位に立っていないと気が済まない。
最近では頻繁に学園で番契約を申し込まれるようになり、さらに恵まれた立場を見せつけようとしてくる。
「お姉ちゃんは誰かに番契約を申し込まれたの? あはは、そんなわけないよねぇ。だってお姉ちゃん、もうみんなから嫌われてるもんねぇ」
「また亜美が、適当なことを言いふらしてるんでしょ」
前まではもうちょっと気にとめていたのに、今は相手にすらするのが億劫で。
それはきっと、天王先輩と過ごすようになったからだ。
あの人と一緒にいる自分の姿を思い出すと、亜美のいつもの嫌がらせなんて気にならなくなってくる。
「ほんっと気に入らない! だから嫌なのよ、お父さんを誘惑したいやらしい女の娘なんて!」
「お母さんは、誘惑なんてしてない」
「はあ? 何言ってんのよ、馬鹿じゃないの。誘惑したからあんたがいるんでしょ!」
この言い合いも、何度もした。
「あんたなんて、お父さんに見向きもされないくせに。いてもいなくてもいい存在なのよ、調子に乗らないでよね!」
「ちょ、やめて……!」
肩をぎゅっと掴まれて、そのまま後ろに強く押される。
転倒することはなかったけれど、私の首にかけていたペンダントが外れてしまった。
「ねえ、何よそれ」
「なんでもいいでしょ」
「あたしが、何それって聞いてるのよ!?」
「……はあ。小さい頃におじいちゃんから貰ったの。私の大切なお守り」
床に落ちたペンダントを拾って確かめる。
前に天王先輩とお昼を摂っていたときもそうだったけれど、今回も留め具の部分がゆるんだだけのようだ。
どこも壊れていないことにほっとしている私の横で、亜美が黙り込んでこっちを見ていた。
「なに?」
「んーん、なーんにも」
あれだけ騒いでいたのに不気味なくらい大人しくなった亜美は、そのあとすぐに廊下を引き返していった。
「変なの……」
その様子がちょっと不気味に映って、嫌な不安がよぎった。
「まずは留め具をどうにかしないと」
亜美のことよりも、ペンダントだ。
前に工具だけは買っていたので、試しに留め具が直せるかやってみよう。
そうして私は部屋に戻ると、留め具の修復作業に没頭した。
慣れないことだったので、なんとか直った頃には夜が明けていた。完全に徹夜である。
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